第1章 ヒーローのお仕事 【2】
※文字数が多かったので分割しました。
964 :悪か正義か名無しマン
株式会社ビーネが倒産したぞ。
965 :悪か正義か名無しマン
ビーネって、シュトローマンのところだっけ。
あそこ農業に偏っててちょっとおもしろかったよな。残念。
966 :悪か正義か名無しマン
そうそう。加熱処理してないハチミツとか無農薬野菜とか販売してたよな。
悪の組織にしては珍しい商売。
967 :悪か正義か名無しマン
シュトローマンって月刊 悪路じゃそこそこのスペックだったよな。
誰が潰したん?
968 :悪か正義か名無しマン
エクリプス・キングダム。
リーガル・ブレイドもいた模様。
969 :悪か正義か名無しマン
エクリプスならうなずける。
970 :悪か正義か名無しマン
リーガル・ブレイド誰www
971 :悪か正義か名無しマン
でもさ、ビーネとか組織的には弱小だろ?
完全にウサギを狩る全力ライオンじゃん。
シュトローマン、カワイソス。
972 :悪か正義か名無しマン
正義汚い! こういう組織はほっといてやれよ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「汚い、か……」
自分のやったこと――しかも気にしていることが、こうしてダイレクトに酷評を受けていると、さすがに堪えるものがあるらしい。
リーガルは、レストルームのソファに腰掛けて、おおきくため息をついた。
ここは、すべてのヒーローが所属し、全国に多くの支部を所持する、対悪党組織――正義協会。その支部のひとつ、リーガル・ブレイドが籍をおく、中央区支部だ。
任務を終えて帰投した彼は、一服しにレストルームにやってきていた。
3、40人は入れるんじゃないかという広さに、近代的なビジュアルで白を基調とした室内には、くつろげるようたくさんのソファがある。
さらに、奥には喫茶スペースが設置されており、協会員は無料でお菓子やコーヒー等を注文することができるようになっていた。
「……いや、俺がやったことに対して言ってんじゃないんだろうけどさ」
まるで大病院のエントランスだか、有名大学のカフェテリアだか、そんな印象の室内で、リーガルは続けてつぶやいた。
そんなことはわかっていた。
でも、それでも、後ろめたさを持っていると、こうした言葉は自分の心にチクリと刺さる。
それが人間の心理というものだ。
リーガルは、もう一度おおきくため息をついた。
と、その時だ。
「リーガル・ブレイド。久しぶり」
そう、声をかけられた。
彼が顔をあげると、金色に輝くヒーロースーツが、目の前に立っていた。
まるでスポーツカーだか特急列車を思わせる、流線型のシャープなフォルム。
一見した感想をひとことで述べるなら、「速そう」。これに尽きる。
マスクには、顔の中央から後頭部に向けて、数本の赤いラインが放射状に刻まれており、それがまたそのイメージをより印象づけているんだろう。
しかし、そのボディラインは、あきらかに女性のそれであった。
「あぁ、ライトニング・テンペストか。久しぶりだな」
リーガルは、金色のヒーローに向けて手を挙げる。
「同じ支部にいるのに、なかなか顔を合わせなかったわね」
同様に手をあげながら、ライトニングはそう言った。
「はは。確かに。まあ、俺が潜入任務系ばっかりだったからってのもあるだろうけど」
その言葉に、ライトニングは腕を組んで、やや下を向く。
「潜入任務かぁ。なんかツライって、ちょうど昨日コンシリアートルから聞いたわ」
「どうだろ。大変だけど、ツライ……のかな? わかんね」
「そっか」
頭をかきながら言うリーガルに、ライトニングは肩をすくめた。
「つか、コンシリアートルと話したのか。元気してた?」
懐かしい名前が出たとばかりに、リーガルはそう尋ねる。
それは、年齢を理由に引退して、半年近くになるヒーローの名だった。
「ええ。偶然会っちゃって。むしろ今の方がピンピンしてるわ。いい年でアイドルグループにはまって、ライブとか行ってるんだって。奥さんに愚痴られてるみたいよ」
