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未来の考古学  作者: 鷲塚
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発掘調査に行こう

登場人物


天野未来彦あまの みきひこ 高校一年生。小さい頃から歴史好きで考古学に興味を持つ。

有栖川香津美ありすがわ かつみ 高校三年生。考古学研究会部長。精神物理学時代の遺物を研究している。

乙女山慶二おとめやま けいじ 高校三年生。優しい物腰の大男。出土遺物の古フィギュアと向き合う。

・座間祥ざま しょうこ 高校一年生。なんとなく考古学研究会に入った少女。何となく活動している。苺ミルクに目が無い。


人馬真人じんば まひと 考古学研究会の顧問。”大魔術師(ミスター・ソーサラー)”の二つ名を持つ教師。

勅使河原幸三郎てしがわら こうざぶろう 近江八幡市の遺跡調査員。専門は機械化文明の自動人形。真人の大学時代の後輩。


・月面ウサギ 未来彦のサイバーデッキに常駐している謎の知性体。実体を持たず、立体映像として可視化される。少女の外見とバニーガール姿が愛らしい。




   発掘調査に行こう


 植えられた稲が広大な水田を覆い、みずみずしく広がった緑の葉が照りつける太陽光を受け止めていた。ときおり、水田を駆け抜ける風が並んだ稲をサヤサヤと揺らす。

 農作業小屋が点々と見える農業用地の一角にこの場所に似つかわしくない簡素なユニットハウスが二つ仲良く並んでいた。

 空を行き交うエアポッドも見られない田舎の農道をユニットハウスへと向かう一団があった。

「今日から本格的に遺構を掘り始めるんですよね。人馬先生」

 身長は170㎝少々、中肉中背で真新しい作業着を着た未来彦は歩をゆるめた。振り返って、少しくたびれたスラックスに半袖のシャツを着た人馬先生の隣に並んだ。

「部室でやった周辺遺跡の報告書の読み合わせも重要だよ。昨日作った周辺地図やトレンチの遺構面掘削だって重要な調査工程だからね」

 人馬先生は、未来彦に言い聞かせるように答えた。照りつける朝の太陽に、真人は目を細める。折角考古学なんていう実利のない学問に興味を持ってくれたんだ、大学に進んで専門とするしないは別にして、丁寧に指導してやろうという気持ちが大きかった。今回の調査も、信頼できる後輩が調査技師として担当するということで、安心して任せられると思ったからだ。

「いやー、これまで現説とか行った事が有ったんですけど、最初から最後まで参加するっていうのは初めてなんですよ」

 これまで、考古学というものが漠然と好きなだけだった未来彦だが、発掘調査を実践していくのだという期待感があった。

「発掘調査がどういうものか、一から教えてもらえるから頑張ってみてくれよ」

「あたしはちょっと緊張してますよ、先生!」

 祥子が元気に一歩進み出て右腕をビシッと上げる。小柄な少女だが、快活で何時も場を和ませてくれる。そんな雰囲気の女の子だ。

「いや~、緊張しているように見えないからね、祥子ちゃん」

 祥子の隣を歩いている、190㎝はあろうかという乙女山がヤレヤレと手を広げた。かなりのイケメンで人格者なのでファンも多いと聞く。

「乙女ちゃん先輩、あたし、お宝、いーっぱい見つけちゃいますよ」

 祥子が両手を一杯に広げて言った。乙女山の横で部長の香津美がフウとため息を吐く。

「いやいや、宝探しでもないんだけどね」

 乙女山は頬をポリポリと掻いた。

「でも、もの凄い遺物が見つかる時ってありますよね」

 未来彦は、興味のある時代の聞いたことがある話をしようと思った。

「例えばどんなの」

 乙女山は素直に聞いてみる。未来彦がコンピュータ反乱戦争時代の事に興味を持っているのは、以前聞いていたのだが、実際にどのような知識を持っているのか聞いてみた事があまりなかったからだ。

