14話
如月の母にスーツを渡すという強行手段を取った俺は、如月から苦情の連絡がくることを覚悟していた。
だが、如月からきた連絡は短い感謝の言葉と、「人がいいな」という呆れとも褒め言葉ともつかない言葉だけで、俺を責める言葉はなかった。
俺からしてみれば、先川や如月の方がよっぽど人がいいと思うのだが。
兎にも角にも、如月の文化祭参加の問題が解決し、次は俺の問題だ。
クラスの出し物が決まれば、あとはどの時間帯に出るかを決めなければならない。
文化祭は二日間。初日か二日目か。午前か午後か。そのいずれかに、二班ずつ割り振られる。
どこに割り振られるのかは、席替えをしたときと同じように、毎年クジ引きで決められている。
公平になるよう、八つある班の代表者が引く順番をジャンケンで決めるのだが、俺の班の代表者は佐田に任された。
俺達が担当することになった時間は、二日目の午後。文化祭終了までの時間になった。
人気のない枠ではあるが、それに関しては別に文句はない。
俺にとって鬼門なのは、オープニングセレモニーの代表者に、またしても選抜されてしまいそうだということだ。
オープニングセレモニーとは、文化祭初日に行われる開会式のようなもので、吹奏楽部の演奏や、有志によるダンス等で盛り上がる催しである。
有志は、一学年に一グループの参加が義務付けられており、クラスに関係なく収集されるのだ。
俺は二年連続で参加させられているため、最後の今年くらいは客席から舞台を見上げたいと思っているのだが、「出る?」と聞かれるより先に「出て」と言われる始末で、俺の意思は簡単には通らない。
二年生のときは、同学年の男子に人気の女子と恋人のような振り付けで踊らされ、本当に付き合っているのではと噂されたり、実際に告白されたりと大変な思いをした。
あんな可愛い子に告白されるなんて羨ましい。
俺が不満の声を漏らすと、そう羨む言葉が返される。
俺も話を聞くだけなら青春を謳歌している贅沢な悩みのように感じるが、それを望んでいない自分がいざ体験してみると、ただただ心身的疲労が溜まるだけだった。
全員に該当しなくても、俺にはそうなのだ。
去年の二の舞は御免だ。俺は全ての嘆願の声に否と返し続けた。
なかなか引き下がらない奴も多く骨が折れたが、俺が頑なに拒否し続ければ、友人の援護もあり、何とか参加を免れることができた。
参加を免れたい理由として、オープニングセレモニーを客席から観たいからと思っていたが、それよりも優位に立つ理由ができた。
嘘でも、誰かと恋人のように振る舞いたくない。そんな姿を、見られたくない奴ができたのだ。
自覚する前なら、押しに負けてステージに上がり、楽しそうに観ている姿に勝手にショックを受けていただろう。
文化祭までの間、去年まではオープニングセレモニーの練習で忙しかったが、今年はクラスの出し物の関係もあり、準備に費やす時間が少なかった。
衣装は各々で用意すればいいし、お化け屋敷をやるクラスのように小道具を作る必要もない。
簡単な飾り付けの道具を仕入れてくれば、あとは菓子を買い揃え小分けすればいいだけ。
「ねぇ、オープニングセレモニーでは何を演奏するの?」
「駄目駄目。本番までのお楽しみ!」
文化祭目前。菓子を小分けしながら尋ねる先川に、佐田は悪戯っ子のようにそう言った。
「真智の好きな曲も演奏するから、楽しみにしてて」
「えー? 期待しちゃうよ?」
「どうぞどうぞ!」
「ふふっ。楽しみだなぁ」
佐田が言う、先川の好きな曲とはどんな曲だろう。
その曲が演奏されたとき、先川はどんな反応をするのだろう。
和やかな二人の会話に、俺は胸がじんわりと温かくなるのを感じるのだった。
準備も無事終わり、迎えた文化祭当日。
予想していなかったわけではないが、如月は自分が担当になっている二日目のみ参加するつもりということで、初日の今日は欠席だ。
オープニングセレモニーが始まり、校長の話が終わり、一年生から順にパフォーマンスが始まった。
一年生はまだ不慣れさが見て取れる初々しさがあり、振り付けを間違えている奴がちらほら目立っていた。
たった二歳しか違わないが、三年生ともなると一年生は子供に見えるのか。不慣れさが逆に可愛く見えてしまう。
二年生は一年生より慣れが出ていて、三年生に負けじといったふうに完成度が高くなっていた。
