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未来の考古学  作者: 鷲塚
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遺跡見学へ行こう

遠い未来、考古学が学問として残っているのかを考えながら書いた小説です。血湧き肉躍る戦闘とかは無いですが、未来の日常の1コマとして楽しんでいただければ幸いです。

   未来の考古学


 一 遺跡見学へ行こう


「銀河帝国歴二〇一三年五月一二日、午前六時三十分。起きろ、未来彦ッ」

 涼やかなよく通る声で言われ、バチッと目を見開くと、未来彦の眼前に小さな人影が浮かんでいた。正確に言うと、ショートヘアがよく似合うバニーガール姿の少女が浮かんでいた。

「おはよう、月面ウサギ。何時もながら目覚まし代わりになって貰ってたすかる」

 未来彦は、寝てる間にこびりついた目垢を擦り落とし、この奇妙な同居人に挨拶をする。

「その辺は持ちつ持たれつというやつだよ、未来彦くん」

「そうだな、おまえって完全に押しかけ女房みたいなもんだからな」

「家出少女みたいな言い方は止してよね。私だって気がついたら君のサイバーデッキに常駐していたんだからさ」

 月面ウサギは、机の上に投げ出された腕部装着型のサイバーデッキを力なく指さす。

「へいへい。寝落ちしてた僕が悪うございました」

「判れば良いのよ、判れば」

 未来彦が勝手に月面ウサギを人工知能と思っているだけで、本当のところは不明だ。妙に人間くさい思考パターンで未来彦を困らせたりするのだ。

 未来彦はベッドから起き上がり、手早く着替えを済ませる。

「月面ウサギ、今日の予定は何だったっけ」

「午後一時三十分より、旧京都帝国大学研究所遺跡の現地説明会に参加。今のところそれだけ」

 月面ウサギは、掌サイズの日程帳をぱらぱらと捲り、最後にパンと閉じる。

「了解、了解。」

 記録結晶(メモリ)に記録している日程を映像化しているのは、いささか古風な趣味だが、彼女に言わせてみれば雰囲気の問題との事だった。

「朝飯食ったら出発ね」

 そう言って未来彦は、階段を駆け下りリビングへ向かった。

「おはよう、母さん」

「おはよう未来彦。あんた、今日は遺跡の見学へ行くんでしょ」

「そそそ。あ、丁度僕が行く遺跡のニュースやってるね」

 母親が付けていたテレビニュースを未来彦がお箸で差す。

「行儀の悪い子とするんじゃないの」

「おおっと、ごめん」

「今日のトピックスは、京都東山の旧京都帝國大学関連遺跡群の話題です」

 桜の季節も過ぎ去った5月、京都の話題が飛び出てくるのは久々だ。

 空中撮影用のカメラを搭載した飛行ドロイドが送ってくる中継の映像は、朝の京都の町並み、五条大路の付近から始まった。通りを歩いて通勤する人々、重力制御と慣性制御により飛行するエアポッドが空路を行き交う様が映し出される。さらに、ドロイドは、鴨川を今出川付近まで遡り、レンズを東山に向ける。

