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春の隣  作者: 白黒
13/26

13話

 俺と先川が如月から衝撃的な話を聞かされた日、俺達は連絡先を交換してから別れた。

 交換が必要なのは、連絡手段が必要になる先川と如月だけではあったが、その場の流れで俺も交換することになったのだ。

 あれから数日経ったが、如月が誰かと深く関わらない姿勢を変えることはなく、俺と先川にも、今まで通り教室で不必要に声を掛けてくることはなかった。

 二学期になり、個性的な転入生が加わり始まった新しい日常は、存外平穏に過ぎていく。

 その平穏の中で、一学期の頃と大きく変わった点が一つ。

 真新しい二つの連絡先が、俺の携帯電話に追加されたということ。

 如月の母は、無事に先川のアルバイト先の喫茶店で働くことになったそうで、先川と如月は律儀に俺にも報告をしてくれた。

 先川も如月も、用件がなければ無闇に連絡を送ってくることはなく、大きな塊に属する奴等を相手にする感覚とはまるで違った。

 目を通してもあまり意味がない、ただ盛り上がる為だけのやり取りとは違い、あの二人からの連絡は目を通す度に、俺に少し離れたところで起きている小さな変化を教えてくれるのだ。

 如月の母は働き者で、笑顔が優しいだとか。

 先川は新人と同じ目線に立って親身に教えてくれると、母が感謝しているだとか。

 俺の知らないところで交わされる人と人との繋がりが、少しだけ羨ましく感じた。

「私メイド喫茶とかやりたーい」

「メイド服着て、パンケーキとか軽食とか出したら盛り上がるよねぇ。男子は執事服着ればいいし」

「いや、でも人数分の衣装を用意する資金なんてないよ。借りるにしても作るにしても」

「食べる物も、調理が必要ってなると衛生面でチェックが厳しいから、大変だぞ」

「えーー! つまんなーい」

「山下君に執事服着てほしかったのにぃ」

 今、俺のクラスでは、文化祭でクラスの出し物は何をしようかという話し合いが行われている。

 漫画の世界のように華やかな出し物は、先で論破されていたように資金面や衛生面の問題から、全くできないということもないが現実的に考えて難しい。

 あれはどうか、これはどうかと話し合いは続き、話し合いに設けられた時間は残すところ十分を切っていた。

 最後の文化祭ということもあり、何か変わったことがしたいという気持ちはあれど、現実的な問題に阻まれなかなか話が纏まらない。

「じゃあ、スーツは? お父さんとかお兄ちゃんとか、スーツなら誰かしら持ってるでしょ?」

「スーツ! それだ!」

「スーツ着てどうするの?」

「作るのが大変なら、お菓子は? いろんなお菓子を詰め合わせて売るの!」

「いいかも!」

「いや、スーツでお菓子売るとか何屋だよそれ!」

「面白くていいんじゃね?」

 何やら、話が纏まり始めたようだ。

「女子はどうすんの?」

「あ! エプロンはどう? 男子がスーツ着て旦那さん、女子がエプロン着けて奥さん、って感じ! 新婚さんみたいで良くない?」

「いいかも! メイド喫茶より斬新でお金掛からないし!」

「よし決まり!」

 纏まった話によると、衣装は男子はスーツ、女子はエプロンを各々で用意し、売る物は菓子の詰め合わせということだそうだ。

 男子はスーツなら父の物を借りることで何とかなるし、女子は自分のエプロンがなければ母に借りるなり、新調するなりすればいい。

 可愛いエプロンを買いに行こうと、早速盛り上がっている女子もいる。

 メイド服や執事服を用意するより断然、現実的だ。

 だが、一つ気掛かりなことがあった。

 俺の目の前に座る金髪の転入生、如月 長は、家庭の事情により親が離婚し、父がいない。

 父からスーツを借りることは不可能で、金銭面的に考えてスーツを買うことも厳しいはずだ。

 そう危惧した俺は、休憩時間になったと同時に如月へ連絡を入れた。

 如月一人分なら、俺の父が持つスーツを貸すこともできると思い。

 返事は放課後、アルバイト先へ向かう電車に乗っているときに返ってきた。

 内容は、文化祭に出る気はないから気にするな……というものだった。

 この返答に、俺は肝を冷やした。

 如月は、本当に初めからそのつもりだったのだろうか。

 俺がお節介を焼いたせいで、制服のまま参加するつもりだったところを、俺に気を遣わせないようにと出席自体を断念してしまったのではないだろうか?

