(11)調合品売上
学院までの道を荷台に数本に切断された丸太を積んだ荷馬車が行く。その後ろ歩きながら酷く疲れた表情のミラルドが呟く。
「一時はどうなることかと思ったわ……」
「だが、先輩方のお陰で何とかなったな」
「だな……今日はもう疲れたわ」
「……うん……言いだしっぺだけど、何か色々ありがとう」
ただでさえ精霊に霊力を吸われていた中、全力を出せば疲れる。前を進むキールから掛け声が飛ぶ。
「少年達、もう間もなく学院だ! 頑張れ!」
四人で返事を「はい!」と声を絞り出して返しておくと、キールの横を歩いているディンが何か言おうかと一瞬思案するようにして、言うのをやめたのが見えた。そっとしておいてくれる方が助かるのでありがたかった。
荷馬車の御者台にはプロスネンス霊装工房所属三回生のハリソンが馬の手綱を握って座り、しかし微動だにしないもの静かな様子は一瞬風景に溶け込んでいるような錯覚を覚えかけそうだった。
思い出したようにハインツが尋ねてくる。
「ところで、乾燥作業はどうするんだ?」
「あ……。忘れてた……」
その通り、切ったばかりの生材は乾燥作業が必要とされる。加工の練習をする分には、手軽な木を切る分にはと、余り気にする必要も無いかと無意識に考えないようにしていた。
「や、多分もうプロスネンス工房でやってくれるんじゃね?」
「そ、そうかもね……」
「その可能性というか、流れ的にありそうだわ」
そんな事を内輪で話しながら学院に無事戻ると、プロスネンス工房が借りている倉庫で木材を降ろす作業を行った。ハリソンが馬と荷車を学院に戻しに行く。
「……行ってくる」
「お願いしますッ!」
「行ってらっしゃい」
キールとディンが見送り、リアンはそこで気になることを質問する。
「あの、荷馬車の賃貸料は……?」
「気にしなくて良いよ。元々その予定でいたから。それに、きっちり分けて貰ってる、というか、半分以上貰ってるしね」
ディンは木材を見やってから苦笑して答えた。
「あ、ありがとうございます」
「それと、もうすぐネルフィ先輩が来るから、纏めて乾燥作業してもらってから持って行きなよ」
「えっ! あ……はい、ありがとうございます」
クルスの投げやりな予想は的中した。一瞬驚いたが、素直に従っておくのが吉として礼を述べた。
「生材のままだと色々問題あるから、乾燥作業はきちんとやっておかないとね」
「はーい! 来たーよー!」
そこへ丁度妙に間延びした声が聞こえてきて、見ると腕を大きく振りながらネルフィが近づいてくる。
「みんな、お疲れさまー。じゃ、さっさと乾燥作業やるねー」
「ネルフィ先輩、お願い致しますッ!」
キールの大声に続き、四人で揃って「お願いします」と言うと、早速ネルフィは木材の一つの前で詠唱を始めた。過程を省けば、結果、発動した精霊術の効果はというと、乾燥というより、脱水というか、吸水だった。聞くところによると、切って間もないまだ生きていると言える木の細胞一つ一つが持つ水分を細胞から細胞へと移動させて木から排出したのだという。処置が完了した木材を持ち上げてみると軽くなっていて、そこで確かに水分が抜けているのだと分かった。
自分達の分を先に乾燥作業して貰ったリアン達は重ね重ね礼をして、木材を寮までやはり貸して貰った台車で運びながら話をする。
「乾燥の方法としては一般的な方法の一つだと聞いたことがあるけど、実際に見たのは初めてだった。地味だけどあれは凄いわー」
「あの精霊術となると相当緻密な制御技術が問われる筈だが、あの先輩はいともたやすくやっているように見えたな」
「リアン、あの先輩って、いつもあんな風にふわふわしてんのか?」
ミラルドとハインツが感想を述べ、クルスが微妙な表現をした。
「ふわふわって……まぁ、そうだね。いつもあんな感じだと思う。話は何度かしてるけど、そんなに詳しいことまで先輩達のこと知らないからなぁ……」
凄い人達なのだろう、というのは今の自分と比較すれば当たり前のことで、それぞれの年齢でどれぐらい能力があるのが普通なのか、そもそも普通って何だというのもあって、よく分からないのだった。
