(9)調合品製作
プリール森林での自然採集から学院に戻って大食堂で昼食を取った後、採集してきたばかりの下弦草、小川の水を汲んできた水袋、使うと分かっている擂り鉢と擂り粉木一式、温度計、作ったものを寮室に持ち帰るための瓶、そして教科書を持参してリアン達は調合学の講義に向かった。
「知っている人も知らない人も皆さん初めましてこんにちは。私がこの調合学の講義を担当するアーク・レミントンです。以後よろしくお願いします」
第一調合実験室の教壇に颯爽と登場したのは学内配達員で何度か配達したこともある見た目にはとても年若いレミントンだった。噂によると、もうそれなりの年であるらしいが、姿が若いままなのは高位の精霊との共生を若くして果たした影響らしい。
「さて、皆さんプリール森林で採集してきたことと思いますが、調合学初回講義の今回は下弦草を用いた下弦薬の作り方を学びましょう。何だ煎じるだけだろう、と言ってしまえばその通りではありますが、特優【S】、優【A】、良【B】、可【C】、不可【F】に中間三段階を加え、八段階ある品質評価基準のうち不可【F】は論外として可【C】以上の適格品質にするためには気をつけなければならない点があります」
レミントンは精霊言語で詠唱を始め、空中に霊素で描かれた下弦草の精密な立体図型を展開する。惜しげもなく行使された高等霊術に学生達が唖然とするのも気にせず、レミントンは続ける。
「まず当然ですが虫や虫の卵がついていないか確認して取り除き、軽く水で洗い、余計な水分を拭き取りましょう」
レミントンの傍を飛ぶ精霊が指示棒を持って立体図形の葉の茎から続く葉脈をなぞるように指し示す。
「それが終わったら大事な点です。下弦草の太い葉脈の管には霊素は殆ど含まれていませんが、その代わり苦みと渋みの成分が特に多く含まれています。そのため、品質向上のためには葉脈を除いて、可能な限り純粋な葉の部分を用いる必要があります。ですのでこのようになります」
次の瞬間、葉脈の部分を構成していた霊素が消えて葉の部分だけが残った。再びレミントンが詠唱をすると立体図型が擂り鉢を真上から見たものに切り替わり、中に葉脈の部分を取り除かれた下弦草が入れられる。
「次に、擂り鉢を用いたすり潰し方ですが、さっさと済ませようと急いで棒を回しすぎると、摩擦熱で温度が上がりすぎ高熱に弱い下弦草は熱を持った状態で空気に直に触れると霊素が抜けてしまうことがあります。適切な速度として、図の指示棒と同じぐらいのゆっくりとした一定の速度で全体として均一になるようにすり潰しましょう」
立体図自体が大きいために精霊がそれなりの速度で動いているように見えるが、通常の大きさに当てはめれば確かにゆっくりなのは分かった。
「葉としての原型が見えなくなった所ですり潰す工程は終了です。すり潰しすぎても意味は無いですので注意して下さい。次にすり潰した下弦草を集め、いよいよ水で煎じ、霊素を抽出します。下弦草は完全に乾燥すると含有霊素の40%近くが水分と共に空気中に飛んでしまうという性質があり、できるだけ新鮮なうちに煎じて霊素を抽出しておくことが肝要です。使用する水は飲用に適した水であれば問題ありませんが、今回もしプリール森林の小川で水を汲んできているような場合には予めそれを一度素早く煮沸し、濾過して、常温に冷ましてから使用すると良いでしょう。元々霊素が多く含まれている水ですので品質向上に繋がります」
隣のクルスが小声で気合いの入った声を上げる。
「よし来た」
確かに水を採集してきて良かったとリアンも思う。レミントンが説明を続ける。
「さて、ここで特に重要なのは煮詰める温度と投入する水の量です。ここで失敗すると、これまで上手くやって来ても最悪不可【F】の評価になってしまいます。水の量に関しては個人で飲んだり別の用途に使用する分には非常に濃度が薄くても効果が無い訳ではありませんので自由ですが、濃度が基準よりも薄い場合には学総では絶対に売れないことを覚えておいて下さい。投入する水量は重量で比較すると下弦草1に対し水2です。但し、この比率は採集して間もない新鮮な下弦草を今までの工程を理想的な状態で行ってできた場合を想定しているもので、下弦草自体の条件によっては少しずつ異なりますので、何度も繰り返して経験を積んで上達するまでは水の量を少し減らすと良いでしょう」
比率を示していた天秤の立体図が、ビーカーに切り替わる。
