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未来の考古学  作者: 鷲塚
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考古学研究会

考古学に興味がある未来彦は入学してから一月、自分の通う高校に考古学研究会が存在する事を知らなかった。しかし、とあることがきっかけで、未来彦は考古学研究会の門を叩く。

考古学研究会


 天野未来彦は、京都市の南西にある小さな市の地元の高校へ歩いて通っている。高校には通学路など無いが、彼の通る道はいつも同じだった。

「未来彦、何時も同じ道を歩いているけど、何か拘りでもあるわけ」

 未来彦の傍らに浮いている十五㎝ほどの人影がぼそっと呟く。バニースーツ姿をした少女を未来彦はちらりと見る。その姿は、よく見ると一瞬輪郭がぶれたりする。彼女は立体映像なのだ。

「いや、何にも無いんだけどさ、月面ウサギ」

 ホログラムの少女に未来彦は答えた。歩いている道に何か特別なものが有るというわけではない。護岸によって何千年も変わることのない川の流れ、僅かに残る田んぼや畑、遠くに見える西山の山並みを見て歩くのだ。多少気になる事と言えば、通勤時間帯という事も有り、空に引かれた空路をエアポッドがひっきりなしに飛んでいる事ぐらいだ。生まれたときから空にエアポッドが飛んでいたのだから、この景色に違和感は無いのだが、たまにはエアポッドの飛んでない空をゆっくり眺めていたい、と思う時もあった。

「変化の激しいこのご時世、あんまり変わらないものを見ていると落ち着く気がしないかい」

「ん~、あたしは昔のこととかにあんまり興味ないからなあ」

「月面ウサギならそういうと思ってたよ」

 何時もと同じ時間、何時もと同じ道を、何時もと同じ早さで未来彦は登校する。

 学校へ近づくにつれ、ちらほらと登校する生徒が目に付く。友達同士でしゃべっている者、音楽を聴きながら歩いている者、歌いながら歩いている者、様々だ。

「とりあえず、今日も授業が終わるまで出てくるのは無しね」

「はいはい、バニースーツ姿の少女を常時侍らす変人扱いされたくないんでしたね」

「そういうこと。判ってるじゃないか」

 目の前から一瞬で月面ウサギの姿がかき消える。

「今日は考古研に行ってみるんだっけ」

 頭の中に月面ウサギの声が認識される。サイバーデッキの電界通信を利用した会話だ。

「ああ、ちょっと覗いてみようと思う」

「未来彦に幸有らんことを」

 それっきり月面ウサギが黙ってしまったので、未来彦は、足早に下駄箱に向かい上靴に履き替えると教室に向かう。

 登校時間のざわめきと落ち着きのない空気が支配している廊下を少し歩き、一階の一-四と書かれた札を確認する。教室の開け放たれたドアを潜り、既に登校してきていたクラスメイトと挨拶を交わして窓際の後ろ側にある自分の席に着いた。

 未来彦は、大あくびを一つして机に突っ伏して目を閉じる。特にやることもなく教室のざわめきに耳を傾け時間が過ぎるのを待った。

 高校の授業というものは、何時の時代もそう大きく変わないもので、基本的に講師からの一方的な知識の付与だ。数学、国語、理科、社会、太陽系内で使われている共通語が主となる。考古学というニッチな分野に興味を持っている未来彦としては、日本史の授業こそまじめに聞く気になるのだが、他は割とどうでも良いというのが正直な気持ちだった。

「おいおい、寝るなよ未来彦」

 時折、月面ウサギの声が注意してくれるから何とか授業を寝て過ごすことだけは回避することが出来た。

 本日最後の授業は小宮先生の古典だ。内容は、一万年以上前に作られた万葉集の読解である。言語は常に変化するものだが、そのつど時代にあった古語辞典が編纂されており、途絶えることなく日本の文化を現代に伝えてきた。それだけこの作品が日本人の文化の根源に関わるものを持っていたのだろうと勝手に思っている。しかし、それと古典が苦手であることは別問題で、未来彦は古代の文法に頭を抱えるのであった。

 午後の授業のけだるさは尋常では無かった。眠気と戦う未来彦は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。教室の窓から見える桜の木もすっかり葉桜となり、鮮やかな新緑が風に揺れる。窓を開けた教室の中をさわやかな風が吹き抜ける。こういうとき、自分の席が窓際で良かったと思う。

「いやいや、恐らくあの板書を書き終われば授業が終わるから頑張れ」

 月面ウサギの声に、未来彦は時間を確かめようと正面に掛けられた時計へと視線を送る。時計の針は三時二〇分を指しており、あと一〇分ほどで今日の授業が終わる。

「よし、これで終わりだな」

 板書された内容を手早くノートに書き写し終わったところで授業終了を告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。

「はい、今日の授業はこれでおしまい。みんな復習を忘れないでね」

 男子生徒の生返事を受け、小宮先生は笑顔で小さく手を振り教室を後にする。この先生は大学を出たばかりで歳が生徒と近く、しかもカワイイときてるので男子生徒にファンが多い。

