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春の隣  作者: 白黒
17/26

17話

「何騒いでるの、あんた達」

 怪訝な顔でこちらにやってきた佐田は、俺と前島が座る席の隣に腰掛けた。

 あぁ、そこで食べるのか……。

 佐田がどこで食べようと個人の自由だが、今は隣に居座られるのは、とてつもなく居心地が悪い。

 前島もそうだが、佐田も勘がいい。

 俺達の会話の内容が知られようものなら、俺の意中の相手が誰なのか、勘付かれる可能性が高いのだ。

 テーブルの下で前島の足を軽く蹴り、下手なことは口にするなと釘をさす。

「猥談でもしてたの? やだぁ、不潔」

「は!? ち、ちげぇよ! 真っ昼間からそんな話するわけねぇだろ!」

「ふーん。じゃあ夜だったらするの? うわっ、ケダモノ」

「はあ!?」

 俺の訴えを汲み取り、誤魔化そうとする前島だが、すっかり佐田のペースに飲まれ、空回りしている。

 本来、慌てるべきは俺なのだが、自分以上に慌てている奴がいると、返って冷静になれてしまうものだ。

 言いながらも平然とした顔でハンバーガーを食べ進めるところを見る限り、佐田が本気で言っているわけではないと分かる。

「まぁ、前島がむっつりスケベだって話は置いといて……」

「誰がむっつりスケベだ! 濡れ衣着せて終わるんじゃねぇよ!」

 ぺろりとハンバーガーを食べ終え、あっさりと話を切り替えようとする佐田に前島の講義が入るが、佐田はどこ吹く風で聞き流し、俺をじとりと見据えた。

 悪いことをした覚えはないが、思わず背筋を伸ばしてしまう。

「山下……」

「何だ……」

 説教をされると分かっていて、雷が落ちるのをじっと待っているような……。

 そんな心臓に悪い緊張感に包まれていたのだが、佐田は俺をしばし見据えた後、「あぁ」と何かに一人で満足したようで、俺から興味をなくした。

「あぁ……って何だ。あぁって」

 いつぞやに、逆の立場で同じようなやり取りをしたような気がするが、それがいつなのかは今はどうでもいい。

 佐田は俺を見て何かを確認しようとし、確認ができてしまえば、もう用はない。

 そんな我が道を行く態度の佐田に、一体何がしたいのかと聞き返すのは、当然の流れだろう。

 俺が聞き返すと、別に、といったふうに首を振った。

「文化祭の終わり頃から山下の元気がないように見えるって、真智が心配してたんだけど。……でも、今日の山下を見た感じだと、そうでもなさそうだから別にいいわ。気のせいだって言っておく」

「先川が?」

 佐田は何食わぬ顔で言って退け、話を終わらせようとしたが、俺としては聞き流せない内容だった。

 元気がないように見えたということは、そう見えてしまうような覇気のない態度を、先川に対して取ってしまったということだろう。

「まさか……俺、無意識に先川に冷たくしてたんじゃ……」

「は? 違う違う。そんなんじゃなくて、単純にあんたが凹んでそうだから気になっただけみたい。私はよく分からなかったから、ピンとこなかったけど」

 知らぬ内に先川を傷付けてしまっていたとしたら、嫉妬に加え八つ当たりまでしたことになる。

 そんな最低なことをしたのではと想像するだけで、背筋が凍った。

 あっけらかんとしている佐田の様子からして、俺が先川に冷たい態度を取った事実はないようで安堵する。

 それと同時に、気取られない方がいいに決まっているのに、不謹慎にも先川が俺を気にしてくれた事実を嬉しいと思ってしまう。

「へぇ。先川さんって、人のことよく見てるんだな」

 落ち着気を取り戻した前島が感心したように呟けば、佐田はフライドポテトをつまみ、俺達に指し棒代わりにして突き付けてきた。

「文化祭のとき、男子は気付いてなかったかもしれないけど、私と真智も結構大変だったのよ? あの肉食系女子の軍団から山下と如月を守るの」

「え?」

「お菓子買った後も帰ろうとしない人を帰らせたり、山下や如月の写真を勝手に撮ろうとする人を止めたり」

「え、佐田さんと先川さんってそんなことまでしてたの?」

 前島が目を見開いて驚くと、佐田は鼻を鳴らした。

「前島達のことだってカバーしてたのよ? そのおかげで、山下と如月の連絡先を聞かれて困ること、ほとんどなかったでしょ?」

「おお! そういえばそうだ!」

 気付いていた。だが、そう口に出せないほど、俺が気付いていた事実はほんの一部に過ぎなかった。

 先川と佐田が奮闘してくれなければ、あの戦場を無事に乗り切ることはできなかっただろう。

 頭が下がる思いで佐田の話を聞いていると、佐田はさらにこう続けた。

「それに、お菓子がなくなりそうになったとき。私も一緒に追加のお菓子を買いに行こうとしたけど、私までいなくなったら男子が大変だからって、一人で行くって言ったのよ。真智ったら、自分が大変になるって分かってるのに」

