14 取材ノートより
俺はルポライターとして二十年以上のキャリアがある。
政治、経済、社会問題。それから芸能。扱うテーマは多岐にわたるが、共通していることが一つある。
証言は、必ず食い違う。
そして、その食い違いの中に真実が潜んでいる。
最初に引っかかったのは、事故の状況だった。
【取材ノート 10月23日】
事故発生:10月9日 午前1時17分 環七通り・中野坂上付近
死因:頭部強打による即死(警察発表)
同乗者:なし(警察発表)
目撃者:なし
車両:レンタカー(借用者:不明 ※要確認)
同乗者なし。
しかし、独自ルートで事故現場付近のコンビニの防犯カメラを確認すると、事故の約四十分前。
花南と思しき人物が、男性と歩いているのが映っていた。
画質が悪く断定はできない。
だが服装は、遺体発見時のものと一致していた。
男性はマスクをしていた。
付近の聞き込みを続けると、タクシードライバーの証言が取れた。
事故現場から三百メートル地点で、若い男女を見かけたという。
「ええ、見ましたよ」
運転手はバックミラーを覗く仕草をした。
「若い男女が言い合いしてて……女の子、かなり興奮してましたね」
「興奮?」
思わず聞き返す。
「ええ。怒鳴るっていうか……感情的で。男のほうは困ってる感じでした」
ペンを止めた。
娘は、感情を爆発させるタイプではない。
少なくとも、人前では。
「それで?」
「雨だったから足元危なかったんですよね。そしたら急に——」
運転手は言葉を切った。
「いや、まあ……喧嘩してるカップルなんて珍しくないし」
記憶を濁すように笑う。
だが一つ、気になることを言った。
「女の子、ずっとスマホ握ってましたね」
「スマホ?」
「ええ。こう……守るみたいに」
運転手は両手で何かを抱える仕草をした。
俺はその仕草をノートに書き留めた。
《スマホを守る仕草》
花南は、何を守ろうとしていた?
*
【取材ノート 12月1日】
花南のスマートフォン:警察が回収後、遺族である母・久美子へ返却
状態:完全初期化済み
警察の説明:「事故の衝撃で誤作動した可能性がある」
事故の衝撃の誤作動で、工場出荷時の状態に戻ることなどあるのだろうか。
疑問に思った俺は、IT関連に詳しい知人に確認した。
すると「ありえない」と即答された。
つまり、誰かが意図的に初期化したことになる。
では誰が。いつ。どこで。
花南のスマートフォンは、事故現場では発見された。現場検証の際、警察が回収したとある。
この経緯に関する公式文書を警察に請求したが、「担当部署の確認に時間を要する」と言われたまま、未だ返事がない。
*
花南が所属していた事務所『スターフィールド』のマネージャー、瀬戸という女性に会ったのは十二月の末だった。
打ち合わせ場所に指定されたのは、新宿のホテルのラウンジ。
先に着いて待っていると、彼女は五分遅れで現れ、向かいに座るなり言った。
「花南のことは、大変残念に思っています。ただ、事務所としてお答えできることには限りがあります」
先手を打たれた、と思った。
一時間の会話の中で、瀬戸が言ったことをまとめると次のようになる。
花南は真面目なメンバーだった。
悩みは特に聞いていなかった。
私生活については把握していない。
事故については警察の捜査に全面協力した。
事故として処理されたことを、事務所も受け入れている。
以上。
どの答えも流暢すぎて『準備された言葉』と感じた。言葉と言葉の間に、一切の空白がないのが不自然だ。経験上、人間は真実を語る前に少しだけ間を置く。記憶を辿るには、どうしてもその時間が必要だからだ。
この日、瀬戸は一度も間を置かなかった。
帰り際、エレベーターホールで瀬戸と二人になったとき、何気ない口調で声をかけた。
「娘の恋人……篠原涼雅のことは、御存知だったんですか?」
彼女の表情が、ほんの一瞬だけ変わった。
視線が不自然に動く。
「知りません」
「そうですか。メンバー内では?」
「誰も知らなかったと、言っています」
エレベーターが来て、それ以上の会話はできなかった。
少なくとも、瀬戸は知っていた。
俺には確信があった。
*
【取材ノート 1月7日】
みやびこと『篠原涼雅』について。
・元メンズ地下アイドルグループ「LEVELZ」の紫担当
・元コンカフェ従業員(新宿・シャングリラ)
・現在:活動自粛中
・花南との交際:確認できず
(ただし複数の知人が「仲が良かった」と証言)
・花南死亡当日の行動
「花南と一緒にいた」と本人供述
篠原涼雅の供述書のコピーを、警察から独自のルートで手に入れた。
第六回供述調書(抜粋)
供述人:篠原涼雅
「――はい。あの日、事故の現場で僕が救急に通報したのは間違いありません。
取調官:赤瀬花南さんと約束してあの場にいたのですか?
