プロローグ【前編】
※文字数が多かったので分割しました。
これは、悪党とヒーロー――彼らの戦いが日常に溶け込んだ時代の物語。
“ギア”と呼ばれるパーツが組み込まれたオモチャが発売され、子どもたちの間で人気を博すると、“アビリティ”と呼ばれることになる力が、現代社会に出現した。
力を手に入れた子どもたち。
ギアは、やがてオモチャから武器へと変遷していく。
そして今、悪党とヒーローの手に渡り、彼らの戦いの中核となっていた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
悪党というのは、悪いことをするものだ。
だが、その“悪いこと”というのも、一体どこからが悪いことで、どこまでが悪いことなのだろう。
社会悪を行えば悪?
それとも、良心の呵責を感じるなら、そう?
もしそうなら、いい人ほど悪党だ。
害虫を殺して心を痛めようものなら、命を奪った大悪党。
わかりやすいのは、やはり社会悪だろうか。
窃盗? 恐喝? 破壊活動? 詐欺に強姦、あるいは――殺人?
確かに、悪党。
だが、悪党と言えども、これらを進んで行おうとしない悪党もいる。
「おいこらそこ、迷惑かかってる! 風向き考えて! 迷惑にならないようにやれ!」
彼が、まさにそれだ。
黒を基調に赤いラインの走った、中二心をくすぐるカラーリング。
さながら戦国武将の甲冑を思わせるフォルムながらも、現代風にアレンジされた金属製のスーツをまとっている。
当然のように、腰には刀剣を帯びていた。
サムライのようだとウワサのその外見は、オフィス街と住宅街のちょうど中間あたりの、大通りの歩道のアスファルトの上に立っている。
かなり古くて、1階部分を駐車場として使っている小さなホテルのすぐ目の前だ。
彼が着用する“ヴィランズスーツ”は、そんな現代の町並みとの対比すると、どこか時代錯誤感をかもしていた。
「シュバルツ。シュバルツ・ブレイド。お前は何を気にしているんだ?」
シュバルツと呼ばれた彼は、すぐ後ろから聞こえたため息まじりの声に、振り返った。
そこには、頭全体をすっぽりと覆い隠す、真っ黒く顔がまったく見えないマスクをかぶった少女が立っていた。
そのマスクは、後頭部が背面に向けて長く尖っており、上から見ると涙滴型をしている。
ヴィランズスーツは、全身のあちこちに“目”のオブジェクトが散りばめられており、肩部を大きく露出し胸元まで開いた、さながら王冠を模したような黒いドレス風。
見事なそのやわらかそうなおおきな胸で、ずり落ちるのを防いでいるようだった。
それはまさに、古くから主流であった“悪の女幹部”といった出で立ち。
そんなエロティックなセクシースーツの少女の向こう側では、古びたホテルの1階部分に向けて、誰も手に握っていない状態の電動工具たちが解体作業を行っていた。
「市民に迷惑をかけないことが第一だ」
シュバルツは、振り返り際につい胸の谷間に視線を向けてしまうが、すぐに視線を逸らす。
何事もなかったかのように、両手を腰にあて胸を張ってそう言った。
「……はぁ。あのな、シュバルツ。我々は悪党だ。悪の組織だ。“悪事をはたらく”、それが私たちの“働く”ということ」
少女は、頭痛でもしているかのように額に手をあて、かぶりを振る。
対してシュバルツは、すぐに反論した。
「悪事とは言え、悪党.net掲載の、老朽化した建築物の破壊だ。悪党.netは“必要に迫られてはいるが、おおっぴらに出来ない依頼”の、悪党への斡旋サイトだ。これは悪いことをしようとして悪事を働いているわけじゃない。ほぼ公共事業だ」
そんなシュバルツの言葉に、少女はもう一度ため息をつく。
「確かに、正当に生きる者の要求ではある。だが破壊活動だ。法の外で行われる、な。我々は解体業者ではない。持ち主にとって壊してもらった方がありがたい建物ではあるかもしれんが、そんな理由があろうと世間が納得するわけはなく、あくまで悪事だ」
「まあ、それはそうだけど……」
口を尖らせた声で、シュバルツは小さくそう言う。
「それに、金になるしな」
「金になる。それはありがたい」
追加された言葉に、シュバルツはウンウンとうなずいた。
「今回は、本命を成功させるために、おとりを先に行動させてる。あっちは失敗するかもしれないが、こっちがうまくいけばおいしい。向こうもうまくいってくれると一粒で二度おいしい」
ぐっと拳をにぎるシュバルツ。
「私までかりだしたんだ、うまくいってもらわねば困るぞ」
「いや、だからさ。今後は出てもらわないと困るんだって。深刻な人材不足なんだし」
「それは重々承知している。だが、総帥が常に前線に出るなど……」
少女がそこまで言いかけた瞬間――
ドォォォンッ!!
