表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の考古学  作者: 鷲塚
5/10

なにもしなかった放課後の話

   なにもしなかった放課後の話


「あ~、だるいですね。乙女ちゃん先輩」

「ああ、だるい放課後だよなあ、未来彦君 」

 容赦ない太陽光線が地表へと降り注いでいた。うだるような暑さの中、乙女山と未来彦は考古研のプレハブへと向かうべく裏庭を歩く。裏庭のテニスコートの雑草は伸び盛りで、庭木に止まった蝉たちがでけたたましく鳴いている。

 7月初旬と言えばもう立派な夏だ。それは惑星規模の戦争があっても地軸がブレる事も無く、変わる事ない季節の巡りである。

 未来彦と乙女山は、プレハブの前に到着すると、二人してプレハブを見上げていた。屋根も、壁も陽炎がゆらゆらと揺れている。これだけで中の温度が察せられるというものだ。

「中、暑そうですね。乙女ちゃん先輩……」

「い、言うな。開けたくなくなるだろうが!」

 乙女山は、鍵を取り出し鍵穴に差し込んだ。鍵を開けていつもの、少し砂をかんだ引き戸を開けると中から圧倒的な熱気が二人に襲いかかった。

「突撃ーッ!」

「サー、イエッサー」

 最初に乙女山が走り込むように戸を潜り、次いで未来彦が中に入る。やおら靴を脱ぎ捨てるようにしてスリッパを履き、二人は階段を駆け上がっていった。熱気と澱んだ空気が得も言われぬ不快感を感じさせる。

 二人は整理室に駆け込み、窓という窓を開けていった。開け放たれた窓から入る爽やかな風が澱んだ空気を押し流していく。

「作戦の初期段階は達成したぞ、天野二等兵!」

「了解。換気が済み次第作戦の第二段階に移行します。乙女山中佐!」

 涼しい部室を確保するまでもう少しだという事で、乙女山が妙に芝居っぽく未来彦に言った。ここは乗っておく所だとばかりに未来彦も答えた。

 少し待って換気が終わり、室内が外気と同程度になると、二人は再び窓を閉め始めた。それから未来彦は、壁に備え付けられたコンソールパネルを操作しエアコンを起動させる。室外機の低い唸りが二階の整理室にも響いてきた。それから程なくして涼しい風がエアコンから吹き出してくる。

 太陽が容赦無くトタン屋根に照りつけ、まるでチリチリと音を立てているかの様だった。室温設定が十九度に設定された整理室のエアコンは、負けて堪るかと冷気をはき出し続けていた。

 未来彦と乙女山は、エアコンの冷気が吹き付ける下に陣取り、満面の笑みで時折胸元のシャツをはためかせ冷気を取り込む。

「エアコンは人類最高の発明ですね」

「ああ、人類最高の発明だな」

 そして、また二人はジッとエアコンの風に当たる。冷気を帯びた風が汗ばむ体を冷やし、未来彦は、心なしか気持ちまで安らいでいくように思えてくる。

 地獄のような熱気が落ち着いて、乙女山はいつも未来彦の傍らに浮かんでいる月面ウサギが見当たらないことに気がついた。そういえば、未来彦はサイバーデッキも装着していない。

「今日は珍しくサイバーデッキを持ってきてないんだな」

「そうですね。久々に左腕が軽いですよ」

 そう言って、未来彦は左手をぷらぷらと振ってみせる。

「昨日、ちょっと喧嘩しちゃいまして」

「何というか聞いちゃいけないネタ……、なのか?」

「いや~、そんな深刻な話でも無いんですけどね。ちょっと高校生男子の画像フォルダを勝手に覗かれて性癖バレするみたいな事件があったり、無かったり……。で、プライバシーがどうのこうの言い合って、今日はサイバーデッキを置いてきたって訳です」

 乙女山は未来彦の肩をポンと叩いた。その表情は、どこか小さな子供を諭すような優しげな表情だ。

「大丈夫、家族に見られてないならギリギリセーフだ」

 どの辺りがセーフなのか判らないと、未来彦は思った。

「なんというか、画像を鑑賞している時に偶然、あるいは突然と自部屋に家族が訪れるとかわりとあるしな。緊急回避の技術が問われる」

「あ~、なんか判ります。空間表示モニタだと、誤魔化せるモノも誤魔化せないですよね」

「そこで古来からのディスプレイだ。背面からは絶対に視認不可能という素晴らしさ。ドアに対して九十度ぐらいを意識し配置する。若しくはモニタ背面がドアを向くように配置するのが好ましい」