「水を測って加えた後、下弦草を煮詰めることになります。この際最も注意しなければならない点は40℃から45℃の低温を保ち、煮詰めるということです。先程も下弦草は高熱に弱いと言いましたが、45℃を超えた状態で煮詰めると下弦草の苦みと渋みの成分が多く漏れるようになり、品質が下がります。煮る時間は指定の温度で三十分です。よく覚えておいて下さい。三十分経過したら、霊素を抽出し終えた下弦薬の葉を茶漉しで取り除き、完成です。先ほど採集権利上限まで採集してきていれば120mmlの水を用い、完成時にはおおよそ丁度150mml、下弦薬の作成単位数1になる筈です。以上が今回の講義で教える下弦薬の作り方になります」
レミントンが精霊から指示棒を受け取って教壇の上を歩き始める。
「ここで良くある質問を先に答えておきましょう。水の量が少ない方が水の単位当たり霊素の含有量が増え、実質的な効果は高い筈なのになぜ品質評価が完全に2対1の比率のものよりも下がるのかといった質問を毎年されますが、私もその点については、仮に品質が効果のみに着目しているのであれば確かにその方が品質が高いと言えると思います。しかしながら、それを突き詰めるとそもそも下弦草自体、そのまま食べれば良いですよね。実際そういう物は存在し、下弦草をすり潰したものを中に詰めた丸薬などといったものもあります。作ってみたい人は是非挑戦してみると良いでしょう」
一呼吸置いて、
「さて、実際問題として、水量の少ない下弦薬はそのまま飲むと、渋く、苦いです。多くの人にとって使い易いものであるかどうかというのは中々に大事なことで、規格品というものはその点を重視しています。多くの人に飲み易く、誰が飲んでもできるだけ同じ味、誰が使ってもできるだけ同じ効果にすることで商品として売買し易くなります。あれは渋くて苦いけれど、こちらのはそれほどでもない、にも関わらず値段が同じであったら不公平です。だからといって学総で扱っている下弦薬がどれも完璧に同質のものであるということはまずありえませんが、少なくとも一定の基準を満たしていると言うことができます。納得いかない人もいるかもしれませんが、学総はミルディア霊術院の外部、つまり星霊統都全体や更には星霊統都の外に対しても皆さんが作った商品を販売しています。ですので、皆さんには学総に商品を納品する場合には不特定多数の人に自身の作った商品を売っているのだという気概を常に持って欲しいと思っています。といった所で、早くも少し記憶が薄れているかもしれませんが、今から実際に下弦薬の作成に取りかかって下さい」
締めくくるように言った最後にそう繋げて言うと、レミントンは手を叩いた。
「急がずに必要な器具を棚から取り出すように。壊すと問答無用で損害額を弁償することになるので注意して下さい。できあがった場合には御星様に品質評価をお願いして下さい。直ちに評価が通知されます。質問がある場合には遠慮せずに挙手して下さい。もし濾紙が必要な場合は一枚20Mfで売りますので前に買いに来て下さい」
次々列挙するようにレミントンが言うのを聞いて、クルスが尋ねる。
「濾紙、買いにいくか?」
ミラルドが手で制止する。
「待った。持ってきてあるから四人で一枚使おう。濾過する水の量から言ってそれで十分だから」
「おお、流石ミラルド。助かるぜ」
「感謝する」
「ありがとう」
そしてリアン達は同じ調合実験用机を囲み、それぞれ下弦薬の作成に取りかかった。流しの蛇口から水を出して下弦草を軽く洗って水を良く切り、要らない葉脈の部分を切って除去しておく。
丁度他の学生達が大体棚から器具を取り出し終えてすいた所を見計らい、リアン達は必要な器具を取りに向かった。下弦草をすり潰す前に、水袋から水をビーカーに必要な分だけ移し、水の入ったビーカーを三脚に載せ、その真下に掌を上に向けた状態で詠唱をする。完了と共に掌とビーカーの底との間の中空に炎が生じた。
「加熱しすぎるとやっぱ罅入ったりするか?」
「沸騰した時点で止めるんだから普通にやってれば大丈夫じゃない?」
「この水量だし、その調子で行けばすぐ沸騰するから」
「おう、分かった」
ビーカーの底に小さな気泡が現れ、次第にその泡が大きくなり始め、
「うしっ」
順次、沸騰を確認して術の発動を止めた。ミラルドが漏斗に持ってきた濾紙を載せ、それを別のビーカーにつけて、煮沸したプリール森林の水を流し込み始める。水が少量なためにすぐに濾過が終わる。順番にリアン達も濾過させて貰い、
「なあ、別にこれって煮沸するよか先に濾過しても良いんだよな?」
クルスがふと疑問に思ったことを言うと、
「勿論、それでも構いませんが」
「うおっ」
「煮沸した後で濾過する際に別の常温のビーカーに移し替えることで早く冷めるので効率が良いです。丁度40℃前後まで戻っていた場合はそのまま上手く使えますし、濾過してから煮沸して別の容器に移し替えて冷ますとなると移し替える手間が一回増え、洗いものも増えますので」