「すまん、先生。殆ど聞いていなかった」

 心の中で先生にあやまるり軽く伸びをする。手早く教科書や筆箱を鞄に詰め込み足早に教室を後にする。授業が終わったばかりの廊下は、帰宅する者と部活に行く生徒でごった返していた。

「それじゃ行くか未来彦」

「へいへい、言われなくても行きますよ」

 高校生活が始まって約一ヶ月、すでに文系・体育系共に部活の勧誘合戦は幕を下ろし、みんな部活に精をだしている。しかし、未来彦はどの部活にも参加していなかった。先日までこの学校に考古学研究会が存在する事を知らなかったのだ。


 事の経緯はこうである。

 先日の放課後だった。未来彦が下駄箱で靴を履き替え、校門の方へ向かおうとした時だ。グラウンドの隅に土煙が舞う。それに気がついたのは月面ウサギだった。

「未来彦、なんだアレ」

 月面ウサギが指し示したのは、丁度グラウンドの南西の端、野球部のバックネットのある辺りだ。

「ああ、凄い土煙だな、月面ウサギ」

 野球部員は散り散りになって突如発生した膨大な土煙から逃げようとする。一拍おいたその瞬間、土煙の中から爆音をたてて人が飛び出してきた。グラウンドにいた生徒達は、突然の出来事にそちらに注目せざるを得ない。注目の先には女子生徒が一人。

「どいて、どいて、どいてぇぇぇ!」

 女子生徒は、土煙を引き、スカートをはためかせ、さながらアイススケートで滑るようにグラウンドを移動してくる。その足下は地面から少し浮いていた。彼女は一直線に未来彦の方に突進してきた。

 避けないと非常にまずいことになるのは自明の理だが、なぜか未来彦は彼女を観察していた。ショートボブの髪の毛にちょっと垂れ目で大きな黒い瞳、男なら目を離せなくなるであろう自己主張するバスト、肉付きの良い太もも、おまけで足に装着されている見慣れない半重力ユニットとおぼしきメタルブーツだ。ここまでの確認で約5秒。なんてどストライクな娘なんだと、アホな確認をしている間、まさに彼女は未来彦の目の前に来ていた。

「そこの君!よけてぇぇぇ!」

 女子生徒は風でスカートがめくれないように押さえながら突っ込んでくる。

「まかせろぉぉ!」

 未来彦は、突っ込んでくる娘をもう一度見て、持っていた鞄を投げ捨てる。咄嗟にその場に腹ばいになった。突っ込んできた女子生徒は、咄嗟に開脚して未来彦をやり過ごそうと判断する。頭を抱えた未来彦の上を開脚した女子生徒が一瞬で通り過ぎる。未来彦が振り返ってみると、校舎に女子生徒が今にも直撃するという状況だ。未来彦は思わず「危ない!」と叫ぶ。今にも壁にぶつかりそうになったその瞬間、「垂直上昇!」女子生徒が叫ぶと、彼女はもの凄い勢いで壁伝いに垂直にすっ飛んでいき、程なく視界から消えた。

 未来彦はのそのそと立ち上がると、制服についた砂埃をはたく。

「青のしまぱんだったな……」

 月面ウサギの汚いモノを見るかのような視線を微塵も気にせずに呟いた。


 未来彦の視線の届かない上空一〇〇〇メートルに有栖川香津美は到達していた。

 先日、やっと復元と調整とが終了した反重力推進ユニットのテストをしてみたら制御に手間取ってこの様だ。

「なーんでこうなっちゃうかな」

 腕組みして考えてみても解決策が突然閃くわけでもない。発掘した訳のわからないものを使うからだ、と突っ込まれてもしょうがない。思考制御の反重力ユニットで、人間の周囲に巡らされている電界から思考を読み取るシステムである事は判っている。しかし、二〇〇〇年前、地球の統合データベースが破壊された事件の為に、この装置が作られた約五〇〇〇年前の記録は殆ど残されていない。さらに、同様の遺物の出土例および調査例も指折り数えるほどしか報告されていなかった。

 昨年の夏に参加した調査で出土した遺物で、責任もって報告するという顧問の先生の方針から香津美がこの遺物を担当していた。それからから顧問の先生と共同でやっと復活させることに成功したのだ。今日は、顧問の先生の立ち会いの下、初めての機動実験を行ったところだった。

「速度を徐々に落とし、空中浮遊へ」

 声を発することで自分の意識を明確にしてみる。上手い具合にユニットが反応してくれて、香津美は上空でホバリング状態となる。

「こんな所まであっと言う間だ」

 香津美は手を額に当てて周囲をぐるっと見回した。木津から大阪方面、山を越えて亀岡方面、比叡山の方面が一望できた。眼下を見下ろすと、小さくなったエアポッドの車列が見える。