「旧地球帝国宇宙軍月面工廠遺跡の発掘戦艦ミコトとか。衰退する前の地球科学で作られた最後の戦艦で、起動すれば地球圏最強の電子戦が可能とか言われてますけど」

「おおお、大きく出ましたね未来彦君。大判小判から旧時代の実用品まで、夢がふくらみまくりというものですよ。ですよね、乙女ちゃん先輩!」

「いやいやいや、これから行くところの周辺にそんな大層な遺跡ないから」

「そこはほら、掘ってみるまで判らないわけですし、夢は大きいほうがいいですもん」

 祥子は瞳を輝かせて満面の笑みを乙女山に向ける。

 コレばかりは経験しないと判らないだろうなと、香津美は思った。

「最初はキツイと思うけど頑張って」

 香津美は輝くような微笑みを二人に向ける。

「一所懸命がんばりまーす」

「それと、今日からは実際に遺構を掘ったり記録をつけたりするんだから、初心者の二人はよーく勉強すること」

 未来彦と祥子は声を揃えて返事をする。

「判らない所は、私と乙女ちゃんとに聞いて貰ったらいいし。調査技師の勅使河原さんと人馬先生が付いててくれるから大丈夫よ」

 香津美がポンポンと祥子の頭を撫でる。

「ですよね、先生」

「そうだな、担当技師の勅使河原君は本当に出来る人だし、話をよく聞いて教えて貰うんだよ」

「そうですね、何とかなるような気がしてきました」

 祥子は両手で軽くガッツポーズを決める。輝く瞳に決意が籠もっていた。

「天野くん、君は大丈夫?」

「初めてのことなんで緊張もありますけど、ワクワクしてます」

「よし、頑張っていこう」

 香津美の笑顔が未来彦には頼もしく思えた。


 さらに十分ほど歩いて未来彦達は調査地へ到着した。

 広大な水田の一角に開けられた調査用地だ。敷地の周囲には簡素な木杭が打たれ、周囲にトラロープを回している。未来彦達は、入り口にかけられたロープを外して敷地内に入った。

 入って直ぐ右手に小さなユニットハウスが二棟。その脇には遺物を収納するためのコンテナが積み上げられている。トレンチの奥、上土の山の脇には掘削に使用するパワードスーツが停めてあった。

「おはようございます」

 すでに外で調査の準備をしている作業員に香津美が挨拶をする。それに続いて他の部員達も挨拶をした。そのまま全員ユニットハウスへと入っていく。

「勅使河原君、おはようございます」

「おはようございます。人馬先輩」

 使い込んだ作業着を着込んだ男が立ち上がり軽く一礼する。続いて未来彦達も勅使河原に挨拶をした。

「まま、みんな座って下さい」

 その言葉に、銘銘パイプ椅子に座り鞄を下ろした。

「おや、今日は月面ウサギさんは一緒じゃないんですか。未来彦君」

 ふと祥子が見てみると、未来彦が何時も左腕に付けているサイバーデッキが見当たらない。

「サイバーデッキは持ってきてるけどさ、泥だらけになるんだから調査の時は外すに決まってるだろ」

 鞄の中に入っているサイバーデッキを未来彦はちらりと祥子に見せた。

「一応、ドローンも持ってきてるじゃないですか」

「まあ、一応ね。ドローンに入っていれば自由に外を動けるだろうけど。どうするよ、月面ウサギ」

「今日はお休みにしとくよ。ぐーたら寝てます」

 サイバーデッキからのびた小さな腕をぴらぴらとふって月面ウサギはそれきり黙ってしまう。

「今日は集中して調査に取り組むということで」

「ですな!」

 始業時間の八時半となり、ユニットハウス前に調査員の勅使河原、向かい合って考古学研究会のメンバーと作業員とが並んだ。

「おはようございます。これから朝のミーティングを行います」

 改めて勅使河原は挨拶した。

「今日は、第一遺構面の上面精査。それが済み次第遺構の掘削を行います。今回は、調査補助として高校生の諸君が参加しています。作業員のみなさんも見てて不安になるかと思いますが、掘削の仕方等やさしく指導してあげて下さい」

「まかせとき、先生」

 日に焼けて赤銅色になった初老の男がニッカリと笑った。大丈夫と、口々に笑う。

「あと、暑いので水分の補給はこまめにして下さい」


 午前八時半といえども真夏である。既に三十二度はあった。日よけのないトレンチ内では輻射熱も相まって更に気温は高いと容易に想像できる。

「それでは、今日も一日よろしくお願いします」

 勅使河原が締めの言葉を言うと、作業員達は自分の道具を箕に入れてトレンチへと向かう。

「すみません、彼らの事よろしくお願いします。勅使河原君」

「調査は座学では得られないこと多いですからね。彼らにも良い経験になると思いますよ。先輩は調べ物ですか」

「そ、こっちはこっちで忙しくてね。ほんじゃ頼むわ」

 そのまま人馬は振り返り、ヨロシクと言わんばかりに右腕を上げて去った。勅使河原は、相変わらずだなと言った微妙な表情になる。その脇で、未来彦達が新しい箕に道具を分配していた。勅使河原は、直ぐにそちらに向き直る。

「有栖川さんと乙女山君はガリ持ってトレンチの断面をお願いします。判る範囲で分層しておいて。一年生の二人は道具の説明をするからね」

 その指示を受けて、香津美と乙女山は道具を持ち出してトレンチへ向かう。勅使河原は、未来彦と祥子の箕に、スコップ、マガリ、竹べら、手バチ、ガリ、と一つずつ掘削に使う道具を入れていった。

「スコップは基本だ、両手を添えて遺構を掘るのに使う。同じスコップでも、刃が曲げてあるのがマガリ。遺構は平坦なものばかりじゃないからね。曲面に対応してるわけだ」

 未来彦と祥子は頷きはするものの、黙って説明を聞いている。

「で、竹べらは、遺物に付いた土をチョンとはね除けたり、遺構面に線を引いたりと何かと便利だね」

 次に、勅使河原は小さな手鍬を手に取る。

「これね、本当は手鍬って言うんだけど、皆バチって呼んでる。たぶん土を掘るときにバチンって音がするからなんだろうね。大まかな掘削をするときに使ってます」

 最後に勅使河原が手に取ったのは刃が三角になっている草刈り鎌だ。

「これね、ガリって言います。昨日、重機で遺構面まで掘削したよね」

 そう言って、勅使河原はトレンチの方を向く。トレンチでは、先輩二人と作業員とがトレンチにかけられたブルーシートを取り外している所だった。

「重機で掘削したままだと、土色の違いが詳しく判らないよね。そこで、このガリを使って土を薄く削り取る。すると、土色の違いから遺構を検出できると言う訳ね。土を削るときにガリガリと聞こえるからガリなんだろうね」

