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春の隣  作者: 白黒
15/26

15話

 オープニングセレモニー終了後、場所を移動したことを何とか誤魔化し、俺は前島と文化祭を回った。

 定番の出し物もあれば、個性的で賛否両論分かれそうな出し物まで。出し物は幅広く、それなりに楽しんだ。

 ホストクラブや合コン紛いの出し物やをやっているクラスもあり、自分のクラスでその案が上がらなくて良かったと心底ほっとした。

 一般客は保護者や卒業生、受験を視野に入れている中学生等、幅広い年齢層の客が訪れている。

 若い男が女子高生に声を掛け、女子は満更でもなさそうにはしゃぐ。不特定多数の人間が集まる場というのは、そういう光景も間々見られる。

 一般客の男、もしくは女が高校生の男女に声を掛ける。その逆もまた然り。

 こちら側から一般客に声を掛けている奴もいる。

 いつ、誰にどんな出会いがあるか分からないもので、そういった声掛けに応じるかどうかは本人達の自由だとは思うが、もしものことを考えた上での行動を心掛けてほしいものだ。

「半日で六人……。可愛い系から綺麗系まで揃い踏み……。お前、モテるのに何で誰にも靡かないんだ?」

 文化祭初日、終了間近になり、俺達は一度、自分のクラスに戻ろうと教室に向かっていた。

 今日、俺が声を掛けられた人数を数えていた前島が、腑に落ちないと言った顔で呟いた。

 何故も何も、理由は一つだろう。

「……別に、好きじゃないから断ってるだけだろ」

 俺がそう返すと、前島はその答えでは不服だったらしい。

 半眼で口を尖らせてた。

「なーんか、怪しいんだよなぁ」

「……何がだ」

「何、ってのは分からねぇけどさぁ……何か、最近活き活きしてるような……そうでもないような」

「何だそれ」

 内心、勘付かれやしないかとひやひやしていた。

 前島になら気付かれてもいい気がするが、俺が先川と話しているとき、片思い中の相手と話しているんだなという生暖かい目で見られるのは恥ずかしかった。

 いつどんな形で、他の奴に知られてしまうかも分からないのだから、やはり隠しておける内は隠しておくのが得策だろう。

「誰か好きな奴できたんじゃねぇの?」

「いねぇよ……別に」

 オープニングセレモニーでは少々怪しい行動を取ってしまったかもしれないが、それ以外では、ボロが出ないよう気を付けているというのに……よく気付くものだ。

 入学時からの付き合いなだけあって、秘密を作るというのも簡単にはいかないようだ。

「可愛い系も綺麗系も駄目なら、一弘が好きになるのはどんな奴なんだろうなぁ」

 今日声を掛けてきた女性客は、確かに前島の評価通り、容姿の整った奴が多かった気がする。

 だが、それまでなのだ。

 容姿が整っていようと、その印象しかない。客観的視点で見た、俺個人としての印象ではないのだ。

 好きになった方が負け、とはよく言ったもので、普通だと思っていた奴でも、今でも普通だと思っていても。

 俺には特別で、誰よりも可愛いく見えるのだ。

 これこそ恥ずかしくて、絶対に前島には言えないのだが……。








 二日目の午後。俺や先川達が担当する時間になった。

 如月は午前中は家族を案内してやっていたそうで、家族が楽しそうにしていたと感謝の連絡がきた。

 家族が楽しめたのは俺のおかげではなく如月本人の功績なのだが、この律儀な連絡は如月らしいと思った。

 俺を含めた男子四人は、交代の時間になる十分前には教室に来て、着替えを済ませ、時間になるまで待機スペースで待つことにした。

 一足遅れて来た先川と佐田も、衣装と言うほどでもないが、エプロンを着け俺達が控えるスペースにやって来た。

(ひよこ……)

 先川のエプロンは、男子でも使えそうな落ち着いた色合いのものだったが、左胸から右胸に向かって、ひよこが列を成して歩くような柄があった。

「今日はひよこか。調理実習のときは何だったっけ?」

「猫だよ。理歌が哀愁漂ってるって言った顔のやつ」

「あれか! あれは傑作だったわ!」

 耳に入ってきた先川と佐田の会話に、俺は噴き出すのを必死に堪えた。

 猫や犬の柄はよく見掛けるし、ひよこも可愛い部類のため、あってもおかしくはない。

 だが、哀愁漂う猫とはどういうことなのだろう。

 調理実習のときの俺は上の空で、先川が着けていたエプロンの柄を全く覚えていない。

 実物を見れなくて残念だと思うべきか。笑わずに済んだと思うべきか。

 そうこうしている内に時間がきた。

 女子が二人来ていないが、待っているわけにもいかず、午前の奴等と交代する。

 午前の時間を担当していた土田に、客入りは悪くもなく良くもなく。忙しくないから大丈夫だ。……と言われてはいたが、始まってしばらくして、俺は何も大丈夫ではなかったと思い知ることになる。

