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未来の考古学  作者: 鷲塚
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これが土の味だぜ……という話

   これが土の味だぜ……という話


「祥子ちゃん、あれはきつかったね……」

 整理室のソファに座っていた未来彦が、ポテチを一口かじって言った。

「あ、ああ……。アレですか。あれは余り思い出したくないのですよ」

 祥子はグラスに氷をたっぷり入れたコーヒーを一口飲んでため息を吐く。

 二人ともよく日焼けをしていた。夏休み中、滋賀県の遺跡で発掘調査に参加し一日中野外で調査していた為だ。最初は日焼け止めを小まめに塗っていた二人だが、調査している内に日焼けしてしまっていた。

「いい経験になったとは思うよね」

 未来彦は、調査のことを思い出してしみじみと言った。

「そりゃあ、穴の中であんなに頑張った高校生は私たちぐらいのモノだと思うのですよ」

 祥子は続けてコーヒーを飲み干した。テーブルに置いたグラスの氷がグラスの底でカラリと音を立てて回る。


 未来彦達が夏休みに滋賀まで発掘調査に訪れ居てた時の話だ。

 調査が終盤に差し掛かった頃、トレンチに開けらた幅60センチメートル、深さ150センチメートルほどの溝が掘られていた。これは、最終遺構面より更に下の地層を観察するためのサブトレンチである。

 真夏の容赦ない日差しが真上から注ぎ込み、溝の中にはこれっぽっちも風が吹くことは無い。調査員の勅使河原は、掘り上がったことを確認すると、遺構の写真を撮るために掃除をしている未来彦と祥子に声を掛けた。

「天野君と座間さん。ちょっといいかな。掘削方法はだいぶ判ってきたみたいだから、図面の取り方も教えていくからね」

 未来彦は、しゃがんだまま勅使河原を見上げる。そして、ついに自分も図面を描くときが来たのかと思うと、未来彦は少し緊張してきた。祥子もポカンと勅使河原を見上げている。

「土を捨てたら僕の所に来てね」

 二人は、ハイと一言だけ返事を返し、足下に残った土をマガリでかき集めた。

 

 土を捨てた二人は、勅使河原が待つサブトンチに向かった。

「未来彦君、図面は自信有りますか?」

「いや~、こればかりはやってみないとな。先輩達は何気にやってるけど、経験値高そうだしね」

「色の違いで線を引いているのは、あたしにも判りますけど。どうなることやら、なのですよ」

 そんなことを言っていると、直ぐに勅使河原の待つサブトレンチに着いた。

「じゃ、二人にはココを実測して貰うから。」

 勅使河原が二人に示したのは、サブトレンチの6メートル程の区間だった。

「二人並んで、1人3メートルずつ描いてね。基準となる水糸とエスロンテープは有栖川さんと乙女山くんに張って貰ってるから大丈夫」

 勅使河原が言うように、トレンチの角からエスロンテープと水糸が設置されていた。あとは壁面を精査して実測図を描くのみという状況となっている。

「それじゃ、ちょっと説明するからね」

 そう言って勅使河原は、堆積岩の分類を図示したA4のコピーと土色帖を二人に手渡した。

「コピーはあげるよ。土色帖は後で返してね」

 今時紙の資料とはかなり古風だが、砂埃まみれる調査地では電子機器は使いづらい物が有る。これはこれで良い選択だと未来彦にも思えた。

「それ、野帳の裏にでものり付けしておくと便利だから」

 勅使河原はそう言って、自分の野帳を捲ると、堆積岩の分類の他にも多くの資料が表紙の内側にのり付けされていた。

「おおー、これは真似をせざるを得ないのです!」

 祥子が大げさに言って、自分の資料を丁寧に折りたたみ裏表紙に挟み込んだ。

「おおっと、資料を見ながら説明させてね」

 祥子は慌てて資料を野帳から抜き出して広げた。それを確認してから勅使河原は説明を始める。

「分層とは、土の断面を異なる土壌の境目で区分する事だね。区分した所をヘラ等で線を引く。その線を目標に基準点から計測していくわけ。これは、先輩二人がやっているのを見ていたから判るよね」

