あーしたてんきにな~れ!
「えぇー!」
「ちょ、優衣っ、声が大きいって」
「あ、ごめんごめん」
一瞬でクラス中の視線を集めるという羞恥プレイをしてしまったが、今はそんなことを気にしてられない。
あーしたてんきにな~れ!
「告られたって本当?」
「おう、マジでマジで。三組の品川ってやつ。結構かわいいのな」
「うっはー、マジかー。ユウより私のほうが早く春が来るって思ってたのになぁ。先を越されたか……」
幼馴染の友香が昨日、告白されたらしい。まぁ昨日の朝、下駄箱にかわいらしい手紙があったからなんとなく予想はしてたけど。
「それで? 返事どうしたの? 断ったの?」
「まさか。告られたのとか初めてだったから、なんかテンパっちゃってさ。まぁなんて返事したかは覚えているけどな」
「あはははっ、テンパったんだ? 恥ずかしー。それで、どんな告白されてなんて返事したの?」
「別に特別変なこと……じゃなくて、変わったことなんてなかったし、普通に漫画とかでよくあるワンシーンみたいな感じだったんじゃない? 返事は、まぁ、OKしたよ。断る理由がないからね。ま、これでようやく『脱! 独り身』なんだぜ」
「くっ、なんて羨ましい……」
「悔しかったら優衣も早く青春の潤いを見つけるんだな」
なんぞこの上から目線。それに悪役が言うようなくさい台詞。悔しいなぁ、ムカツクなぁ。今に見てろ、すぐにでも恋人作って「プギャー」って言わせてやるんだから! というのは心の中に秘めておこう。
「でもさ、なら私と一緒にいたらまずいんじゃない?」
いくら幼馴染とはいえ、彼女持ちと一緒にいると夜道で背中を刺されかねない。
「んー、別にいいんじゃね?」
「いや、ユウがよくても私がヤヴァイんだって」
「あんまり気にすることないと思うけどなー」
いつもとはちょっと違う話題。私たちとは縁のなかった内容。ユウが私から遠くなっていく気がした。
翌朝。毎朝の日課でユウを迎えに行くと、いつもならユウがあわてて出てくるのに今日はおばさんが出てきた。
「おはようございます!」
「あら優衣ちゃん、おはよう。友香ならもう学校に行ったわよ? 一緒じゃなかったの?」
「あ、もう出てたんですか。ありがとうございます」
私に何も言わずに先に行くってことは、彼女と一緒にご登校か……。なんだか胸の奥がモヤモヤする。
「友香ったらね、昨日から「なーんかニヤニヤというかソワソワというか、落ち着きがなくてねぇ。優衣ちゃん何か知ってる?」
「あーなんか告白されたって自慢してましたね。彼女ができたらしいですよ」
「……本当?」
「本当と書いてマジと読むくらいマジですね」
「えぇー!」
近所迷惑じゃないのかと思うくらい大きな声だったので、私も驚いてしまった。
「そ、そこまで驚くことですか? 高校生ですよ?」
「いや、ねぇ。私てっきり優衣ちゃんと付き合ってるんだとばかり思ってたから。幼稚園からの付き合いだし、毎朝一緒に学校に行ってるし」
「そんなんじゃないですよ。昔からの付き合いだからこそ……付き合ってるとか全然本当そんなんじゃないですから」
「ふむふむ。それで?」
「なんですか?」
「優衣ちゃんは友香のことどう思ってるの?」
「別に普通の男友達ですよ、ユウは。まぁ親友の部類に入るかもしれないですけど」
「あら残念」
「……それじゃあ、そろそろ時間なんで。行ってきます」
「あ、ひきとめてごめんね~。いってらっしゃい」
結構、話しこんでいたようで、まだ時間はあるけどいつもよりも遅い。私は胸の奥のモヤモヤを振り払うように走り出した。
「失敗したなぁ。早く着きすぎた」
七時四十分。全力疾走した結果がこれですか……。課外のない今日にこんなに早く学校に着いても、暇でしょうがない。しかも話し相手のユウもいない。もちろん他にも友達はいるが、皆大抵遅刻ギリギリというのが当たり前だった。仕方ないので窓から校門を眺めて、誰が来るか観察することにした。……のだが、人が来ない。もしかして今日休み? とかちょっと心配になった。
そして八時になり、ようやく集団で生徒たちが登校してきた。この時間だから電車通学の人たちか。途端に、それが合図だったかのように校舎内がざわめきだした。教室を見渡すといつの間にか賑やかになっており、ようやく学校らしくなってきた。
「なんかこうやってなんも考えないでボーってしてるのも、悪くはな……い……」