「これが量産されていた時代は、車は流行らなかっただろうな」

 香津美は暫く景色を楽しんだが、長く楽しむには五月上旬の高度一〇〇〇メートルは寒すぎた。両手を抱えて身震いしてしまう。

「こ、これは寒い……。ゆっくり降りて、屋上に着地!」

 意識を集中して、ユニットに自分の意志を送り込む。ユニットはすぐさま反応して徐々に高度を下げ始めた。その時、風がふわりと香津美を吹き抜けていく。彼女が「頭から降りるとスカートが捲れるな」と思った瞬間、景色が反転し頭から降下してしまう。まさに紐無しバンジージャンプ状態だ。その拍子に、ポケットに入れていたメモ帳がするすると抜け落ちてしまう。蝶が羽ばたくようにページをはためかせメモ帳は落ちていった。

「ちょちょちょ。足からっ、足からって、大事なメモ帳がぁぁぁ!」

 視界がぐるっと元に戻り、香津美は安堵して大きく息をつく。学校上空に居るので、学校の敷地に落ちたと思うのだが、彼女のメモ帳はもはや何処に落ちたか判らなくなっていた。

「し、思考制御っていうのもちょっと考え物よね……」

 香津美は顔を引きつらせる。また騒ぎになるのが嫌だったので、校舎の屋上に降りることにした。そして、次にテストするときはスパッツを履いておこうと心に誓う。

 幸いなことに屋上には誰もおらず、着地の妨げになるような物は何もない。徐々に屋上が近くなり、香津美はふわりと音もなく降り立った。

「スフィア反重力ユニット停止。思考制御終了」

 反重力ユニットを停止させると完全に重力が感じられるようになる。香津美は、周囲にメモ帳が落ちていないか見回すが、ぱっと見た感じ屋上周辺にメモ帳は落ちていないようだった。

「あ~、誰か拾って届けてくれれば助かるんだけど」

 服が乱れていないか確認してから、香津美は駆け足で階段を下りた。


 香津美が空中でてんやわんやしている頃、未来彦は鞄を肩に掛け校門に向かって歩いていた。先ほどの衝撃から解放されrず、まだニヤニヤしている。

 運動場では、先ほどの騒動がウソのように部活を再開していた。周囲からは「考古研か物理研かな」という声が聞こえてくる。なるほど、それなら見慣れない反重力ユニットを使っているのも納得できる。

「って、考古研あるのかよ!」

 大声を出して一人で突っ込んでしまった。と、その時、眼前を移動物体が過ぎ、バサッと足下に何かが落ちた。彼はそのまま視線を足下に落とす。

「なんだ、これ?」

 それは緑色をしたハードカバーの薄い手帳だった。つまみ上げて見ると表紙に「一二〇〇九.〇八.〇二 有栖川香津美」とマジックで書かれている。

「あ~、これ野帳だ」

「そうよね、どう見ても考古学研究会の人みたいだよねえ」

 上空に目を凝らしてみるが青い空が広がっているだけだ。学校の上空には空路が設定されていないからエアポッドからの落とし物という事はあるまい。上から落ちてきたところを考えると、先ほどスッ飛んでいった女子生徒の持ち物だと考えるのが自然に思えた。先ほど遭遇した光景が未来彦の脳裏にフラッシュバックする。

「今、何を想像したか一瞬で判った」

「な、なんだよ。僕は何もやましい事なんて考えてやいないぞ」

「そんなにニヤニヤしてたら誰でもわかるっての」

「くそう、流石にポーカーフェイスとまではいかないか。それはさておき、月面ウサギ。どうやらこの学校にも考古学研究会があるみたいじゃないか」

 未来彦は、つまんだ野帳をぴらぴらと月面ウサギに見せる。

「中身を見たら確実なんだがなあ」

 他人の手帳、ましてや女子の手帳を勝手に見るのも失礼かと思う。しかし、この野帳の中身を見て確信を得たいのも事実である。

 未来彦は再び手帳に目を落とす。手帳の表紙はよく見ると少し土が付いて汚れている。拾った時に着いてしまったのだろうかとも考えたが、舗装された校門周辺の状況を鑑みるに元から付着していたものなのだろう。

 心を決めて、未来彦はゆっくりと表紙をめくった。一ページ目、最初に書かれていた文章は「西山研究所遺跡群 夏期踏査」というものだ。「西山研究所遺跡群」の名前は未来彦にも聞き覚えがあった。教科書に載っているような有名な遺跡ではないが、五〇〇〇年ぐらい前に大学付属の研究室が立ち並んでいたという遺跡で、地元の人間なら誰でも知っている。京都盆地が壊滅的被害を受けた事故が昔起こって、その際に放棄されたというものだ。

「お、やっぱり考古学研究会じゃない」

「ああ、なんで新歓で紹介されなかったんだろうな」

 やはり、この手帳の持ち主である有栖川香津美は、考古学研究会の部員であると未来彦は確信した。表題の下には、踏査に参加したと思われるメンバーが書かれている。


責任者 人馬 真人


三年 梅原 いずみ

三年 小林 良行

二年 有栖川 香津美

二年 乙女山 慶二


 どうやら、考古学研究会のメンバーはこの四人のようだ。最も、調査時が去年の八月だから卒業して三年生は居ない事になる。責任者の人馬先生は歴史を担当しており未来彦のクラスを受け持っている。考古学研究会の顧問というところだろう。いつもカッターシャツにスラックスという出立で、古ぼけた白衣を羽織っている。無造作に伸びた髪の毛を後ろで束ねていた。人馬先生の授業を受けて、未来彦の彼に対する第一印象は、飄々としてつかみ所がなさそうだ、というものだった。