 勅使河原は、持っていたガリを箕の中に戻す。

「それじゃ、道具を持ってトレンチへ行こう。シートを上げるの手伝って」

 未来彦と祥子は返事をして、小走りでトレンチに向かった。

 さほど広くないトレンチにかけられたブルーシートは、すでにあらかた上げられていた。最後の一枚だ。未来彦は、土嚢を取り上げトレンチの端に放り投げる。傍らで、祥子が土嚢を抱え、その重さに顔をしかめていた。麦わら帽子を被った祥子の額に汗が滲む。

「こ、これはイキナリ大変だ」

「女の子には重いかな。どれ、ワシに任せなさい」

 祥子の様子をみかねて野球帽を被ったお爺さんが土嚢を手に取る。なめらかなアンダースローで土嚢を放り投げると、土嚢はまるでそこにあったかのようにストンとトレンチの脇に収まった。

「ナイスオン!」

 祥子の声にお爺さんもガッツポーズを取る。

「松本さん、最初から甘やかさないで下さいよ」

 勅使河原が苦笑いをして言った。

「先生、ワシは困っている女の子が居ると見てはおれんのですよ」

 松本はそう言ってニカッと笑う。

「ありがとうございます。松本さん。あたし、シートを上げるの手伝いますね」

 祥子はそう言って、広げられたシートの端を掴む。

「はーい、シートあげまーす」

 香津美の号令でシートをトレンチから上げた。たたんでから上に重りとして土嚢を置いておく。

 シートが全部上がったところで、未来彦はトレンチを改めて見てみた。重機で掘ったところに5メートルのメッシュ状にが打ちこまれている。この杭は、測量により真北を北として東西南北が設定されており、平面図作成の基準となるのだ。基準となる故にミリ単位で杭の頭に釘が打ちこまれていた。この釘に水糸をかける。水糸からの距離を計測し記録するのだ。

「じゃあ、遺構面の上面精査しますね」

 作業員と共に、未来彦はトレンチに降りた。シートがかけてあった遺構面の土は、適度に湿っている。

「有栖川さんと乙女山君は東壁をよろしく」

 返事をして、二人はトレンチの東壁に向かう。一言二言打ち合わせをし、北端と南端からガリをかけていく。

 未来彦は、祥子と隣になってガリを手に取った。

「頑張りましょう、未来彦君」

「ああ、頑張ろう」

 二人してガリを土に当て引いた。が、以外と綺麗に削れない。妙に波打ってしまったり、デコボコになってしまう。未来彦が、ちらりと横にいる作業員さんを見ると、まるで鉋で板を削るようにスルスルと土を削っていくのだ。

「け、結構難しいな」

 未来彦は祥子の様子を見て言った。

「うん、見た目より力を使うし難しい」

「ガリはねえ、刃を寝かせて、力を入れて固定するのがコツなんじゃよ」

 祥子の横でガリを掻いていた松本さんが優しく言う。

「刃の部分を片方の手で固定して、もう片方はしっかりと柄を握る」

 松本さんの両腕にグッと力が入ったのが未来彦にも判った。

「で、すーっと引く」

 言葉通り、松本さんがガリをスッと引くと見事に土が切れる。未来彦と祥子は、松本さんのやり方を真似て再度やってみた。鉋を引くようにとまではいかないものの、先ほどより土が切れる感触が伝わってくる。

「あとは、土に合わせて考えながらやってみるといいよ」

「ありがとうございます」

「よーし、ガンガン削るよ」

 上面精査は、徐々に進んでいった。ガリをかけて綺麗になった遺構面に、勅使河原が慣れた手つきで遺構に線をいれていく。躊躇なく遺構面に線を引いていく姿に、未来彦と祥子はおもわず感嘆の声をあげた。

「土色の違いと前後関係をよく観察すれば君たちにも直ぐに出来るようになるよ」

 そう言われ、未来彦は、視線を遺構面に落とした。灰オリーブの遺構面に褐色の土が丸く浮き上がって見える。未来彦は円を描くように遺構面を削っていく。遺構の土色は極めて判りやすいものだった。遺構と遺構面との境目に竹べらで線を引く。

「勅使河原さん、こんな感じですか」

「そうそう、そういう感じで遺構を見ていくの」

 未来彦は、少し得意になり作業の手を早める。

「流石ですな、未来彦君」

「そういう祥子ちゃんも出来てるじゃないか」

 作業が進み、トレンチの南端まで上面精査が完了したところで水分補給のため小休止となった。未来彦は、キンキンに冷えた麦茶のコップを持ってトレンチの脇に立ち、検出した遺構をあらためて見てみる。一辺が6メートル程の方形の土坑、数点のピット、1メートル程の土坑、幅0.8メートル程の溝が検出されていた。

