夢現つのハロウィン
「あのね、ハロウィンってさ、最初は仮装する行事じゃなかったの」
「へえ」
今日はハロウィン。
「古代ケルト人のお祭りなのよ。もともと秋の収穫を祝う行事だったんだけど、ハロウィンって冬の始まりじゃない?そういう時期って死者の霊がやって来るの」
「そうか」
トリックオアトリートと言い合うこともなく、俺は自分の部屋に一人でいたはずだった。
「家族を訪ねてくる良い霊だけならいいんだけどね。悪い霊も来るのよ。その悪霊から身を守るためにって仮面をしてたことから仮装が始まったの」
「ああそう」
雰囲気だけでも楽しもうと思って、ジャックオランタンのおもちゃを机に飾るまでは。
「だからね、」
「ハロウィンは仮装する行事ではない」
「……なのに仮装が始まったのは何故かと言うと、」
「霊が来ると考えられたから」
「もう!いい加減にしてよ。私が言いたいのは、」
「駄目駄目。言わなくていい。言わないでくれ」
「ハロウィンの日に霊が来るのは本当なの。昔からね」
目の前にいる女の子は腰に手を当て、椅子に座る俺の目の前に立ち、まっすぐな目をしていた。
中学の制服を着て、長い黒い髪を背中に流している。
それは俺が知っている、彼女の最後の姿。
中学生のときに死んだはずの幼馴染が俺の前にいた。
「いや、ありえないだろ」
幼馴染がここにいるわけがない。
幽霊なんてこの世に存在していないのだ。
フィクション。虚構の存在だ。
「それに、もし本当に幽霊が来るとして、何でハロウィンなんだ?日本なら普通お盆だよな」
幼馴染は日本生まれの日本人。さらに言えば死んだのも日本だ。
それがなぜ、古代ケルト人だがなんだか知らないが、西洋の行事で出てくることになるのか、不思議だ。
そう言うと幼馴染はむっとした。
「それはそっちが準備しなかったからじゃん」
「何を?」
「精霊馬」
幼馴染曰く。
お盆では、精霊馬(きゅうりやなすで作る、霊があの世とこの世を行き来するための乗り物)が無いと来れないらしい。
精霊馬は所謂タクシーで、無いのは徒歩と同じこと。
そして、あの世とこの世はとても遠いらしい。
徒歩で来ると確実に迷う。
迷うと悪霊になって、色々大変らしい。
だから精霊馬が無いとあの世に留まるしかない。
「まあね、そういうのをちゃんとする家族じゃないってわかってたよ?でもさ、他の霊の人が自慢してくるの。子供が大きくなってたとか、孫の顔を見てきたとか、自分のことを覚えててくれて嬉しいってね。私、一度も行けてないんだけど。一度でもいいから会いたかった。なのに、用意してくれないから」
「お、おお。わかったから。なんかごめん」
俺が謝る必要はあまり無かったが、幼馴染の勢いに押されて謝った。
色々あの世で溜まっていたようだ。
「で、何でハロウィンは来れたんだ?」
まだ言い足りなさそうな幼馴染に質問した。
これ以上聞くのは勘弁したい。
「それのお陰だよ。案内してくれたの」
幼馴染が指差したのは、机の上のジャックオランタンだった。
「ジャックオランタン。かぼちゃのお化けね。私がこの世に行きたい、家族や幼馴染に会いたいって言ってたら来たの。君の幼馴染がちょうど僕の近くにいるからって。気さくで面白い人だったわ」
そう言って幼馴染はジャックオランタンにありがとうと笑いかけた。
……ジャックオランタンの笑みがなんだか嬉しそうに見えた。
「いやいや、ありえない。夢だ、夢」
頭を振って否定した。
あの世も、幽霊も、ジャックオランタンもいない。
全て人間が作り上げたものだ。
死んだ人を思って作ったものだ。
「……私がここにいるのはありえない?」
「ああ。これは……俺の夢だ。夢を見ているって夢の中で気がつく、明晰夢なんだろ」
幼馴染の死は俺に強い衝撃を与えた。
毎日会っていた人と、もう会えない。
近くにあったはずの温もりが、もう感じられない。