 未来彦は次々とページをめくっていった。踏査の時に歩いたルート、歩いている途中で拾った遺物が事細かく書き込まれている。

 遺物が集中している場所を本調査地として選定し、発掘調査を行っているということは理解できた。調査地の簡単な平面図と残存していた地下構造の図面も簡略図として書かれている。メモによると、上屋構造は完全に無くなっており、地下施設のみが現存していることが書かれていた。

「さすが、調査前の踏査から調査に到るまで、生の記録は凄いもんだな」

「未来彦だって何回も遺跡をみにいってるじゃない」

「見学してるのは調査の最後だけじゃないか、最初から参加した事なんてないんだしな」

 細かく均整の取れた文字に的確に書かれた観察結果を見ると、有栖川香津美という少女は、かなり几帳面だろうという印象を受ける。特に、反重力ユニットが検出された状況及び表面の文様や構造についての観察は事細かく書かれていた。さらにページをめくってみると、ユニットの作成時期は遺跡群が建造された約五〇〇〇年前の物であること、当時の技術を使い作成されたものであること、現在の技術では再現不可能であることが見て取れた。

 未来彦と月面ウサギが野帳の内容を覗いている頃、有栖川香津美はもの凄い勢いで校舎を駆け抜けていた。実験を外で行ったから上履きは履いていない。香津美は、軽く砂をまき散らしながら全力で走った。校舎に残った生徒を掻き分け、下駄箱を通り過ぎて校門前に滑り込む。

 香津美は周囲をザッと見回してみた。校舎を真っ直ぐ上昇したから、落ちたとすればこの周辺に落ちたと思うが、彼女の手帳は落ちていないようだった。多少は風にあおられたかもしれないが、落とした時にそれほど強い風が吹いていたわけでもない。

 香津美は、しまったと眉を寄せて顔をあげると、一人の男子生徒が彼女に背を向けてなにやら呟いている。その傍らにはなにやらバニー姿のホログラムの少女が一人。怪しかった。香津美には非常に怪しく思えた。

「微速前進」

 香津美が小さく声に出すと、靴が地表から僅かに浮き上がり、音も無く未来彦の方に近寄っていく。徐々に香津美にも未来彦の声が聞こえてくる。

「五千年前というと、精神物理学時代だよな」

「一般的にはそういわれているね」

 こいつ見てるなと、香津美は静かに未来彦達に忍び寄る。

「ほら、有名な京都クレーターあるだろ。あれって、この時代に発生した事故が原因で出来たって教科書にも載ってるぐらいだからね」

「遙か昔に京都盆地を吹っ飛ばしたってやつね」

「だから京都盆地に於けるこの時代、この時代の上屋構造は吹っ飛んでるってわけさ」

 未来彦は野帳の記録をを見ながら答える。かなり短い期間だが、日本を中心として精神に作用して働く物理現象を解明した技術が発展した時期があった。完全無害の無限エネルギーだったが、エネルギー源が人間そのものであった。その為、一部の人間による人間の家畜化の発生という社会問題に加え、収束した巨大なエネルギーが壊滅的な破壊を生み出したとして、当時の技術者の粛正と技術の封印・投棄が行われたとされているというものだ。

 忍び寄って会話を聞いていた香津美の疑惑は確信に変わった。そっと未来彦の右肩に手を伸ばし、ポンと叩く。フイに肩を叩かれた未来彦は、突然の事にビクついて振り向くと先ほどの女生徒が居るのだ。未来彦は上から下までなめるように彼女を見る。未来彦の視線が少し気になったが、何とか笑顔を作り上げ、香津美は言い放った。

「きみ、考古学に興味があるのなら考古研へ来ない」

「あっ、あっ、すみません。これ」

 未来彦は、あたふたと野帳を閉じて香津美に向き直ると、ビシっと両手で差し出した。ありがとう、と未来彦へ笑顔を向ける香津美に未来彦はポカンと口を開けて佇むしか無かった。その数十秒後、我に返った未来彦は、香津美から校舎の裏にある考古学研究会のプレハブを教えられるのである。



 未来彦と月面ウサギは、裏庭の隅にある二階建ての小汚いプレハブ小屋の前で立ちつくしていた。入り口の引き戸は閉ざされており、窓にはカーテンが引かれている為、中をうかがい知ることが出来ない。二階の窓には灯りがなく、人の居る様子は無かった。

「誰も居ないみたいだけど」

「うん、早すぎたな」

 授業が終わってからまだ数分も経っていないのである。これは明らかに未来彦の勇み足であった。緊張が一気に解けて未来彦は深く息をつく。未来彦はポリポリと頭を掻いて辺りを見回し誰も居ないことを確認すると、自分の間抜けさを反省する。