 ずっと一人で家族の為に働いてきた如月のプライドを傷付けてしまったのかもしれないと、俺は自分の行動が軽率だったと頭を抱えた。







 文化祭の出し物が決定し、二日後。

 俺は紙袋片手に先川が働く喫茶店の前に立っていた。

 何故こうなってしまったのか、自分が一番分かっているのだが、誰かに問い質したくて堪らないくらい、緊張している。

 如月から文化祭を欠席するという返答を受けた日の夜、先川からも連絡がきたのだ。

 なんでも、先川は如月の母から、息子が文化祭に出るならバイトすると言っている、と相談されたのだという。

 如月には進学の意志がない。そのため、これが学生最後の文化祭になる。

 せっかく父のしがらみがなくなったのだから、楽しい行事は存分に楽しんでほしいというのが母の思いだが、如月本人にはその意思がない。

 家のことは気にせず、自分が楽しむことに目を向けるようにさせるにはどうすればいいか。

 そんな相談をされ、何かいい案はないかと考えた先川だが、良案が思い付かず、如月の事情を共有している俺に知恵を求めてきたということだ。

 プライドを傷付けたのではと危惧していたが、杞憂だったようでひとまず安堵し、俺はある作戦を提案した。

 それは、俺が如月の母に直接スーツを貸し、如月に渡してもらうというものだ。

 一度肝を冷やしたことだし、それが二度でも変わりはない。この際、乗り掛かった船だ。

 如月からすれば傍迷惑でしかないであろうことは承知の上で、俺は先川に提案した。

 先川から如月の母へ話が伝わり、その返答は俺が今いる場所を考えれば分かってもらえるだろう。

 話し合った結果、受け渡し場所は如月は勿論、学校関係者の目が届かない喫茶店がいいだろうということになり、俺は今ここにいる。

 先川が働く喫茶店に来ることになるとは想定していなかった俺は、目的地に来た今頃、強い緊張感に襲われていた。

 先川から場所を教わる前から知っていた俺だが、店に入ったことは当然ない。

 客を追い掛け走る先川を見たことはあるが、店内で実際に働く姿は見たことがないのだ。

 好意を寄せている奴の働く姿が見られるのだと気付くと、そんな場合ではないと分かっていても、緊張してしまう。

 だが、俺から言い出したことなのだから、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。

 意を決してドアを開け、俺は店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃいま……あ、山下君」

「……っ……」

 店に入った直後、客を迎え入れる挨拶と共に笑顔で振り向いた先川と目が合い、俺はどきりと……もしくは、ぎくりとして言葉が出なかったため、軽く片手を挙げることで挨拶への反応を示した。

「来てくれてありがとう。今、如月君のお母さん呼んでくるね。あちらの席にどうぞ」

「あぁ……」

 夏休みのときと、立場が逆だった。

 同級生同士の口調と、客と店員としての口調が入り乱れるこの感じは、客の立場で経験すると妙に照れ臭く感じた。

 すぐに帰るからと断ろうと思ったが、長い言葉は喉で詰まって出てこず、平然とした顔で声に出せるのは了解の返事だけだった。

 指定された二人席に腰を下ろし、如月の母を待つ間、手持ち無沙汰に店内を見回していると、早くも先川が一人の女性を連れて戻って来た。

「はじめまして。長の母です。その節は本当にありがとうございました」

 俺の前で止まるより早く、先走って挨拶を声に出しながらやって来た如月の母は、線の細い色白の女性だった。

「いえ、俺は大したことはしてませんから」

「いいえ、そんなことありませんよ。山下君と真智ちゃんがいなかったらと思うと、もう恐くて恐くて」

 如月の母への第一印象は、如月の話で聞いていた通り、穏やかそうな人という印象だった。

 店長には話を通してあるらしく、先川と如月の母がここにいても問題ないそうだ。

 俺に是非飲んでほしいと、制止する間もなく先川がコーヒーを頼みに席を離れた間に、俺は早々に如月の母への用件を済ませた。

 深々と頭を下げて感謝の言葉を口にする如月の母の低姿勢振りには、土下座でもするのではと冷や冷やさせられた。

 先川が戻って来るまでの、長くはないが短いとも感じられない時間、如月の母と交わした会話の内容は、息子の如月や家族のことが半分。残り半分は先川のことだった。

 自分のことは後回しにし、家族のことばかり気に掛け、友人関係も希薄で学校での話を自分からしたことがないという如月が、最近は俺や先川のことを話すようになったこと。

 そんな息子の話で聞く先川と、実際に接っすることで知った先川は、話で聞いていた以上にいい子で、とても良くしてもらっているということ。

 言葉の端々から、深い感謝と幸福感が伝わってきた。

「真智ちゃんて本当に優しくて、いい子で。あんな子がずっと長の側にいてくれたらって……勝手ながら思ってしまいます」

 如月の母のこの発言には、俺は空笑いをするしかなかった。

 この場にはいない如月がこの発言を聞いていたら、どう返したのだろうか。

 そう考えると、最近感じたばかりの胸のざわつきが復活してしまう。

 その後、先川が持ってきてくれたコーヒーの味は、いまいちよく分からなかった。

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