…なんて言うとでも思いました?
「ジェーン・マイアル、前に出ろ!」
王家主催の夜会にて、煌びやかな会場に似つかわしくない、乱暴な口調が唐突に響いた。
王太子のザカリーである。
「お呼びと伺い、参上いたしました。マイアル侯爵家が長女、ジェーンがご挨拶いたします」
ジェーンは美しいカーテシーを見せるも、王太子はにやにやといやらしい笑みを浮かべている。
腕に、名前だけは知っている令嬢をぶら下げた状態で。
「僕はお前との婚約を破棄する! 我が寵愛がリビーにあることに嫉妬し、彼女を苛め孤立させた罪は重い!!」
「何をおっしゃっているのですか…? わたくしは、その方を苛めてなどおりません…! 信じてください!!」
「戯言を!! リビーの証言があるのだ、間違いない!」
「きっと誤解があるのです、婚約を破棄なさるだなんて!」
「黙れ! 今更泣いて縋ろうが、お前のような面白みの欠片もない女などリビーの足元にも及ばないのだ!!」
「殿下、どうかお考え直しください!」
「くどい! 僕の決定は覆ることはない!!」
切々と涙ながらに無実と婚約破棄の撤回を訴えるジェーンの姿は、周囲の貴族の同情を買っていた。
そもそも、王太子の不貞では?と。
「僕はお前を愛したことなどない! 僕の愛は、リビーただ1人に向けられているのだ!!」
「そんな…! わたくしは、殿下を、お慕いしているのです…!」
ジェーンのその言葉に、王太子は口元が緩みそうになるのを無理やり顰め面にしていた。傍から見れば大層奇妙な表情であった。が、それも次の瞬間、完全にひきつることになる。
「──…なんて言うとでも思いました?」
「…は?」
今までのジェーンはすべて演技でしたと言わんばかりに、表情も口調も切り替わる。
潤んだ目元は乾ききり、悲痛な表情は満面の笑顔に。
「ああ、やっと婚約破棄してくださるのですね! わたくし、初めて殿下に感謝の気持ちを抱きましたわ!!」
心底嬉しそうなジェーンの微笑みに見惚れながらも、はっと我に返る王太子。
「ど、どういうことだ、ジェーン! お前は僕を愛しているのではなかったのか?!」
「はあ? そんなわけないでしょう。あり得ませんわ」
「何だとぉ?!」
そこで驚くところがザカリーのザカリーたる所以である。
国王の一粒種だからって、甘やかしすぎよ。
「どこの世界に、苛烈な王太子妃教育の合間に執務を押し付け、功績はすべて自分のものにするような男性に、好意を持つ女性がいるのです?
加えて、手当たり次第に令嬢に手を出しながらも、わたくしが護衛とすら共にいることに文句をつける狭量さ。無能な上に、度量は狭く、暴言を吐く、浮気性の男を好きになれる女性がいましたら、奇跡です。
あ、失礼いたしました。リビー嬢という奇特な方がいましたね。
ありがとうございます! あなた様のおかげで、断って断って断ったのに、王命でごり押しされた婚約が無事破棄されましたわ!!
もはやあなた様の献身と器の広さは、聖女と言って差し支えないでしょう!!
今日初めて会うあなた様に、どのようにこのご恩をお返ししたらいいのか……我が侯爵家で可能なことならば、」
「待て待て待て待て待て」
きらきらと目を輝かせて、ザカリーの腕にぶら下がっているリビーに感謝の念を告げていると、隣から邪魔が入った。
「何です? 今、聖女様にお礼を申し上げているところですのに…」
「いや、さすがにリビーは聖女ではないし、そもそも婚約破棄は、その…」
「殿下のような方と国を支えていこうという女性が、聖女でなくて何なのです?」
「それなら、お前も聖女ではないか」
「わたくしは、国はともかく、殿下を支える気は微塵もありませんので、違います」
「し、執務を手伝ってくれたではないか!」
「押し付けられたのです。文官たちに泣かれては、仕方ないと」
よくもあれだけ責務を放棄できましたわね。
呆れた眼差しを王太子に向けているのは、ジェーンだけではない。
「大体、わたくしに泣いて縋られたいってどういうことです。貴族女性がそんな醜態を晒すとでも?」
「何故それを?!」
「…公言していたようなものですが」
まさか、学園でも執務室でも、事あるごとに口に出していたのに、自覚がないのだろうか。それはそれで頭の痛いことである。
「だってお前は、いつもいつも忙しいと言っては、ろくに会いにも来ないではないか!!」
「殿下の執務を、ご自分でなされば、わたくしとて多少の時間はとれましたが?」
噛んで含めるように冷たい目で言うと、ザカリーはぐっと詰まる。
「ですが、殿下などに時間を割かれるくらいなら、レヴァと過ごす方を断然選びますわね」
ジェーンの言葉に、会場が騒然となる。
まさか、侯爵令嬢も不貞を?!と。
「誰だ、そいつは?! 僕というものがありながら、浮気していたのか?!」
「人聞きの悪い…殿下じゃあるまいし」
「お前の周りに、そんな名前の奴はいなかったじゃないか!」
「つい先日拾いましたの。雨に打たれていて、可哀想で…」