「まあ、ここで待っていれば誰か来るだろ」

「そそそ、ここで合ってるはずなんだからね。誰も居ないけど」

 たわいない世間話を十分ほどしていると、二人の男女が校舎の隅から未来彦の方にぷらぷらと歩いてきた。それに最初に気がついたのは月面ウサギだ。

「未来彦、あれあれ」

 月面ウサギが指さす先には、背の高い男子と快活そうなボブカットの女子。昨日であった有栖川さんではなかった事に、未来彦はガッカリして二人を見ると、相手も未来彦に気がついたようで驚きの表情で顔を見合わせる。

「乙女ちゃん先輩、もしかして、もしかしませんか?」

「焦るなよ、祥子ちゃん。もう5月だぜ、その可能性はきわめて低いと思うね」

 二人の歩みは徐々に早くなる。

「ジュース一本賭けますか」

「ジュース一本賭けよう」

 新入部員であるか賭けようというのだ。二人はさらに足を速め、半ば駆け足状態となり未来彦の所までやってきた。未来彦が、考古研の関係者か、と口を開きかけたとき、それを阻むように祥子が口を開く。

「ようこそ、考古学研究会へ」

 祥子は大きな瞳を輝かせ、未来彦の右手をとるとブンブンと両手で握手する。

「新入部員さん、大歓迎ですっ!」

 そのまま祥子は満面の笑顔を浮かべた。

「あたしは座間祥子。こっちのイケメンさんは乙女山慶二先輩ね」

「祥子ちゃん、そんなかたっ苦しい呼び方はよしてくれよ。いつも通り、乙女ちゃんでいいよ」

「あ~、めんどくさい人ですね、乙女ちゃん先輩は」

 乙女山は、宜しく、と未来彦に向かって挨拶する。整ってすらっとした目鼻立ちにさわやかな笑顔。祥子の言うとおり、男の目から見ても明らかに格好いい。

「天野未来彦です」

「わたしは月面ウサギ」

 祥子と乙女山とを交互に見て、未来彦は軽く頭を下げる。うっかり月面ウサギと話しっぱなしで引っ込んで貰うことを忘れていたが後の祭りである。

「天野未来彦君に、月面ウサギさんね。よろしく」

 祥子は、月面ウサギについて何も言わず、彼女をあたかも一人の人間の様に接した。

「祥子ちゃん、いい加減、手を離しておやりよ」

「おーっととと、ごめんごめん」

 祥子は急いで手を離すと未来彦に笑顔を向けた。

 乙女山はポケットから鍵を取り出す。電子制御も何もない、昔ながらの鍵だ。軽く回すとカチリと小さな音を立てて鍵が開いた。乙女山が引き戸を開けると、少し砂をかんだドアが擦れた音を立てる。

「入って、入って」

 祥子に背中を押されて、未来彦は半ば強制的に部室の中に入らされた。中に入って未来彦が最初に感じたのは、建物に充満する土埃の臭いだった。乙女山が照明をつけると、中の様子がパッと目に入ってくる。

「ここは出土遺物の復元とかやってるんだよ」

 入り口を入ってすぐに土間があり、復元用の大きなテーブルが備え付けてある。そのテーブルの上には出土品を詰めたコンテナが置かれていた。

「あのコンテナ、もしかして遺物が入っているんですか」

 現地説明会の会場でよく見たコンテナだった。

「あ~、これね。うちの裏山で宅地開発があって、調査を手伝ってたらそれが出てきてね。折角だから整理調査もやってみたらということになって、預からせて貰ってるわけ」

 乙女山は、コンテナに入っている袋を一つ取り上げて未来彦に見せる。未来彦が袋をのぞき込むと、中には見慣れないデザインの人形が丁寧に入れられていた。

「これ、二〇世紀末から二一世紀初頭にかけて作成されたフィギュアみたいなんだよ」

「よくそんな古い物がこの時代まで残ってましたよね」

「これ、石油由来のプラスチック製品なんだよ。塩化ビニルってやつ。熱には弱いが腐食にはめっぽう強い。残念なのは、施されていた塗装がてろってろに溶けてるとこかなあ」

 乙女山が別の袋を取り上げて中からフィギュアを取り出す。差し出されたフィギュアは、塗料が溶けてくっついてしまっていた。

「これなんかは奇跡的に原型を止めている部類のやつ」

 さらに他の袋を取り出して未来彦に見せた。

「塗装が完全に残ってるのは貴重らしいよ。古フィギュア収集家なんて人も居てさ、かなりの値段がつくとか聞いたことがある」

 乙女山の語りに熱が帯びてきたのを祥子は感じた。祥子が初めてここを訪れたときもこんな感じだったのだ。、その時、相手を忘れて語っちゃうのって悪い癖ですよ、と香津美に注意されていたのをもう忘れているようである。