 未来彦と祥子は小さくハイと答える。勅使河原は、返事を確認してから話を続けた。

「では、どの様に区分するのか。区分は、土壌色と構成される土の粒度により決定されるわけだ。基準が有ってね、さっき渡した土色帖に色サンプルと共に纏められている」

 勅使河原は、すこしくたびれた土色帖を開いて二人に見せた。

「こんな感じね」

 未来彦と祥子も土色帖を開いて中を見た。系統毎に纏められた土色がファイルされている事を確認する。

「土壌色のサンプルを見ながら決定していけば良いので、土色帖を片手に比較する作業なのでわりと楽な作業だね」

 確かに土色帖と照らし合わせて決定すれば良いのだから単純明快だ。未来彦は、先人から受け継がれてきた知識とはかくも素晴らしいモノかと感心してしまう。

「ん~、でも土の色って乾くと白っぽくなりますよね」

 そういって祥子が先輩二人が既に書き終わっているトレンチの断面を指指した。

「良いところに気がついたな、座間さん。土色は湿っている状態を観察することが重要だよ。だから、農作業用の噴霧器なんかを用意しておくのがベターだね」

「今回のサブトレンチは掘ったばかりだから大丈夫ですね」

 未来彦がしっとりと湿った断面を見て言う。

「そのとおり。あと太陽光線の角度でも変わってしまうから、なるべく正午辺りの光源が望ましいかな。冬は太陽が早くに傾くから時間との勝負もあるね」

 色の方は何とかなるかと、未来彦は思った。祥子の表情にもまだ余裕がある。

「問題は粒度の方だな。これが初心者には結構難しいんだ」

「どういうことですか?」

「粒度とは、土の粒の大きさを表しているわけ。渡した図版にあるように礫・砂・シルト・粘土という四つに分類されているだろ」

 未来彦と祥子は、渡された図版に目を移した。勅使河原は、さらに説明を続ける。

「礫や砂は判りやすいよね。何と言っても目で判断が付くからね。粘土は4μ以下の粒で見た目にも手触り的にも粒子を感じることは出来ないから初心者でもまあ判る」

 二人はジッと勅使河原の説明を聞いている。

「問題はシルト。一見粒子の違いがよく判らないんだよね。細かすぎて」

「どういう感じで分ければ良いんですか?」

 未来彦は、素直に聞いてみた。独力で何となる問題でも無いと考えたからだ。

「そうだなあ、掌に取って紙縒り状にしてみる。で、どの太さで千切れたかで判断するとか、手触りとか、ガリ掻いた感じとか、かな。ぶっちゃけ手触りを感じるようなら粗粒シルト、殆ど粘土に近いようなら細粒シルトにしてるよ」

「な、なんというアナログ感覚!」

 祥子が大げさに驚いてみせる。勅使河原もガハハと笑っていた。

「そうなんだよね。でも、顕微鏡で観察するわけにも行かないだろ。こういうのは感覚的でも良いと僕は思うんだ」

「感覚的で良いのなら私にも出来るかもしれないです!」

「よし、頑張ってくれよ」

「はい!」

 未来彦と祥子は、同時に返事をした。言うほど簡単な事では無いが、やらなければ始まらない。

「それじゃあ分層までやってみようか。それが終わったら断面実測図の説明をするから呼んで下さい」

 そうしてその場を立ち去ろうとした勅使河原が、フト立ち止まって二人に振り返った。

「そうそう。二人で相談して貰うのも良いし、どうしても詰まったら呼んでね」

「有り難うございます!」

 二人で頭を下げて勅使河原の背中を見送った。それからサブトレンチに掘られた溝に向き直る。

「さてと、僕は南からやるから、祥子ちゃんは北からやろうか」

「了解です。あたしは北からですね」

「二人の分層が上手く合流する事ができればOKといわけさ」

「りょーかい!!」

 二人は道具を持って北と南に別れた。

 未来彦は、崩落しないように階段状に掘られた溝を降りていく。降りきってみると、トレンチ上面を水平に見ている状態になっていた。

「さて、やってみるかな」

 まず未来彦はじっと土層断面を観察してみた。時折薄目にしたりして、手ガリを使い丁寧に整えた土層を上から順に土壌触の違いを見極めていく。

 とにかく土壌の変化で分けていかないと先へは進めない。そう思い、未来彦はヘラを取り出した。

 一番上は耕作土。調査地は水田のまっただ中にあるからもっともな話だ。土壌は暗灰色シルトの層でわずかに砂を含む。数千年に渡り水田として利用されたこの土地だが、耕作により自然堆積が有るはずもない。それ故に重要視されることは無いのだ。

