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(13)納品作業

「この混沌、先輩本当にありがとうって感じだよね……」

「心を込めて先輩に感謝を。これなら下僕でも良いわ。六日であれは酷い。後数日で品質【C】の価格が下弦草と差が無くなる可能性も否定できない」

 安堵のため息と共に、この日もミラルドと一緒に学総の通常受付の混沌とした世界からはある程度隔絶され、落ち着いた環境の予約荷物取扱係にて、ジゼルから譲渡されている購入権利を行使して、

【買入素材】8,550Mf【口座預金】8,550Mf

【買入素材】8,550Mf【口座預金】8,550Mf

 下弦草を長い列に並ばずとも毎朝容易に90T買うことができていた。ジゼルとの契約締結から六日。下弦草の価格は上がり続け、毎日午前で一旦売り切れ、採集してぽつぽつと持ち込まれるものや午後に纏めて再入荷されるものすらもその日のうちに売り切れるという有様。一方、一回生達の売上と単位数稼ぎのために粗造乱造される品質【C】の下弦薬の取り扱い価格は下がり続け、32Mfあったはずの両者の価格差は軽い値の反発がありながらも7Mfまで縮んでいた。

【下弦草1T:109Mf(3↑)】

【下弦薬【C】1T:116Mf(△2↓)】

 価格帯を軽く遠い目で見ながら、さすがに1,800ggとなるとずっしりした重量感と明らかな体積を、思い切り鞄の中に突っ込み、そそくさと目立たないように公設市場を後にした。どうやらジゼルの契約とほぼ同じようなことはやはり他でも行われているようで、下弦草を同じ時刻に予約荷物取扱係に受け取りにくる別の一回生も時々見かけた。

 霊素が抽出できてさえいれば品質が【F】で良いというのは画期的で、太い葉脈を取り除かなくて良いので作業が短縮され、温度調整も少しぐらい超えても問題なく、瓶に詰める必要も無いことも合わせてかなり気楽だった。聞いてみると、ミラルドは技術研鑽のために品質【A】以上の作成を狙う分と速度と効率重視のジゼルへの納品用とで割り切って、上手く減り張りをつけられているのだという。

 慣れると約三時間の作業で済むこともあり、他の時間を、早朝の畑仕事に、勉強をしたり、クルス達とプリール森林へ採集に出かけたり、白椹の丸太からの角材の切り出し、学内配達員の仕事などにあてられ、どれか一つだけに専念しすぎるということもなくそれぞれをそれなりにこなせていた。



「今後、諸君らがまず一番気をつけなければならないのは重霊地での探索活動中において、危険な生物と遭遇することだろう。また、商人にとって品物の運搬は基本。御星様の加護の及ばないノスティアの地を離れれば、徒歩、馬車手段問わず、移動中に霊獣を始めとした生物のみならず、不届きな野盗が襲ってくるということもしばしばあるだろう。そのためには大前提として精霊術の行使技術と共に、最低限戦闘に際して役に立つ武器の操作技術も修得しておくべきである」

 そしてこの日、戦闘訓練の初回講義にて。相当広い平坦な訓練場に複数の寮の一回生達がそれぞれの指定された場所に集まった。準備運動の後、訓練用の木製の刃の部分も潰してある小太刀を全員受け取り、担当教員の見本指導の元、決められた型の素振りを行うなどして、途中、教員が各生徒の大体の技量を把握するため、一回生による教員相手への打ち込みの時間が設けられた。

 武器の操作技術の訓練なので今回精霊術を使わないのは当然として、霊力を体に纏うのみで小太刀を構えて順番に「全員全力で掛かってこい」という教員に打ち込みをしていった。引き締まりすぎの感すらある大胸筋が服に浮き出ている長身強面の指導教員のガラン・エーベルク相手にクルスは少し粘ったが、リアンとミラルドは速攻で「止めっ!」と言われ終了した。そんな中、

「次!」

「ハインツ・ディスト、参ります!」

 前に出て名乗りを上げた瞬間、ハインツは強烈に足を踏み込み、小太刀を順手に構え青い髪の残像を残すように一気に距離を詰め、教員に打ち掛かっていった。

「うおぉ! 何あれハインツすげぇ!」

 明らかに他の一回生達とは一つどころか、二つ三つ飛び抜けた鮮やかかつ洗練された動きで、振るう際に風切り音が鳴るのが微かに聞こえ、その姿は素人目にみても戦闘慣れ、しかも特に対人戦闘の経験があるようだった。