苦笑しながら、ライトニングはそう言う。
「へぇ。まあ、いいんじゃないか? ほら、定年退職して、無趣味でずっと家にこもってるみたいな話し、たまに聞くだろ。それよりかは、外に出て行くだけいいって」
「まあね。ただでさえヒーローは儲かる上に、あの年までやってたんだから、お金はあまりまくってるだろうしね。少しでも世間にお金吐き出してくれた方が、経済も潤うってもんよ」
そう、ヒーローは儲かる。
これは、周知された事実である。
危険な仕事ほど給料がいいのは当然のことだが、ヒーローたちは、さらにその戦果に応じて追加ボーナスが発生するのだ。
悪の組織を壊滅させれば、結構な額になる。
それでなくとも、最前線で長年ヒーローをやっていれば、間違いなく儲かるのである。
「ライトニングの口から、経済について聞けるとは」
「……バカにしてる?」
「バレたか」
「あんたねぇ……」
リーガルは、からかうようにくすりと笑う。
対してライトニングは、いじけたように頭を垂れた。
「……で、次は? また潜入任務?」
一拍置いたライトニングが、顔をあげそう質問する。
「どうだろ。この後支部長と話すから、まだわからないな。そっちは?」
「あたし? あたしはほら、戦闘しか能がないから。どうせまた戦闘任務よ。きっと」
リーガルを敬っているのか、自嘲しているのか、両腕を広げてみせる。
「ジャスマガでスピードSもらってるもんなぁ。すげーよ」
リーガルは素直にそう褒めるが、すぐにライトニングは首を横に振った。
「月刊ジャスティス・マガジン? 実績とか貢献度とかスルーしてランキング付けする雑誌の評価なんて、あたしはうれしくないけどね」
「そうか?」
「そうよ。あんたの総評とかおかしいって。こんだけ貢献してんのにさ……」
不機嫌そうな声色のライトニング。
「ありがとう」
リーガルは、自分のことのように腹を立てているライトニングに向けて、ちいさくそう言った。
「えっ? あ、え、と、その……」
お礼を言われるなど思ってもいなかったのか、慌てふためくライトニング。
「あ、あんたを褒めてるわけじゃないわよ!? ただ普通に考えたらおかしいだけで! あんたはちゃんと努力してんのに、認められないのはおかしいってだけで!」
言葉を重ねれば重ねるほどである。
「とっ、とにかくっ! あんたはいつもどおり頑張ってりゃいいのよっ! じゃあねっ!」
それだけわめき散らすと、ライトニングはさっさと走り去っていった。
ほほをポリポリとかきながら、その背中を見送る。
「ありがたいけど、複雑なんだよなぁ」
自分への評価は、内外でだいぶ違う。
それは重々承知していた。
内部で認めてくれる人は多い。
だが、やっていることと理想は、違うように思えていた。
外からの評価は、如実にそれを表しているような気がしている。
「つっても、そんなに気にしてられないんだけどね」
その悩みは、忙殺される。
それが彼の日常だった。
そこへ、カツカツとヒールの音が接近してくる。
視線を向けると、水色の、女性らしいボディラインのスーツが歩み寄ってきていた。
マスクは、目の形のライン以外なにもない真っ白な顔に、ボブカット風の髪型のようなメットをかぶった、そんなビジュアルだった。
「ミス・ミラージュ」
近寄ってくる女性の名をリーガルが呼ぶと、目の前で立ち止まった。
「ミスター・リーガル・ブレイド。アンミラーリョ様がお待ちです。支部長室へお越しください」
抑揚のない静かな声で、ミラージュという名の女性は、そう言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「潜入任務、ですか」
案の定な会話の流れだった。
重厚感のある家具の並ぶ、一般企業で言うなら重役の部屋然とした支部長室の主に、リーガルはそう言う。
他のヒーローたちとは違い、マスクで顔を隠すことはしておらず、またヒーロースーツも着用していない。
タキシードに身を包み、モノクルを片目に付けた、口ヒゲの渋めのオジサマ。
