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sweet,heavenorhell  作者: 桐生
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第一章

人通りの少ない狭い道の一角。

錆び付いた階段を上がった処。

そこにはギィギィと音を立てる閉まりの悪い扉と切れかかった蛍光灯。

その扉の隙間から香る、甘ったるい紅茶や菓子類のにおい。

そこを訪れる人々は、吐き気を覚えさせる。

その扉にかかるプレートに記される文字…


『sweet,heavenorhell』


そんな天国か地獄か分からない場所を作りだしたのは、一人の男。

この話は、そんな男のちょっと忙しかった頃の物語です。


「序―じょしょう―章」



いつからか、漂うようになった鼻をつく甘い匂い。

そんな空間ができたのは一年前―…


「第一章―だいいっしょう―」


―ゴツ、ゴツゴツ、

錆び付いた階段をリズミカルにあがる音。

そのリズムに合わせるように小さな箱が踊る。

鼻歌交じりに楽しそうに、ギィギィと軋む扉を開く。

「Welcome!俺の愛しのケーキ達vV」

甘く、誰もが吐き気を催す部屋で、先ほどまでリズミカルに揺られていた小さな箱を笑顔で開ける男、否親父―シェム。

「…?!!」

箱をのぞき込み、笑顔から衝撃的な顔に変わる。

「なんてこった!俺のケーキが…!!一ヶ月に一度の楽しみがぁ…!!」

シェムの見た箱の中身は無惨にもグチャグチャになったケーキ達の残骸。

いい歳をした男が、たかがケーキを食い損ねたところで普通は『しかたがない…』と、流すだろう。

しかしこの男、極度の甘党。そんな彼にとっては大問題にまで発展する。

「おいおい、神様よぉ!!悪いことでもしたか!?」

神様が居そうな適当な位置を向き、天に向かって叫ぶシェム。

そんな叫びにかき消されながら、再び錆び付いた階段を上がる音が微かに鳴り響く。

―カツン、カツン、カカン、‥カツン

所々突っかかるような、辿々しい足音が閉まりの悪い扉へと近づいてくる。

―ギィィィー…

不気味な音を立てながら恐る恐る扉が開く。

「Welcome!今俺は悲しみに耽っている!仕事は無しだ!」

シェムは扉が開くと振り向かずに叫んだポーズのまま訴える。

しかし、シーン…と辺りに痛い沈黙が流れる。

「…聞こえているのか?今日は特別休業だ。」

シェムは頭の毛をグシャグシャとかき乱し、振り返る。

「…変な親父に変なにおい。」

「ブヘッ!…?すげーっ!!」

そしてまた、シェムは振り返ったポーズで止まる。

振り返った先にいたのはどう見ても二十歳を超えたであろう少女とまだまだ純粋が溢れるほどキラキラと輝いた瞳をして薄暗い家にも関わらず勝手に中をはしゃぎながら見歩く十歳も満たないであろう少年。

