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春の隣  作者: 白黒
19/26

19話

 マラソン大会から、如月に変化はあったか。

 そう聞かれたなら、答えは否だ。

 如月は相変わらず口数が少なく、愛想も良くはない。

 俺には勿論、先川にも、用がなければ声を掛けようとすることはなく、雑談をしようとすることなんて当然ない。

 気にならないといえば嘘になるが、気にしていても仕方がない。

 俺は今まで通り、普通に日常を送るだけだ。

 それに何より、もうすぐ中間試験のためそれどころではない。

 三ある学期の中で一番長い二学期だが、三年生の二学期は、マラソン大会が終わった後は文字通り駆け足で過ぎていくのだ。

 中間試験、遠足、期末試験。期末試験が終われば冬休みに入り、あっという間に受験のときがやってくる。

 中間試験と期末試験、さらには受験勉強に追われる多くの三年生にとって、合間にある遠足はいい息抜きという奴もいるが、この時期に勘弁してくれと言う奴もいる。

 どちらの言い分も間違ってはいない。

 だが、俺個人の意見を言うのであれば、勉強は根を詰めればいいというものではないと思う。

 散歩をするなり、仮眠をとるなり、全く別のことをするなり。

 勉強以外のことに意識を向け、脳を休ませた方が、俺としては結果的に効率がいいのだ。

 その経験上を基に、気分転換にと外出したまでは良かったのだが、俺は今、勉強よりずっと頭を悩ませる事案を思い出してしまった。

「ピンクだけで何であんなに種類あるんだ……」

 道路を跨いだ向かいに見える、華やかといえばいいのか、目に痛いと言えばいいのか……足を運ぶ客が女子ばかりの雑貨店を眺める俺は、距離関係を差し引いても遠い目をしていただろう。

 遠目で見ているため定かではないが、同じ小物一つをとっても、色違いだけで何種類もあるようだ。

(あの色は……先川というより佐田のイメージに近いな。先川はもっと控えめで、派手過ぎない、でも地味じゃなくて……)

 あれでもない、これでもない。先川に合いそうな色を考えながら、俺はその場を離れた。

 長時間、道端で立ち止まり遠くから店を眺めていては、不審者と思われかねない。

 気分転換として街中を散歩しようとした俺だったのだが、うっかり視界に入った店から先川の誕生日の件を思い出し、頭を悩ませることになってしまったのだ。

 渡さない。渡せない。と思っていたが、やはり何か用意したい気持ちが勝り、渡せないまでも用意するくらいはと、俺は今、誕生日プレゼントを考えている最中だ。

 先川への……女子への誕生日プレゼントとなると、何が無難なのだろうか。

「あ……三人です」

 気もそぞろながら、人にぶつからないようにと歩く俺の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 そして、誰かに強く腕を掴まれ、引き止められる。

