猛暑と和装
暦の話。
暦の上では、いまは『処暑』にあたるらしい。
なんでも「暑さが収まる頃」なのだとか。
地域によってはそんな場所もあるのかもしれないが、少なくともここ名古屋で「最近は暑さも収まってきましたね」なんて言おうものなら、周囲から真顔で病院を勧められかねない猛暑である。
朝晩がほんの少しだけ、まともな気温になる程度だろうか。
ちなみに七十二候的には『綿柎開』とのこと。
『綿柎』とは綿の実を包んでいる萼のことらしい。
私は綿の育成スケジュールに明るくないためググってみたのだが、早いものでは九月上旬から実が割れ、中から白い綿が弾け出すという。
なるほど、どうしよう。
調べる前の私の目論見としては「実際の収穫は十月や十一月頃で、暦と思いっきりズレている」というオチに繋げたかったのだが、思いのほか暦通りなっている。
話は変わるが、私は時たま和装をする。
和服の世界における着物のルールでは、季節によって着用する種類が決まっているらしい。
十月〜五月(寒い時期): 袷(あわせ/裏地のある着物)
六月・九月(季節の変わり目): 単衣(ひとえ/裏地のない一枚仕立て)
七月・八月(真夏): 薄物(うすもの/透け感のある夏物)
何かのお稽古事をしている人は、お師匠さんの教えに従って厳格に守っているのだろうか。
しかし、現代の気候でこれを愚直に守るのはなかなか命がけだ。
裏地のついた厚手の「袷」に羽織を重ねれば非常に暖かく、昨年は十一月上旬になっても暑すぎてとても着る気になれなかった。
逆に春先も、三月末にはすでに十分な気温があり、とても袷の出番ではなかった。
実際に袷を着られたのは、十二月から三月の頭くらいのものだ。
結局、それ以外の時期は単衣の着物と羽織で過ごした。
六月に入ってからは、絞りの浴衣の下に長襦袢を着て足袋を履き、「これは単衣の着物ですが、何か?」という顔をして街を歩いていた。
正直、真夏の昼間は浴衣すら着る気にならない。
九月以降、日が沈んで少し涼しい風が吹くようになったら、浴衣を着てふらっと飲みに出かけるのも悪くないな、などと考えている。
伝統のルールと現代の気候。そのギャップにいい塩梅で折り合いをつけながら、体調第一で過ごしていくのが一番である。
・絞りの浴衣
生地に「シボ」と呼ばれる細かい凹凸があり、肌に張り付きにくく涼しいのが特徴。
長襦袢や足袋を合わせることで、夏場の「単衣」の着物っぽく見せかけて着回すことができる現代の知恵。
・江戸時代は「小氷期」にあたり平均気温が現代より1〜2℃低く、冬には隅田川が全面凍結した記録もあるらしい。
「10月から袷を着る」というルールも、当時の気候ならちょうど良く快適に過ごせたから定着したのではないか……と個人的に睨んでいる。
猛暑の現代にそのまま当てはめる方が無茶というものだ。