「なんだぁ?ここは子供が遊びに来るようなところじゃねーぞ??」

シェムはため息をつき箱の中で無惨につぶれたケーキ達を再び眺め、手で摘み食べ始めながら二人の子供に告げた。

「遊びに来たわけじゃないし。ここでしばらくお世話になりなさいって言われたの。」

少女は答えながらあたりを見渡し、それほど汚れていないだろうソファに腰掛けた。

「ネーチャン!みてみて、骸骨!!」

そして、シェムの後ろから明るい声が響いた。

とっさに振り返ると、手に白骨の頭―骸骨―を抱えた少年がいた。

「気持ち悪いわねぇ…その辺にほっときなさい。汚れるわよ?」

″ネーチャン″と呼ばれた少女は少年の方に顔だけを向かせ、興味なさげに言い放った。

少年は少しの間骸骨を見つめ、ポイッと投げ捨てた。

「…?何してんだよ?!」

今までOUTof眼中にされていたシェムは我に返り慌てて骸骨をクリームの付いていない手で拾い上げた。

「あら…大事な物だったの。」

「なぁ!なぁなぁ!ソレどこで買ったんだ?オッサン!」

「オッ…!!?これはこの店で売ってるもんだ!10万はするんだぞ?」

興味なさげな少女はどこから取り出したのか雑誌を読みながら言い、正反対に興味津々にシェムに突っかかる少年。

そんな二人に、まださほど時間も経っていないというのに疲れきっているシェムは大きな声で訴える。

そして、骸骨を棚の上に置き、シェムの指定席であろういすに腰掛け再びケーキ達を食べ始めた。

「で?おまえ等の名前と住所と何故鼻を押さえながら話しているのか、教えて貰おうか?」

「「この辺いったい甘ったるすぎて臭いから。」」

シェムの質問のうち最後の質問のみに答える子供達。

シェムはガクリとうなだれ、子供二人に背を向けた。

「あなたこそ、名前なんて言うのよ。人に聞く前に名乗るのが礼儀ってものでしょ?」

「俺、コランダー!!なぁなぁ、なんかおもしろい話してよ!」

「―〜〜ッ少し黙れッ!!質問してんのは俺だ!」

途切れることない質問する少女と思い思い自己紹介する中で″コランダー″と名乗る少年。

イライラが頂点まで達したシェムは振り返らずに叫ぶ。

その声と同時に先ほど棚の上に置いた骸骨がケタケタと笑い始めた。

笑い声は一つ、二つ…と次第に数を増し部屋の四方八方から聞こえ始めた。

それに驚き、少女はソファから立ち上がり、少年は少女に駆け寄る。

「おまえ達まで笑うのかよ…売る前に出汁に使っちまうぞ?」

黙り込んだ子供達のことも気にせず、椅子から立ち上がり、棚の上に置いといた骸骨をツンツンと突っついてそう話しかける。

その途端、笑い声は一斉に止み、沈黙が走る。

「はい。静かになったところで、住所はいいから名前と用件を言え。」

再び、椅子の元に戻りシェムは子供達に問いかけた。

「…キャサリン。それと、弟のコランダーよ。」

″キャサリン″と名乗る少女。その後ろに先ほどの骸骨達の大爆笑に恐怖を覚えたのか少女の足にしがみつく少年の名前をシェムに告げる。

「キャサリンにコランダーな。おまえ等、何しにきたんだ?兄弟二人で家出か?」

シェムは不思議そうに二人を見て、問いかけた。

「半分スキンヘッドの長身の男の人に、ここに来れば置いといてくれるって聞いたの。一様、家出じゃないわ。」

少しずつ落ち着いてきたのか、キャサリンは再びソファに腰掛け、弟のコランダーの手を引き、隣に腰を下ろさせた。

「あぁ…アイツねぇ…。置いとかんでもないが…金あるのか?子守も商売の内にはいるんでね。」

シェムはそう言いながら何か思い出したように立ち上がり、奥の扉のへと向かう。

「前払いなの?両親が帰ってくるまで、お金は払えないわ。」

シェムを目で追いながらキャサリンは答える。

その答えを聞き、シェムは小さく肩を落とし、扉を開け中に入って行く。

扉が開けた瞬間、慣れそうになっていた甘い、甘い匂いが再び強くなり、キャサリンとコランダーは瞬時に鼻を両手で塞ぐ。

「俺の店にはローズティーしかおいてない。ジャムとか砂糖は持ってくから自分で好きなだけ入れろよ〜」

扉が開いたままの部屋からシェムの声だけが聞こえてくる。

―プピ、プピプピプピ

その声とかぶるように小さな子供がはく音の鳴るサンダルの音が近づいてくる。

―カシャンカシャン、カチ、カシャン

足音にあわせるようにガストガラスがぶつかり合う音も近づいてくる。

キャサリンとコランダーの二人は不思議そうに音のする場所を探す。

「よいちょッと…ネェネ達もシェムと一緒におちゃするの?」

ソファの前に置いてある机に、チョコン、と暗闇の何かが座り、ジャムの入った瓶と砂糖が入っているであろう蓋付きのカップが乗せられているお盆が置かれた。

「あなた…誰?」