 未来彦は、判りやすい耕作土と床土との境目に躊躇無く線を引いていく。

「これは簡単なんだよな……」

 耕作土の下には2センチほどの薄い床土の層がある。水田の水を確保するために入れられた土で多くは細粒シルトから中粒シルトと言った具合だ。槌で固められた非常に硬い層である。未来彦は、ほぼ水平に入れられている床土とその下の暗褐色シルト層との境に線を引く。この辺りは至って順調で悩む必要は何もない。

「これは……、どうしたものか」

 暗褐色シルトの下には更に暗灰褐色シルトの層がほぼ水平に堆積しているのだが、どう見ても途中で上と下の層が混ざっている様にしか見えないのだ。

 未来彦は唸った。どう見ても土壌色の違いが判らない。

 未来彦は、チラリと祥子の方を見てみた。案の定、祥子も同じ所で煮詰まっているようで、腕を組み土層断面を睨み付けている。

「そうだ、手触り!」

 未来彦は、嵌めていた軍手を投げ捨てて湿った壁面をそっと撫でてみた。指先からわずかにざらつくシルトの手触りが感じられる。上から下へ、何度も撫でつけてみる。しかし、どうにもその違いが判らない。

「だめだ、どうにも判らん!」

 次に未来彦は、ガリを掻く方向を変えてみる事にした。微妙な違いがあるとするならば、砂や粒子がガリの刃で掻いたときに異なった様相を呈すると考えたからだ。

 慎重に、縦・横・斜め・上から・下からと順に試していく。試していく毎に、未来彦の眉間に皺が寄っていって、最後には得も言われぬ表情になっていった。堂々巡りとはまさにこのことではないかと思わせる。

「うわあああああっ! わっかんないです!」

 隣で祥子が頭を抱えて叫んだ。

「祥子ちゃん、取り敢えず、足下の土をほかしてもう一回見てみない?」

 未来彦が声を掛けると、祥子は半分涙目で頷いた。

 二人は、足下に置いてある箕に、ガリで削りだした土を集めて階段状のサブトレンチを昇った。

 二人並んで土置き場に行き、二人同時に箕の中の土をぼた山に捨てた。

「む~、順調だったのは最初だけなのですよ!」

「そうだねえ。同じ色、同じ質でも微妙に違うっていうのがやっかいだよね」

「あたし思ったんだけど、どうせ水平堆積なんだから、えいやって線を引いてしまうのが良いと思うのです」

 祥子が、これは良い考えだと人差し指を立てて言った。

「それじゃあ、分層した根拠を聞かれたらどうするんだよ」

「水平堆積だから大丈夫でーす!」

 二人の間に一瞬の沈黙がよぎる。

「祥子ちゃん。キミは勇者だな……」

「時には思い切りも必要だと思うのですよ」

「時間も限られているし」

「頑張りましょう!」

 未来彦と祥子は、サブトレンチの前でフト立ち止まった。これまでずっと壁面にへばりつくように観察していたが、こうやって少し離れてみると、悩んでいたところが僅かに違って見える。

「今の判った? 祥子ちゃん」

「何となく見えたのですよ! 未来彦君」

 忘れないうちに線を引いておかねばと、未来彦はサブトレンチの中へ滑り込むように降りた。そのままヘラを取り出して土層断面に線を引いていく。

「どう、これで合ってるかな?」

 祥子が分層しているところまで線を引いて祥子に声を掛ける。

 祥子は目を細め、同じ場所を見ない様にして確認する事にした。人間、色に対しても慣れと言う物が有るようで、同じ色を見続けていると、どうにも細かい差分というものが判らなくなっていく。だから、1点を凝視しないようにすることにしたのだ。