「では三名様ですね。ご案内致します。こちらへどうぞ」

 そして、何やら飲食店で人数の確認を取った店員のようなセリフが聞こえ、振り向いた俺の目の前にいたのは……。

「さ……!?」

「ほらほら、ぼさっとしてないで席に行くよーー」

「り、理歌っ。駄目だよ!」

 俺が思わず大声で叫びそうになったのは、どちらの名前だったのか。

 そこにいたのは、俺の腕を掴み引っ張る佐田と、それを止めようとする先川だった。

 状況が全く把握できていない俺は、佐田に腕を引かれるまま何かの店の中へ連れ込まれることになったのだ。







「だって、知ってる顔が目の前を横切ろうとしたから。これは誘うしかないなと思うでしょ」

 しれっとした顔で言って退けた佐田に、もはや引き攣った笑いしか出ない。

 この店はスイーツの食べ放題の店だったらしい。

 なんと今日が先川の誕生日だったらしく、その祝いと勉強の気分転換を兼ねて、この店に足を運んだのだそうだ。

「でしょ……じゃないでしょ。山下君の都合も、こういうお店が大丈夫かも聞かないで……」

「先川、大丈夫だから。気にしなくていいよ」

「うぅ……ごめんなさい、山下君」

「大丈夫だから、本当に。予定もなかったしさ」

 佐田の暴挙に焦ったのは、行動した本人ではなく隣にいた先川だった。

 正直、まだ動揺が収まっていない。だが、ここでそれを見せては、気に病むのは先川だ。

 俺は何とか平静を取り繕って、先川にこれ以上気落ちさせてはならないという一心で、声を掛けていた。

「ほら、山下もこう言ってるし。気にしない気にしない」

「理歌が言うのは違うでしょ」

「お前が言うのは違うだろ」

 相変わらず、しれっと言って退ける佐田へ、俺と先川は同じ反応をしてしまった。

 反射的にお互いに顔を合わせ、何となく気恥ずかしくて、二人して照れ笑いとも苦笑とも取れる不恰好な笑みを浮かべた。

「二人とも落ち着いた? それじゃあ早くケーキ取りに行こう。時間がなくなるよ!」

「ちょ、もう……理歌ってば……」

 だからお前が言うな。そう言いたくなったが、また先川と被ってしまうかもしれないと、俺はぐっと言葉を飲み込んだ。

 案の定、先川も俺と似たようなことを言おうとしたようだが、言っても無駄かと、俺とは別の意味で言葉を飲み込んでいたが。

 佐田の勢いに押され、先川と俺も席を立つ。

 俺はこういった店に入ることが初めてで、何もかもが新鮮だった。

 客層は圧倒的に女性客が多いが、意外に男性客の姿もあり、男同士で来ている奴等がいたことには特に驚いた。

 皿を手に取り、さっさと自分の分を盛り始めた佐田。

 その後に先川が続き、俺も続くのだが、スイーツ食べ放題の店でありながら、サラダやスープ、パスタやカレーまであるとは思わず、また驚いてしまう。

 これも食べていいのかと、馬鹿なことを先川に聞いてしまったりもした。

 なんて馬鹿な質問なんだと、聞いた後に後悔したが、先川は全く馬鹿にすることなく、自分は普段どうしているのかを教えてくれた。

「先川は、チョコ系が好きなのか?」

「え?」

 ケーキコーナーにてケーキを選ぶ先川の皿を見て、俺はそう尋ねた。

 先川の皿に盛られたケーキは、半分以上がチョコレートのケーキだったから。

「えっと……うん、好き」

 俺の質問に、先川は自分の皿に目を落とし、言い倦んだ。

 俺は意図せず聞いてしまった、先川の口からでた“好き”という言葉に思わずどきりとしてしまうが、そんなことよりも先川の反応を見るに、この件には触れてはいけなかったのかもしれないと、密かにひやひやしてもいた。

「あの、でも、普段はチョコのお菓子とか食べ過ぎないようにしてるよ? 新商品を見つけても、家族とか友達と分けてるし……」

 あぁ、なるほど。先川の言葉を聞いていて、得心がいった。

「そうか。でも、今日は誕生日なんだろ? 今日くらい好きに食べてもいいんじゃないか? 食べ放題なんだし、食べなきゃ損だろ」

「……! う、うん。そうだね、ありがとう」

 女心、というやつだったのだろう。たくさん食べると思われることが恥ずかしかったらしい。

 女子なんだなぁ。と微笑ましく、口元が緩みそうになるのを堪え、俺もチョコレートケーキを一つ皿に盛った。

「……先川」

「ん?」

 ケーキコーナーに視線を戻した先川に声を掛けると、先川は俺を振り向き、首を傾げた。

「あの、さ」

「うん?」

 俺はまだ、言えていなかった。

 先川の誕生日が今日だと知って、自分の口でも誕生日と発言していながら。

 おめでとう。

 その一言を、タイミングを掴めずにまだ言えていなかったのだ。

「誕生日……」

「うん」

 いざ改めて言おうとすると、緊張してしまう。先川は、歯切れの悪い俺を急かすことなく、静かに待っていてくれた。

 あと一言。おめでとう、と言うだけ。

 それで終わるところだったのだが……。

「二人とも取り終わった? 私もうお皿に乗らないから、先に戻ってるねぇ」

「あ、うん。私達もすぐ戻るね」

 真の悪いことに、佐田に声を掛けられ流れが断ち切れてしまった。

「…………」

「ごめんなさい、途中で。山下君、今なんて……」

「いや、何でもないよ……」

「え、そう?」

「あぁ」

 さっさと言ってしまえばいいものを。咄嗟に誤魔化してしまった俺は、馬鹿野郎と内心で自分を叱りつけた。







「え!? 山下もそこ受験するの!?」

 おめでとうが言えないまま席に戻り、各々食べ進めながら会話を続けていくと、俺達の会話は自然と試験に関する話になり、そこから進路の話に結び付いた。

 驚愕する佐田の発言から分かるだろうが、佐田も進学希望で、それも受験する大学が俺と同じだった。

 俺も驚いた。まさか、佐田と同じ大学になるとは露ほども思っていなかったからだ。

 しかし、俺は佐田の比ではないほど驚愕していると自負している。

 なんと、先川までもが同じ大学を受験する予定だと言うのだ。

「……って、ちょっと! 二人してなに口開けたまま固まってるの!」

 佐田はけたけたと声を上げて笑うが、それについて苦言を示す余裕はない。

 高校三年生になって……いや、先川と知り合って多くの偶然に直面してきたが、まさか、こんなことが起こるとは夢にも思わなかった。

 俺……そして先川も、開いた口が塞がらず、茫然としてしまうのだった。

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