「地球に天然の石油が残っていた頃は、こんな物でも石油を使ってたんだよな。いやはや、贅沢な時代だ」

「乙女ちゃん先輩。天野君がドン引きする前に上でお茶でもどうですか」

 祥子が立ちつくしている未来彦を見て、助け船とばかりに乙女山の話に割り込んだ。

 広げていた資料をコンテナに戻し、乙女山は来客用のスリッパを未来彦に進める。二人は自分専用のスリッパを履いて階段を上がっていった。未来彦も二人の後を追って階段を上がる。

「こっちへどーぞ」

 先に上がった祥子が右手側のドアを開けて、未来彦に中に入れと進めた。未来彦が中をのぞき込むと、中央がロッカーで仕切られた部屋には、手前に事務机とトレース台が並べられており、奥にはソファとテーブルが置いてある。

「もの凄く豪華な部室ですね」

 未来彦は素直な感想を二人に告げた。

「でしょ、でしょ。あたしも四月に入部したときいっぺんに気に入ったんだ。ここで資料の整理とかするんだよ」

 ソファに未来彦を案内し、祥子は、腰を掛けて待っていね、と部屋を出て行ってしまった。革張りのソファーは、腰掛けてみるとくたびれた様子もなく、心地よい座り心地である。

「乙女ちゃん先輩、何かお菓子もあった方がいいですよね」

 向かい側の部屋から祥子の元気な声が聞こえてきた。

「戸棚の中にポテチが有ったと思うから、それで良いんじゃない」

「おっけーでーす」

 すぐに快活な返事が返ってくる。向かいの部屋からヤカンををコンロにかける音が聞こえてきた。

 乙女山は、全てのカーテンを開け終わると未来彦の向かいのソファに腰掛けた。

「ごめんごめん、部室の前に居たからさ、祥子ちゃんが勝手に入部希望者にしちゃったけど。迷惑だったりする」

 きた、本題だ。月面ウサギが心配そうに未来彦を見る。四月の部員勧誘の時にすら全く見かけず、勧誘すらしていなかった霞のような部活に入る時だ。最初から未来彦の台詞は決まっている。

「力一杯入部希望です」

 身を乗り出し、拳を握りしめ、力一杯未来彦は答えた。

「お待たせ、お茶にしましょ」

 祥子がスリッパの音をパタパタと立てて、お盆にのせたコーヒーカップを三つとポテトチップスの入った袋とを持ってきた。お盆をテーブルの上に置くと、自分は乙女山の隣に腰掛ける。それに併せて三人はカップを取り上げるとコーヒーを啜る。そのコーヒーは意外にもレギュラーコーヒーであったので、未来彦は香りの良さに思わず口に近づけたカップを離すことができなかった。

「あ、わかります?。贅沢してレギュラーコーヒー煎れてみました。放課後のお茶タイムにしては贅沢だと思いません?」

 未来彦の仕草に気づいて祥子は得意げに微笑んだ。続けて祥子は、ポテチも開けますねと、袋を横開きする。

 三人がポテトチップスに手を伸ばし、口に運んだその時だ。入り口の引き戸が独特の砂をかんだ音を立ててガラリと開いた。

「あ、香津美先輩が来たかも」

 その音を聞いて、ポテトチップスを囓りながら祥子が言った。

 香津美がドアを開けると、土間に見慣れないスニーカーが脱いであるのが目に入る。珍しく部員以外の客かと、スリッパに履き替え脱いだ靴を揃えて並べた。その際に、乱暴に脱ぎ散らかしたままになっている祥子の靴を揃えて並べることも忘れない。

「まったく、何回注意してもあの子はなおらないな」

 香津美は小さく息を吐いて二階へ向かう。台所の方からコーヒーの臭いがしてくるから、コーヒーでも煎れて飲んでるのだろう。

 整理室のドアを開けると香津美に三人の視線が集まる。案の定、祥子と乙女山がソファーに座っており、向かい側に見知らぬ男子生徒が一人座っていた。先日、野帳を拾ってくれた一年生だ。傍らにバニーガールが居るから間違いない。

