05 わたしが死んだあと
わたしは自分の死を調べた。
一年前にいったい何があったのか。
運よく、お父さんがわたしの死についてまとめておいてくれたから、あっけなく判明した。
結論から言うと、わたしが死んだのは交通事故に遭ったから。しかも道路に飛び出して即死だったというから驚きだ。
でも、わたしの死を受け入れることができなかったお父さんは、関係者に話を聞き、執念深く裏取りを続けていたらしい。
正直、愛を感じた。できれば生きている時に示してくれたらよかったのに。だって透けた状態じゃ、「ありがとう」って、抱きしめることもできないから。
波が押し寄せるみたいに、悲しみが一気にきた。でも、悔やんだところで生き返るわけじゃなさそうだし、「ま、いっか」と思いながら、お父さんの話に耳を傾けている。
「お前が死んだあと、運営はすぐに『不慮の事故』として火消しに走った」
「不慮の事故って、ひどい。わたしがおっちょこちょいみたいじゃん」
ぷくっと頬を膨らませると、お父さんは少し笑って「そうだな」と頷いた。
「実は花南が亡くなったと報道があった翌日、SNSに匿名アカウントで、LEVELZのみやびこと、篠原涼雅が『事故現場にいた』という書き込みがあった。もちろんその投稿は爆発的に拡散されたんだが」
お父さんは真っ黒な缶コーヒーを一口飲んで、続けた。
「数時間でその投稿は跡形もなく消えた。ま、運営側が動いたんだろうな」
慣れた手つきでシュッとライターを動かして、お父さんはタバコに火をつけた。
「その後も、運営のやり方はえげつないほど完璧だったよ」
煙を吐き出し、濁った目でモニターを見つめた。
「これからという時に不慮の事故で亡くなった『悲劇のセンター・花南』。その存在を、あいつらは最大限に利用したんだ」
まるで他人の昔話でもするみたいに、お父さんは淡々と語った。でも、言葉の端々に怒りが込められているのがわかる。
「花南がいなくなった直後、お前のSNSは『永遠のメモリアルアカウント』として凍結され、そこには連日、運営が用意したであろう涙を誘う追悼メッセージが並んだんだ」
お父さんがマウスを操作して、わたしのタイムラインを映し出す。
運営の監視下で自分が投稿していたポストは下の方に追いやられていた。
その代わり、遺作となったシングルのポスターが、街中にこれでもかと貼り出されている写真や、メモリアルグッズの宣伝の投稿がズラリと並んでいる。
そこに写るわたしは、まるで聖母か何かのように白く輝いていた。でも、よく見るとそれは、記憶にある自分よりもずっと不幸っぽく、儚く見えるようにレタッチされていて、知らない女の子みたいだった。
唯一の救いは、いいねやリツイート数がものすごい数ついていたことくらい。
「できたら、生きてる時にこのくらい『いいね』をくれたら、生きてるうちに紅白とか出れたかもしれないのに」
世の中への不満を吐き出して、口を尖らせる。
「皮肉なもんだよな。Baby☆Uは、センターを失ってなお、絶望を乗り越えて前に進もうとする『悲劇のアイドルグループ』らしい」
「悲劇かあ」
人から見たらそうなのかな。
自分では、まだよくわからない。
だから、お父さんの声に意識を集める。
「お涙頂戴の物語に世間が飛びついた結果、Baby☆Uの知名度は、お前が生きていた頃とは比べものにならないほど、うなぎのぼりになった」
「え、やばっ。それってわたしの死が、わりのいいグループの宣伝になったってことじゃん」
呆然と呟くと、お父さんは苦々しく頷いた。
「ワイドショーは連日、『彼女が目指した武道館へ』というスローガンを掲げ、メンバーたちが泣きながらレッスンに励む姿を、新たなセンターを決めるオーディション番組に絡め、まるで感動ドラマさながらに放送したんだ」
お父さんの話を聞きながら、うちの事務所の社長らしいな、と密かに納得してしまった。だって社長の口癖は、「転んでもタダで起きるな」だったし。
「運営はお前の死を、グループを売るための最高のスパイスに書き換えたんだよ」
「なるほど」
「死人に口なし、とはよく言ったもんだ。お前がどんなに苦しんでいたか、篠原とのことで、どれだけ追い詰められていたかなんて、ファンは誰も知らない。ただ、美しく散った伝説のセンターとして都合よく、今なお消費されているだけだ」
お父さんの目が、モニターの光を反射して鋭く光る。その光があまりに冷たくて、自分の体がもっと透けてしまいそうな気がした。
でもちょっと待って。今お父さんの口から気になる人の名前が飛び出したんだけど。
「お父さん、もしかして。もしかしてだけど、みやびくんとのこと、知ってる感じ?」
ぎょっとして、透けた指先を無意識に口元に当てて、思わず身を引いた。幽霊だからこれ以上青ざめることもないはずなのに、心臓のあった場所がキュッと縮こまる。
「知ってるよ。お前の周辺を嗅ぎ回ったし。まぁ、あいつ自身も記者会見で、お前と付き合っていたことを認めていたから」
「えー」
今度は頭から煙が出るんじゃないかってくらい、顔が熱くなる。
みやびくん、自らバラすなんて愛が深すぎるよ。でも、この状況のせいで素直に喜べない。
「お父さんに、わたしの恋愛事情とか把握されてるの、死ぬより恥ずかしいんだけど」
自分の頬を、触れもしない指先で必死に押さえた。アイドルとしてのイメージ管理とかじゃなくて、純粋に『お父さんにバレてた』という事実が、今のわたしをこれ以上ないほど激しく動揺させている。
なんとかこの気まずい空気から逃げようと、空中でジタバタと足を動かしながら、ふと気づく。
「あ、そう言えばわたし、死んでるんだった」
つまり、「死ぬより恥ずかしい」は、使っても意味がない。
「となると……最適なたとえは」
今の状況にぴったりな言葉が他にあるかどうか。眉間の間に指を当てるフリをして、本気で悩む。
「花南、お前って奴は……」
お父さんは呆れたように溜息をついて、少し笑いながら短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
「だってお父さん、わたしのこと全然興味ないと思ってたんだもん。誕生日にお金を送ってくるだけの、歩くATMだと思ってたのにさ。まさか裏で娘の恋愛事情をスクープを追うみたいに調べてたなんて、もうそれ、ストーカーじゃん!」
「仕事だ。……それに、ATMは言い過ぎだろ」
「えーでも、実際そうだったじゃん」
薄目を向けると、お父さんはスッと視線を逸らした。少しくらいは娘に会わない罪悪感を抱えているのかもしれない。
でもわたしはわりと平気だった。そりゃ、最初は寂しかったし、お母さんと二人きりが結構キツかったこともあって、お父さんと暮らしたいなと思ったこともある。でも、子どもの意見なんて通るわけないし、「ま、いっか」って流した。
ま、いっかって流すのは、わたしの悪い癖ってお母さんは言う。でも、この世界は、ちゃんと考えてもどうにもならないことが多すぎて、だから「ま、いっか」って思わないと、前に進めない。いつまでもその場で停滞してるよりマシじゃんね。




