プロローグ【後編】
※文字数が多かったので分割しました。
826:悪か正義か名無しマン
悪の組織、最近ちょっとマンネリ気味じゃね?
827:悪か正義か名無しマン
あー、わかるw 見てて前ほどワクワクしないよね。
正義協会もだけど。
一部のエースヒーローがメインで、その他は本当にその他って感じ。
828:悪か正義か名無しマン
悪党も悪党でさ、結局ヒーローに勝ててないし。倒産につぐ倒産。
あ、魔王一派は別格だけどさ。
829:悪か正義か名無しマン
魔王を持ち出すなwww あいつらチート杉論外www
830:悪か正義か名無しマン
あそこめちゃくちゃデカイもんな。大企業様。
831:悪か正義か名無しマン
あ、でも俺最近気になってるやついる。
なんつったっけ? ちょい前にデビューして、いざこざあったやつ。
なんちゃらブレイド。名前変わったから忘れたけど。
あいつ、こないだ見たんだけど、ちょっとかっこよかった。
832:悪か正義か名無しマン
あの武者っぽい風味のスーツ、イカすよな。
833:悪か正義か名無しマン
あたし、最初はファンだった。
でも今はちょっと。
834:悪か正義か名無しマン
>>833
なんで? 立場の問題? それとも戦い方?
835:悪か正義か名無しマン
でもさ、シュバルツブレイド正直どうなの? スペックは割と高いけど。
836:悪か正義か名無しマン
尖ってないから魅力がないです。
837:悪か正義か名無しマン
あいつ素スペックだけだからなー。
ギア起動できてるしスーツも使えてんのになぜかアビリティないから、見劣りする。
838:悪か正義か名無しマン
わかるわ。派手さに欠ける。
839:悪か正義か名無しマン
シュバルツ・ブレイド
パワー:A
スピード:A
テクニック:A
総評:B+
備考:アビリティなし
月刊 悪路の評価だけど、オールAなのに総評B+って、アビリティないのが相当響いてんよな。
840:834
>>833 いなくなった。
なんでか聞きたかったんだけどなぁ。
やっぱり今の立場の問題かねぇ。
841:悪か正義か名無しマン
今熱いのは、フェニーチェ・ストローガ。
オールA、アビリティありで、総評A+。
あと可愛い。
842:悪か正義か名無しマン
可愛いもなにも、顔見えてねえだろw スタイルはいいっぽいけどさ。
843:悪か正義か名無しマン
ヒーローだとエクリプスだな。エクリプス・キングダム。
遊撃手選抜のエース。
総評A+で、次代のSランに近い男!!
844:悪か正義か名無しマン
有望株だよなー。どっちも。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本部に帰還したシュバルツは、セントラルルームと呼ばれる部屋で、端末をぼーっと眺めていた。
「失礼いたします、シュバルツ様」
「えっ?」
突然声をかけられ、すっとんきょうな声をあげる。
彼のすぐ近くには、タキシード姿の、背筋のピンと伸びた老人が立っていた。
「フェアバルター。どうかしましたか?」
端末を閉じながら、シュバルツは老人にそう問いかける。
「今回の、依頼主からの報酬、ならびに悪事報奨金の概算でございます」
執事然とした白い手袋が、すっと1枚の紙を手渡してきた。
眉間にシワを寄せながら、それを受け取るシュバルツ。
「……やっぱりかー」
そして、紙面に目を落としながら、低いトーンでそう言った。
「仕方がありません。今回は途中で撤退しておりますから。それに、現在我々は破壊活動のみ。かつ非重要拠点にしぼって活動しております。どう見積もっても、これが限界でしょう」
「ですよねぇ……」
おおきく深いため息が、手の中の紙を揺らした。
「出費とトントン。これじゃいつまでも赤から抜け出せないよなぁ」
「さようで。もう少し上向いたとしても、自転車操業感は否めませんなぁ」
「ですよねー」
マスクの下で引きつった笑顔を浮かべると、シュバルツはその紙を返す。
「なんとかしないとなぁ。この経営難……」
小さくそうつぶやくと、ふと視線をそらす。
視線の先では、テレビが夕方のニュースを垂れ流していた。
『株式会社レザール・クー、倒産』
そこに表示された字幕スーパーには、そう記されている。
「レザール・クー……確か、なかなかに近場の組織であったと記憶しております」
フェアバルターがそう言うと、逮捕者の顔が映しだされた。
「あー、確かに。見た顔……というか、ヴィランズスーツですね」
総帥と幹部数名。
「さほど大きな悪の組織ではなかったはずですが。こうしてニュースになるということは、突入による制圧ですな。なぜまた……」
「まあ、ここらを仕切ってる支部長がやりそうなことですよ。むしろ大きいところより、弱小企業の方が、こうした摘発・殲滅を受けやすいです」
「……なるほど。強敵を倒して高得点を狙うより、小物を倒した低得点をたくさん狙う、と。効率的ではあるかもしれませんな」
「どうでしょうね」
少し苦い顔をして、シュバルツはちいさくそう返した。
『――となっており、これを受けて正義協会中央区支部は、今回の戦闘に関しての情報こうか――おのれっ、グランドーラ! みんなっ、合体だ!!』