 昔の事故で穿たれたという巨大な京都クレーターの向こう側にある山肌に竹林があり、そこで発掘調査をしていた。

「地元のタケノコ農家、馬場弘さんが、土取のために掘削をしていたところ、金属質の壁を掘り当て市の文化財保護課に連絡し公になりました」

 映像が切り替わり、土層面に金属質の壁が4メートルに渡って露出している状況を映し出す。金属の壁は、溶接によるつなぎ目も無く、錆も浮いていない。

「京都市教育委員会の見解によりますと、使われている金属の簡易年代測定から1万年は遡るとされるが、詳細な検討は今後の調査によるとのことです」

 その後、その時期を専門としている大学教授のコメントが放送されて、トピックスは終了した。

「不思議なもんだね。あんな昔のモノが現代に残っているなんて。そう思わない、母さん」

「そりゃあ昔から人間が生活していたんだから、残ってそうなもんじゃない」

「判ってないな、残ってるけど判らない事が多いから魅力を感じるんじゃないか」

「あんたって、最新のサイバーデッキが好きなのか、昔のことを調べるのが好きなのか、時々判らなくなるね」

「自慢じゃないが、どっちも好きなんだ。それが現代に生きる男のロマンってやつさ」

 未来彦は、残ったご飯にお茶をぶっかけると一気にかきこんだ。

「ごちそうさま!」

「お粗末様でした」

 足早に二階の自部屋へ駆け上がる未来彦を母親は困ったような笑顔で見守るのだった。

「準備完了。お待たせ、月面ウサギ」

「ずいぶん早かったじゃない」

「勿論さ。いや~、楽しみだな」

 未来彦は、そそくさと左腕にサイバーデッキを装着する。

「ああ、一応言っておくけど。町中で出てこないでくれよ。僕が変人と思われたくない」

 流石の未来彦でも、バニーガールの少女が四六時中自分の周囲に浮かんでいれば、周囲の目が気になるというものだ。

「ハイハイ。じゃあ暫くの間、会話は電界接続でするということね」

 月面ウサギがサイバーデッキの通信を接触電界モードへと切り替た瞬間、彼女の姿は未来彦の目の前からかき消える。

「最寄りの駅までは歩きで?」

 未来彦の脳が月面ウサギの声を認識する。

「ドアを開けたら目的地って訳にはいかないのが現実なのさ」 

 思考が未来彦の電界を通してサイバーデッキへと通信されているのだ。

 未来彦は、簡単に歯磨きと髪のセットを済ませ家をあとにした。



「向日町の駅から東山三条の駅までは電車。そこからはバスだな」

 未来彦は、券売機で東山までの切符を買うとエレベーターに駆け込んだ。

 ホームに丁度電車が来たところで、未来彦は休日で空いている車内に駆け込む。昔からの慣例で電車と呼んでいるが、反重力エンジンを搭載した車両が空中に描かれた軌道を行き交うのだ。

「近所の駅だと普通電車しか止まらないんだよな」

 座席に座った未来彦は、サイバーデッキの時計をちらりと見た。

「現地説明会の時間には余裕で間に合うんでしょ?」

 サイバーデッキのモニタから月面ウサギがひょっこと顔を覗かせる。

「早く行くと、人が居ないうちに色々見ておけるんだよ。ゆっくり写真が撮れるのもポイントが高い。」

 未来彦は、サイバーデッキを手早く操り、トレンチや古代の建築物といった写真を空間表示させた。どれも京都近辺の遺跡の写真だ。

「そんなに昔のことが気になる」

 月面ウサギの問いに、未来彦は答えない。表示させていた写真を閉じ、窓枠に肘をついて外を眺めていた。

「なるね」

 暫くして未来彦は、誰に言うでもなく呟いた。



 電車とバスとを乗り継ぎ、竹林の小道を十分ほど歩いて、未来彦は発掘現場にたどり着いた。まず感じたのは掘り返した土の臭い。そして、竹林を吹き抜けてきた五月の風が爽やかな香りを運んでくる。

 未来彦は、ポケットから小型のカメラを取り出した。発掘調査の事務所は小さなテントが一張りだけだ。その前に机が二つ並べてあり、受付と資料の配付を行っている。こういう時に紙の資料を配付するのは、見学者全員が端末を持っているわけでは無い、という配慮だった。

「こんにちは」

「こんにちは、お名前と、よろしければ住所の記入をお願いいたします」

 未来彦より少し年上に思える女性が笑顔で記入用紙を差し出す。恐らく大学生だろう。未来彦は、何の躊躇も無く自分の名前と住所を用紙に記入した。記入したのを見計らい、受付の女性は未来彦に資料を手渡す。

「本日の資料です」

「有り難うございます」

「あ、そうだ。先に見て回ってもいいですか」

「はい。かまいませんよ」

 そう言って、受付の女性が指した先には、鈍色に光る金属の壁が露出している。未来彦は、女性に礼を言うと足早に遺構へと近づいた。視線は、何か良い物が落ちていないかと、自然に足下に向けられる。そうやって未来彦は、これまで何度か遺物を拾い上げてきた。

 案の定、上土の山の付近でチップらしきものを拾った。本当は調査担当者に渡した方が良いのだろうが、未来彦はコレクションが増えたと、お構いなしにポケットに突っ込んでおく。

 すこし歩いて未来彦はトレンチに着いた。トレンチの周囲にはロープが張られ、遺構に入れてくれないが、外から眺めるだけでも充分だった。未来彦と同じような考えを持った考古ファンが数名遺跡を見たり写真を撮ったりしている。

