(7)道具調達
【ミルディア霊術院新入生諸君、この度の入学を歓迎します。人により目的は様々、本霊術院でのあなた方のこれからの六年間の生活が有意義なものとなりますように。そして、どうかあなた方が常に誠実たらんことを。いついかなる時も傍で見守っています】
大講堂の壇上中空一面に遠くからでも見える程の秀麗な霊文が盛大に浮かび上がった。
「全員、礼!」
直後、ミルディア霊術院総長の言葉に従い、新入生は全員立った状態で黙礼をした。
あれから五日。朝早くに起きてクルスと共に畑で仕事をし、図書館で勉強をし、配達員の仕事をこなし、時折工房を見学したりと過ごして、この日遂に入学式を迎えた。
制服を纏った新入生達がひしめく大講堂の中、御星様からの簡潔な式辞に続いて総長の式辞に移った。それを聞きながらリアンはまだ目に焼き付いて新しい星霊からの式辞を思い出していた。
ノスティア星霊統都に着いて以降、御星様からの霊文による通知は幾度もあったが、どれもどこか無機質な印象を感じていただけに少し意外だった。いや、寧ろこれがきっと紛れもない真実なのだろう。御星様には、やはりはっきりとした意思がある。そのことがようやく実感として得られた気がした。
恙無く入学式が終了すると、壇上に職員が上がり説明が始まった。学生手帳にも細かい文字でびっしり記載されているミルディア霊術院における諸規則、慣行から、商業活動の方法、学内組織へ所属する方法と条件、自然採集の初回の実地講義を受けて以降の重霊地へ出かける場合の注意事項、今後の講義の予定、等々。五日の間に、あちこちである程度聞いていたリアンは改めて確認と知らない情報を、周囲の学生達と同じように手帳に書き取った。
終了後、順次解散となりクルスが声を掛けてくる。
「寮に戻って張り出されてる筈の時間割確認しにいこうぜ」
「ああ」
早速クルス達と共に同じ寮へ、六階の小広間に張り出されている月間の時間割を確認しに戻った。
「うおぉぉっ! よっしゃ! 早速俺達明日自然採集あるぜ! この時を待ってた!」
クルスは猛烈な勢いで声を上げた。時間割に一緒になって群がっていた他の男子達も次々声を上げる。
「てことは明日からプリール森林入れるな!」
「おお!」
「やったな!」
「ほんとか!」
その軽い騒ぎをリアンは少し離れた所からハインツとミラルドと共に見ていた。
「明日から重霊地に入れるのは朗報だが、他の講義予定の確認はこの分だと時間がかかりそうだな」
「そうだね」
ハインツの言葉に頷くと、ミラルドが思ったことを呟く。
「見て騒いでないで誰か書き写して、それを皆で次々回して行ったら効率良さそうだけど……」
「それは良いな。クルス! 時間割の近くにいるならまず一週間分書き写して皆に回してくれないか!」
すぐにハインツはミラルドの考えを大きな声で、時間割の近くにいるクルスに呼びかけた。クルスが返事を返してくる。
「おう分かったハインツ! 任せろ!」
「頼んだ!」
リアンはほっとして言う。
「早く済みそうだね。ありがとう、ハインツ」
「礼には及ばない。俺はミラルドの言葉を伝えただけだ」
「その伝えてくれたこと自体がありがたいわ。ただ呟いただけだと、ね」
やや自嘲気味にミラルドは言って笑った。ハインツのどことなく固い表情が緩む。
「そうか、ここは素直に受け取っておこう」
間もなく、一週間分の時間割を写し終えたクルスがやってきて、礼を述べてから三人でそれを写し始めた。
「それ写し終わったら、色々準備しに公設市場行こうぜ」
買う荷物を入れるため、ノスティアに来る時に使っていた鞄を背負い、四人で公設市場に向かっているとクルスが尋ねてくる。
「俺はもう採集用の鞄買ってあんだけど、お前らは持ってるか?」
「自分昨日買ったわ」
「俺はまだだ」
「まだだけど。ああ、そっか、やっぱりそういうのあった方がいいのか」
リアンは気がついて言った。クルスがこちらの背負っている鞄を見ながら言う。
「最初はそういうやつでも良いだろうけど、どうせ買うなら俺たち新入生が入学したばっかのこの時期が安くて買い時だぜ。ってことは買ったのはミラルドだけか。ならリアンとハインツはまず鞄だな。ゴルドー先生おすすめの奴を教えるぜ」
そう言って、クルスは広い公設市場を先導して、学外の商会が構えている出張店に近づいていった。「あ、ここか」とミラルドが呟いたのを耳に聞きながら看板を見るとボルネオ商会という探索用の道具を主に専門に扱っている所らしく、クルスの後に続くと皮系の商品が並べられている棚についた。
「ほら、こいつだ」
「お、良かった。自分のと同じだわ」
「……これ?」
「見たところどうも容量が少なさそうだが?」