「どう、わかるかい」

 勅使河原が未来彦の隣にやってきて喉を鳴らしてお茶を飲んだ。

「どのような遺構か判らないけど、土色の違いで遺構を判断するっていうのは判りました」

「たぶんこんな感じかなと」

 勅使河原によると、正確な時期は不明だが、方形の土坑は竪穴式住居の痕跡で、五世紀から六世紀のもの。溝と井戸は一五世紀ぐらいだろうとのことだった。水田に沿って綾杉状に入っている溝状の遺構らしきものが未来彦には見える。

「勅使河原さん、あの溝っぽいのは何なんですか?溝というか、何かの模様というか」

「あ~、それね。正確な時期は判らないけど二〇世紀後期から使われていた大型のトラクターのタイヤ跡じゃないかな。この辺の水田、その頃から現状変わってないみたいだか結構でてくるんだよね」

 なるほど、と未来彦は綾杉状の痕跡を見てみる。言われてみれば、幅と言い痕跡といいトラクターのタイヤの跡に見える。

「たしかにこの幅なら今のトラクターとそんなに大きさって余り変わらないですよね」

 一万二千年前の農耕機器が現代のものとさほど変わっていないというのも新鮮な驚きだった。

「こういう道具類はホントに変わらないよね。動力の違いぐらいじゃないかな」

「これも遺構になるんですか」

「勿論、人間の活動によって残された痕跡はみんな遺構なのさ」

 勅使河原は、ちらりと時計を見る。そろそろ小休止を切り上げて作業再開ということで、全員に声をかけた。

「そろそろ続きやりましょう」

 ユニットハウスから全員がゾロゾロと出てくる。

「断面図は取りかかれそうだね」

 方眼紙を貼った画板とレベルを持った香津美と五寸釘にハンマーを持った乙女山に勅使河原が声をかけた。

「はい!」

「描けたら見せてよ」

「了解です」

「天野君と座間さんは遺構掘削ね。道具はそのままで良いから」

 未来彦と祥子は返事をしてトレンチへ向かった。

 勅使河原が指示したのは、幅が一メートル弱の東西の溝だ。遺構には全て番号が振ってある。

「でてきた遺物はココに入れて下さいね」

 勅使河原はスコップで溝を十字に分ける線を引いた。斜交いに掘ることにより遺構の埋没状況を断面に書き起こす為だ。

「こっちと、こっちの掘削をお願いします」

 掘削する場所にスコップで×印を入れ、それぞれの場所に袋を二つ用意する。

 未来彦は袋を受け取り、表面に書かれた文字を見てみる。袋には遺跡名・遺構名・層序・日付が記入されている。これは整理調査を見越して遺物の所在を明らかにしておくために必要なのだということだった。

「じゃあ、掘削方法を教えるから」

 てきぱきと作業員に指示し、勅使河原が未来彦と祥子に向き合う。

「まずは、一段下げるところからね」

 勅使河原が遺構の土にスコップを入れる。

「最初は遺構の境目を外して掘るのがコツだね。イキナリ境目から掘ると法面・そり面が判らないし、正確に掘れない事が多いからね」

 両手で支持されたスコップは、まるでをプリンでもすくい上げるかのようにサクサクと埋土を掘り上げていく。掘った土に遺物が混ざっていないか確認し、マガリを使って手早く箕に土をかき集めた。

「徐々に遺構の端へ寄っていって、最後はマガリで遺構面に沿って埋土を剥がしていくわけ」

 手際よく遺構の端の土を取り除くと地山が完全に姿を現した。

「こんな感じでやってみてね」

 未来彦と祥子は、「はい」と返事をし、それぞれ埋土にスコップを入れる。

「なんか、勅使河原さんと違わないか、これ」

「うん、サクサク掘れないね」

 スコップの持ち方から力の入れ具合も関係するのだろう。未来彦がスコップを土に突き刺して彫り上げようとしても妙に硬く感じる。先ほど見ていたような軽くすくい上げるような感覚が持てないのだ。

「スコップの刃の部分を持って、柄を持つ腕にも力を込めるのがコツかな」

 勅使河原の助言に、未来彦はスコップを持ち直しスコップを突き入れる際に力を入れる。両腕でしっかりと保持されたスコップは先ほどとは違い容易に土を掘りあげた。この感覚か、と未来彦は思った。

「ん~、いまいち上手くいかないなあ」

 隣では祥子がスコップの扱いに苦戦していた。

「力のいれ加減じゃあないのか。もうすこし刃の根元を持ってしっかりと固定する感じ」

 祥子はスコップを支持する箇所を少し根元の方に変えた。

「こんな感じかな」

「そうそう、そんな感じだと思う」

「ではでは、さっそく」

 祥子がスコップを埋土に突き刺す。スムーズに刺さったスコップの先をクイッと返すと簡単に土が浮き上がった。その感覚に、祥子はしてやったりといった感じで未来彦ににやついた笑みを向けた。