毎日世界のどこかで人が死んでいると俺は知っていた。
でもそれがどういうことなのか、わかってなかった。
叶うことなら幼馴染に、真菜にもう一度会いたい。
だから俺は真菜の夢を見ているのだろう。
「夢、ね。まあ間違いじゃないよ」
「……そこは『現実だ』とか言うとこだろ」
あっさり頷く真菜に拍子抜けする。
霊が来ることをあんなに認めさせようとしてきたのに。
それに、俺がありえないと言うと少し傷付いた顔をした。
一体、どうしたのだろうか。
目の前にいる真菜は何がしたいのだろう。
「もう。そんな悩まないでよ」
真菜は苦笑を浮かべた。
それは確かに真菜の表情で、一瞬固まってしまった。
懐かしさに胸が締め付けられる。
「そもそもね、夢か現実かを決めるのは私じゃないの。というかできないから」
真菜は部屋をぐるりと見回して、ベッドに座った。
「……特に模様替えとかしてないのね」
ふーんと呟いて真菜はベッドの上で体を跳ねさせていた。
暫くそうして、ふうと溜息を一つついた。
俺はというと、真菜から目を離せないでいた。
「決めるのは、私を見てる優人が決めることよ」
真菜は真顔だった。
「だって私に夢も現実も無いからね。死んでしまったんだから。夢を見ることも現実に戻ることもない」
ただ、真剣にまっすぐに俺を見ていた。
「私はここにいる。ただそれだけだよ」
俺は、ベッドに座って話す真菜が何か得体の知れないものに感じた。
姿かたちはよく見知った幼馴染なのに、誰かわからなくなった。
「真菜……?」
「何?」
呼び掛けると、それは微笑んだ。
さっきまでの雰囲気を全て消し去って。
初めて目の前の存在を恐ろしいと感じた。
「あ……」
ざあっと血の気が下がるのを感じる。
体が強張って息がつまった。
これは何なんだ。
真菜じゃない。
だって真菜は。違う。こんなのじゃない。
怖い怖い怖いーーー
「優人」
静かな声がした。
「優人、これは夢だよ。幽霊が出てくる夢なんてこの世にたくさんあるよ」
閉じていた目を開けると、安心させるような笑顔が見えた。
それは確かに真菜だった。
「夢……そうだよな」
俺は真菜に会いたかった。だから死んだ真菜の夢を見た。
それだけだ。
ゆっくりと息を吐いて、力を抜いた。
「ねえ、優人。たとえ夢でも会えてよかったよ」
真菜は立ち上がると、ゆっくり俺に近づいた。
そして手を伸ばして俺の顔に触れた。
その手は冷たくて、少し震えていた。
俺は真菜の手を温めるように握りこんだ。
「俺も、お前に会えてよかった」
そう言った声は震えていた。
真菜は嬉しそうに微笑み、俺も真菜に笑いかけた。
俺はこれを求めていたのだと、そのときわかった。
夢なのか現実なのか、そんなものは関係無かった。
真菜の温もり、笑顔。
それがそばにある。
それが全てで、それだけでよかったのだ。
「じゃあね。ほら、もう目が醒める時間だよ」
真菜は俺から手を抜くと最後に何かを言おうとして、
ジリリリリ!ジリリリリ!
目覚まし時計が鳴った。
ガバッと体を起こすと、机に突っ伏して寝ていたらしく、体がばきばきに固まっていた。
「うう、はあぁ」
伸びをして深呼吸する。
首を回すとこきこきと音が鳴った。
目覚まし時計を止めると朝の6時だった。
日付けは11月1日。
「ああ、もう11月か。早いな。ていうか何で机で寝てたんだ?」
机を見るとジャックオランタンのおもちゃが転がっていた。
そういえば、昨日はハロウィンだった。
それで飾ったらしい。
それが何で机で寝ることに?
……まあいいか。
それより今日は日曜日だ。
早起きしたし、どこか遊びに行こうか。
電車で遠出もいい気がする。
そんなことを考えて、ふと部屋を見回した。
「真菜」
口からこぼれたのは幼馴染の名前だった。
それに驚いて、でもそれが当然のことのようにも思えた。
今日は幼馴染の墓参りに行くか。