篠原涼雅:花南ちゃんとは、確かに一緒にいました。ですが、あれはデートとかそういったものではなく、彼女の情緒が不安定だったから相談に乗っていただけなんです。彼女、思い込みが激しいというか……いわゆる『メンヘラ』な一面がありましたから。その日も、話している最中に突然感情が昂ぶったようで、僕の手を振り切って道路に飛び出したんです。
取調官:藤田天音さんと会う約束をしていたのですか?
篠原涼雅:いいえ。偶然です。どうして彼女があそこにいたのかはわかりません。
取調官:藤田天音さんと面識がありましたか?
篠原涼雅:はい。花南ちゃんを通じて天音さんとは、面識がありました。
取調官:失礼ですが、藤田天音さんとはどのようなご関係だったのですか?
篠原涼雅:精神が不安定になりがちな花南さんを支える同士、ですかね。天音さんからは『最近、花南の食が細くて心配だ』と相談を受けていたので、彼女の好物であるオムライスの店を教えたりもしていました。天音さんは本当に、最後まで花南ちゃんを一番に心配していたんですよ。
……花南ちゃんは、本当に素直で、優しくて、いい子でした。それだけに、あんな最期になってしまったことが悔やまれてなりません」
読んで、違和感を覚えた。
整然とした言葉の羅列は、まるで事前に用意された『台本』のようだ。
第一に、『親友』とされる藤田天音の存在。
常識的に考えて、友人の死の現場に、偶然居合わせる確率など、どれほどあるのだろうか?
篠原の口ぶりでは、まるで天音が花南を心配していたように聞こえる。もしそれがあの場に天音がいた理由だとしたら、三人の間に『何らかの合流』があったのではないか。
第二に、『オムライス』という具体的なキーワードだ。
この切羽詰まった状況で、わざわざ食事の好みの話を持ち出す不自然さ。これは、天音との関係を『娘を心配する者同士の清廉な協力関係』に見せかけるための、狡猾な味付けかも知れない。
何より、『メンヘラ』というレッテル貼り。
自分の管理下に置けないほどの狂気を娘が持っていたと強調することで、事故の責任をすべて花南の側に押し付けている。
産婦人科の女医が言った「思い込み」という言葉と、篠原の言う「思い込みが激しい」という言葉は、一見、符号しているように見える。
それに、娘の財布に残されていた、数枚の診察券。その中に心療内科の通院を示すものはなかった。
何より、この調書からは、娘の死を悼む男の悲嘆ではなく、保身のために情報を精査し、最適化された答えだけを提出する、計算高いプロフェッショナルの匂いがした。
もう一つ、気になる点があった。
警察から返却された花南のスマートフォンは、あまりに『綺麗』すぎた。
端末に傷一つないにもかかわらず、中身は完全に初期化されている。事故の衝撃でデータが飛ぶことはあっても、設定から全消去されることはあり得ない。誰かが、何らかの意図を持って、娘の生きた証をリセットした可能性が高い。
俺はその手に詳しい友人に頼み、娘のスマホのデーターを復元させようと試みた。すると、復元ソフトは、何者かがデータを掃除した隙間からいくつかの残骸を掬い上げた。
最初に取り戻したデーターは、いかにも『Baby☆U・赤瀬花南』らしい、眩しいほどの断片だった。
夜景をバックに微笑む自撮り。流行のスイーツを前にした横顔。どれも世に出せば何万もの『いいね』がつくであろう、計算され尽くしたキラキラとした日常。
その虚飾の層をさらに深く掘り進めた時、一際異質なデータが浮かび上がった。
日付は、花南が亡くなったあの日。
再生ボタンを押す。
まず聞こえてきたのは、スピーカーが割れるような激しい雨の音だった。
画面は激しく揺れ、暗闇の中で街灯の光が筋のように流れる。おそらく、スマホを手に持っているのではなく、ポケットか鞄の隙間から、レンズだけが外を覗いているような不安定なアングルだ。
『やめて』
悲鳴に近い、花南の声だった。
いつもの甘えたようなトーンは消え、震える喉が必死に拒絶を紡いでいる。
直後、低く、苛立ちを隠そうともしない男の声が重なった。
『……消せよ』
短く、吐き捨てるような命令。
何を見られたのか。あるいは、何を記録されたのか。
男の言葉が響いた直後、映像は唐突なノイズと共に途切れた。そして、花南の声は二度と記録されていない。
俺は再生を止め、液晶を睨みつける。
何を消せと言ったのか。そして、なぜこの動画だけが、消去の網をすり抜けて残っていたのか。
この声の主は、あの『完璧な供述』をした男ではないのか。