突然、テレビのチャンネルが変わった。
「なっ!?」
ずっこけるシュバルツ。
突然ニュースが戦隊物に変われば、無理からぬことかもしれない。
「あー! もう終わりかけてるー!」
リモコンをにぎりしめたエルツィオーネが、悲鳴に近い声をあげた。
「お、お前な……。あと悪党がヒーロー物見るってどうなの……」
あきれていたところで、プツンとテレビが消える。
「ふぁ!?」
テレビの前に、フェアバルターが立っていた。
「本日の、本部内テレビ使用制限時間を過ぎました。これ以上は、ご自宅でごらんください。節約、でございます」
「うぇぇー!? もう終わるからー! いいじゃんーねー!!」
「はぁ。ニュース、最後まで見れなかったけど……ま、いっか」
シュバルツはため息をつきながら立ち上がる。
「じゃ、俺上がります」
「はい。お疲れ様でございました」
「あ、おつかれー。ねー、ふぇあばるー!」
「変なところで切って呼ばないでくださいませ。電気代の節約のためでございます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学生服――ブレザー姿の、長くも短くもない黒髪の少年が、てくてくと歩いていた。
まだ若く成長途中――それも、特に鍛えているわけでもない、どこにでもいそうな少年の体つきだ。
彼は、少し遠回りながらも、大きな湖のある公園を帰路に選んでいた。
「うぅん……どう稼げばいいんだ……」
考えごとがある時は、いつもこの公園を歩くのが習慣だった。
しばらく無言で歩いていると、ピロン! と考えごとをさえぎるような電子音が聞こえる。
「ん?」
彼は、ポケットから携帯電話を取り出し、画面を見る。
「龍先輩……」
メッセージアプリに表示された名前は、先輩の名。
画面をタップすると、メッセージが表示された。
『お疲れ。今日の撤退は見事だった。一本取られたよ』
そんな書き出しに始まっている。
『正司、お前はお前の思う正しいことをやれてるか?』
続けて、そう表示される。
彼――正司は、そのメッセージを見つめると、
「わからんス」
あっけらかんとした声で、答えた。
メッセージを入力するでもなく、言葉でだった。
「いやー、そう思ってはいるんだけどなー」
続けてそう言って、頭をポリポリとかいた。
「じゃなかったら、こんなに悩んでねーかー」
自分に向けて苦笑いを浮かべた。
「待て! 逃がすか!!」
と、すぐ近くで、大きな声が聞こえてくる。
「ん? なんだ?」
すぐに声のする方へと走った。
すると近場で、悪党が尻もちをついている現場に遭遇した。
その前にはヒーローが立っている。
それはそう、悪の組織が、正義の味方に敗れ去ろうとしている瞬間だった。
「くそ……俺の負けだ……」
倒産――。
総帥の腕章をつけた彼の敗北は、すなわち企業の倒産を意味する。
それが、世の常だ。
「手こずらせてくれたな」
肩で息をしているヒーローが、もう動けなくなった悪党を、蹴った。
「ぐあっ!!」
「なっ!?」
瞬間で反応して、正司は助けに入ろうと駆け出す。
だが、わずか数歩で、その足が止まった。
『お前はお前の思う正しいことをやれてるか?』
龍先輩の言葉が思い出される。
「正義が悪を倒す――これは普通のことだよな……」
ピロン!
さらに、メッセージが届く。
『正義協会に戻ってこい。俺が口をきいてやる。今の俺なら、エクリプス・キングダムなら、それくらい出来るはずだ』
そのメッセージに、頭をかく正司。
「やっぱ、俺も追う側にいた方が、正しかったのかな?」
もう片方の手で、ポケットから“ギア”を取り出して、じっと眺める。
少しして視線をあげると、正義協会のトラックが到着し、悪党が連行され始めていた。
もう一度、携帯に目を落とす。
「……あー、わからん!」
結局、既読は付けたものの返事も書けないまま、正司は頭をかきながら歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これは、悪党とヒーロー――彼らの戦いが日常に溶け込んだ時代の物語。
ヒーローも悪党も、スーツを着用することで、身体能力を補ったりアビリティと呼ばれる特殊な力――いわゆる超能力のようなもの――を発動することが出来る。
そしてそれは、初めオモチャの一部として使われ始めながらも、今やスーツの中核となっている『ギア』と呼ばれるパーツがもたらすものだ。
そもそもヒーロースーツもヴィランズスーツも、ギアがなければ動かない。
だが、ギアを起動できる人間は限られていた。
ギアは、使用者の遺伝子情報を読み取り、自身を起動できる人間かどうかを判別する。
遺伝子が認められれば、ギアは遺伝子をキーに起動し、その遺伝子所有者に身体能力向上とアビリティをもたらすのだ。
ギアこそが、スーツの心臓であり、ヒーローと悪党の心臓であり、不可欠な魂である。
つまり、ヒーローも悪党も、ギアに認められた者だけが名乗ることが出来るのである。
元・正義協会のヒーロー、現・悪の組織の悪党。
シュバルツ・ブレイドこと、草薙 正司。
彼がどうして、悪の組織、株式会社アトモスフィアの経営難に直面しているか。
それは、ひと月ほど前にさかのぼるのである――。