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(2)収穫作業

 ミルディア霊術院。ノスティア星霊統都郊外に居を構え、大きな古城と呼べるような外観の建物を学舎にする全寮制の学院である。可能な限り研究成果を実体のある形で役立てるというミッションを掲げるこの霊術院は、ノスティア星霊統都内に複数ある霊術院の中でも星霊の統括の下、最も活発な経済活動が行われている。そのため精霊術の研究をしたいという者から商売をしたいという目的の者まで広く様々な者達がミルディア霊術院に在籍している。

 長旅を終えてノスティア星霊統都に到着し、星霊廟での初期手続きを済ませた後、広大な街の中をあちこち物色して寄り道しつつリアンはミルディア霊術院の学生寮の一室に入寮した。

 正式な入学式は一週間後。到着したその日は疲れが溜まっていたためすぐ寝入ってしまったものの、以降は時間に余裕がある。故郷から持ってきた本は旅の過程で粗方既に読み終えており、部屋で過ごすには入ったばかりの部屋は物も無く閑散としすぎて暇を持て余す。

 翌朝、リアンは早く寝すぎたことに加え余り寝慣れない寝具に、空もまだ薄暗い時分に目が覚めてしまった。時計を見て確認すると、朝食まで、というには相当時間がありすぎた。もう一度寝ようかとも迷うが、はっきり目が覚めてしまってまるで眠くもない。徐に新緑色を基調とした法衣型の制服に袖を通しながらこの際敷地内を散策でもしようと思って部屋を出た。

 真っ暗な廊下の中、掌の上に仄かに発光する光球を出して周囲を照らし、等間隔に並ぶ部屋の戸の表札に入っている名前を適当に眺め見ながら、小広間に着いた所で螺旋階段を降りて行く。

 六階建ての学生寮には最上階から若い学年が順に入っているため、一階に降りるのに当然五階分降りる必要があった。一階大広間に着くと、大きな掲示板に所狭しと張り紙が出されているのがすぐ目に入る。昨日まともに見なかったが、近づいて改めて見てみると、素材の採集や売り買いを求める内容やら人員の募集など内容は様々。

 勝手も良くわからず適当に眺めていると、背後から階段を誰かが降りてくる音がした。振り返って顔を見上げると、その足音の主の姿がすぐに現れ、目が合った。

「ん」

 こちらに気がついた灰色の作業着を着た黒い短髪の少年は足を止め、一瞬微妙な空気が流れかける。が、少年はぱかっと口を開いて話しかけてきた。

「おはよう。見ない顔だがその制服ってことは新入生か?」

「お、おはようございます。新入生です」

 虚を突かれ、もしかしたら年上かと思いとっさに丁寧に答えた。

「やっぱりな。クルス・ハルート。俺も同じ新入生だ。二週間前からここに入ってる。よろしくな」

 ニッと笑い、近づいてきてクルスは軽く手を掲げた。そう聞いて肩の力の抜けたリアンはほぼ同じ高さの目線のクルスに返事を返す。

「ああ…こちらこそよろしく。僕はリアン。リアン・レガーレ。ここに着いたのは昨日」

「そっかそっか。……で、こんな朝早く起きてっけど、今暇か?」

「見ての通りに」

「じゃ、ここの畑で働いてみるか? 安いけどちゃんと給料貰えるぜ」

「……そうだね。うん、どうせ暇だし」

 リアンは少し考えて、笑って頷いた。

「なら俺ここで待ってるから適当にその服着替えて来いよ。制服だと出直してこいって言われるから」

「わかった。ありがとう、じゃあすぐ戻ってくる」

「おう」

 クルスの軽い返事を耳に聞きながら、リアンは急いで階段を上り部屋に戻った。着替えを済ませ、もう一度階段を下りて一階に着いた。

「お待たせ」

「よし、早速行こうぜ」



 学生寮を出て、薄暗い外をクルスの少し後を歩きながらしばらくついていくと、裏手の奥の方には広大な畑が広がっていた。

「あそこが仕事場な」

 そのまま進んでいくと急に霊気が濃くなったのを感じたが、余り気にせず馬と荷車を用意している作業着姿の人物のもとに近づくと、クルスが大声を出した。

「ゴルドー先生、おはようございますっ!」

「おはようございます」

 遅れてリアンも挨拶をすると、クルスがゴルドーと呼んだ男が気がついて顔を上げた。肌は程良く日焼けしていて、図体が大きくその身に纏った強靱な筋肉から非常に屈強そうな印象を受ける。

