~1話~巨木の下でアホ発見!
俺は今、広大な草原の真っ只中に立っている。
東へ進むと直線状に延びている道があり、それを南に進むと町がある。これは地図を見て解ったこと。
これから何をしていいか全く解らないため、とりあえず町へ向かうことにした。
……魔物とかに遭遇したらどうしよう。
不安と戦いながら、草の中を歩いて行く。雑草の先っぽがチクチクしていてくすぐったい。そうして十分くらい歩いただろうか、ようやく道らしきものが見えてきた。道といっても、そこだけ草が生えてなくて土がむき出しになってるだけのものなんだけど。大丈夫か?
というよりあの女神さん、どうしてあんな所に召喚したんだろ。
乾いた土の上を進んでいくと、巨大な樹木がそびえ立っているのが見えた。あれ? 何もない草原からは見えなかったのに。
その巨木の根元付近は、葉っぱで陽の光が遮られるので暗い。高さはちょっと解らない。とりあえずすごく高い。
あれ? よく見てみると、木の幹に女の子が寄りかかっている。どうしたんだろうか。困っている様子だが。日本語が通じるかどうかは解らんが、黙って通り過ぎるのも悪いかと思ったので、近寄って話しかけてみた。
「あの、すみません、どうかしましたか?」
するとその子は俺の方を向いた。背丈は俺と同じか少し高いかくらいで、年頃も俺と同じくらい。頭部からは美しい金髪が垂れ下がっていて、目(正確には虹彩だが)は透き通るような水色をしている。……暗いからよく解らんけど、だいたいそんな感じかな。彼女は俺の顔をものめずらしそうに見つめると、恥ずかしそうに笑い、左手を頭の後ろへ持って行った。
「いやぁ~、道に迷っちゃって」
「……迷ったんですか」
目的地にもよるけど、こんな一本道の解りやすいところで迷うものなのかな。しかもすげえ目印あるし。
つーか日本語通じたし。意外。そっちで合わせてくれてんのかな。
「あ、別に敬語じゃなくてもいいよ」
「はい、じゃなくて、うん。解った」
この世界の言語に敬語という概念があるのか知らないけど、まあ俺に合わせてくれてるということで。
「で、どこに向かってるの?」
「えーっと、ヒューゲルっていう、丘の上にある町なんだけど」
「ヒューゲル……」
俺は地図を確認する。地図上でまず丘の上にある町を探し出し、その町の名前がヒューゲルであるかどうかを確かめる。こういうのは得意なんだ。それからここからどのくらい離れているか。
「……えー、非常に言いづらいんだけど」
そう。俺の頭が正常であれば、
「すぐ近く」
ていうか、俺が行こうとしてた町なんだけど。しかもすぐそこだし。あと五分も歩けば着く。一本道だし普通は迷わないはずなんだけど。そういえば丘見えるし。この子、大丈夫かなぁ。
「あのさ、俺が今から行こうとしてたところなんだけど、一緒に行こうぜ」
金髪の子はそう言われると元気な頷きを返してきた。それを見て、なぜか急に心配になってきた。あれ、さっきからかな?
「俺、空っていうんだ」
さりげなく名乗る。ここポイントね。
「へえ、変な名前」
「いやこっち側からしたら普通の名前なんだけどね。言い忘れてたけど、実はこの世界の住人じゃないんだ」
慌てて現実味のない言葉を吐いてしまったけど、本当のことなんだ。理解してくれるかどうかわかんないけど。あと変な名前じゃないからな。ここの世界の人たちの考え方なんて知らん。
「ふーん」
「いやいや、納得してくれるのはいいけどさ、せっかく俺が名乗ったんだからそっちも名前教えてくれよ! 普通の流れからするとそのはずなんだけど」
さりげなく名乗って相手の名前を聞き出す作戦、失敗。相手が悪いのか、元いたところでの常識が通じると思っていた自分が悪いのか解らない。逆に悔しいよ。
「えーっとね、なんだっけ」
忘れるなよ。自分の名前くらい覚えていてくれよ、頼むよホント。
「あ、思い出した!