「香津美せんぱーい、先にお茶してまーす」

 祥子が笑顔を向けて香津美を呼んだ。

「荷物置いたらいくよ」

 自分の机に鞄を置くと、香津美はソファの方に向かった。いつの間にか祥子が未来彦の方に回っていたので、香津美が乙女山の隣に座った。

「昨日はありがとうね。えーと、天野くんだっけか。早速きてくれたんだ」

「そりゃもう。勇み足もいいところでしたけど」

「彼、ぽつんと一人で立ちすくんでましたからねえ」

「乙女ちゃん先輩、二人二人」

「ああ、月面ウサギもだったな」

「あたしを忘れているとは不逞な野郎だな」

「すまんすまん」

 皆の笑いに頬を膨らませる月面ウサギだった。至極和やかな雰囲気が研究室を包む。

「いや、昨日は驚きましたよ。過去の技術が復活して現代に蘇ってるって。僕は素人だから判らないけど、精神物理学ってちょっと調べても専門的な情報が出てこないですよね」

「あ~、昨日のアレね」

「そうそう。いくら考古学研究会って言っても、それを高校生が発掘して、使えるように復元するのって信じられなくて」

 考古研の三人は黙って未来彦の話を聞いていた。その表情は真剣そのものである。

「ほら、教科書とかちょっとした歴史本だと、精神物理学は危険だから研究者の粛正と技術の封印がされた為に現代に伝わってないって書かれてるじゃないですか」

「アレには久々に驚いたわ。何千年かぶりに見たし」

「それは超一級のギャグですな、月面ウサギ」

 祥子がすかさず突っ込むが、未来彦は話を続ける。

「それなのに、先輩は復活させて、使うことができる」

「確かに、あたし一人じゃ何もできないかな。超能力者でもなければ天才でもないし。普通の高校生なんだし」

 香津美はさらりと言う。

「あたしは此処に入部して二年とちょっとだけど、判ったことがあるの。それはね、学問には、必ず分野ごとの専門家っていう人が居るっていうこと。あたしの場合は、たまたまその専門家が身近に居てくれて助かったってとこかな」

 近くに居ると聞いて、未来彦はちらりと隣にすわっている乙女山を見るが、彼は勿論自分じゃないよという感じで黙って話を聞いていた。

「ちょっと待ってくださいよ。失われた技術の専門家なんて矛盾してませんか?」

 専門家が居ると言われたが、未来彦にはどうにも理解できなかった。香津美は、失われた技術に対して専門家が存在するという。もし、専門家が存在するのなら、それは失われた技術ではないと思えるのだ。

「あたしもそれは不思議に思ってました。だって、4月には香津美先輩って、一人で作業してたんですもん」

 祥子がびしっと手を挙げて、香津美に主張する。

「それは、この部活をやっていたら判ると思うな」

 香津美は腕組みをして何度か頷く。

「おおー、一緒にやろうよ天野くん!」

 祥子も大げさなリアクションで未来彦を誘う。

「あたしは何となく入ったんだけど、一年生あたしだけしか居ないから寂しかったんだよ」

 未来彦にしても、考古学研究会に入部することについては吝かではない。寧ろ、香津美と過ごすことが出来るのだから願ってもないことと言える。

「素人でも良いんでしょうか。僕はまだ考古学の専門知識って殆ど持ってないですよ」

「誰だって最初は素人なんだよ、未来彦君。そこは気にする所じゃないと思うよ」

 それまで黙っていた乙女山が言った。未来彦としてもそう言ってくれるとありがたい。

「そそそ、あたしだって自分で何やって良いか分かんないんですけど、お喋りだけで何とかなってます」

 そう言って苦笑いする祥子であった。

「そこは祥子ちゃん、以前渡した考古学概論はもう読んだ?」

 乙女山は少々真面目すぎる所があって、この一ヶ月なにかと祥子に本を薦めたり、コピーを渡したりしていたのだ。そんな突っ込みに対して、祥子は少しも物怖じしない。その表情は自信満々だ。

「いやあ、全部はまだ読んでません。でも、ちょっとずつ読んでます」

「私は、そんなに急ぐ必要はないし、ノンビリとした研究会でいいと思ってるよ」

 それが香津美が持つ部長としての心構えだ。

「ま、まあ。それはそれで良いんじゃないの。まだ入部して一ヶ月なんだしさ。授業じゃないしボチボチで」

「僕もボチボチでお願いします」

 未来彦は後ろ頭をポリポリと掻いて引きつった笑いを浮かべる。かと思うと、おもむろにソファから立ち上がった。気をつけをして直立不動の姿勢を取る。

「改めて自己紹介を。天野未来彦、人間、男、十五歳、趣味はサイバーデッキを使った電脳空間ダイビングです。今までは、専門とか考えたことが無かったんですけど、あえて言うならコンピュータ反乱戦争とか興味あります」

 そう言って頭を下げる未来彦の引きつった顔を見て、香津美は笑いを漏らしてしまった。

「いやいや、改めて宜しく。部長をやっている有栖川香津美です。専門は考古精神物理学ね」

「二年の乙女山慶二です。僕のことは乙女ちゃんとでも呼んでくれ。専門は考古フィギュアでいいのか。いいんだな、うん」

「変態ですね、乙女ちゃん先輩」

 祥子はコホンと咳払いをする。

「一年の座間祥子です。あと、未来彦君の種族と性別は見たら判ると思います」

 先輩二人があえて突っ込まなかった事を祥子が直球で突っ込んでしまったので、二人は、そこは突っ込んでやるなという視線を送るがもう遅い。しかしながら、祥子の横で未来彦があたふたともがく様はなかなかに頬笑ましいといえる。

 自己紹介も終わり、4人は暫く談笑していた。香津美が入部した時の話や、遺物の復元、整理作業の過程、報告書の執筆といった考古研の活動に関する事などだ。

 いつの間にか夕暮れ時が近づき、西日が部室の中に注ぎ込んでいた。なんだかんだで長時間話し込んでしまっている。ふと、未来彦は恐ろしいことに気がついた。

「有栖川先輩、部員って、もしかして今居るメンバーで全員なんですか?」

 部室の広さに対して部員が3人、未来彦を入れても4人である。そして、香津美がこの部室を訪れてから、誰もここに顔を出していないのだ。一瞬、他の三人の動きがピタリと止まる。

