(6)大食堂
「リアン・レガーレ。ノスティアには昨日ついたんだ、これからよろしく」
大食堂の一角の木製のテーブルまで食事を運んでまず座り、リアンは向かいの二人に自己紹介した。
「こちらこそよろしく。俺はハインツ・ディストだ」
「自分はミラルド・デナーズ。よろしく」
それぞれが名乗ると、クルスが声を上げる。
「じゃ、まずは飯食おうぜ。いただきゃーすっ! 超腹減ったぁーッ!」
余程腹が減っていたらしく、クルスは一心不乱に料理にかぶりつき出し、それを見てリアン達も「いただきます」と言って食べ始めた。
深い水の底のような肩まで伸びる青色の髪。顔立ちはとても良く整い、力強い輝きの宿った目にすらりとした鼻。姿勢良く背筋をまっすぐ伸ばして座るハインツは同じ新入生とは思えない風格が漂う。続いてその横に普通に座っているミラルドを少し観察すると、中心から少しだけ右側にずれた所で栗色の前髪が左右に分けられている。眼鏡の先に見える目つきは気持ち鋭いが、全体的な雰囲気は割と緩い。
食べながら二人を少し見ていたが、そうこうしているうちにクルスが早くも食べ終えて尋ねてくる。
「で、今日午前中、図書館で何か調べたのか?」
「あ、ああ。ノスティアについての歴史の本と、あと霊装関連のを少し読んできた。霊装の方はまださっぱりだったけどね」
「お前霊装に興味あんの?」
「うん。丁度午後はプロスネンス工房って所に見学しにいった」
そう言うと、クルスは少し興味を持った目をする。
「そこってやっぱりたくさん装備作ってるのか?」
「いや見た感じ装備はあんまりなかったな。主に日常生活で使う霊装って感じで面白かったよ。先輩も良い人達だったし」
「はー珍しいな。俺金貯めてそのうち専用の霊装作るつもりだから、もしリアンがどっかの工房所属して霊装作って売るようになったら客になるぜ」
ニッとクルスは笑みを浮かべた。リアンは思わず苦笑する。
「いや、いくらなんでも気が早いでしょ。でも、工房には所属するつもりだから、作れるようになったらね」
「おう」
「その時は俺も頼もう」
まだゆっくり食べているハインツが唐突に口を開き、リアンは驚く。
「おおっ」
「もう未来の客候補が二人だな」
ははは、とクルスが笑い、ミラルドも動かしていた手を止めてリアンを見て言う。
「自分は調薬関係の工房に入るつもりだから、所属のための条件達成、一緒に頑張ろう」
「あ、ああ。うん、頑張ろう」
「あれ、リアン条件の話もう知ってるのか?」
クルスが首を傾げた。
「プロスネンス工房の先輩から教えてもらったんだ。そうだ、忘れないうちに、明日も朝の畑仕事行ってもいい?」
思い出して畑の仕事のことを聞くと、クルスは一瞬怪訝な表情をする。
「ん? 俺は歓迎するぜ」
「わかった、ありがとう」
クルスが眉をひそめる。
「てか、どうした。何かあんの?」
「知らない?」
「え、何?」
「ゴルドー先生、下弦草なんかを売ってくれた事ある?」
「いんや?」
何それ、とクルスは全く知らない様子で語尾を疑問系にして返した。てっきり知っているのではないかと思っていただけに逆に驚く。
「えっ? じゃ寧ろ何でクルスそんなずっと畑で働いてんの?」
「朝言ったろ。採集の勉強になるって。先生、結構採集のコツ教えてくれるし、あと、あそこ重霊地の端だから霊力向上にも少しは効果あるだろ。ま、実地実習始まったらそれはあんま意味なくなるけどな。俺探索者目指すつもりだから採集は稼ぎの基本だし、霊力が高くなるなら高くなった方が良いだろ?」
探索者と聞いてようやく大体繋がった。自然の循環がそうでない所と比べて桁違いの速さで進行する重霊地は、豊かで良質な資源に溢れ、人はそれら求めて入っていく。
しかし、広く世界各地に点在する重霊地は基本的に奥地に進めば奥地に進むほど強力な霊獣の跋扈する領域となり、探索にはそれ相応の危険が伴う。探索者はそういうところから様々な素材を持ち帰って売ることを主な収入源としているため、事実上無為に長居すればするほど危険が増す重霊地において時間当たりの採集効率という点で採集の迅速さは重要な技能なのだ。
「あー採集っていうより探索が目的だったのか。別に先生が下弦草なんかを安く売ってくれるらしいからって訳じゃないのか」
「何それ、ほんとか?」
「先輩は間違いないって言ってた。新入生が一斉に条件達成目指すせいで、公設市場の基礎一類の品目を作るための素材の価格が一時的に高騰するんだって」