その口ヒゲは、外に向けて矢印のようななんともいえない形をしているが――。
そんなジェントルマンは、葉巻をくわえたままうなずいた。
「さよう。アトモスフィア、という組織を知っているかね?」
少しねちっこさのある声色で、そう問いかける。
「いえ、存じません」
少し記憶をたどる様子を見せるも、リーガルはかぶりを振った
実際、聞いた覚えはなかった。
「さもありなん。なにせ、今は廃れた企業だ。かつてはなかなか大きな企業だったのだよ。珍しく、正義協会に敗北した後、生き残った企業だ」
「敗北後に!?」
「うむ。それほどまでに資産が潤沢であったのだろう。総帥以下、主だった幹部が投獄され、資産没収を受けるも、後継者が現れすぐに経営再建された。コンサルタントが入ったというウワサは聞いたがね。眉唾ではある」
そこまで言って、ふぅぅ……と息を吐き出す。
独特の香りをまとった煙が天井に向かい、部屋にとけて消えていった。
「で、だ。実に珍しいケースでありはするがね、彼らの存在は我々正義にとって、好ましくない。なぜだかわかるかね?」
「そうですね……」
あごに手をあてややうつむくと、リーガルはわずかに間をおいて顔をあげた。
「負けた悪党にとって、希望になってしまうから……でしょうか?」
「グッドだ。グッド・ジャスティス。正解だよ。ミス・ミラージュ」
パチン! と指を鳴らすと同時に、脇に控えていたミラージュが、すっとリーガルに接近する。
彼女の胸元の中央にある丸いラインが、シャコッ! と音をたて開いた。
そして中から、細い棒が飛び出す。
「どうぞ」
そのままお辞儀でもしそうなほどに、両手をそろえまっすぐに立つ彼女は、その棒を取れと促す。
「……どうも」
どこか困ったような声色で、リーガルはその棒をつまんだ。
「おめでとう、コーラ味だ。コーラはお好きかね?」
ミラージュの胸元から飛び出してきたのは、1本30円ほどで売られている、小さくて丸いロリポップだった。
「はい。それなりに」
「それは何よりだ」
二人のそんなやり取りを横目に、ミラージュは一礼すると、そのまま元いた場所へ音も立てずに戻っていった。
「さて、今きみの言ったように、このまま彼らを放置するのも良くないと、我々は考えた。結果、彼らには潰れてもらうのが一番だ」
「……なるほど」
少し、トーンが落ちた。
「なにか、気になる点が?」
それを聞き逃さなかったアンミラーリョは、間髪いれずに尋ねる。
「いえ。問題ありません」
「そうかね」
返答に満足したのか、アンミラーリョは笑顔を浮かべてうなずいた。
「きみには、アトモスフィアへの潜入任務をお願いしたい。彼らの本部の場所はわかっていない。そこで、本部の位置情報ならびに侵入経路の洗い出しを行ってもらう」
「本部の位置情報、侵入経路の洗い出しですね」
「きみなら、取り入ることも容易だろう。その人徳でもって、確実なる正義を行ってくれたまえ」
その言葉にリーガルは、一瞬ピクンと肩を跳ねさせたが、すぐに敬礼のポーズをとった。
「了解しました」
「結構。潜入先は、比良坂高校。そこに元構成員がいるとの情報をつかんだ。まずはその者から情報を仕入れたまえ。なお、一切はきみに一任する。司法取引も辞さん」
司法取引。
その元構成員の犯罪歴を抹消してでも、アトモスフィアの情報を聞き出せ。
つまり、そういうことだ。
犯罪者――悪党が許されるということだ。
「わかりました」
複雑な心境は、多少声色に現れていた。
が、アンミラーリョはさほど気に留めていないようだ。
「うむ。ではよろしく頼むよ。なお、比良坂高校には、他のヒーローも潜入している。留意の上、行動してくれたまえ。まあ、お互いに顔を知らなければ、かち合うようなこともないだろうがね。その他詳細は、書類に目を通しておいてくれたまえ」
実際、素顔や本名を知っている相手は、さほど多くない。
それこそエクリプス・キングダムを除けば、片手で数えられる程度だ。
「はい。失礼します」
リーガルは、ミラージュから差し出された書類を受け取ると、もう一度敬礼し、そのまま支部長室を後にした。