 土田の言葉を鵜呑みにしたわけではないが、少しでも期待したのが間違いだった。

 俺と如月に女性客が集中し、途切れる間がないのだ。

 男性はほとんど来ないが、売り物が菓子なだけあり、親子連れも多くやって来る。

 一直線に俺と如月の列へ並ぶ女性客以外は、先川や佐田の女子二人で上手く対応してくれている。

 俺は自分の前の客の相手をするので手一杯で、あまり周囲の様子にまで目が届かないが、先川は喫茶店でアルバイトをしているだけあってさすがだった。

 女性客で溢れている教室内で、どこに並べばいいのか分からなくなっていたらしい子供や年配の客にすぐさま声を掛け、佐田や前島といった奴等の元へ誘導していく。

 先川は、いつまで経ってもやって来ない女子二人に佐田が苛立ちそうになるのを時折宥めたりもしていた。

 視界の端で、ひよこ柄のエプロンを可愛いと喜ぶ女の子に笑い掛けている姿が見え、この混雑での疲れが少し癒された気がした。

 菓子を売り、一緒に写真を撮ってほしいという要望を断り、菓子を売り、連絡先を聞かれては断り……。

 まだ終了まで時間はあったのだが、困ったことが起きた。

 大量に残っていた菓子の在庫が、あと少しで尽きそうなのだ。

 売り尽くして早々に店仕舞いということもできるが、菓子が尽きたと知れば、それなら一緒に文化祭を回ろうと迫ってくる女性客も出てくるだろう。

 これは自意識過剰ではなく、経験談からだ。

 仕事があるからという大義名分を使えないのは大変不便で、普通に断ったところで簡単には引いてくれない。

 それは、俺と同じく女性客に群がられていた如月も同じこと。

 無愛想とはいえ、客相手ということもあり、学校の女子にしたような態度は控えているせいだろう。

 対応自体は丁寧なため、声を掛けてくる女性客は一定数いる。

 有難いことに前島や他の友人が俺と如月を手助けしてくれるのだが、この補助がなくなったときのこと、菓子がなくなった後のことを考えると恐ろしい。

「私、お菓子買い足しに行ってくる。まだ予算も残ってたし、近くのスーパーなら私でも走れば二十分くらいで帰って来れるし」

 エプロンを脱ぎ、先川が予算の入った袋を手に名乗りを上げた。

 確かに、この状況を乗り切るには、商品である菓子が尽きないようにすることが一番の方法だ。

 しかし、この後の時間をやり過ごす為に必要な量の菓子を買うとなると、一人で持ち帰るのは大変だ。走るというなら尚更だ。

 俺も行く。そう言いたかったが、それではまた別の面倒が起きてしまうと容易に想像ができ、俺はここまで出し掛けた言葉を飲み込んでしまった。

「私も行く。一人じゃ荷物持って走るの大変でしょ」

 俺と同じことを考えた佐田が、そう言ってエプロンを脱ごうとしたのだが、先川は何故か首を振り佐田を制した。

 何で? と尋ねる佐田の耳元で先川が何かを囁くと、佐田は難しい顔で頷いた。

 先川が何を囁いたのかは分からないが、少なくとも佐田を納得させる内容だったことは間違いない。

 ということは、佐田は先川が一人で行くことを認めたということなのだろう。

 誰か……。と周囲を見回し始めた佐田は、先川の買い出しに同行できそうな奴を探しているらしい。

 女性客の対応に追われていた俺は、先川が佐田に何を言ったのかを確認しに行くこともできない。

 名乗りを上げたかったが、目の前の女性客がそれを許してくれるとも思えず、身動きが取れずにいると……。

「俺も行く」

 静かな声で、だがはっきりと同行を主張する声が上がった。

「え……如月が?」

 声を上げた予想外の人物に、佐田が驚きの声を上げた。

 名乗りを上げたのは、俺と同じく女性客の対応をしていた如月だった。

 無愛想だったことが功を奏したのか、女性客は不満げな声を上げる、多少引き止めようとするものの、強く引き止めようとする奴はいなかった。

 失敗した。

 俺は、直感的にそう思った。

「行くぞ、先川」

「え? あ、ちょっと待って!」

 これ以上引き止められないようにする為か、如月は先川の手から袋を取ると、足早に教室を出て行ってしまった。

 先川も慌ててその後を追い、教室を出て行った。

 ざわりと、心臓の辺りに感じた違和感。

 如月がいなくなったことで、その分俺に回ってくる女性客が増えた。

 だが、如月がいなくなった分、如月について手助けをしていた奴がこちらに来てくれたことで、対応が楽になった。

 如月はこれを見越して、かつ先川を気遣い、名乗りを上げたのだろう。

 楽になった。そのはずだというのに、俺は今しがたまで感じていなかった疲労感に襲われた。

 取って付けたような、心の篭らない愛想笑いだというのに、それを素敵だと持て囃され、腹の中がむかむかしてしまう。

 教室を出る如月と、それを追う先川の背中が、頭から離れなかった。

 少女漫画のヒロインと結ばれる運命にある相手。周囲を物ともしないカリスマ性。

 如月には、それがあるように感じた。

 もし、先川が少女漫画のヒロインだったなら。

 もし、如月が運命の相手だったなら。

 そんな想像が簡単にできてしまったことに、酷くショックを受けた。

 これは、生まれて初めて明確に自覚した、嫉妬だった。

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