「うん。合ってると思うよー」

 親指と人差し指で丸を作り祥子が微笑む。

「よーし、あとは簡単だな」

「長い道のりだったのですよ!」

 祥子も下に降りてきて、その下の暗褐色、暗灰褐色、灰オリーブ、砂といった順に次々と線を引いていく。

「よし、これで分層はできた!」

「やりましたね!」

 未来彦と祥子は一旦サブトレンチから上がり、自分たちで分層した成果をもう一度見てみた。ほぼ水平堆積の単純な分層だが、かなりの時間を費やしている。

 初めてだが、やりきったという達成感を未来彦は覚えた。それから、間違えていないかもう一度確かめる。そこは祥子も気になるようで、指を差しながらしきりに確認していた。

「よし、勅使河原さんを呼んでくるよ」

「あたしも一緒に行くのですよ」

 未来彦達は、先輩達が取った遺構の図面を確認している勅使河原に分層が完了したことを知らせた。勅使河原は直ぐに応じてくれて、三人一緒にサブトレンチまでやってきた。

「どれどれ……」

 勅使河原は土層断面をのぞき込んだ。なるほど、悩んだなりに分層できている。これだけ単純な水平堆積に2時間近くかけて頑張った甲斐があったというものだろう。ただ、時間を掛けて正確な図面を描くことも大事だが、調査では早く正確に書くことが求められるのだ。勅使河原は、そのための知識を初心者の二人に教えておきたかった。

「分層は出来てるね。よく頑張った」

 二人の顔がパアッと明るくなる。

「でも……、時間が掛かりすぎかな。どこか悩んだ箇所がなかったかい?」

「中程の暗灰褐色の二つの層ですね。もう悩んで悩んで行き詰まってしまいました」

「判らないときってあるんだよね。僕でも見分けが付かない時ってあるんだよ」

「ホントですか!」

「ホント、ホント。で、見た目で分層するでしょ。その後、粒度を決定する時に土を嘗めるんだ」

 未来彦は耳を疑った。聞いては鳴らない言葉を聞いてしまったと思った。

「舌先の方が指先よりずっと感覚が鋭いんだよね。これが結構判るもんなんだよ。で、嘗めた感じが同じなら二つの層を一つに纏める。違っていたらそのままにする、とかね」

 未来彦の頭の中には、もしかして自分もここで土を嘗めるのか、嘗めなければならないのかという思いがグルグルと駆け巡っていた。祥子も未来彦と同じ思いなのか、瞳をブルブルと震わせわなないている。

「じゃ、確信を得るために二人とも嘗めてみる?」

 二人の全身の毛が逆立ったように見えた。未来彦にとって、教えて貰っている立場上断れるような状況では無い。

「僕もね、師匠の先生からそう教えて貰ったんだよ……」

 ある種、徒弟制の様なこの技術の伝達に、未来彦は根性据えて取りかからなければと決意する。

「勅使河原さん……。僕がやります!」

 そう言って未来彦はサブトレンチの底へと降りた。

 未来彦の目の前に、悩んで悩んで悩み抜いた土層断面があった。

「では、行きます!!」

 未来彦は、ソッと顔を断面に近づけていく。断面から5センチほど手前で舌先を出す。そのまま、ジワリジワリと断面に舌を近づけて行くが、舌が触れるか触れないかという所でプルプルと震えていた。

「ガンバレー未来彦ーっ!」

 祥子が上から応援している。いや、応援されてもキツイものはキツイ。肉体的にでは無く精神的に、土を舐めるという行為に対する抵抗感が思いの外大きい。そのまま未来彦は固まってしまう。頭の中で様々な思いが交錯し、ついに未来彦は両手を突いてその場に崩れ落ちた。

「土を舐めるのだけは勘弁して下さいーッ!!」

「未来彦ーッ!!」

 未来彦は叫んだ。祥子も思わず叫んでいた。涙目で未来彦は勅使河原に振り返る。

「流石にこれは無理です、勅使河原さん! 他に良い方法は無いんですか!」

 未来彦は、何とかならないものかと縋り付くような目で勅使河原を見つめた。

「あるにはあるよ」

 勅使河原はポリポリと頭を掻いてトレンチの下に降りた。未来彦の隣にしゃがみ込むと、ガリで問題の土層の土を少しだけ削り取る。

「こうやって紙縒りを作ってみると良いよ。切れる太さが違うから」

 勅使河原が指先で紐状に土を捏ねると、1ミリほどでプツリと切れた。勅使河原は、同じように次の層の土をこそぎ取り紙縒り状にしてみる。切れたところで二つを比較すると、僅かに太さが違っていた。