「未来彦君、この感覚を忘れないうちにガンガン掘らねば!」

「だな、気合い入れて掘ろう」

 真夏の太陽が容赦なく二人に照りつける。噴き出す汗もそのままに未来彦達は遺構を掘り続けた。

「二人とも頑張ってるね」

「そうだな、こっちもこっちで気合い入れて描かないと」

 香津美と乙女山は断面図の実測をする準備に取りかかっていた。いくら科学技術が発達し、あらゆる事が自動化された現代といえど、実際に地層を観察し、解釈するのは人間なのだ。そして、自らの解釈を図面に描き起こす事で、初めて遺跡の性質を理解したと言えるのだ。

 水糸を張る五寸釘、その最後の一本を乙女山は打ちこんだ。手早く水糸を用意し釘に掛けていく。この水糸が実測する際の基準となるため、くぎの頭を標高105.5mに合わせてある。

 次に、トレンチの断面に基準となる0メートル地点として頭を赤で塗った五寸釘を打ちこんでおく。そこを基準として断面へ直にエスロンテープを貼り付けていった。

「乙女ちゃん、どっちが図面描く?」

「それじゃ、僕が描くよ」

 そういって、乙女山はトレンチ脇に置いておいた画板を手に取った。そのまま実測するトレンチ東壁の北端に移動して目視で断面の様子を観察する。20分の1だから5㎝が1mとなる。乙女山は、事前に必要な方位とトレンチのレベル値、断面の長さという情報を方眼紙に書き込んだ。

「アリスちゃん、こっちは準備完了ね」

 乙女山は香津美のことをあだ名で呼ぶ。有栖川香津美で安直にアリスである。香津美にしても昔からそう呼ばれていたので今更という感じであった。

「ほい、それじゃお願い」

 香津美はコンベックスを手にトレンチの北壁と東壁との境にコンベックスを当てる。

「じゃあ端から行くよー」

「おけー」

 香津美はコンベックスを当て、地層毎に数値を読んでいく。それを乙女山が方眼紙に書き込むのだ。

「北へ二十の上へ四十、北へ十の下へ三、北へ七の下へ六、北へ六の下へ二十三.五、同じく下へ三十三、底が同じく下へ三十五」

 そこまで言って香津美は乙女山を振り向いた。乙女山は香津美が読んだトレンチの端を観察し、方眼紙に落とした点をグラフのように線でつないでいく。そこに迷いは見られない。

「おっけ。ほいじゃ次、殆ど変化無いから一メートル毎でいいや。あと、もう水糸の上と下が変わるときだけ教えてくれたら良いから」

「うんうん、サクサク行きますか」

 未来彦と祥子は溝の掘削を続けていた。二人とも掘る事に集中して殆ど口をきかない。その隣で手慣れた作業員が細かい土器片をポツリポツリと袋に入れていく。

「先生、これぐらいの深さでいいか?」

「ええ、丁度土色が変わる感じですね。この調子でお願いします」

 勅使河原は、溝の埋土の変化を読み取り掘削する深さを決めていく。少し濁った感じの暗褐色の土は自然に埋まったものだろう。

 勅使河原は、未来彦と祥子の様子も見ておく。まだ不慣れなだが、真剣に取り組んでいるという姿勢はその表情から充分に伝わってきた。最初から何事も上手くやれる人間なんていないんだ、頑張れと、勅使河原は目を細めた。

 溝を段階的に掘り進め、遺物袋が四つめとなったときだ、未来彦のスコップにカチリと硬い感触が伝わった。

「なにか有るな」

 ソッと土をどけてみると素焼きの陶器が部分的に顔を出す。未来彦は、更に周囲の土を竹べらで取り除いていく。

「お、ついに出ましたか。どれどれ」

 興味津々といった感じで、祥子が未来彦の手元をのぞき込んだ。

「お~、天野君当たりだな」

 勅使河原がそう言うと、溝を掘っていた作業員も集まってきて未来彦の手元をのぞき込んだ。

「おやぁ、先を越された」

「わしも一発当てるかのう」

 作業員さん達は口々に言って、傷つけないように掘るんだよと、声を掛ける。

「出土状況を写真に納めるからね。周りから土を落として、浮かないように底の部分を残す」

 こんな感じと、勅使河原は自分で掘ってみせる。そのスコップと竹べら裁きは鮮やかで、タマネギの皮をむいているかのように土を取っていく。

「じゃ、天野君、やってみて」

 三分の一ほど遺物についている土を除去し、勅使河原は未来彦にやってみようかと促した。未来彦は、勅使河原に教わった通り、周りの土をスコップと竹べらで丁寧に落としていく。土を捲っていくと、丸い口縁部を持った筒型の陶器だった。

「未来彦君、これって何です?」

 指を差して祥子が聞いた。とりあえず、古いものという事は祥子にも判る。折角だから具体的に何なのかと言うことが知りたいのだ。

「陶器って事しか判らないなあ」

「およ、勉強不足なんじゃあないですか。未来彦君」

「いくら考古学に興味があったからって、なんでも知ってるわけじゃ無いんだぜ」

 未来彦が口をとがらしていると、勅使河原が片膝をついて目の前に座っていた。

「天野くん。全部出てきた?」

「あ、と。こんな感じでいいですか」

 未来彦が彫り上げた素焼きの陶器は部分的に欠けることもなく完全な状態でそこにあった。勅使河原は、詳細は不明だが十五世紀頃の古瀬戸の可能性が高いと考える。

「いいのが出てきたね」

「いいものですか!」

「ちょっと待ってくれ……。たぶん古瀬戸であっていると思うけど」

 勅使河原は、自身の脳を電脳化していた。目を閉じ、アクセスコードを入力して自身のライブラリにアクセスする。まぶたの裏に映る巨大な書架を進み、中世の土器・陶磁器の概論を検索した。