私はクロンテトロノス・リヴェルスヴァイト。魔法使い見習い」
「名前長っ! そりゃ忘れるのも頷けなくもないけど」
すんごいありふれた設定なのに名前だけちょっとアレだよなぁ。みんなこんな感じなのかな。俺こんな名前覚えられないよ。なんて愚痴ってても仕方がないか。
あ、でも神サマの名前はそうでもなかったような。
「この辺りでは普通の名前なんだけど」
「俺の名前が珍しいと感じてるならそういうこといわないで欲しいんだけど。正直言って傷付く」
「あ、そう。ごめんね☆」
「軽いな! 謝りさえすれば何でも許してもらえると思うなよ! 今のは普通に許してもらえるレベルだと思うけど!」
「許してくれるの? ありがと」
「……どうでもいいけど、色んな人に恨まれないように気をつけろよ」
ここの人はみんなこんな感じなのかな。そうだったら嫌だ。
そういえば、この子の名前なんだったっけ。ごめん忘れた。でも本人もたまに忘れるくらいだし。だからって名前聞いといて忘れるのはよくないか。うん。よくないな。あとで思い出そう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
なんとかヒューゲルに着いたみたいだ。丘を登るのは思ったよりも辛くなかった。ヒューゲルは見たところ、町って言うよりは村とか集落とか、それに近い感じ。町ってみんなそんなもんなのかな。そうだとしたらなんか寂しい。
「意外と近かったんだね」
「……どうやったらこんな簡単な道が解らなくなるのかはあえて訊かないでおくよ」
このヒューゲルという町の名前は、「丘」を意味するとか。これ看板に書いてあったこと。多分科学力が世界一の国の言葉だな。ここが地球だったらの話だけどね。
「あなた、異世界から召喚されたんでしょ」
「え? まあ、そうっぽいけど」
ここの住人じゃないとは言ったけど、召喚されたとまでは言ってないよ。もしかして、よくあることなのかな。
「よくこの世界によそ者が紛れ込んでくるんだ」
確かに、そっち側から見たらよそ者だな。
「空は、なんて言うところから来たの?」
「地球ってとこ」
「……知らない」
知らないんかい。地球って意外とマイナーな星なんだな。てか、ここが地球をふくむ宇宙に位置しているかどうかも解らない。そもそも宇宙というものに属しているかどうかも怪しいのに。俺が何も知らないだけだけどね。
「職業は?」
「職業?」
「だから、何の職についてたの?」
「何の職って……、その、学生ってヤツ」
「……聞いたことない」
こっちの教育制度がどうなっているかなんて俺は知らんが、日本とは月とスッポンくらい違う環境なんだな。当たり前か。(これは後で気づいたことなんだが、「月とスッポン」ていう慣用句の使い方を大分間違えていたようだ)
「クロンテトロノス(だったっけ)は……ああ、魔法使い見習いだっけ」
「長いからクロンでいいよ。みんなそう呼んでるし」
やっぱり長いんだ、その名前。
ここの恒星系における太陽的存在の恒星が、ギラギラと照りつけている。ちょっと暑い。四季があるかどうか解らないが、もしあるなら今は夏かな。そう考えてみるとやっぱり宇宙空間に浮かんでるひとつの惑星なのかな。気になるんだが、多分コイツに訊いてもまともな答えは返って来ないだろう。
「で、お前は何しに来たんだよ。こんなところに」
「……あれ?」
クロンが急に立ち止まるので、俺も足を止めて後ろを振り返る。
「何しに来たんだっけ……」
「アホかお前」
するとクロンは後ろを向いた(このとき、後ろ髪がちょっとはねていたのは本人には秘密)。だがしかし、誰もいないぞ。「ああ、あの人がアホなんだね☆」的台詞は発せまい。
「アホじゃない! アホっていうのはね、……えーっと、どんなんでしょうかねぇ」
「だからそういうのをアホっていうんだってば!」
しっかりしてくれよお願いだから。つーか、俺がしっかりしなきゃいけないの? なんだこの展開。
「あ」
「思い出したのか?」
「いやそうじゃないけど。空、お金持ってる?」
「持ってないことはないけど」
「どのくらい?」
「えー、金貨が十枚」
盗むなよ。
「それだけ!? 宿に泊まるのにも一人一泊一枚は使うんだよ! 二人だったら二枚。六分の一じゃないの!」
「結構痛手だなぁ、じゃなくて、自分の宿代くらい自分で払え! それと、六分の一じゃなくて五分の一な」
魔物に襲われて脳がやられたとか、冗談であってもやめて欲しい。戦えなくなるから。
「だってお金持ってないんだもん!」
「なるほどそういうことか前言撤回っ! 宿代は払ってやるからアホだということを認めろ! てか何で所持金ゼロで道歩いてたわけですか」
「足を滑らせて底無し沼に落としちゃって」
「おそらく滑らせたのは足じゃなくて手のほうだと思うんだけど。足で金貨を持ち歩いてたとか、前足って意味なら別にいいけど。んで何枚持ってた?」
「一枚」
「笑顔で人差し指を立てるな! さっき『それだけ!?』とか言ったの誰だ!」
「さあ。誰だろ」
「お前だろうが! 自分の言ったことくらいちゃんと覚えてろよ!」
そんなわけでコイツの分の宿代まで俺が出す羽目になってしまったのだが、まあ許してやろう。
宿屋は懐かしの木造建築で、火がついたら簡単に燃えてしまいそうだ。しかもこの木材乾いてるし。心配なんだけど。
そんなことはいいとして、問題なのは、横にいるクロンだ。
「……何でお前は俺と同じ部屋に来たんだ」
「いいじゃないの別に。目的を思い出すまで一緒に行動しようよ」
「解ったよもう。それと、俺が肩代わりしてやった金貨一枚分、後で返せよな」
「やだ」
……こんなんで生きていけんのかなぁ。