「あれ、その道の英才教育受けてそうだわ」

「や、前からハインツは他の一回生とは雰囲気違ったからなぁ。にしてもすげぇ。全然余裕そうな先生もすげぇけど」

 そういえば、と触れていなかったことを口に出す。

「……というか、今更だけど、ハインツってかなり偉い所の家の出なんじゃないの?」

「ま、そんな気はするよな」

「ノスティアの学院に良家の子息が公然の秘密でお忍び入学するのは珍しいことでもないかと。特にルクライン霊術院あたりは結構それ系の家の出がごろごろいるらしいから」

「いや、ハインツ忍んでねぇじゃん。目立ってるし」

 世界最高峰、精霊文明の二大中心地。そして各地の情報も日々伝えられ、世界の歴史、世界情勢を知るのにももってこい。絶対的な信頼のおける星霊の統治下にあることもあり、あちこちの国の高貴な家柄の子息が勉学のために入学してくるのは良くある。とはいえ、実際来るもの拒まず的な雰囲気があるとはいってもノスティアの学院に在籍しているということは皆それぞれに何かしら持つものがあるからなのだが。

「止め! ……その年にして良く訓練している。これからも研鑽を続けるように」

「はっ! ありがとうございました!」

 話しているうちにハインツの打ち込みも終わり、戻ってきた。

「よ、お疲れ」

「お疲れ」

「お疲れ様」

 特に疲れてもいない、さっぱりとした心なしか満足した表情でハインツは口を開く。

「ああ。良い機会と思って本気を出したが、先生は強いな。俺の師匠とどちらが強いだろうか、少し気になるところだ」

 息をついて、クルスが躊躇せずぱっと尋ねる。

「はー、で、深い意味はねぇけど、ハインツってやっぱどっかの偉い家の出なのか?」

「騎士の家の出だ。だから偉いかと問われると、仕える側の家だが」

 ハインツは少し苦笑した。

「へー、やっぱすげぇな」

「自分は知らない世界だわ」

「騎士かぁ……」

 呟きながら以前にハインツは精霊術師志望のようなものだと言っていたことを思い出す。強くなるという意味では行き着く先は同じようなものだろう。

「まあ、余り気にするな。そういえば、クルスとミラルドは前に聞いたが、リアンも何の家か聞いていないな」

 ハインツが思い出したように尋ねてくる。

「あー」

「いや、問題があれば言わなくて良いが」

「ううん、別に。家は家って言うか、親が空運やってるから、まぁ商家の類みたいなものなのかな」

 空を駆る霊獣と共にあちこちを巡り巡り、依頼人の荷物を受領しては短期間で地上の地形を無視し超長距離であっても運び届ける。ノスティアでは特に空を見上げればよく飛び交っている霊獣の姿がある、と思いながら少し首を傾げて答えた。

「空運か。なるほど」

「空運ってことは、リアンの家、霊獣いんのか?」

「いるよ。まともに乗せて貰ったことはないけど」

 霊獣には飼われているという意識など毛頭なく、実に気高い生き物であり、仮に背を許した相手の身内だろうと気安く乗るのを非常に嫌うため、実際には乗れないというのが正しい。仮に乗ったとしても、全力で飛ばれると加速力が強すぎて今のこちらの体ではまず持たないので興味はあっても乗るのは正直遠慮したい。見た目は凄く美しいが、ノスティアに出発する際にも自信満々の目でこちらを完全に見下してこちらを見送った二頭の霊獣を思い出すと微妙な気分になる。少しの良心を分けて、乗せてくれれば、ノスティアに来るのにも馬車を何度か乗り継いで宿に泊まったりとやたらと時間を掛ける必要もなかったのだが。

「はー、皆色々だな。て、何遠い目してんだ?」

「……いや、ちょっと思い出してね」



 その後も霊術行使や術式理論と言ったこの日の講義を受け終えると、寮に戻り、朝購入しておいた下弦草を使って品質【F】の下弦薬の作成に取りかかった。

 三時間程かけると問題なく出来上がり、ジゼルから受け取った金属桶に移し替えてしっかり蓋をすると、七時の納品までまだ少し時間があった。勉強しようかと思いつつも、途中でそのままになっている木箱の作成のための続きを進めることにした。結局やはり失敗しながらも切り出した角材を定規でできるだけ正確に図り、釘や接着剤を使わない、木と木を組み合わせることだけで作る木箱の各部、切る予定の所に線を書き込んでいく。それを終えると、もう一度書いた線が本当にぴったり合っているかどうかを確認するために図り直し、と、そうこうしているだけで気がつけば時間になった。