「んまぁ言われてみりゃそりゃそうだろうな。あ、それでか」
クルスは畑仕事に参加したいというこちらの意図をようやく理解した。ミラルドが手を止めて口を開く。
「その素材が高騰する話は自分も聞いたことがあって、今公設市場で廃品回収処理の仕事しながら瓶類を市価より少し安く買わせて貰ってるわ」
「そっか、容器も必要になるのか。考えてなかった……」
言われてみれば、とリアンは頭に手を当てた。
「んー、ならもし先生がほんとに薬草売ってくれるようになったらその時は買っといてやるよ。二人とも必要になるんだろ?」
「助かるよ」「それ頼むわ」
「おうよ。プリール森林入れるようになったら時間ある時は俺採集行きまくるから、それも売るぜ」
任せておけ、と言うクルスに続き、ハインツも協力すると言う。
「俺も重霊地にはできるだけ通うつもりだ。その時は協力しよう」
「そういやハインツも重霊地早く入りたいって言ってたな」
「俺は精霊術師としてできるだけ強くなっておきたい」
言って、ハインツは飲み物を口に付けた。
「へえー、精霊術師志望なんだ」
誰しもある程度精霊術の扱いに長けているにこしたことはない。その方が色々と便利なのだ。
精霊術師として強くなるには主に二種類方法がある。一つは自ら訓練をして精霊術そのものの行使技術を高めていくという最も基本的なもの。
そしてもう一つは精霊との共生である。通常特定の場所に生息する精霊は別の場所に同時に並列存在するために、分霊体と呼ばれるものを対象に置き、そうすることで精霊は対象と常にリンクした状態になる。そして精霊が人に分霊体を置いた状態のことを精霊との共生と呼ぶ。
身体に共生した精霊は宿主の霊力を分霊体の霊力容量限界まで吸収して保管することができ、結果としてそれは対象者の霊力の総量を高めることに繋がる。そこで、人は様々な精霊が存在する重霊地に行き、精霊に共生して貰うおうとする。しかし、割合簡単に共生してくれる精霊もいるものの、それらの精霊の分霊体の霊力容量はさほど多くはなく、強力な精霊になればなるほど分霊体の霊力容量は大きくなるがその分共生してもらうのが難しくなる。補助型の霊装が補助型と呼ばれるのは、精霊が共生している人にとっては、その名の通りあくまで補助としての役割にすぎないのが大きな理由である。
霊力量の測定基準として一般的にSptというな単位が用いられており、年齢十代後半の人の素の霊力量平均はおよそ2300Sptであるが、星霊統都の学院で六年間生活して卒業する頃には個人差はあるものの精霊との共生によって平均10,000Spt程度まで潜在霊力容量が増加するとされている。そして高位の精霊術師ともなれば大抵強力な精霊との共生を果たしているもので、その潜在霊力容量の値は優に数万に達し、このことから精霊との共生は精霊術師としては必要不可欠とさえ言われる。
ハインツは飲み物を口から離して机に置いて言う。
「そんな所だ。しかし、皆ばらばらだな」
「一番多い筈の純粋な商人志望がいないのも珍しいね」
そう言ってミラルドが同意し、リアンも頷く。
「確かに」
「ま、そんなもんじゃね。さってと、俺明日も朝早いからもう部屋戻って寝る準備するわ。リアンも畑来るなら、さっさと寝た方が良いぜ」
「ああ、分かった。そうするよ」
空になった皿の乗る盆を持って席から立ち上がりながらクルスがミラルドに声を掛ける。
「どうせならミラルドもまた来ないか?」
「いやぁ、遠慮しとくわ。薬草安く買えるとしても自分の中でアレは割に合わない」
「そっか。ま、実際どうなるかなんて俺達まだ知らないしな。じゃ、悪いけど先戻るぜ。またな」
「僕も行くよ。じゃ、またね」
「またな」
「畑仕事がんばって」
ハインツとミラルドに挨拶をして、リアンはクルスと先に学生寮に戻った。
朝早くから起きて働いたこともあって、かなり疲れていたためクルスの言っていた通りすぐに寝る準備を済ませた。
明かりとしていた光球を消して、床に着こうとした所で、眼前に霊文が表示された。
【損益】
【労働・契約収益】4,380Mf
【資産】
【口座預金】54,380Mf
【負債及び資本】
【資本金】50,000Mf
【労働・契約利益金】4,380Mf
昨日寝る時には通知されなかった。多分額に変動が起きたからなのだろうか、そう思っているうちに霊文は消え、明日に備えて眠りについた。