しっかりとしていそうな皮の帯に、それとはまた別の種類と思われる皮を用いてある皮袋が二つ、右寄りに大きめのもの、左寄りに小さめのものがついている。どうやら皮袋は動かして位置をずらすこともできる構造になっているらしい。しかし見た感じ、採集用というにはハインツが疑問を浮かべた通り、そこまで容量が大きくないという印象だった。
「この腰鞄のこいつとこいつ、どっちもフルークスの皮が使ってあって今の見た目よりもまだかなり伸びるし結構頑丈で、別に金具を取り付ければ帯に他の物も括りつけられて、初めてならこれが使いやすい。って先生が言ってたぜ。それに、今使ってるそういう鞄とも一緒に使えるしな」
「実際試したら伸びたから大丈夫。沢山入る大きな籠より値段は大分高いけど、やっぱりその分良いらしいわ」
同じ物を買ったというミラルドもそう言った。単純に容量だけを考えれば背負い籠の方が今背負っている鞄よりも更に多いのは当たり前だが、いずれは野生生物との戦闘を要する採集場所に行くことになる。そのことを踏まえれば、重視すべきは迅速な物の出し入れが容易かどうかといった使い易さや動き易いかどうかということなのだろう。13,000Mfが二重線で11,000Mfに替えられている値段を一度見て、考えてから頷く。
「…うん、分かった。これにするよ」
「俺もそれにしよう」
ハインツも同じ物に決めるとクルスが別の棚の皮袋に手を伸ばし、
「ついでに、この水入れると定型に膨らむ水袋も一つどうよ? 採集用にも水筒にも使えるって店のあの人に勧められて俺は買ったぜ!」
やや離れた所にいるボルネオ商会の販売員の方に一度視線を向け、戻して言った。
「同じく勧められて自分も買ったわ。プリール森林には森林水が採集できる川があると聞いてるし丁度良いと思って」
ミラルドがそう言うと、クルスが視線を向けた販売員が近寄ってきて上手く会話に入ってくる。
「その通りでございます。いかがでしょうか?」
尋ねられてリアンは一瞬だけ考えてすぐ買うことを決めた。
「あー……。はい、それも買います」
「俺も買おう」
販売員は丁寧に頭を下げ、続けて懐から小袋を取り出して流暢に話し始める。
「お買い上げ、ありがとうございます。今当店では一度に10,000Mf以上をお買い上げの学生様に採集品を小分けするのに適したこちらの麻袋を割安で販売しておりまして、通常一袋200Mfの所、一度に三袋纏めてご購入いただける場合には25%割引で合計450Mfと大変お買い得になっておりますが、こちらもいかがでしょう」
「え、えーと」
「買っとけ買っとけ。後で一つずつ買い足すと面倒だろ」
「25%は大きいな。俺は九袋買おう」
ハインツが即決した。確かに袋はあった方が便利に違いない。
「……では、十二袋でお願いします」
販売員がにこやかに微笑んで、もう一度頭を下げる。
「お買い上げ誠にありがとうございます。御星様、決済をお願い致します」
すぐに眼前に霊文が現れる。
【当座預金】28,150Mf【売上】28,150Mf
【採集用具】13,850Mf【口座預金】13,850Mf
【採集用具】14,300Mf【口座預金】14,300Mf
その後、ボルネオ商会で他にも採集用の小鉈、小型ナイフ、手袋、縄、素材を入れるための小さめの木箱や小瓶やらと色々買い揃えて行った。
【採集用具】8,600Mf【口座預金】8,600Mf
続いて調合学のための調合器具を買うことにした。その辺りに詳しいミラルドがお勧めの店に案内して口を開く。
「調合関係の器具といえばここ。フォスター商会。クルスとハインツは普通に使う分の調合器具で良いなら、そちらの入学者向け器具一式で間に合うから頼むと良いよ。明日には寮の窓口に運んでおいて貰えるから」
「おう」
「分かった」
クルスとハインツはミラルドが示した一式器具の陳列棚に向かい、改めてミラルドが尋ねてくる。
「自分は薬品関係志望だから本格的な物を奮発して買ったけど、リアンは?」
「うん……。条件達成までやる分、ある程度便利な方が良いだろうとはわかってるんだけど、調合品以外の加工品も作ろうかと思ってるから……」
考えるようにミラルドは隣の棚に移動しながら指をさす。
「と、なると……買うのならやはりこっちの辺の一式あたりか。一度に作れる量が学内総合窓口の買い取り単位を想定して一部の器具が三種類用意されているから、その時々に併せて効率良く作れるようになってる」
見てみると「学総制作販売におすすめ!」と説明書きがついている。試験管、ビーカー、フラスコ、シャーレ、漏斗、ナイフ、作業板、天秤、錘一式、計量匙、温度計、ピンセット、擂り鉢、擂り粉木、かき混ぜ棒などといった器具が一式纏めて販売されていて、特にビーカーやフラスコといった器具の大きさが複数揃っていて、充実している。