 瞬く間に古瀬戸の概要と器種構成、様式等が表示される。そのなかで、勅使河原は、各様式の器種構成を図面で確かめる。前期、中期、後期、と確認し、古瀬戸後期の図面で筒型香炉を確認した。

 それは、ほんの数秒のことだった。ネットワークを切断し、勅使河原は目を開く。

「うん、資料を確認したけど、やはり古瀬戸の筒型香炉だ」

「あのあの、これって何年ぐらい前のものになるんですか?」

 祥子が目を輝かせて尋ねる。

「十四世紀から十五世紀の初めにかけてだから一万三千年ぐらい前になるのかな」

「い、一万三千年!どんだけ前なんですか!」

 すこし大げさに驚く祥子だが、日本史の教科書でも、わりと詳細に勉強するのはここ二千年分ぐらいが関の山なのだ。日本の歴史すべての概論を教科書に収めようとするなら十数冊を必要とするだろう。

「教科書で殆ど触れられない時代のモノを見るっていうのもなかなか凄いですね」

「なかなか感動的だろ」

「ほんと感動できますね。あたしもなんか見つかると良いなあ」

「祥子ちゃん、宝探しじゃないんだぜ」

「判っていますとも!」

「二人とも頑張ってくれよ。写真を撮るから、次は遺構の清掃と遺物の洗浄をお願い」

 勅使河原は、未来彦にスポンジとバケツに水を準備することを指示する。それを聞いた未来彦が駆け足でユニットハウスへ向かう。程なくして未来彦がユニットハウスからスポンジと水を用意して戻ってきた。

「持ってきました!」

 未来彦が持ってきたバケツとスポンジを勅使河原に手渡す。

「ありがとう。洗浄は遺物を傷つけないようにするのが基本だよ」

 勅使河原は、スポンジに水を含ませ、擦らないようにポンポンと遺物に押し当てた。スポンジが遺物の表面からみるみる土を絡め取っていく。未来彦と祥子は、勅使河原の手つきをつぶさに観察し自分のモノとしようとしてた。

「じゃ、天野君やってみてね。座間さんは遺構回りを綺麗にしておいて」

 返事をして二人は作業に取りかかった。遺物の洗浄は意外と簡単で、初心者の未来彦でも問題なくこなすことが出来た。

 その脇で祥子は必死に堀上がった遺構埋土をマガリで掻き取っている。

「それじゃ、終わったら呼んでね。写真を撮るから」

 二人は返事をして作業に取りかかった

 溝は畦を残して殆ど掘り上がっていた。未来彦が検出した古瀬戸の他には、小さな破片が少量出土しただけで写真に納めるほどのモノではなかった。

 香津美と乙女山は黙々と断面図をこなしている。ときおり勅使河原が図面のチェックのために二人の図面を確認していた。

 遺物の掃除と遺構の清掃が終わると昼前になっていた。

「勅使河原さーん、遺構と遺物の準備できました」

「お疲れさん、今行くよ」

 勅使河原は、未来彦と祥子が仕上げた遺構の様子を確認し、汚れが残っている箇所や不鮮明な遺構断面を自分で調整して仕上げる。用意していたジェラルミンのカメラケースから一眼レフを取り出す。カメラを手早く三脚にセットするとファインダーを覗いて画角を決めた。そこで腕時計のアラームが小さくなる。

「あ、お昼休憩にしましょ。上がってくださーい」

 君たちもねと、勅使河原は未来彦と祥子にお昼の休憩を促す。作業員達は、汗をタオルで拭いておのおのハウスへ引き上げていった。未来彦と祥子も自分の使っている道具を箕に入れてトレンチから引き上げる。

 上げた土の山の脇を通る未来彦に、ふと薄汚れた金属片が目に入った。気になったものは拾ってきた未来彦だ。勿論この金属片も拾い上げてみる。

「何を拾ったんです、未来彦君」

「ん、何かの金属片」

 未来彦が表面にこびりついている泥を指で落としてみると、鮮やかな光沢が現れた。親指の先の様な形で平面部には泥がこびりついて撫でるぐらいでは取れそうにない。次に、金属片をクルクルと見回す。