少女の言葉を遮るように、すぐ近くから突然爆発音が響いた。
「ひゃっはーーーーーーーー!!」
それとほぼ同時に、けたたましい別の少女の声。
「あーーーっ、エルツィオーネこるぁっ! ムダに爆弾使うなって何度も言ってるだろうが!」
シュバルツは少女との会話を打ち切ると、慌てて、爆弾を投げているエルツィオーネと呼ばれる少女に駆け寄る。
「ほへ? なに?」
ドォォォンッ!!
「だから、投げるのをやめろっ!」
まさにもうひとつ投げる寸前に、その手をつかんで止めた。
まるでモビルス○ツにでも搭乗しそうな、口元だけ露出した仮面をかぶったエルツィオーネは、首をかしげながら振り返る。
こちらも負けず劣らずのふくらみが、たゆんと揺れた。
余計な布のなさがウリのような、胸部、下半身以外を守る気がなさそうなスーツには、ところどころに防御力アップ用だろうかパーツが付いており、一昔前の変身ヒロインを思わせる。
「必要な時にだけ投げろっ! お前これ一個にも予算かかってんだぞ! って何度も言ってるでしょ!?」
「えー、だって必要じゃん? ヒーローと戦ってるんだし」
そう言ってエルツィオーネが指差した先、爆煙の向こうにヒーローがいた。
「あ、うん。そうか。そりゃまあ、必要だな」
「だしょ? ひつよーひつよー」
つかまれた手と逆の手をかかげると、その指先にシュボッ! と音をたてて、火が灯った。
「って、じゃなくて! 必要だけど、投げ過ぎなんだよお前はっ! 1個でいいとこ、3、4個投げてんだろ!」
「ほえ? 1個でよくないよー」
「いいんだよ! 足りるから!」
「えー?」
「見ろよ、ヒーロー! 確かにいるけど、もうやられてんじゃねえか!」
煙がはれると、そこにはピクンピクンしているヒーローが倒れていた。
「ありゃ?」
「あとな、敵いたんなら報告しろ……」
頭を抱えながら、シュバルツが声を絞り出す。
「あ、それ言われてた。忘れてた」
指先の炎を消すと、爆弾を持ったままポンと手を打つ。
「敵いるよ!」
「事後報告じゃ意味ねえよ」
「いるよ。敵」
「あー、そうだな。いるな。可哀想に炭になりかけてっけどな」
「違うってば。ほら、いるいる」
日差しを避けるように手で目元に影を作りながら、エルツィオーネの指差した先、ビルの上を見上げる。
そこには、ひとつの影が立っていた。
逆光を受け、シルエットのその人物は、腕を組んで彼らを見下ろしている。
「って、なうかよ……言葉が足りてねえ……」
エルツィオーネに呆れ口調でツッコミを入れながら、腰に帯びた剣を抜こうと、柄に手をかける。
――が。
「……げっ」
シュバルツは、ピクッと肩を跳ねさせた。
なぜなら、そこに立っていたヒーローに、見憶えがあったからだ。
「悪党ども。悪事の時間はおしまいだ。ここからは、正義の時間……断罪の刻である!」
ズビシッ! と音を立てそうな勢いで、そのヒーローはシュバルツたちを指差した。
決め台詞が響くと、周囲のビルやマンション、民家の窓が開き、民衆が顔を出す。
「おい、今のって……」
「出た! エースだ!」
そしてその姿を視認するや、一気に周囲が色めき立った。
それもそのはず、そのヒーローは――
「エクリプス・キングダム――ここに、参上」
ヒーローたちの中でも、昨今“エース”と謳われる、凄腕のヒーローであったからだ。
「厄介なのが来たなぁ……」
シュバルツは、高所を見上げたまま、ぼやいた。
メインカラーはホワイト。サブカラーはブラックの、モノクロトーンのヒーロースーツ。
白い金属製のマントが、なぜか風に揺れていた。
「シュバルツ。分が悪かろう」
先ほどのドレス風スーツの少女が、カツカツと音を立てながら、シュバルツの元へやってきて、そう耳打ちした。
「ああ。さすがに、リスキーというか、手間がかかるというか……」
