(5)配達作業
「すいません、配達員の仕事をしたいんですが、腕章と籠を貸して頂けますか?」
「はい。こちらが腕章と、籠になります」
学内事務所の窓口にて、腕章とそれなりに容量の入りそうな籠を受け取った。
「ありがとうございます」
「腕章は必ず腕につけて下さいね。それでは御星様の指示に従い、真摯に配達に取り組んで下さい」
「はい」
言われた通り腕章をつけると、忽ち霊文が浮かび上がった。
【学内配達員】リアン・レガーレ(累計0時間)
【従事方法】
①必ず今のように腕章を第三者に見えるように装着する。
②配達指示を確認後、指定の場所に向かい、相手に配達員である旨を述べて配達対象物を受領する。
③直ちに指定の場所に向かい、相手に配達員である旨を述べて配達対象物を引き渡し、配達を完了する。
④再び配達指示を待ち、確認後②と③を繰り返す。
⑤配達員の仕事を終了する場合にはその旨を述べ、腕章及び籠を事務所に返却すること。
【報酬条件】
時給:700Mf(合計従事時間に応じて増加)
注①労働時間の計測開始は腕章装着時点から、計測終了は事務所への腕章及び籠の返却時点とする。
注②従事開始の都度、最低一時間半の継続労働を満たさない場合には無報酬となる。
注③従事終了時、腕章と籠のいずれかを事務所に返却し忘れた場合にも無報酬となる。
【罰則規定】
以下のいずれかの項目に三回該当した場合には以後、学内配達員の仕事に従事することを禁ずる。
・腕章と籠のいずれか又は両方を事務所に返却し忘れ、かつ、事務所への返却を怠り放棄した場合
・配達指示に従わず、更に警告を受けても姿勢を改める様子が認められ無い場合
・時間当たりに対する労働負荷を減らす意図を持って、各の配達に必要とされるであろう統計的に導き出した標準的時間を相当程度超過していると判断でき、注意を促しても姿勢を改める様子が認められ無い場合
・配達対象物を故意に損壊したと認められた場合
・梱包された配達対象物を故意に開封し中身を確認した場合
【注意事項】
・配達依頼者の配達対象物を損壊又は逸失した場合、その原因が第三者にある又はそれがやむを得ない事情によるものであったと認められる場合を除き、原則として配達員に損害賠償責任が発生する。
・賠償額が配達員の口座預金額を超過する場合
①ノスティア星霊統都より配達依頼者に対し不足額が補填される。
②配達員に不足額分の債務(年率利息1%)が発生し、配達員はノスティア星霊統都への返済の義務を負う。
・対象物の損壊が軽微で補修可能な場合には……
【その他】
何らかの特別な事情が発生した場合にはその旨を述べること。
続けて、早速配達の指示が通知され、
【配達指示】
配達依頼者:ネルフィ・ハイド(優先・代買)
受 取 人:同上
指定受領所:学内公設市場総合窓口・予約荷物取扱係
指定配達先:学内工房C棟6号室(プロスネンス霊装工房)
初っ端から依頼者はネルフィだった。
「いきなり来た!?」
確かに何かしら頼むとは言っていたが、これは流石に予想していなかった。ともあれ、いつまでも驚いている暇は無い。事務所の近くにある構内地図を一応確認し、公設市場に向かった。
城のような校舎から出て正門の方へ早足に進んでいくと、すぐに木造の壁の大きな建造施設が目に入る。かなりの敷地面積を占有している。
大きな扉が開け放たれたいくつもある出入口の一つから中に入ると、開放感のあるやや高めの薄い布が張られてできている天井を例に漏れず精霊達が飛び交っていた。視線を降ろすと多くの学生達に加え学外の関係者が通路を行き交い、数えきれないぐらいの様々な看板を掲げた団体が場所をとってそれぞれに店を出している。また、壇が置かれている場所には特に人が集まっていて、何やら盛んに値段と思われる声が上がっているのが聞こえた。
公設市場の一種独特な雰囲気に気圧されつつも、人の合間を縫いながら学院が運営する総合窓口の予約荷物取扱係に向かった。
「こんにちは、リアン・レガーレと言います。配達物の受け取りに来たのですが」
「はい、机に籠を置いて少々お待ち下さい」
職員が振り返ると同時に【箱番号:A24】という霊文が職員の眼前に浮かび上がったのが分かった。職員は一目見て所狭しと大量に箱が置かれている棚から、表面にA24と書かれた紙の貼られた箱を持って戻ってきた。続けて素早く箱から籠に配達物を移し、
「では、こちらが配達物になります」
「分かりました」
準備の整った籠を差し出されて受け取った。籠の中には小袋が二つ、目に見える雑貨用品が幾つか。
【学内預金】6,200Mf【諸口売上】6,200Mf
職員の側だけに一瞬霊文が浮かびあがったのを確認し、リアンは踵を返した。公設市場を出て、そのまま学内工房のある区画の方へ進んでいこうとすると、別の方向から背負い籠を背負った作業着姿のままのクルスがやってくるのを偶然見つけた。クルスもこちらに気がついたのか、手を上げて近づいてくる。
「よ、配達員やってんのか?」
「ああ、さっき始めたばかり。そっちは配達員、じゃあ、ないよね」