「なにかわかりました?」

「いや~、さっぱり判らん。判らないけど、とりあえず持って行こう」

 未来彦は、ポケットに金属片の滑り込ませた。

「ときに未来彦君。さっきの古瀬戸のお値段って幾らぐらいになるんです?」

 妙に楽しそうに祥子が未来彦に尋ねた。突然の質問に、未来彦は、こいつ何を言っているんだ、と一瞬眉根を潜める。

「ほら、お宝発掘とか鑑定価格ショーとかあるじゃないですか。こう0がずらずら~っと並んで……」

「いや~、どうだろうな。骨董品としての価値なら相当なもんだろうし、調べたことが無いから値段は判らんけど」

 祥子が言い終わる前に未来彦が口をはさんだ。未来彦は、文化財に値段的価値を求めてはいけないと思っているのだが、値段的価値も多少興味がある。

「香津美先輩の飛行ユニットもそうだよな。現代の技術で再現不可能な遺物ならその価値は計り知れないよなあ」

 そこまで言って、未来彦と祥子は顔を合わせる。

「それなら、さっきの古瀬戸だって同じなんじゃないんですか?」

「うん、生産不可能という点では同じだと思う」

 ピタリと立ち止まり、先ほどまで自分たちが扱っていたモノがいかに貴重か意識せざるを得なかった。

「お疲れ様、二人とも遺構の掘削はどうだった?」

 レベルの頭を肩に提げた香津美がポンと祥子の肩を叩いた。

「とほほー、あたしの方は何にも出てこなかったですよ」

「うんうん、そういう事ってよくあるものよ、祥子ちゃん」

 香津美が頷いて、肩を落としてしょんぼりする祥子を諭した。

「未来彦君はどうだったの?」

「いや~、自分が知っていたのが発掘調査のほんの一部だった、ということがよく判りましたよ」

「報道されたり現説やってるのは調査の終盤だもんなあ。それを見ているだけの人は、大概、発掘調査って楽そうでいいですね、って言うんだよ」

 乙女山がしみじみと言う。確かに、未来彦が思っていたより発掘調査というものは、ミリ単位の計測が必要で神経を使うし、掘削をするにしても滝のような汗を流して作業しなければならないのだ。

「乙女ちゃん先輩。さっき未来彦君がみつけたやつってどれ位のお値段なんですか」

「写真を撮ってた筒型香炉か。欲しい人は幾ら積んでも欲しいだろうし、一概に言えないんじゃないかなあ」

「プレハブに戻ってから月面ウサギに検索して貰いますよ」

 未来彦達は、プレハブ脇に設置されている水道で手と顔を洗った。真夏の太陽で熱せられた体に冷たい水道水が心地よかった。

「先に入ってますね」

 未来彦は一足先にプレハブのドアを開けると砂をかんだ引き戸が音を立てた。プレハブにはエアコンが設置されており、すでに内部はよく冷えている。未来彦が室内に一歩踏み込むだけで冷気が全身を包み込む。

 未来彦が自分の荷物を置いている椅子に座り込むと、祥子、乙女山、香津美といった具合におのおの荷物が置いてある席に座り一息吐いた。

 未来彦は、ポケットに入れて置いた金属片を取り出して机の上に置いておく。

「お、何か拾ってきたの」

 乙女山が金属片を取り上げてまじまじと観察する。少し観察して金属片を香津美に手渡した。

「だめ、判らん。これ、アリスちゃん知ってる?」

 香津美は乙女山から金属片を受け取り、全体をよく観察してみる。香津美も見たことがない遺物だった。何かの部品かな、という推測しかできない。

「だめ、私にも判らないな。これだけ小さいと専門の人が見ないと判らないんじゃないかしら」

 香津美は机に金属片をコトリと置いた。

「まあまあ、お茶でも飲みましょう」

 祥子がポータブルクーラーから全員分の麦茶を入れて配る。四人は同時にコップに手を掛け、一息に飲み干した。テーブルにコップを戻すタイミングまでシンクロしている。

「ぷはーっ、生き返りますな」

 頷く一同。

「じゃあ、さっきの古瀬戸の筒型香炉を調べてみますか」

 未来彦は鞄からサイバーデッキを取りだした。皆の前で待機状態を解除する。軽い電子音が鳴りモニタが反応した。

「おーい、出てきてくれないか月面ウサギ」

 未来彦の呼びかけに、月面ウサギがサイバーデッキのモニタからソッと顔をだした。周囲を見廻し考古研のメンバーだけが居ることを確認してから、プールサイドへ上がる様にモニタから出てきた。

「どうしたの、何かあったのか未来彦」

「月面ウサギ、検索して欲しいことがあるんだけど」

「まあ、なんなりとどうぞ」

 未来彦は隣に座っている祥子にどうぞと、手で合図を送った。

「およ、あたしでいいんですか」

「一番気にしてたのは祥子ちゃんだろ」

「わかりました、それではわたしが!」

 祥子はビシッと指を突き立てた。

「古瀬戸の筒型香炉のお値段や如何に」

 乙女山と香津美はヤレヤレと言った表情で顔を見合わせる。

 それに比べ、未来彦と祥子は興味津々と言った様子だ。

 月面ウサギは「あいあいさー」と、自分の周囲に窓を展開し、複数の経路から情報を速やかに集めてくる。月面ウサギの情報収集能力が余りに高性能なため、未来彦達には一瞬で流れていくログを目で追うことが出来ない。

