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未来の考古学  作者: 鷲塚
3/10

ちょっとした食文化の話

前回のラストの後に付け足すような形になるショートショートです。


   ちょっとした食文化の話


 新緑が眩しい初夏だった。太陽が西山に沈もうかという頃、高校の購買部で一人の女子生徒が自動販売機のボタンを押した。ガタンと音を立てて落ちてきたのは、苺柄がプリントされた淡いピンク色のパックだ。取り出し口からパックを取り出し、少女は満足そうに笑みを浮かべる。

「乙女ちゃん先輩、これぞ、数千年の時を超え飲まれ続けてきた伝統の味なのですよ!」

 祥子は、身長190㎝はあろうかという男子に、どうだ、と言わんがばかりの表情を向ける。

 なお、乙女ちゃんと言うのはあだ名で、本名は乙女山慶二という。一年生の祥子にとって考古学研究会の先輩に当たる人だ。しかし、当の本人は、先輩と言われるのが気恥ずかしく、下級生にもあだ名で呼ばせている。乙女山を短く言って乙女、それに親しみやすくちゃんを付けている。それだと馴れ馴れしすぎると思った祥子がむりやり先輩とつけて乙女ちゃん先輩と言うわけだ。

 ストローをパックに差し込み、一口分を吸い込む。彼女の口の中に牛乳のまろやかさと苺のほんのりとした甘さが広がる。

「美味いっ!この一口のために生きているっ」

 大げさにプハーっと息をつき、してやったりと祥子は乙女山を見上げた。

「祥子ちゃん、何時も思うんだけど、それ、普通の苺ミルクだよね」

 乙女山は、祥子の持つ苺ミルクのパックを指さす。その瞬間、祥子瞳が光り輝き、そのまま乙女山にずずいと詰め寄る。

「こっ、これが普通の苺ミルクですと!」

 始まってしまったと、乙女山は目線だけを祥子からそっとそらす。

「いや、確かに普通の苺ミルクなのですよ、乙女ちゃん先輩」

 普段、考古学や歴史学に興味を示さない祥子だが、こと苺ミルクの事に関しては人一倍のうんちくを語りたがるのだ。

「人類の誕生から西暦で言う12000年を数える今日、数々の飲み物が作られは忘れ去られました。しかし、苺ミルクは違います!何時頃から作られ始めたかは定かではありませんが、登場した頃から根強いファンにより飲み支えられてきたのですよ!」

 祥子は、グッと拳を握りしめる。

「苺の甘ーい香りと甘さに、まろやかな牛乳が醸し出すハーモニーが何とも言えないのですよ!この飲み物が嫌いな人があろうか、いや無い!」

 乙女山は、倒置法で語っても無駄だと、心の中で祥子に突っ込む。それを知ってかしらいでか、祥子は熱弁を続ける。

「苺ミルクが廃れないのは、茶道と同じなのですよ。伝統により洗練された味なのです!」

「さ、茶道とはちょっと違うんじゃないかな……」

「確かにちょっと違うかもしれません。苺ミルクには作法なんてありません。しかし、流行廃りに関係なく、美味しいと認められたモノは残り続けているのです。日本食がまさにそれ。だれもが美味しいと感じる普遍的な美味しさ、それに流行廃りなぞ関係ない。それが苺ミルクという飲み物なのですよ」

 一気にまくし立てて祥子はパックに入った苺ミルクをすする。一気にすすった苺ミルクのパックがへこんでぺしゃんこになっていく。ズズズと最後の一滴まで飲み干し、祥子はストローから口を離した。

「さらに言うと、乙女ちゃん先輩の奢りともなれば、格別の味なのですよ」

 にひひと笑う祥子に、乙女山はやれやれと苦笑いを浮かべるのだった。

「君みたいな子が何時の時代にも居たんだろうね」

 乙女山は、これも食文化の一側面かと、いちごミルクが何故今日まで伝承されてきたか、何となく判った気がしたのだった。需要があれば残るのだ。そこに流行廃りは存在しない。

「さ、乙女ちゃん先輩。帰るとしましょうか」

 祥子は、パックを捻り小さくしてからゴミ箱にひょいと放り込んだ。

「祥子ちゃん、苺ミルクについて一筆書いてみる気無い」

「ん~、難しいこと考えるのパスです。私は苺ミルクが好きなだけなのですよ」

 予想した答えが返ってきた。行きますよと、祥子は先にポテポテと歩き出す。

 その後ろ姿を見て乙女山は思う。苺ミルクは百年後も飲まれてるだろう。少女達の心をがっちり掴んで生き残ってきたのだから。そして、乙女山は、コレを研究してみるのも悪くないなと思うのだった。 

遙か未来にも苺という食材が存在していれば良いなと思います。よほどのことが無ければ苺が絶滅するなんて考えづらいですけどね。家畜とかもそうですけど、人間に取り入って繁栄している生き物って絶滅しそうにないですよね。増やさなきゃって思ってしまう。苺の風味と食感は恐るべき生存戦略とおもうのでした。

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