「これが何千年も前の遺跡なの」

 サイバーデッキから月面ウサギが顔をだす。

「そうだね」

 未来彦は、資料を広げて確認する。表面の金属を簡易年代測定して約一万年前とのことだ。

「ま、地面だけ見て判れって言うよりは、現物がある分判りやすいかも」

「確かに柱穴から上屋を想像しろって言っても素人にはキツイよな」

「で、何年前ぐらいの遺跡になるの」

「少なくとも、京都クレーターが出来る四千年前より以前に建てられたってのはアレを見れば判るんだぜ」

 未来彦は露出した金属の壁と綺麗に整えられ、層位毎に線の引かれた土倉断面を指さす。表土の下に炭化物の混じった赤黒い層があり、其の下に攪拌された土がマーブル状に押し固められた層が続く。その下に金属壁が見えるのだ。

「なるほど、層位関係を見ろって事ね」

「そそそ。基本的に上にある層ほど新しい」

「赤黒い層はクレーターが出来たときの熱の影響ってわけね」

「よくわかってるじゃないか、月面ウサギ」

「えへへ、その辺の常識はもちあわせております」

 得意げな月面ウサギへの返事もそこそこに、未来彦は、それらの様子を写真に納めていく。その後は、未来彦に何を言っても生返事しかかえって来ないので、月面ウサギは、やれやれと肩をすくめるのだった。



「これから、説明を行いますので、トレンチ前に集まって下さい」

 作業着を着た調査員がよく通る声で呼びかける。もうそんな時間かと、未来彦が時計を見ると既に説明会の開始時間だ。呼びかけに応じて、ざっと四十人程がトレンチの周囲に集まってくる。殆どが年配で、未来彦と同年代は見られない。よく見かける常連達が、手持ちの現地説明会資料を交換し出すのも何時ものことだ。

「それでは、現地説明会を始めます。担当の四十万(しじま)勝です」

 聴衆からの拍手が収まってから四十万は話を始める。

 話の内容は、基本的に資料に則ったモノだった。つまり、遺跡の地理的環境、歴史的環境、遺構の様子、主な遺物と言った具合だ。

 資料に書いてることを説明しきって、四十万はこう付け加えた。

「二千年前のデジタルハザードにより、地球で保存されていた多くの情報が失われ現代に至ります。断片的にしか判らなくなった当時の文化がこの遺構から復元できる可能性もあります。今後、大規模なレーダー探査を含め調査して参りますので遺跡の詳細な報告はそれからになります」

 拍手が起こり、調査担当の四十万は頭を下げて退出した。見学者達は銘々遺構を改めて眺めたり、帰路の途についたりしていた。

「コレで終わり」

 月面ウサギが呆気にとられ思わず声に出した。

「ああ」

「世紀の大発見、みたいなモノ無いの」

「現地調査説明会が全部大発見の説明会だと思ったら大間違いだぜ、月面ウサギ」

 未来彦は、説明会の前に撮った写真を手早く纏めて遺構名と日付のキャプションを付け、考古学関連フォルダへと収納した。

「現地調査説明会にはさ、失われた土地の歴史ってのを再認識したり地元へ普及するために開く事も多いんだ」

「あたしにはまだ何にも判らないって事が判った」

「宇宙のどこかには、この遺跡の資料が残されている植民惑星やコロニーがあるかもしれないけどな」

 未来彦は、指で天を差す。人類が宇宙に進出して数千年が経過しているのだから、デジタルハザード以前に地球から持ち出された情報なら残されている可能性が高いという事だ。これは、一般的に知られている考え方で未来彦もそれに同調したに過ぎない。

「そんなものなの」

「そんなもんさ。最も、現代までワープ航法が伝わっていれば確認も簡単だったろうけど。残念ながら封印され、失われた技術ってわけさ」

「通信ぐらいならできるでしょうに」

「亜空間通信の中継基地は残ってるらしいけど、残念ながらアドレスがデータハザードで失われて使用不能だってさ」

「むー、残念」

「てな訳で、地球圏で地道に調査して解明していくしか無いわけ」

 未来彦は、帰る前にもう一度振り向いて遺構を見る。露出した金属壁は、太陽の光を受けてギラギラと輝いていた。

「さて、帰るか月面ウサギ」

「うん、帰ろう」

 軽くのびをして未来彦は竹林の中を歩く。その傍らには、バニー姿の小さな人影が寄り添っているのだった。

今回は、登場人物の紹介と世界観の描写という感じです。次回は、平凡な高校の平凡な部活へ主人公が行く話となります。

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