「そこに気がついてしまったか、天野君」

 くるりと未来彦の方を向くと、香津美が少し眉を潜ませる。

「今年卒業された先輩が抜けて、我が研究会は、その存続に必要な人員である5人を割ってしまったの」

 それは、今年で廃部の憂き目を見るということだ。香津美としては、なんとしてももう一人部員が欲しいに違いない。しかし、このご時世、遙か昔のことに思いを馳せる高校生というのもなかなか居ないというのが現状である。

「伝統ある我が研究会を自分の世代で潰してしまっては、先輩方に申し訳ないし」

 そう言って顔を曇らす香津美の声に力はない。

「部長、今年中に後一人来てくれれば良いんだから焦る必要ないですよ」

 乙女山が香津美を励ますように言った。

「そうね、もしかしたら誰か来てくれるかもしれないもんね」

「いや、そんなに部員が欲しいなら、なぜ四月に勧誘とかポスターとか作らなかったんですか」

 すかさず未来彦が割り込んだ。

「ほら、自分の研究に忙しかったから、つい」

 ああ、集中したら他が見えなくなる系の人かと、未来彦は思った。文系に多く居るタイプだとも思う。

「ほら、何時もどおり研究会の活動を続けていけば良いんじゃないですか。続けていれば何とかなりますよ」

 祥子が何の根拠もない自信を披露する。こういう時に、彼女の底知れない明るさというのが心強いと香津美は思う。

「根拠は無いんだよな、祥子ちゃん」

「まったくありません」

 にははと笑う祥子に良いのかそれでと、未来彦は心の中で突っ込んだ。最悪、自分が頑張って部員を勧誘せねばならない。

「それはそれ、これはこれとして明日から頑張ろう」

 乙女山が時計を見ると針は6時を指している。二階の窓から茜色の西日が部屋に射していた。

「あたし、カップの後片付けとかやっておきますよ」

 祥子はコーヒーカップと空になったポテトチップスの袋をお盆にのせると炊事場の方に運んでいった。程なくしてカップを洗う音が聞こえてくる。

「部長と未来彦君は先に出て下さい。戸締まりは僕がやっておきます」

 そう言って乙女山が席を立つ。始め、香津美は自分も残ると言っていたが、半ば強引に香津美に荷物を持たせ送り出していった。未来彦は、勿論彼女についていくことしか出来ない。

「それじゃ、後のことお願いね」

 香津美は奥に居る祥子に向かって声をかける。祥子の「はいなー」と、返事を聞くと階段を下りていく。

「お先に失礼しまーす」

 未来彦も香津美に続いて足早に階段を下りていった。

 二階の窓から二人が帰る姿を見届けると、乙女山は部室のカーテンを全部閉めてしまった。整理室の照明を落として鞄を持ち上げると、ちょうど祥子が洗い物をすませて出てくるところだった。

「じゃ、あたし達も帰りましょうか」

 炊事場のテーブルに置いてある鞄を抱えると、祥子は乙女山に笑顔を向けた。

「ガスの元栓もちゃんと閉めたかい」

 一応、自分でチェックしておく事も忘れない。乙女山の行動に、祥子は信用無いなあと、口を尖らせたが、次の瞬間には、ちゃんと閉まってたでしょと、乙女山に笑顔を向けた。

「よし、二階はこれでいいね」

「じゃあ、あたしが一階のカーテンと戸締まりやってきまーす」

 祥子は軽い足取りで一階に下りると、使われていない部屋のカーテンを手早く閉める。乙女山が降りてくる頃には既に彼女は部室の外で待っていた。

「おまたせ」

 入り口のカーテンを閉めて、ドアに鍵をかける。

「乙女ちゃん先輩」

 乙女山が振り向くと、祥子が上目遣いで乙女山を見つめていた。乙女山から見て、その表情には完全におごってくれオーラが漂っている。こうなることが判っていたから二人を先に帰したのだ。

「えっと、祥子ちゃんは何が良いんだっけ?」

「もちろん、イチゴミルクで決まりなのですよ」

 そんなことを胸を張って言われても困るのだが、これも約束だ。

「了解、じゃあ早速買いに行こうか」

「さっすが乙女ちゃん先輩。話が早い」

 こうして二人は夕暮れ時の閉店時間が押し迫る購買部へと姿を消した。

 西山の稜線に春の夕日が落ちていく。暖かいオレンジ色の光は、部室の影を裏庭に長くのばしていた。


未来も今も、人間のやることにそう大差は無いだろうって思います。だから、いくら技術の発達した未来でも、日常なんてこんなもんだろうなと思ったりするのです。


一万年分の歴史の教科書を想像したら、想像を絶する分厚さになるなと思い

考えるのを止めた・・・。

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