 ミラルドと共にジゼルの寮室に一つ4,500mmlもの下弦薬が入った桶をそれぞれ持っていくと、

「うぃー。どもども。我が下僕達、本日もお勤めご苦労でしたねー。御星様、決済お願いします」

 かなりふざけ気味の様子のジゼルがそう言いながら両手で桶を受け取り、

【消耗調合品】19,800Mf【口座預金】19,800Mf


【口座預金】9,900Mf【調合品売上】9,900Mf

【調合原価】8,550Mf【買入素材】8,550Mf


【口座預金】9,900Mf【調合品売上】9,900Mf

【調合原価】8,550Mf【買入素材】8,550Mf

 つかつかとジゼルは歩いて大釜の上で桶を一つづつひっくり返しては、なみなみと入っている下弦薬を惜しげもなく一気に投下し、こちらを向いて手を上げて軽く言う。

「ほいっと、ちゃ、まだ必要だから明日もよろしく頼むよ!」

「は、はい」

「分かりました」

 続けてやはりどうしても気になったことを恐る恐る聞いてみる。

「……それで……あの、毎日二万も払って大丈夫なんですか?」

 急に堂々としてジゼルが答える。

「無論だ。君はネルの後輩になる予定だと聞いているが、つまりいずれは霊装を作成するつもりなのだろう?」

「は、はい」

 軽い雰囲気は完全に消え去り、ジゼルは真剣に淡々と説明を流れるように始めた。

「超大容量の霊槽は一度使ってしまえば個人の霊力をまた新たに込めるのに時間がかかることぐらいは知っているだろうが、それを下弦草の類の物量押しならば短時間で溜めることができる。例えば私の霊力は計測すると素で2,419Sptだが、精霊との共生により潜在最大霊力容量は約7,000Sptある。下弦草1Tあたり130Spt前後の霊素が抽出できるため、180Tだと合計23,400Spt。私の最大霊力7,000Sptを全て一時に霊槽に込めるとして、その日に7,000Spt注入することはできても、薬による補給をしない場合、翌日からは最高でも2,356Sptずつしか込めることができない。仮に自力で23,400Spt相当の霊力を込めると約八日間かかることになる。今やっているのはその規模を毎日込める作業だ。今日で六日、君達の作った分のみで計算上140,400Sptの霊素が溜まっていることになるが、それ以前から溜めている分を含めて約30万Spt、まだ続けて約45万Sptまで溜める予定だ。私が自力で込める場合約188日かかる。自明の通り、途方も無い時間だ」

「そう、ですね……」「確かに……」

 言われてみればその通り、異論など無く頷いた。

「言わば時間を金で買うということだ。この手の需要はあるところにはある。今回の霊槽は霊槽の本体価格含めて80万近くで売れる予定だ」

「な、80万……」「凄まじい額だ……」

「大体このような一部で需要がある品というのは高いのが普通だ。高い霊装となると大体百万単位の価格、と言った具合にな。分かるだろう? ただ、私が今やっているものは失敗すると大変なことになる。適当にやっているように見えるかもしれないが、それは投入する時だけだ。別の所で繊細な作業をやっている。ここまで順調に来ているが、君達は私の作業が今後も上手く行くことでも祈ってくれ」

 そうジゼルは締めくくって、ジゼルの部屋を後にした。普段の生活とはかけ離れたような内容の話に、しばらく黙って歩き、徐にミラルドに声を掛けた。

「……んー、何て言うか、ミラルドの言った通りだったね。霊装に興味はあるけど、感覚がおかしくなりそうだよ……」

「いつか足を踏み入れてみたい世界のような、怖いような……」

 そして、うーん、うーん、と二人して微妙な表情で唸りながら寮に戻っていくのだった。



【損益】

【素材売上】4,471Mf(3,790Mf)


【調合品売上】67,525Mf(納品単位数:学総10、他192)(62,005Mf)

【調合原価】56,422Mf(52,819Mf)

 差引計 11,103Mf


【労働・契約収益】49,670Mf(15,330Mf)

【生活費用】1,240Mf(860Mf)

【採集権利】577Mf(396Mf)

 差引計 47,853Mf


【資産】

【口座預金】41,837Mf(9,811Mf)

【採集用具】22,900Mf

【調合器具】38,180Mf

【素材加工具】6,500Mf(5,500Mf)

【生活用品】12,560Mf(12,560Mf)


【負債及び資本】

【借入金】8,550Mf

【資本金】50,000Mf

【営業利益金】15,574Mf(12,976Mf)

【労働・契約利益金】47,853Mf(14,074Mf)


【リアン・レガーレ】

 学内配達員時給:760Mf(累計40時間)

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