寮室まで同じ寮の他の一回生達から「もう切りにいったのかよ」と次々声を掛けられながら木材を運び、再び台車も返し、四人で大食堂で遅めの昼食を取った後、ようやく寮室に戻ると疲れてはいたが、とりあえずまずは下弦薬の作成を始めた。鮮度が品質を左右するので、昨日と今日とで採集して来たものとクルスから買った下弦草も処理しておく必要がある。
丁度、霊力を大分消費した後であるため、もしかしたら、下弦草を煎じる際の火力調整が上手くできるかもしれないと思って、3T分の下弦草と120mmlの水をビーカーにいれて煮詰め始めてはみたものの、
「そんなことなかった……」
温度調整は普通に上手くいかず、あっさりビーカーに入れていた温度計の表示は45℃を超えてしまった。
できあがった評価は【C】。
ネルフィに初めて会った時作っていた、既に完成して納品済みだといっていた小型加熱版のようなものがあれば温度調整も楽になるのだろうか、と、とても便利そうなものを思い出して、再度3T分の加熱に取り組むと、評価は【C】で相変わらず。
「おぅふ……」
諦めずに残る6T分も作成すると、もう一度【C】が出て、意外に温度調整の上手くできた最後の3Tで【C+】が出た。
「温度調整が一番重要、か」
結局はそこか、と良く分かった所で、二時間以上掛けて作成した下弦薬を全てディンから無料で譲り受けた納品用の瓶に移し替える。学総への納入用の規格定型A瓶は、学総で買った試験管大の規格定型C瓶とは異なり底の広いやや大きめの瓶であり、一瓶につき丁度3T分の下弦草を用いた下弦薬150mmlを入れることができる。
持っていた四瓶分全てに詰め、微妙に余った分はその場で飲んで処理をして、他の採集してきたものの加工予定の無いある程度纏まった素材を持って公設市場の学総へ売却しに向かった。
【口座預金】681Mf【素材売上】681Mf
素材自体はこの価格で売れ、下弦薬は、
「買取価格は主要四段階で算定しますので、下弦薬規格定型A瓶、品質評価【C】四本、納入単位数四。容器ごとの買取価格は3,160Mf、空の規格定型A瓶四本を希望される場合には買取価格1,560Mfになります。なお容器相当価格分は売上には参入されませんので注意して下さい。どうされますか?」
「瓶は交換で買い取りお願いします」
「分かりました。御星様、決済お願い致します」
結果が通知される。
【買入調合品】1,560Mf【学内預金】1,560Mf
【口座預金】1,560Mf【調合品売上】1,560Mf
【調合原価】300Mf【買入素材】300Mf
【調合原価】20Mf【調合器具】20Mf
「ありがとうございました」
空の規格定型A瓶四本を受け取って、下弦草が少し売ってはいたが今日はもう下弦薬の作成をするつもりではないので、それは買わずに公設市場を後にした。
自ら採集に行ってそれを加工すれば利益率は当然のように高くなるが、売上高を伸ばすことを重視するなら、金を払ってでも素材を仕入れ、それを加工して売れば良い。現状目指しているのはあくまで商会組織への所属条件の達成なので、素材の転売による売上はそれには効果が無い。そのため、ゴルドーから素材を買わせて貰えるようになっても、自分で加工してから売らなければ伸ばしたい売上を伸ばすことはできない。もちろん自分で採集した素材なら、そのまま売ればきちんと素材売上高を伸ばすことができるので、500単位の納入条件と並行して進めるようにしたい。
それにしても、品質評価に拘って下弦薬の作成に何度か分けて挑戦するよりも、この際一度で量をこなした方が良い気がする。煎じるのに一回三十分かかり、今回二時間以上掛かって利益が1,240Mfだったので、時給換算すれば620Mf未満。余裕で学内配達員の時給を下回る効率だった。