「おう、おはようさん。クルス、そっちは仲間か」

「うっす!」

「初めまして、リアン・レガーレです。よろしくお願いします」

 自己紹介をすると、ゴルドーが頷いて低い声で言う。

「おうよ。俺はネイサン・ゴルドー。ここは働いた分だけ給料を出す。ま、細かいことは抜きにして今日もまず籠出してお前らは二人であそこの芋を奥から三列抜いてこい。クルスはリアンに説明してやってくれ」

「了解!」

「分かりました」

 返事をすると、クルスが小屋を指さす。

「よし、じゃまずは籠取りに行くぞ」

「うん」

 こうしてなし崩し的に始まったこの日の二人の畑仕事は芋の収穫。小屋からあるだけ籠を持って運び出すと、クルスとリアンは籠を複数個持って芋が植えられている畝に向かった。

「芋だからそんな気をつけることはねーけど、丁寧にな。乱暴に掘り返すと痛みやすくなったり、下手すると折れたりするから、だとさ」

「わかった」

 二人は腕をまくってしゃがみ、手で土をかき分け芋掘りを始めた。クルスは慣れた手つきでサクサク芋を掘り起こしてはこびりついた土をパッと叩いては落とし、籠に入れていく。その手際の良さを見てリアンは尋ねた。

「もしかして、ここ来てからずっとやってるの?」

「ま、大体そんなもん」

「二週間もやるとそれぐらい早く掘れるようになるの?」

「や、それは普通に手に霊力でも空圧でも纏えば楽に掘れるぜ」

 クルスは顔をあげて右腕を見せる。土に直に突っ込んでいるにも関わらず、全く汚れていない。

「あ、なるほど」

「土落とすのもこうやって軽く空圧掛ければ良いしな」

 続けて左手で芋を持ちあげ、右手で軽く叩いて見せると芋にこびりついてた土はパァッと一気に散って落ちた。その鮮やかさにリアンは声を上げる。

「おおー」

 クルスが少し苦笑する。

「ってまぁ悪ぃ、俺もやったことなかったから最初は先生に見せてもらっただけなんだけどな」

「ゴルドー先生ってここの先生?」

「そうそう。自然採集学の先生なんだと」

「へえー」

「とりあえず話は後にして作業に集中しようぜ。あんまり遅くなると先生の精霊がすっ飛んできて芋掘り出して、俺達のやる仕事が減って、一緒に給料も減るからよ。御星様が全部見てるからここでの働いた分だけってのはそのまんまの意味だぜ」

 クルスに顎で示され、振り返ってみると別の畝では精霊達が近くに置かれた籠に収穫した野菜を次々運び、それが一杯になった側からゴルドーが背負って荷車に運んでいた。かなりの速さにリアンは思わず納得した。

「ああいうことね」

「そういうことだ!」

 二人は芋掘りに専念し始め、掘っては籠へ掘っては籠へと黙々と作業をした。

「うしっ!」

「終わったぁ!」

 空も明るくなってきた頃、ある程度余裕を残して三列分の芋の掘り終えると同時に声を上げた。続けて一杯になった籠を荷車に運ぶべく背負いにかかる。

「っしゃぁぁッ!」

「げっ、重っ!」

 クルスは気合いの入る声を上げ、リアンはその重さに正直な感想を漏らした。そこから四往復程して二人で籠を八つ荷車まで運び終えた。

「あー腹減ったぁー!」

「疲れた……」

 そう呟いて二人は軽く荷車の脇で座りこんだ。そこへ丁度ゴルドーが空になった荷車を引く馬を連れて戻ってくる。

「おう終わったか。次は俺がその荷車を運んでいく間、倉庫から肥料出してお前らが芋抜いた畑と野菜畑にまいとけ。やり方はいつもと同じだ」

「ういっす」

「……わかりました」

 直ちに立ち上がり返事をすると、ゴルドーは連れてきた馬を今度は芋の詰まった籠が八つ積まれた荷車に繋ぎにかかった。一方二人は倉庫に向かうと肥料の入った大袋三種を出しては荷台の上に積み上げて行った。ふとクルスが感想を漏らす。