三年生は最後の文化祭だということで、気合いが入っている奴等が集まったこともあり、インパクトのあるパフォーマンスとなっていた。
同学年の男子に人気の女子と、一人の男子が恋人のように踊るというのは予想通りだが、ミュージカル調にしてくるとは思わなかった。
観る分にはいいのだが、参加を免れて良かったと改めて思った。
そして、全学年のパフォーマンスが終われば、最後は佐田が所属する吹奏楽部の演奏だ。
客席は大いに盛り上がり、多くの奴等が元々の席から移動し、より観やすい位置を求めて身を乗り出している。
クラスごとに席が決められており、女子が前の席になってはいたが、今は原型を留めていないくらい男女が入り乱れている。
先川は前の方の席だったはずだが、果たしてこの圧の中、先川が人を押し退けて前の席に留まれているのかどうか……。
気になり、先川の姿を探してみた。
見つからなければ前の方に留まれたと思えるのだが、俺の目に入るところにいるとなれば、人の波に押し流されてしまったということになる。
佐田の演奏を楽しみにしていたのだ。
見つからないでほしいと願いつつ、探していると……。
「……前島、ちょっとそこどけ」
「は? どこ行くんだよ、 おい一弘?」
隣の前島を避けさせ、俺は人を掻き分け端へと移動した。
たった四、五人。その少ない人数を抜けた先に、俺が探していた姿があった。
「先川」
「山下君?」
人に押され続けて、さらに流されそうになっている先川の腕を掴んだ。
「どうして山下君がここに……。あ、山下君がじゃなくて、私がかぁ……」
先川が本来いた場所は、周囲は女子で囲まれていた。
そこに俺がいるのは何故かと不思議がった先川だが、俺ではなく自分が男子の席まで流されてしまったのだと気付き、ばつが悪そうに苦笑した。
「先川、こっち」
「え?」
俺は、先川に佐田が演奏する姿を見せてやらなければと、その一心だった。
俺の前に空いた空間に引き寄せ、後ろから詰めようとしてくる奴との壁になる。
「見える? ステージ」
「う、うん。ありがとう。……ごめんなさい。私が山下君の近くに流されたせいで、気を遣わせちゃって」
密集している中では、自由に振り向くことさえ難しい。
先川は身動ぐが、ほぼ前を向いたまま、申し訳なさそうにそう言った。
先川がきちんとステージが見えるようにと、そればかり考えていた俺は、この距離間を失念していた。
「いや……俺は身長高い方だし、問題なく見えるから。大丈夫」
平常心を装って、平坦な声を意識して応えるが、内心ではどぎまぎしていた。
俺の後ろにいる奴が詰めようとしてくるとき。先川の前にいる奴が身動きしたとき。
先川の肩や背中が、俺に当たるのだ。
言い訳が許されるなら、俺に下心はなかったと潔白を訴えたい。
衝動に任せ、先川の腕を掴んだ俺の弁明に説得力はないのかもしれないが、本当に下心はない。
誰に責められたわけでもないが、そう弁解せずにはいられなかった。
「……あ、始まる!」
弾んだ声で、先川がステージに視線を注ぐと、早速一曲目が始まった。
今年は大会で演奏した曲は演奏しないと言っていたが、確かに、選曲は大会で演奏するようなイメージのない曲だった。
一曲目はドラマで有名になり流行った曲で、二曲目はいくつかのCMのサビ部分を繋いだメドレーだった。
先川は、周囲のように大きな声で声援を送ることはしないが、曲の盛り上がりや次の曲に切り替わったとき、楽しいという気持ちが零れるかのように小さな声を上げるのだ。
そして、最後の曲が始まった瞬間。先川の肩がぴくりと跳ねた。
この曲は、何の曲だったろうか。
あぁ……人気映画で流れた有名な曲だ。
もしかしなくとも、これが佐田が言っていた先川の好きな曲なのだと、先川の反応を見て分かった。
最後のサビに入る前に、佐田が演奏するサックスのソロパートがあったのだが、素人の俺からしても凄い指さばきだと思った。
ソロパートが終わり拍手が起きると、演奏が続く中、佐田は一礼してから再び演奏に加わった。
曲の締めも佐田のサックスで、終了後に上がった大きな拍手に、俺も思わず大きな拍手をしてしまった。
「凄かったね!」
ずっと肩を弾ませ楽しげにしていた先川が、演奏が終了すると同時に、顔だけで俺を振り返った。
笑顔の花が咲く。とは、どこで聞いた表現だったか。
俺は今、その花を見た気がした。