「……っ……」

 先川が何故、佐田の同行を断ったのかが分かった。

 先川の行動は、全て、俺達の為だったのだ。

「へーー。めっちゃいい子じゃん、先川さん。なぁ、一弘?」

「あぁ……」

 俺が言葉をなくしていると、前島は感心した声で呟き、俺に同意を求めてきた。

 そんなこと、前島に言われなくても知っている。

「そんな裏話があったなんてなぁ……。あ、買い出しで思い出したけどさ、先川さんの買い出しに、如月が率先してついて行ったのには驚いたよなぁ」

 今日は、前島に度肝を抜かされてばかりの日らしい……。

 何でもないような口振りで、前島は俺の頭の中を覗いたかのように、計らずとも俺が気になっていた件を口にした。

「それは私も驚いた。けど、如月ってミーハーな女子には冷たいけど、それ以外の人には素っ気なくても案外普通に接してくれるじゃない? だから真智のことは手伝ってくれたんだと思うのよ」

「あーー、なるほどなぁ」

 先川と如月の関係が勘付かれやしないかと思ったが、その心配はなさそうだ。

 二人きりでどんな話をしたのか……。

 先川のことだ。うまく誤魔化して、佐田にも話していないのだろう。

 それを裏付けるように、佐田は件の二人について、それ以上触れることはなかった。

 残念だと少しも思わなかったわけではないが、人伝てに二人の会話を知ってしまうのは、罪悪感がある。これで良かったのだ。

「そういえば、佐田さんは一人で昼飯?」

「何? 一人でお昼ご飯食べてる寂しい奴だって言いたいの? 酷い! 偏見反対!」

「だから! 何で! そう揚げ足をとるんだよお前は!」

 佐田が注文した商品全てを食べ終えた頃。

 佐田が一人でいることを不思議に思った前島がそう尋ねたのだが、またやけに心臓に悪い冗談を言われてしまい、前島はもう勘弁してくれと声を荒げた。

「だって、一人だとつまらなくて。冗談の相手くらいしてよ」

「だったらもう少し可愛い冗談にしてくれよ……」

「何? 女なんだから可愛げ見せろって?」

「ち! が! う! っつーの!」

 案外、前島と佐田は気が合うのかもしれない。

 あまり会話をする機会もなかったはずの二人の、随分と気安い態度を見て、俺は確信もなくそう思った。

 俺の考えを察したのか、テーブルの下で前島に脛を蹴られた。

「いっ!」

「何考えてるか見え見えだぞ一弘!」

「またじゃれてる。高三だっていうのに子供ねぇ」

 口では佐田に勝てない。

 何度目かの言葉の応酬で学んだらしい前島は、反論をぐっと飲み込んだ。賢明な判断だ。

「今日は真智の誕生日プレゼントを探しにきたから一人なの。こっそり買おうとしてるのに、真智本人を誘うわけにはいかないでしょ?」

 それなら、本人以外の誰かを誘えばいいのでは……と言ってしまえば、余計な火種にしかならないだろう。

 俺は浮かんだ言葉を飲み込むが、前島は口を滑らせてしまい、結局また二人の言い合いが始まってしまうのだ。

(先川の……誕生日、か)

 それはいつなのか……。聞きたいが、ただの隣の席のクラスメイトでしかない俺が聞くのは不自然過ぎるだろうと、俺は沈黙して二人の言い合いを聞き流すのだった。

 ほどなくして、佐田が誕生日プレゼントを探しに行くと言って席を立ったので、俺と前島も適当に店を出て、街を散策した。

 日暮れ間際に別れ、帰り道。

「誕生日……」

 薄暗くなった帰り道を歩きながら、俺はそのことばかり考えていた。

 聞くのは不自然だろうと一度は諦めておきながら、こんなふうに考えてしまう。未練たらしいことこの上ない。

 誕生日が何月何日なのかも分からない。知っていたとしても、何と言ってプレゼントを渡せばいいのか分からない。どんなプレゼントにすればいいのかも分からない。

 分からないだらけで八方ふさがりだ。

 早々に諦めてしまえばいいものを、先川の誕生日だと思うと、何もしないことが落ち着かない。

 そう思ってしまうのは、俺だけではないはずだ。

 好きな相手の誕生日が迫っていると知ってしまったら、何かしたいと思うものではないだろうか。

「……はぁぁ」

 行き場のない悶々とした思いを溜息として吐き出す。

 渡せないだろうと思いつつ、何か目ぼしいものはないかと視線を泳がせてしまうが、これまた新たな問題が浮上した。

 十代の女子が入れ替わり立ち替わり来店するような雑貨店は、男が単身で足を踏み入れるにはとてつもなく度胸が必要だ。

 馴染みがなさすぎる色合いも、女子が可愛いと言う内装や店員も、男にとっては未知そのものなのだ。

 言い訳ではないが、先川のイメージとも合わない。

(先川の、イメージ……)

 先川に似合いそうなものといえば、どんなものなのか。

 考えている間に、俺はいつの間にか自宅に辿り着いていたようで、ハッとしたときには玄関で靴を脱いでいた。

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