「まあ、事に及ぶときは鍵掛けてますけどね」

「お、自部屋に鍵付きとは豪華だな。しかしちょっと待て。月面ウサギはいつも一緒に居るんじゃ無いのか?」

「結構察してくれてて、どこかで暇つぶししてくれてますよ」

 後でちゃっかりストレージのデータを見て居るみたいだけど、と心の中でぼやいておく。

「乙女ちゃん先輩は鍵無しですか?」

「そうなんだよなあ。」

「いつもどうしてるんですか?」

「気配だな」

「気配?」

「あるだろ、廊下を歩くわずかな物音とか、階段を上ってくる音とかさ」

「あります、あります」

 未来彦の部屋には鍵が付いているが、いつ何時部屋に入れなければならない事態が発生しかねない。特に未来彦は空間表示と立体映像のどちらも使っているのだ。目撃でもされ太時の気まずさも大概のモノだろう。

「ま~、男子たるもの細心の注意を払っておかないと、ということですね」

「そういう時は一人暮らしに憧れるよなあ。鍵付きの部屋でもいいけど」

「僕はもう何処でもいいです。どうせ記録結晶の中身なんて月面ウサギには全部ばれてるんだから」

「パスワードを掛けてないのか」

「前は掛けてたんですけど、どうも効果が無いみたいで設定サボってますよ……」

 きっちりとパスワードを設定してあったフォルダの内容を軽い話題のネタにされて以来、未来彦は自分のフォルダに強力なパスワードを設定していたのだ。しかし、いつの間に解析するのか直ぐにフォルダの内容が会話にポロリと出てくるので設定するのが馬鹿らしくなっているのだ。

「不思議なもんだなあ」

「月面ウサギの中の人なんて居ないと、自分で言ってましたけど、実は凄腕ハッカーの少女だったりするんでしょうかね」

「ある意味夢は膨らむが、余り期待しない方が身のためだぞ」

「月面ウサギは月面ウサギであると思ってますよ。他の何者でも無い感じで」

「彼女がプログラムの産物であるというなら、サイバーデッキの記録結晶がこの世に残ってさえいれば永遠不滅の存在であると言えるのかも知れないな」

「素粒子セルの集合体ですね。記録結晶。地球圏は勿論、もはや全宇宙で使われている記録媒体」

「そうそう。理論上ガンマ線バーストにすら耐えると言われる記録媒体。億単位でも記録を保存し続けるという化け物ストレージだな」

「惜しむらくは、データハザード以降に発明されたっていう事ですよね」

「案外、情報を後世に残す事ってのは難しいことなんだよな」

「あんまり残ってませんもんね。特に昔の記録媒体とか」

「そうだなあ。情報を残すという一点に絞ってみれば、温度と湿度の管理さえ完璧なら和紙と墨が最強という説もある」

 その事は未来彦も知っていた。日本の公文書館には、保存された紙の書類が山のように保存されているのだ。その中でも、和紙は屈指の保存状態を保っている。それに比べ、製紙工場で作られた酸性紙や再生紙などは保存状態がすこぶる悪いモノも多い。

「でも、残せる情報量は知れてますよね」

「そりゃあ映像や音声を残す事は無理だよ。でも、かなりの情報を残すことが可能だと思うな。各地に残された古文書を見てみなよ。それこそ膨大な量が残されていて、書かれた時代の事を今に伝えているからね」

「逆に、大容量記録媒体が発達した時期の記録が紙媒体ぐらいしか残されていないっていうのも皮肉なものですよ」

「あ~、たまに聞くよな。発掘したDVDだとかBDとかホロディスクね。発掘したのは良いけど、記録媒体自体の耐久年数が100年持たない素材で作られているし、よしんば現代まで持ちこたえていても再生する機器が残ってないときてる」

「そう考えると、デジタルアーカイブって少し頼りない気がしますね」

「当時のデジタル製品はね」

 乙女山は続けて話した。

「情報機器の更新も問題なんだよ。作ったときは、最高の技術を結集して情報をデータ化したと思うよね。で、その技術で数十年経つと新しい技術が出てくるんだ。短い期間だと数年で新技術になってしまう。そうすると、古いデータを新しいシステムに変換して保存するわけだ」

「更新、更新、また更新というわけですね」

「そうそう。その度に莫大な費用と時間とを浪費するというわけ。記録結晶の発明により、この問題は大いに解決されたというわけだ」

「当時の人たちは苦労したでしょうね」

「今みたいに殆ど革新的技術の更新が無い時代と違って、昔は短いスパンで新技術が登場していた様だから更新作業も大変だったろうなあ」

 二人して話ている内に整理室もずいぶん冷えてきたようで、エアコンの下に居る必要もあるまいと、二人はソファに移動した。向かい合って深々と腰掛ける。

「時に乙女ちゃん先輩」

「ん?」

「記録結晶という人類史最強の情報保存技術ともなると、情報端末のストレージは墓まで持って行かないとどうなるか判りませんよね……」

 未来彦は、少しだけ真面目な顔をしていた。

「まあな……。記録結晶の性質を考えたら、後の世に墓を発掘される事態にでもなればと思うと死ぬ前にデータを消去しておきたいところだな……」

 乙女山も少しだけ真面目な顔になる。

 二人は何処か遠くを見つめるように天井を眺めた。その脳裏に、フォルダに納まる至高のデータが浮かんでいたのは言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