キャサリンは、目を細めながら机に座る暗闇を見つめ、問いかける。

しかし、暗闇はクスクス笑っているだけ。

―ゴツ、ゴツ、ゴツ

再び足音が響き、シェムが扉の奥から出てきた。

「用事が済んだらさっさと引っ込む。前にそう教えただろ?」

紅茶の入ったカップを二人の前に置き、シェムはその暗闇に告げた。

―プピプピプピ、プピィー…

笑うのをやめて走って逃げていくようにサンダルの音が遠ざかる。

―バタンッ

ひと段落ついた足音の後に、扉が閉まり、サンダルの音は聞こえなくなる。

静まり返った部屋の中に響くのは、シェムが甘い匂いを漂わせたローズティーを啜る音だけが聞こえた。

「子守ったって、暇だな…」

一番始めに言葉を発したのはシェムだった。

「ねぇ、さっきの、なに?」

キャサリンは気になっていた先ほどの暗闇の何かについて訪ねる。

「ん?さっきのか?あれは…変な奴だ。いつの間にかついてきちまってたんでな。坊主、熱いから気をつけろよ。」

キャサリンの問いに曖昧に答えて、その隣で紅茶をのもうとしていたコランダーに、シェムは短く注意をした。

コランダーは素直に頷き、フーフーと冷ましながら少しずつ口に含む。

「甘!!うまっ!!」

「だろ?この辺じゃぁ、俺の店が二番目にうまいんだ。」

笑顔で紅茶を飲む、コランダーに楽しそうに答えるシェム。

「オッサンっておもしろいな!なんか話しようよ!!」

だんだんと慣れてきたのか、コランダーはシェムに話しかける。

「あのなぁ…俺はまだ若いぜ?オッサンはやめてくれ…」

さきほどからオッサン呼ばわりされていたシェムは肩を落としてコランダーに告げる。

「でも、あなた40代近いんじゃない?ちょっと失礼かもしれないけど…」

会話を聞いていたキャサリンが話しに入り込んできた。

「…あ〜…確か、37だったかな?」

シェムは考えながら曖昧に答えた。

「やっぱりオッサンじゃん!!オヤジ!!」

歳を聞いたコランダーは笑いながらいう。

そんなことをはなしていると、ケーキ箱の置かれた机にある電話が鳴りだした。

―ジリリリリリ、ジリリリリリ…

シェムは二人の前から席を立ち、電話の元に向かう。

「…ご用件は?」

短く相手に尋ねるシェム。

そして、電話相手の言葉を聞くなり、キャサリンとコランダーを振り返る。

「今、変わる。…ホレ。」

そういって、シェムは二人に受話器を差しだし、手招きをする。

二人は不思議そうに思いながらも、シェムの元に近づく。

「お前等の親からだ。」

そう告げられた二人はすぐに受話器を受け取り、話始めた。

それを見るなり、シェムは気にした風もなくカップを片手に部屋中の窓を開け始めた。

「だから、なんでいつものシッターさんに頼まなかったのよ!」

『…―!!?』

「俺はここのオッサン好きだ!今度からここにしてよ!」

「何言ってるのよ!高額な請求でもきたらどうするのよ!!」

受話器の奪い合いをしながら二人は親に文句や好意を持ったことを口々に話す。

そのやり取りをため息をつきながらシェムは横目で眺めていた。

そして、そのやり取りはキャサリンがコランダーに受話器を勝ち取られるまで続いた。

「もぅ!ちょっと、あなた!ここの金額っていくらなの!?」

ずっと外を眺めていたシェムと受話器を取られ話を中断されたことに苛立ち、キャサリンは怒鳴りながら聞いた。

「金か?子守はやったことねぇからなぁ…そうさねぇ、無料でもいいぞ?」

対して気にしない風に答えるシェムに、呆れるキャサリン。

「いらないわけじゃないが、金に困ってるわけでもない。それに、俺はまだ《引き受ける》なんて一言も、いってない。」

そういって、キャサリンの横を通り過ぎる。

―ギィィィィ……

締まりの悪い扉が小さく音を立て開いた。

それを何事もなかったかのように、シェムは扉へと向かう。

「ちょ、待って!どこ行くのよ!!」

キャサリンは慌てて止めようとする。

コランダーも、受話器を降ろし電話を切る。そして、不思議そうに二人を見ている。

「仕事の時間だ。お家に帰るなら勝手に帰るんだな。」

それだけ言うと、シェムは部屋を後にし、扉を閉めた。

―ゴツ、ゴツ、ゴツ…

慣れたような足音をならして、階段を下りていくリズムが段々ととうざかっていく。

二人の姉弟はただ、ただ立ち尽くす。

そして、シェムによって開けられた窓は静かに閉まっていく。


外は夕暮れ。

真っ赤な光が窓から差し込み、飾られた骸骨達が赤く染まり人知れず満足そうな顔をした…



第一章・了




http://xxne.jp/


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