【プロットタイプ】私の家にはジュースがなかった
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
上手い回答が出来ない人間なので、感想欄閉じてます。
これは読者様の問題ではなく、私の問題。
詳しく知りたい方は代表作の『作品と作者の注意点』に書いてあります。
※『小説家になろう』、『カクヨム』様にも投稿をしております。
注意事項2
なんて言うか、環境によって如何様にも変わってしまうよね。
――私の家にはジュースがなかった。あぁ、虐待とかではないよ? 親の好みがお茶だったんだ。特に占拠してるのは烏龍茶だった。それが当たり前の光景だった。
ジュースを強請る。ということを私はしなかった。そもそもその選択権が私にはなかった。『お茶があるなら、それで良くない?』があった。
つまるところ、環境こそが人を固定する事もあるんだよ。
とは鏡花の弁である。
幼い頃の経験が固定され、成長した後も響くという事はよくあることである。周りから愛されて育って来たが故に善性が強い者も、過酷な状況下で生き抜いたが故に警戒心が強い者もいる。
そうしてその環境こそは、成長してからどうにもならない部分で作用する事も多いのである。
「子供ってさ、『逃げ出す』って選択肢がないと思うんだよ。良くても悪くても、その環境から逃げ出すには大人の手が必要だし、子供一人だけで逃げることは不可能。
ある意味、庇護という檻の中で暮らしている」
当たり前な事なのだろう。契約をするにも、暮らしていくにも、責任が取れる年齢、つまり成人してからでないと難しいものがある。それ等を迎えていないと、そもそも相手にしてくれない。
それ故に、周りを知らないが故に、『これが当たり前なんだ』と何処かで思っている。
「まぁつまるところ、『普通』という概念は、幼少期の家庭環境によって与えられると思ってるんだけど、大体の人は普通に収まる。あぁなんて言うの? 『大勢多数を普通』って言うから。
じゃあその、庇護という檻の中で、普通がズレ込んだらどうなるんだろうね? 多分その普通のズレというのは、成長しても響くでしょう。だって其れが本人にとっての当たり前だから」
「鏡花、俺から見た今のお前は、お前のせいではない。少なくとも法に触れるものの中では」
幼少期の生活が悲惨だったからなんだよ。
其れが今とは関係ないだろ。
って言うし、其れは紛うことなき正論ではある。
幼少期がなんであれ、犯罪はしちゃいけない。
ただなんて言うかな、其から力技で『普通』になると歪むって話がしたくて。
普通の範疇には収まるんだけど、『君、ちょっと過剰なところあるよね?』『君、ちょっとズレてるよね』って括りになるというか。
子供ってさ、逃げられないんですよ。
まぁ当たり前だよね。
暮らしていくには金がいるし、契約とかするにも子供だと相手にしてくれない。
だから大人を介してどうにかするんですが。
だから家庭環境とか学校が、その子供にとっての『普通』になる。
家で虐待されていたら、大人になっても『怒鳴られる』事が当たり前だし、
学校で先生が助けてくれなかったら、『大人は信用出来ない』が当たり前になる。
だからなんて言うか、全方面に『過剰に』警戒心が強くなる。
『いちいちそんな報告いらないよ……』
と言う言葉さえ、
『それ辞めろって言うのが分からない? お前なんかいなきゃ良いのに……』
みたいに過剰に受け止めて、混乱するし、自責してしまう。
怒鳴られる、信用出来ないのが当たり前で、それ以上、つまり『平穏無事』を求める事が大変に烏滸がましく、我儘で、出過ぎたものだと思ってしまう。
そういう人、いっぱい居るんじゃない?
別に法を犯さないけれども、犯してないけれども、過剰なまでに警戒するし、其れを緩められない。
其れが転じて爆発するみたいな。
『私はちゃんとやってます!!』とか叫んでしまうとか。
ジュースがないのは当たり前。
それが普通。
甘さも甘えがないのは普通。
其れが当たり前。
世間の厳しさを、過剰なまでの厳しさを知っている。
だからこのタイトルね。