「金がかかる。そうだろう」
やや迂遠な言い回しのシュバルツに、少女はズバリ直球でそう言った。
「そのとおりだ。予算まわしてまで戦うべきじゃないし、いくらかかるかわからん。仕方ない、背に腹だ」
観念したのか、シュバルツはうなずく。
「撤退指示は任せる。私は工具の回収をしよう」
「了解。総帥閣下」
ディアボリカの言葉にうなずきながら、シュバルツは端末に声をかける。
「こちらシュバルツ。カルハリアス、聞こえるか?」
『クリア。こちらカルハリアス内、ヴァイスハイト。どうかして?』
端末の向こうから、どこか色っぽさのある声が聞こえてきた。
「ドクター、厄介なヒーローが出た。即刻退却する」
『あら。悪事は?』
「残念だが中断だ」
『そ。じゃあ、すぐ行くわ』
その言葉を聞くや、シュバルツは端末を閉じた。
「よもや、直々に出陣しているとは思わなかったぞ。アトモスフィア総帥、プリンセス・ディアボリカ!」
上空から声が響く。
「呼ばれてるぞ」
「話すことはない」
「冷たいことで」
苦笑しながら一言返す。
「さてと。おい、撤退するぞ、エルツィ――」
ドォォォンッ!!
「っておいこら爆弾投げんなっ! しかも全然届いてねえっ!!」
遥か高みにいるエクリプスに向けて、エルツィオーネは爆弾を投げていた。
「ほへ?」
エルツィオーネのマヌケなその声とほぼ同時に、
「とうっ!!」
という声が響く。
そして、ダンッ! という轟音と共に、エクリプスが路上に着地した。
「しまった、上にいる間に撤退したかったのに……」
シュバルツは、小声でそうつぶやく。
「さあ、覚悟しろ。お前たちの悪行も、ここまでだ」
両腕をクロスさせ、決めポーズを取るエクリプス。
「エルツィオーネ、総帥を手伝ってくれ」
「え? でも」
「いいから」
シュバルツにピシャリとさえぎられ、エルツィオーネは二、三度、二人を交互に見ると、うなずいてディアボリカのもとに向かった。
「時間稼ぎは俺がやらないとな。あいつだと爆弾代がかさむ」
エルツィオーネを見送ったシュバルツは、エクリプスに視線を向ける。
「さて、と。お相手お願いしますよ、エース」
そう言って、シュバルツは再び剣の柄に手をかけた。
「アトモスフィア総帥、ディアボリカ・ル・ソレイユ・ノワール――通称、プリンセス・ディアボリカを、こちらに引き渡せ」
エクリプスは、まっすぐにシュバルツを見据え、そう言う。
「あいにく、それは出来ないですね。倒産は困るんで」
「俺としては、いち早く倒産してもらえるとありがたい。お前にとっても、そうだろう」
「俺は困りますよ。今そう言ったばかりだ」
シャラン――と金属が滑る音をたてて、シュバルツは鞘から片刃の剣を引き抜いた。
その瞬間、ギュギュギュと轟音と煙をたてながら、少し離れた交差点に、グレーの塗装をされた軽装甲車両がドリフトで滑り込んできた。
「っ!?」
それに気付くや、正面のシュバルツを無視して、横に駆け出すエクリプス。
シュバルツはすぐに気付いた。
狙いはディアボリカだ。
「させませんよっ!!」
シュバルツは素早くエクリプスの進路に回りこみつつ、剣を横に薙ぐ。
「くっ」
当たるとは思わずに振りはしたものの、その一閃を軽々とかがんで避けると、エクリプスは脇に下げたホルダーから、ハンドガンを抜いた。
エネルギーショットタイプの銃らしく、マガジンやリボルバーは存在していない。
代わりにグリップ部分に、スーツからのエネルギー供給用のソケットが開いていた。
「友よ。出来れば戦いたくはない。だが、我々の正義を邪魔するというのなら……」
「ゴタクはいらんス」
――この人なら、ここで引き金を引く。
シュバルツはそう考えながら、エネルギータイプの黒い光のシールドを、腕部分に展開させる。
同じくして、案の定引き金は引かれた。
キュンキュンッ!!