教室内を歩き回ってクルスの背後に丁度いたレミントンがさらりと答えた。
「あー、そういうことか。ありがとうございますっ!」
「では頑張って下さい」
クルスが礼を言うとレミントンは軽く微笑んで歩いて去って行った。
濾過を終え、水が勝手に冷めるまでの間に下弦草をすり潰す作業に取りかかる。しかし、
「均一にならないんだけど……」
「俺もだ」
「力加減むずい」
いざやってみると慣れていないためにどうもぎこちなく上手くいかない。リアンとハインツはゆっくりすり潰すも均一にならず、クルスは力を入れすぎてしまい、四人の中では残るミラルドが一番上手くできていた。
続いて計量に移り、すり潰した下弦草を集め、天秤の片方に乗せ、反対側に錘を乗せて釣りあわせて行く。
「くー、合わねぇ」
「難しいね……」
あと少しの所で上手く合わない。合ったかと思えば水平方向から良く目を凝らすと天秤が微妙に片方に傾く。
「慣れるしかないだろうな」
「結局そういうことだわ」
「だな……」
「合わずにどこかで妥協するとしても錘側の方を軽くしておかないと、計測した重量の水を入れる時に霊素濃度が薄くなるから注意」
真剣に天秤に向き合うミラルドの言葉に納得する。
「ああ、誤差が倍になるからか」
「分かった。俺は妥協するぜ」
それぞれ下弦草の計量を切り上げ、四倍の重量の水の計量に移り、それも終えると下弦草に水を追加し、いよいよ低温で煮詰める作業に入る。温度計をしっかりビーカーに入れた上で、再び詠唱を行い低温で加熱、しようとするが、教室中が温度調整の難しさに叫び声があちこちから聞こえてくる。
「だぁぁ! 45℃超えたし!」
「ぎゃぁ!」
「俺も越えた……」
その中でも、ミラルドは精霊術の発動を上手く見計らって止めたり、
「今だ」
再発動したりと、何とか40℃と45℃の間を維持するように努めた。三十分間煮詰めた後、茶漉しで下弦草の残骸を取り除き、完成する。
「まぁ、これなら多分霊素濃度が基準より薄いってことはねぇだろ……。よし行くぜ! 御星様、評価お願いしますっ!」
クルスに続きリアン達も「御星様、評価お願いします」と言うと、
【C】【C】【A】【C】
「おっ」 「ん」 「おお」 「ほう」
それぞれのビーカーの上に霊文による品質評価が現れた。
「ミラルドお前すげぇな!」
「すごいすごい」
「おめでとう」
「ありがとう」
礼を言った矢先、ミラルドが苦笑する。
「……で、いきなりこういうのも何だけど昨日自分で作ったのが【B+】だったから、これ多分水の補正抜いて【B+】だと思うけど、皆のは濃度が薄いことは無い筈だから折角の水の補正が全く考慮されて無い可能性があるわ……」
「げー意味ねぇ」
「厳しいね……」
「練習が必要だな」
大体の学生が下弦薬の作成を終えた所で、レミントンが纏めに入る。
「さて、評価はそれぞれだったと思いますが、調合学初回講義を受け、かつ、可【C】以上の評価が得られた皆さんはこれから学内で第三者に対し基礎一類の調合品を販売することが認められますが、講義の進度に関わらず他のものを自主的に作成した場合には御星様に評価をして頂きそこで可【C】以上の評価を受けて販売可能になりますので注意してください。更に講義を待たず基礎二類の調合品を販売したい場合には基礎一類の調合品のうちいずれか十種類の学総における納入単位換算で各最低二十単位以上、品質評価【C】以上で全合計五百単位以上の作成条件を達成して下さい」
やっとこの時が来た、とミラルドが感慨深げに呟く。
「これでようやく売れるわー」
「早速採集してきた水と下弦草買うか?」
「買う買う。買うわ」
クルスの話にミラルドは目を輝かせた。一方レミントンが続ける。
「作成したものは容器を持っている場合には移し替えて持ち帰って構いません。残念ながら持っていない場合には器具の持ち出しは一切認めていませんので、この場で捨てるのは極めて勿体無いですから折角なので自分で飲んで、器具を元の状態に戻して帰って下さい。ですから、次回からはできるだけ持ち帰り用の容器を持ってくるようにすると良いでしょう。では片づけを始めて下さい」
こうして調合学初回講義を終え、その後、素材加工学の初回講義も受け、学内商会組織所属のための条件達成へとそれを望む学生達はいよいよ本格的に動き始める。
【損益】
【労働・契約収益】31,540Mf
【生活費用】380Mf(380Mf)
【資産】
【口座預金】22,260Mf
【採集用具】22,900Mf
【調合器具】35,000Mf
【素材加工具】1,000Mf
【負債及び資本】
【資本金】50,000Mf
【労働・契約利益金】31,160Mf(△380Mf)