公設市場時価で下弦草を買うと今日は1Tあたり93Mf、それで品質評価【C】の下弦薬を作れば130Mfで売れ、利益は1T当たり37Mf。一時間当たり仮に800Mf以上の利益を出すとして計算すれば一度につき最低11T、一時間で22T分の加工を行う必要がある。しかし買った調合器具のうち最も大きいフラスコの容量は2,000mmlで、買った際に受けた説明通りだと一度につき下弦薬ならば9Tの作成が適正とされている。そもそもまず今持っている納入用の規格定型A瓶四本では作成してもいずれにせよ一度に12T分までしか納入することはできない。もし稼ぎたいだけなら、今は、仕事をした方が良いという結論に至ってしまう。
そんな捕らぬ狸の皮算用的な考えても結局意味ないようなことを考えながら、図書館でプリール森林の樹木に関する本を借りて部屋に戻ると、運び易いように最終的に自分の背丈より僅かに短い長さに切って貰った白椹が二本床に並んで転がっているのに視線を合わせた。
寮室の六階まで運び込むのに荷物運搬用の滑車の順番待ちをして苦労して上げたのが数時間前。若い学年から順に上の階に入る全ての原因はこの荷物搬入が手間を要するから。
ふと眺めみると、乾燥作業もネルフィに施してもらっていることもあり、これだけ立派な木材だと売れればそれなりの素材売上に繋がりそうだと、仕様もない考えが頭をよぎる。が、個人的な売却先を見つけるのでなければ、各商会はともかくとして、学総では学生からの原木そのままの買い取りは行っていない。売るためには樹皮を剥がし、部位の切り出しを行って角材や板材として一定の大きさに製材する必要があるが、故郷でやったことが全く無い訳ではないもののやったといっても遊び半分であり、この大きさのものに取り組んだことなど無い。製材には技術がなければ、品質、歩留まり共に悪くなり、無駄が生じてしまう。本当に切るだけならそれこそ鋸で切ればいいだけだが、製材を上手く行うためにはしっかりとした技術が必要とされる。
ただ、重霊地であるプリール森林で急速に育つ樹木は普通の環境で年月を掛けて育った木と大きく異なる点がある。それは総じて年輪というよりか、一つ一つの月輪と呼べるものがかなり分厚く、場合によっては年輪自体が存在しないものもよくあるということ。そして切った白椹の月輪の数は三つ。
図書館から借りてきた本を開いて白椹についての頁を探してみると、板取りする場合は月輪の目に沿うように接線方向に切り出すのが良いとのこと。確かにこれだけ月輪が分厚ければその方が良いのだろう。
木材として使われるのは木の主要部分を占める材と呼ばれる部分で、木にはその他に中心部にある細く軟らかい樹心と外皮に当たる樹皮と合わせて三つの部分に分かれ、その中でも更に材は内側の濃い色をした心材と外側の薄い色をした辺材に分けられる。
それぞれ見た目も性質も違いがあるため、切り出す際にはそれを考慮する必要がある。本に載っている白椹の断面図に、できるだけ効率良く角材を切り出すための、切断する部分を示す線の一例が書かれてあり、それと実際に目の前にある白椹の丸太の断面を見比べて、同じようにやるとしたらこうだろうか、と目測で推測してみる。実際に線を引くとなると、真っ直ぐ、直角に、その反対側が並行になるように、と正確に器具を使って図る必要があるだろう。線を引けたとして、その計画通り上手く切断できるかどうかはまた別、失敗する可能性の方が高い。しかしいずれにせよ、やらないことには始まらない。そもそも、そのために採集に行ったのだから。
【損益】
【素材売上】681Mf(681Mf)
【調合品売上】1,560Mf(納品単位数:学総4)(1,560Mf)
【調合原価】320Mf(320Mf)
差引計 1,240Mf
【労働・契約収益】32,940Mf(1,400Mf)
【生活費用】380Mf
【採集権利】181Mf(181Mf)
差引計 32,379Mf
【資産】
【口座預金】25,420Mf(3,160Mf)
【採集用具】22,900Mf
【調合器具】34,980Mf(△20Mf)
【素材加工具】1,000Mf
【負債及び資本】
【資本金】50,000Mf
【営業利益金】1,921Mf(1,921Mf)
【労働・契約利益金】32,379Mf(1,219Mf)