「可哀想だからと、ほいほいと得体のしれない奴を、」
「彼を一目見て、わたくしは虜になりました」
「な、な、な、な」
「今も、わたくしの帰りを待ち焦がれているでしょう…」
早く帰りたいと、悩まし気な溜息をつくと、王太子は怒りで真っ赤になった。
「許さんぞ! そんな奴、僕が切り捨ててやる!!」
「………何ですって?」
聞き捨てならない王太子の台詞に、ジェーンは一瞬で冷え切った。
口元だけは笑みを浮かべている分、その怒りは見る者に恐怖を与えた。
「わたくしから、レヴァを奪うというのですか…?」
「お前は僕の婚約者だろ! 当然の権利だ!!」
「よろしい。ならば、決闘です」
手袋を外し、ザカリーに叩きつけるジェーン。
おお、と湧きに湧く傍観者の貴族たち。
何せ、ジェーンの実力は王国屈指のもので、剣術、魔術、体術はトップクラスだ。
対する王太子はすべて底辺であったので、結果は目に見えているが、この目でその雄姿を見られるかもしれないと、貴族たちは期待に満ちた目で2人の動向を見ている。
「さあ、決闘方法くらいは選ばせて差し上げましてよ?」
「い、いや…その…」
「どちらにせよ、婚約は破棄なのです。殿下の鬱陶しい執着心ごと、粉砕いたしましょう」
だらだらと冷や汗をかきながら、どうにかこの場を逃れる方法はないかと周囲を見渡すが、視線を逸らされるか、期待に満ちた目で見られるかで。
蛇足だが、リビーはとっくに王太子から距離をとっていた。賢明な判断である。
「…っ……っ」
「どうぞ、殿下。どこからでもいつでも、かかってきてください」
「…っ」
「ほらほら、周囲の皆さんも、殿下がどうされるか、注目されてましてよ?」
「…っ」
「それほど悩まれるのでしたら、殿下に花を持たせる形で、わたくしの得意分野、」
「……悪かった! 僕はまだ死にたくない!!」
「あらあら。意気地のないことですわねぇ」
まるで幼子相手に仕方のない子ねという風で、嘲笑されるよりも屈辱で王太子は泣きそうになる。
始めから、対等ではないと言われたようなものだ。
「それでは、婚約破棄については後日、父を登城させますのでその際に」
「待ってくれ、ジェーン!」
「…まだ何か?」
「最後に、教えてくれ。…お前を虜にした男とは、どんな奴なんだ…?」
これまでになく真剣な問いに、鬱陶しいと思いながらも答えてやることにした。
「レヴァは、しなやかな肢体に、ブルーグレイの瞳の美形で」
「……」
「有能且つ、優美な動きを見せる」
「……」
「我が家の愛猫ですわ」
「……は?」
ぽかんと間抜けにも口を開けたザカリーに、ジェーンはうっとりとした目で語る。
「数日前、どこから紛れ込んだのか、窓の外にいましたの。雨に打たれながらもこちらを見る真っ直ぐで綺麗な目に、もう一目惚れでしたわ!
すぐに侍女にお風呂に入れてもらったのですが、抵抗もせず、あ、猫は水が嫌いなので、お風呂を嫌がるそうです。なんと賢い子でしょうか!!」
「待て待て待て待て待て」
周囲は、やはり不貞ではなかったな、あの侯爵令嬢がそんなわけないかと、既に興味を失ったようで、各々歓談に勤しんでいる。
「猫だぞ?!」
「そうですが、何か?」
「人間じゃないんだぞ?!」
「当たり前です。猫ですから」
「僕より、その猫の方がいいというのか?!」
「何を当然のことを言っているのです?」
心底不思議そうなジェーンに、ザカリーは言葉が見つからない。
「レヴァは外見も素晴らしいですが、誰かを引っかいたりせず、ご飯も残さず食べ、すぐにトイレを覚え、侍女の手を煩わせることはありません。
食糧庫のネズミを捕えたり、屋敷周辺を嗅ぎまわっていた不審者に気付くなど、有能であることも証明しております。
更に、見るだけで、わたくしや家族ばかりか、使用人にも癒しを与えてくれる。鳴き声も美しく、聞くものを次々に虜にしておりますわ…。
──殿下に、レヴァに勝る点が1つでもおありですか?」
比べるべくもありません、と断じられ、がっくりとザカリーは肩を落とした。
猫、猫より、下…と項垂れて呟く王太子を慰める者はこの場にはいなかった。
後日、婚約破棄された侯爵家では、知人友人を招いた、盛大なパーティが催されていた。
祝いの言葉を、曇りなき笑顔で受けるジェーンの腕の中には、夜会から噂になっていたレヴァがいた。
王太子はそれを側近から聞き、悔し涙を流したとか。
ちなみに、このときザカリーは分刻みのスケジュールで、再教育を受けていた。王太子の私費で。
さすがに今回の件で、国王も目が覚めたらしい。
婚約破棄の切っ掛けになってくれたリビーには、侯爵家から使いがあり、望むものを与えられたということだ。
「わたくしは、レヴァさえいてくれればいいわ」
「にゃーん」
「ずっと、わたくしの傍にいてね」
「にゃ」
了
そろそろ気持ちを切り替えようかと思ったときに、今度はAI作成疑惑…。
当方、一切使用しておりません。というより、使い方が分からん。
更新頻度? 単純に書き溜めていた分ですよ。