「こういう方法もあるね。でもまあ、舌先で確認する方が確実なんだけどなあ」

「そ、その方法は、本当に本当の、最後の最後に取っておきます……」

「そのうち使う機会が来るかもしれないから覚えといてね」

 未来彦達が素直に返事をしているので勅使河原も頷いた。

「それから、土の観察をするときは、臭いも意識すると良いかもしれないよ。元々が沼だったところは、土も沼の臭いがしたりするしね」

「それって、何百、何千年経ってもするものなのですか?」

「結構残ってるよ。現代には殆ど残ってないが肥だめなんかも土が臭い」

「ぐはっ、そんなモノも調査するんですか!」

 祥子が大げさに驚いてみせるので、勅使河原は笑いながら答えた。

「するする! で、有機物をたっぷり含んでましたっていう黒い土が詰まってるの」

「うああ、想像したくないのですよ!」

「そのうち調査する機会があるかも知れないよ」

「うう、あまりしたくないですが……、調査ならしょうが無いですよね」

 祥子は、ずずいと未来彦の正面に寄った。少し座った目が未来彦をじっと見ている。

「未来彦君、死なば諸共なのですよ!」

「お、おう……」

 未来彦は、一言そう答えることしか出来なかった。肥だめなんて未来彦は実際に見たことも無い。糞尿が穴一杯に溜められ、異臭を放っている様子を想像すると眉根を潜めざるを得ない。現代日本に於いて殆ど根絶され、生物の教科書でしか見たことが無い寄生虫も存在するかも知れないのだ。

 未来彦と祥子は不安そうな顔を勅使河原に向けた。その目はじっと「それだけは勘弁して下さい」と訴えかけているように思えた。

「いやいやいや、そんなに深刻に考えなくてもいいからね。寄生虫や病原体は死滅しているから。たとえ残っていても寄生虫の卵の殻ぐらいだからね!」

 またも二人の顔が歪む。

「判らなかったら舐めるんですよね……、土」

 未来彦がボソリと言った。

「あ、ああ。だから、そんな事態にならないように、今のうちから土壌の知識と経験を蓄えておくんだよ!」

「そ、そうですよ。未来彦君。今のうちから鍛えて、いざというときに備えましょう!」

「お、おうともさ!」

 未来彦と祥子は、ガッチリと腕を交差させて誓いを立てた。

 勅使河原は、そんな初々しい二人を微笑ましく思う。是非に経験を積んで考古学のことを知って欲しいと思うのだ。

「ま、今日はもう良い時間だしここまでだ。ブルーシートを壁面に掛けて終わる準備ね」

 断面が乾燥したり雨に濡れても良いようにシートを掛ける。それから、他のシートを掛ける手伝いに向かう。

「土の味は知りたくないよな、祥子ちゃん」

「知りたくないですね、未来彦君」


 未来彦は、グラスのコーヒーを飲み干して息を吐いた。

「ま~、あれから土の味を知ることも無く無事に調査が終わって良かった……」

「なんというか、あの後頑張りましたもん」

 もう少しで土の味を覚えるという微妙体験をすることになっていた二人は、夏休みの調査をしみじみと思い出していた。

 プレハブのドアが砂をかんだ音を立てている。先輩達がやってきたのだろう。

「先輩達が来たみたいだから、コーヒーを淹れてくるよ」

「それではお任せします」

 放課後の時間がゆるゆると流れる。いつも通りの研究室であった。



参考文献

国立研究法人産業技術総合研究所 地質調査センター 「岩石の分類」https://www.gsj.jp/geology/geomap/r-classification/



このお話は7割ほどノンフィクションです。私は土を舐めることがどうしても出来ず、半泣きになながら「無理です!」を連呼してました……。

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