「ほいっと、ざっと検索してこんな感じ」

 月面ウサギが机の中央にモニタを投げる。

「えーと、データベースによると、本物ならお値打ち価格で四百万円ぐらいだよ。高いモノで数千万とか」

 モニタを指さして月面ウサギはて答えた。複数表示された画像の中には未来彦が検出した筒型香炉と同じ形式も含まれている。

「えーと、壱、十、百、千、万、十万、百万……。八百四十万円!」

 祥子が画面を指で確認し、目を丸くして驚いた。

「これ、一攫千金も夢じゃ無いですね乙女ちゃん先輩!」

 祥子が目を輝かせて言い放った。

「発掘はトレジャーハントも可能ということですよ。未来彦君!」

「まあ、過去の科学技術を復活させる事業をやっている企業もあるというぐらいだからな。あながち間違いでも無いと思う」

 そこにすかさず乙女山が突っ込む。このまま発掘調査がトレジャーハントと同列に語られるのではたまったものではない。

「いやいや、これ地元の文化遺産だからね。お金の価値じゃ無いからね!」

「そうだよ、二人とも。それに盗掘は厳しく処罰されるから。その若さで懲役くらって塀の中に入りたくないでしょ」

 これは、興味本位で発掘された兵器工廠のバトルドロイドが緊急対処モードで調査団を虐殺した事件や封印された施設に納められていたバイオ兵器が拡散して街が一つ滅んだ事件を考慮して作られた法律によるものだ。

「うう、そうですね」

 祥子が残念そうにお茶をすする。

 そこに勅使河原が写真を撮り終えてプレハブに戻ってきた。ドアが開く瞬間、気配を察知した月面ウサギはサイバーデッキへ潜り込む。

「どうしたの、盛り上がってるけど」

 勅使河原は、カメラをデスクの脇に置き、未来彦達と同じテーブルに着いた。そこに祥子が麦茶を差し出す。勅使河原は、ありがとうと、コップを受け取り美味そうに飲んだ。

「お疲れ様です。遺物の値段ってどうなってるんだろうって話してたんですよ」

「ああ、さっきの古瀬戸ね」

「調べてみたら結構なお値段で取引されてるみたいでして」

「そうだろうねえ」

「て、勅使河原さん。二人にはお金の価値じゃないって教えておきましたから」

 慌てて香津美がフォローする。

「こういうものって、考古学的資料の他に骨董品的価値もあるから、みんな気になっちゃうんだよな。欲しい人も少なくないから一定の価値が出てくる。金に困った考古学の関係者が土器を古物商に横流ししたって話も昔あったそうだよ」

「いやいやいや、あり得ないでしょ」

 未来彦が即座に突っ込む。

「ところがあったんだな。勿論その人クビになったけど、ってそれは?」

 勅使河原が未来彦の前に置いてある金属片をつまみ上げた。グルグルと見回し観察する。ときおり指で撫でつけて全体の形を確かめていた。

「これ、旧五芒電子のドロイドパーツじゃないか」

「勅使河原さん、判るんですか?」

 香津美は流石専門の人は違うなと、羨望のまなざしで勅使河原を見る。

「四百年ぐらい前の農作業用ドロイドの指先用パーツだよ。ペタリハンドの親指だね。爪の部分にある五芒星の刻印の形状と、指の平のカーブがポイントだな。時期によって違うんだよね」

 ペタリハンドとは、二十四世紀頃に実用化されたロボット用マニピュレーターで、長らく工業用として使用されてきた経緯があった。その後、一般普及したドロイドにも多く使われるようになったのだ。勅使河原は、ドロイドが人間生活にどう関わってきたかということを研究テーマにしていた。

「すいません!あたしはゴミかと思ってました」

「これがゴミだなんてとんでもないよ!こういうのに価値があるんだから」

 勅使河原は少し興奮気味に言った。

「となると、結構なお値段で?」

 すかさず祥子は疑問を口にしていた。なんだかんだ言っても金銭的価値というものは判りやすい。しつこいと思われようが、あえて祥子は聞いてみた。他の三人は、それは聞いてはいけないだろうと、あたふたと手をばたつかせる。

「いやいや、こういうものが見つかると、四百年前、ここら辺一帯でもドロイドによる機械化農業をやってたんだなって想像できるじゃない。それが遺物から社会を復元することなのさ」

「人間社会の復元ですか。いやはや、モノの価値って判らんもんですね」

 祥子は、腕組みをしてしみじみと頷く。

「気軽に一攫千金とは行かないものなのさ」

 勅使河原が豪快に笑う。

「はいはい、二人ともそろそろご飯にしないとお昼の休憩終わっちゃうよ」

 香津美の声に、未来彦達は鞄から弁当箱を取り出す。今日のお弁当は旅館で包んでくれた特製そぼろご飯弁当だ。

「いただきまーす」

 未来彦は、甘辛く煮込んだ牛そぼろを口に運んだ。そぼろがご飯とよく合っていくらでも食べられそうだった。

 発掘調査はまだまだ続く。

 次に何が見つかるのか、未来彦は楽しみになってきた。

「頑張れよ、未来彦」

 頭の中に月面ウサギの声が小さく響く。

 未来彦は、心の中で「ああ」と返事を返した。


 将来的に、やっていることは変わらないし、道具もさほど変わらないと思う。ただ、出土するものは現代の考古学に比べ爆発的に増加しているはず。文献資料が残されていない時代の遺物を整理するのは生半可な覚悟じゃムリだろうなあ・・・。

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