「やっぱ二人でやると楽だわー」

「というか……いつも一人でやってたの? 他の新入生とかは?」

「一回二回ぐらいは誘って来た奴らはいたんだけどこの時間だろ? 寝坊してそれっきりってな。ま、他の先生が管理してる畑含めても、どこも同じ給料で安いからやる気も起きないのは分かるんだけどな」

「実際、これでいくらぐらい?」

「今芋引っこ抜いたので大体700か800Mfぐらいだろうな」

 そう聞いて、リアンは昨日街の中を寄り道してあれこれ値段を見たり、学生寮の掲示板の張り紙の内容を思い出した。曖昧に比較してもかなり安い。一般的に時給は大抵800Mf程度はあった筈だが、既に一時間は優に経過してそろそろ二時間に差し迫ろうとしている。

「……それってもしかしなくても安い?」

「ああ、安いぜ。俺達みたいなのがわざわざ作業しなくても、先生達は精霊がいるからやろうと思えばすぐ終わるんだよ。要するに先生がやった場合を基準にしてこの仕事を通貨換算するとってことだな」

 意外にも殆ど不平を感じていないような口振りでクルスは答えたが、リアンはそれを疑問に思った。

「……なんでこの仕事をわざわざ?」

「いくら安くても新入生がこの朝方働けるのは今はここぐらいだし、一応採集の勉強にもなるからな。野菜以外にももうちょい奥の方は薬草、更に奥は材木用の木の栽培してるんだぜ」

「採集に興味あるの?」

「まあな」

 話しながら肥料を積み終えると、とても重い荷台を引いて移動し始める。リアンは畑を見ながらふと思った。

「……この辺りってもう重霊地だったりする?」

「正確にはこの辺りは重霊地の端の端っこな。それでも、そこの野菜なんて一週間前に収穫して種を新しく植えたばっかりでアレだぜ。今あるノスティアの農地だけでもノスティアの食糧自給率は400%ぐらいあるらしい」

 クルスは近くのよく育っている野菜の畝を指さして言った。重霊地であるなら植物が急速に成長したり、ここ一帯の霊気が濃いのも頷ける。しかし、国土に重霊地を抱えている国でも食糧自給率は行って300%とされている所、土地に余裕を残しても尚400%というノスティアの食料時給率の高さにリアンは驚いた。

「そんなに?」

「まあどこの国でも重霊地の一部農地化は普通にやってることだけどな。つーわけで、肥料はきっちり撒いとかないとな」

「だね」

 先ほど収穫し終えた畑の畝に到着すると、リアンはクルスが説明する通りの比率でクルスと手分けして三種類の肥料を畑に撒き、最後に畝を整えてと指示された作業を行った。

「ようし、ご苦労。御星様、給料支払い願います」

 ゴルドーがそう言うと、三人の眼前にそれぞれ霊文が浮かび上がる。

【支払給料】2,600Mf【学内預金】2,600Mf


【口座預金】1,400Mf【労働収益】1,400Mf

【口座預金】1,200Mf【労働収益】1,200Mf

 公式通貨Sfの90%の価値に相当する学内通貨Mf、発音にしてミルフィアでの振り込みを受けた。

「うっす! ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます」

 慣れた様子のクルスに対し、初めて自分の目の前に決済の記録が出たことにリアンは少し戸惑った。

「一仕事した所で食堂に朝飯食いに行くぞ。ついてこい」

「待ってましたっ! 行こうぜリアン」

「ああ」

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