再び校門を眺めた時、ユウが知らない女子と一緒にいた。二人は楽しそうに話しながら校舎に入っていく。
衝撃だった
。 私とじゃなくても、あんな楽しそうな顔するんだ。そう思うと急に胸が苦しくなった。私はこんな形でこの気持ちがなんなのか知りたくなかった。
◆
それからというもの、日が経つにつれてユウと一緒にいる時間が減っていった。最初は登下校、次にお弁当、という風に私たちの関係が薄れていくのがわかった。だけど私にはどうする事もできなかった。
ユウとしゃべらなくなって数日が過ぎた。
「恋人、か……」
今まで考えたことがないと言ったら嘘になるが、ほとんど気にしたことはなかった。女友達ならともかく、まさかユウに彼女ができるとは思ってもいなかった。
私の隣にはいつもユウがいて、ずっとこんな関係が続くんだと思っていた。だけどそんなのはただの幻想だった。もうユウの隣は私の居場所じゃない。私とユウは幼馴染という細い糸でかろうじて繋がれていたんだ。
「…………ラブレター?」
朝、下駄箱を開けると淡い水色の封筒が目に飛び込んできた。最近はこんな古典的なやり方が流行ってるのかな? まぁなんでもいいけど。こんなモヤモヤしてる気持ちの時にラブレターをもらっても正直嬉しくない。教室に入り見つからないように封を開けると、封筒と同じ淡い水色の便箋が一枚入っていた。
『話がしたい。
放課後、屋上で待ってる。
友香』
心臓が止まるかと思った。まさに不意打ちというやつだ。ユウから呼び出しの手紙が来るとは、思ってもみなかった。
「話があるなら直接言えばいいのに……」
なんだかもどかしく、だけどちょっと寂しかった。
放課後、私はユウと話をするために屋上に行こうとした。ユウが待ってる、そう考えるだけで膝が震え、胸が苦しくなる。正直会いたくなかった。怖い。ユウと話をすることが怖い。だけど今日行かなかったら幼馴染という関係すら終わってしまう気がした。私は震える足で必死に体を支えながら屋上に向かった。
「よう、久しぶり?」
屋上には既にユウがいた。
久しぶりに聞くユウの声はとても寂しげで、苦しそうだった。
「毎日教室で会ってるじゃん」
「でも話、全然してなかったからな。久しぶりってことでいいじゃん」
「それで、話って何?」
無駄に長引かせるよりさっさと本題に入ったほうがいい。
「俺、昨日、品川と別れたんだ」
「へぇー、そうなんだ。短かったね。そんなこと私に言ってどうするの?」
私は冷たく言い放ち、話を終わらせようとした。私に彼女の相談をされてもいい案なんか出るはずもない。別の他人に頼んだほうがよっぽどいいと思う。
「別に何か相談したくてここに呼んだんじゃない。優衣に言わなきゃいけないと思ったんだ、俺のホントの気持ち」
ユウは語りかけるように話を続けた。
「品川と付き合ってるとき、品川に別の女の子を重ねて考えてたんだ。あいつならこう言うだろうなぁとか、あいつはこんなだったなぁとか、あいつなら……っていつも考えてた。そしたら品川に言われたよ『ユウ君って誰を見てるの?』って。それからずっとその一言が気になって、でも品川のことをちゃんと見ようとしたんだ。だけど優衣のことが頭から離れなくて、優衣が隣にいないから、なんか物足りないって感じがしてた」
ユウはいろんなことを話してくれた。でもそんなことはどうでも良くて、私のことをいっぱい考えていてくれたことがすごく嬉しかった。
「優衣のこと考えるだけで胸が苦しくなって、すごく切なくなった。俺やっと気づいたんだ、優衣が好きだって」
いつの間にか両目から涙が溢れていた。視界がぼやけ、ユウの顔が歪んで見える。次第に嗚咽が漏れるのを、下を向いて必死に隠した。
「俺自分の気持ちに素直になるよ。自分に嘘をついて大切なものを失いたくない」
ユウは大きく深呼吸して言った。
「優衣のことが好きだ。ずっと一緒にいてくれないか?
……いや違うな、俺とずっと一緒にいて欲しい」
私はユウをまっすぐ見て告げる。
「……っ、ひっく……私も、同じ。……ぐす、ユウが好き。もうどこにも行かないで……」
泣きじゃくる私をユウは優しく抱き寄せた。ユウの胸は温かくて、いい匂いがして、すごく安心した。とめどなく涙が溢れ、ユウの制服を濡らしていく。この温もりを話したくないと、強く思った。