どこにも腕章をつけてはいない。クルスは背負い籠を親指で示して言う。
「俺は朝言った通りずっと畑。今から公設市場にこいつを届けにいくとこ」
「下弦草?」
「いんや、これは上弦草。下弦草よかニ段階上の高級品だぜ」
「へえー」
籠の上に布が張られているために中身が見えない。クルスが話題を変える。
「それよか、七時頃にでも大食堂で一緒に飯食わないか? 俺が知ってる他の新入生もいるからよ。まだ会ってないだろうし、紹介するぜ」
「おお、ありがとう。分かった。じゃあ七時に大食堂で」
「じゃな」
そのまま別れ、クルスは公設市場に向かって行った。ディンから教わった耳寄り情報について聞きそびれた、いや、変に聞かない方が良いのか。まあ聞こうと思えばそれこそ後で聞けばいい。そう思いながらリアンは学内工房に早足で向かった。
「失礼します。配達に来ました」
再びプロスネンス工房の戸を叩き、扉を開ける。
「やあ、また来てくれたねー」
「やーさっきぶりー。あの後必要なもの思い出して早速頼んじゃった」
ディンとネルフィは敢えてわざとらしい棒読みで出迎えた。
「さっきは驚きました。では、どうぞ」
「はい、配達ありがとー」
籠を手渡すと、霊文が表示される。
【契約費用】30Mf【口座預金】30Mf
【口座預金】30Mf【契約収益】30Mf
「ん」
「それが代理売買の報酬。わたしは助かるんだけど凄く安いよねー。でもって、次はこの本の配達というか返却を図書館にお願いしまーす」
ネルフィが籠から品物を取り出しながら言い、どうやら用意してあったらしい本三冊を籠の中に入れて手渡してきた。すかさず絶妙な指示も出る。
【配達指示】
配達依頼者:ネルフィ・ハイド(優先)
受 取 人:ミルディア霊術院
指定受領所:学内工房C棟6号室(プロスネンス霊装工房)
指定配達先:学内図書館窓口
「り、了解です」
「何か人使い荒い先輩みたいでごめんねー」
「ああ、いえ。失礼します」
「配達員の仕事頑張ってね」
「頑張れー」
二人に応援され、次に図書館に向かった。
返却窓口にて、
「本の配達に来ました」
「はい、確かに確認しました。次はこの本の配達をレミントン先生の研究室へお願いします」
【配達指示】
配達依頼者:ミルディア霊術院
受 取 人:アーク・レミントン
指定受領所:学内図書館窓口
指定配達先:職員研究棟519号室
「わ、分かりました」
やたら分厚い本を渡され、配達を終えると間髪無く次の指示が入ってくる。しかも一切無駄が無い。城のような校舎と通路が繋がっている職員研究棟519号室を目指し、そして到着する。
「失礼します。本の配達に上がりました」
「どうぞ入ってください」
その声を受けて、リアンは扉を開ける。
「失礼します」
入ると、薬品の匂いがする。研究室の壁際の棚には無数の瓶が整然と置かれ、中央の卓上には中身の入ったフラスコと試験管などの実験器具が置かれ、そこを精霊がふわふわと浮いて周り何かを作っている所のようだった。それよりも先生の姿が見えない、と思えば、仕切りのある奥から、スラリとした背の見た目にはとても年若い爽やかな白衣姿の男が封筒を持って現れた。
「どうも、配達ありがとう。その机の上に置いておいて下さい。それで次はこの封筒を事務所に届けて下さい」
【配達指示】
配達依頼者:アーク・レミントン
受 取 人:ミルディア霊術院
指定受領所:職員研究棟507号室
指定配達先:本館事務所窓口
「はい、分かりました」
もう大分慣れてきた所で、本を机の上に置き、
「よろしくお願いしますね」
「確かにお預かりしました」
レミントンから封筒を受け取った。
事務所に向かって封筒を届ければ、事務所で公設市場総合窓口に書類を届けるように言われ、公設市場総合窓口に書類を届ければ、今度は公設市場で男子学生寮の一室に品物を配達するように指示が出て……。学内配達員の仕事は学内をあちこちふらふら、ふらふら歩きまわるも暇な時間は無い。次々と表示される配達指示をリアンはひたすらこなしていった。
そろそろ七時近いという頃合に、次で仕事を終了したいという意思表示を口に出して、最後の配達を終えると事務所に戻った。
「確かに返却を確認しました。お疲れ様です」
腕章と籠を返却すると、待望の霊文が現れた。
【学内配達員】リアン・レガーレ(累計4時間30分)
【報酬支払額】700×4.5=3,150Mf
【口座預金】3,150Mf【労働収益】3,150Mf
「ありがとうございました」
早朝約三時間働いて1200Mfだったことに比べれば配達員の仕事は明らかに良い。そんな考えるまでもないことを考えて、大食堂に向かった。
「リアン! こっちこっち!」
人でごった返す大食堂の出入口よりも少し手前の所で名前を呼ばれる。声のした方を探すと、手を挙げているクルスが知らない男子二人と壁際に集まっているのがすぐに分かった。
「今行くよ」
言って、リアンは少し駆け足気味に近寄った。
「よっ、これで揃ったな。とりあえず紹介は中で席ついてからにしようぜ」
クルスの言葉に、リアンともう二人は「分かった」と頷いて、一緒に大食堂の中へ入っていった。