シールドに阻まれ、跳弾の音が響く。
「ちっ!」
エクリプスは射線を変えながら、さらに続けざまに数発射撃する。
「頭以外っ……左肩、右手、刀身ッ!」
そう言いながら、シュバルツは見事にすべての銃弾をシールドで捕らえる。
しかし。
「あまいっ!」
その瞬間、エクリプスから素早い蹴りが繰り出されていた。
「くっ!?」
ドッ、という音と衝撃、足を横に蹴られ地面に倒れこむシュバルツ。
「銃撃に気を取られたな! 足元がおろそかだぞ!」
エクリプスはそう言いながらバックステップを踏む。
そのアクションに、地面に転倒したシュバルツは焦りを浮かべた。
銃弾が狙うのは、自分じゃない。
守らなければならない、総帥閣下だ。
「逃がさん!」
エクリプスの銃口は、やはりディアボリカを狙っていた。
そう、否が応でもわかる。
エクリプス・キングダムという男は、今明らかにシュバルツ・ブレイドを見ていない。
戦いたくないからなのか、格下にしか見ていないからなのか。
今敵対している相手が、眼中になかった。
シュバルツは、そんなエクリプスに、イラ立ちを覚え始めていた。
「覚悟っ!」
引き金が引かれた。
「なっ!?」
が、刹那、エクリプスは驚愕の声をあげ、素早く銃口をシュバルツに向ける。
銃弾が、わずかな飛距離で真っ二つにされ、霧散したからだ。
狙いがディアボリカなら、わかることはひとつ。
その銃口と、ディアボリカを結ぶ、ライン上。
必ず、銃弾はそこを通る。
「転倒しながらも、剣撃で銃弾を切り落とすとは! さすがだな!」
エクリプスの目が、ようやくシュバルツをとらえた。
シュバルツは、心中で胸をなでおろしていた。
これで、時間を稼げる。
「お褒めに預かり光栄ですよ!」
なにより、ようやく対等に意識しあって、戦えるからだ。
シュバルツは、肘のバネで身体を跳ね上げると、マスクの下で小さく口角を持ち上げると、刃を返す。
エクリプスも、ステップで剣の間合いから離れながら、引き金にかかった指に力を込めた。
その瞬間――
バシュゥゥゥゥゥゥゥッ――!!
煙幕を張りながら、軽装甲車両が二人のすぐ真横を駆け抜ける。
「なんだっ!?」
一気に、視界が大量の煙に覆われた。
――来た!
エクリプスが気を取られたその隙をついて、シュバルツは煙の中を軽装甲車両に向けて走る。
駆け寄ると同時にドアが開いた。
「乗って!」
軍帽、軍服、口元にガスマスク。
そんな先ほどの通信先の声の主は、運転席からそう言った。
中にはすでに、ディアボリカとエルツィオーネが乗り込んでいる。
――時間を稼いだかいがあったな。
シュバルツが、心中でガッツポーズを取りながらすばやく座席に滑りこむと同時に、
「出すわよ!」
一気にアクセルが踏み込まれた。
「待てっ!!」
煙の中、エクリプスは車両に向けて銃弾を放つ。
だが、サメのようなフォルムの軽装甲車両は、銃撃を物ともせず、猛スピードで通りを駆け抜け、煙幕だけを残し一気に見えなくなった。
「……くっ、逃がしたか」
煙の先、シュバルツたちのいなくなった道を見つめ、エクリプスは小さくつぶやくのであった。