「へえ、便利そうだね。これにしようかな。けどやっぱたっかいね……」
39,000Mfの値札が斜線で35,000Mfになっているのを見て顔をひきつらせた。
「そこは素直に諦めた方が良いかと。講義では学院の備品を使えるものの、貸出はしてないからどうしても初期投資は必要になるから。これでも単品で揃えていくよりは全然安いから。調合を個人で全くやらないというなら買わなくて済むけども」
「だよねー……。すいません、これ、お願いします」
販売員を呼ぶと、手続き書類を出して来る。
「はい、承ります。では、こちらにお名前とお届け先の寮をお書き下さい」
必要事項を書き込み、購入手続を終えて決済した。
【調合器具】35,000Mf【口座預金】35,000Mf
「うわぁ……」
買い終わり、一気に減った額に声を漏らすと、横でミラルドがぼそっと呟く。
「因みに、自分が買ったのは60,000Mf」
「げげー! よく買えたね……」
「うち半額、事務所で借金した資金で買ったわ…買ったわ……」
遠い目をして借金してまで買った事をぼやいたミラルドに驚く。
「もう借金したの!?」
「通常価格68,000Mfのものだからこの時期逃して買ったり、後で変に買い足したりする方が結果的に利息よりも絶対高いから……正しい判断だと信じてる」
「な、なるほど……確かに」
間違いではないだろう。一回生は個人で丁度30,000Mfまでならば年率3%の利息で借り入れることができ、更にそれ以上借り入れる場合には30,000Mfを越えた額に対して年率15%の利息が掛かる。そして、これもまた所定の条件を達成することで借入の利率を下げることができる。30,000Mfを一年借りても利息は900Mfで済むため、8,000Mfの割引がさえている今の時期に買った方が得策なのは明らか。
クルスとハインツも調合器具一式の購入手続きを終えると、次に素材加工具の店に寄った。当面買っておくと便利な物を見ていると、買う物を決めて手に取ったクルスが振り返って尋ねてくる。
「リアンは素材加工用の工具買っとかないのか?」
「んーと、工房の先輩から安く譲って貰ったから間に合ってるんだ」
「おー。それいいな」
三人が買い物を終え、大体必要な物を買い揃えた所、通路を歩きながら、
「教科書は図書館で受け取るとして、あと何か買う?」
「俺は下弦薬を少しだけ買っておきたい」
「ああ、俺も俺も」
ハインツとミラルドがそう答えたのに、意外に思って聞き尋ねた。
「え、わざわざ?」
「プリール森林の精霊にできるだけ早く共生してもらいたいからな。寧ろリアンとミラルドの方が余計にあった方がいいだろ。俺達より通う回数少なくなるんだろうし」
「……そう言われるとそうだね」
プリール森林の精霊は精霊に霊力を吸われた量と森にどれだけの時間滞在したかで共生する早さが変わってくると先輩から聞いて、図書館の本でもそういえば読んだことを思い出して頷いた。
早速学内公設市場総合窓口に向かうと、この後自分で作る、と言うミラルドを除き、底面が平らで一応自立可能な試験管型の蓋部分にコルク栓が使われている内容量50mmlの容積の規格定型C瓶に入って売られている品質評価【C】の一番安い下弦薬を試しに一つ買った。
【消耗調合品】380Mf【口座預金】380Mf
先に四つ買ったクルスがぼやく。
「普通に買うとこれだからなー……」
「次から瓶を返せば安くなる」
同じく四つ買ったハインツの言うとおり、総合窓口他各所には大抵瓶の取り扱いについて規定がある。
【販売規定】
・購入時に空になった使用済み規格定型瓶を納入する場合にはその個数に応じた分の容器相当額を代金から差し引いて販売します。但し、瓶が破損していた場合には適用しません。
とはいえ、瓶の代金は瓶の個数分必ず一度は支払わなければならないことにかわりはない。規格定型瓶はABCの三種があり、A瓶から順に150mml、100mml、50mmlと容量が異なるが、持ち運びを考慮すると採集には試験管型のC瓶が使いやすい。
寮に戻って買った物を置いた後、今度は図書館に教科書を受け取りに行き、残った時間はそれぞれ過ごして翌日に備えた。
【損益】
【労働・契約収益】31,540Mf(27,160Mf)
【資産】
【口座預金】22,260Mf(△32,120Mf)
【消耗調合品】380Mf(380Mf)
【採集用具】22,900Mf(22,900Mf)
【調合器具】35,000Mf(35,000Mf)
【素材加工具】1,000Mf(1,000Mf)
【負債及び資本】
【資本金】50,000Mf
【労働・契約利益金】31,540Mf(27,160Mf)
【リアン・レガーレ】
学内配達員時給:760Mf(累計31時間)