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あなたのためだから、と言うけれど本当に私のためですか?

作者: きなこ
掲載日:2026/02/17


「あなたのためだから」


私はその言葉が大っ嫌いである。


私の父は外交官をしている。私が7歳になるまでは母は付いていてくれたが、物心ついた頃には復帰し、今は両親は国交が回復したばかりの遠方の国で大使として滞在している。

王都のタウンハウスには祖父母が住んでおり、領地の運営は叔父が代官として行っている。

祖父母は良い方で甘やかしてはくれるものの、ダメなことはきっちり叱ってくれた。だからこそ両親は安心して私を預けたのだ。叔父もしっかりと仕事をする人だった。両親と最後に顔を合わせたのは7年前のことになる。


最初の数年は平和だった。綻びが始まったのは家庭教師の先生が祖父母に私の成績を話した時からだったと思う。ちなみにこの家庭教師の先生は、私の勉強が大分進んでいるのを褒めてくれようとしただけで貶しめようとした意図は一切なかった。


「はて、なぜ女である孫が家政以外も学んでいるんですか?」


成績を褒めるつもりで出した資料で、そう言われた時は私も家庭教師もついて行けなかった。


「どういう意味でしょうか?」


彼らの言い分はこうだった。女は嫁ぐのに必要な淑女教育をすれば良いのになぜ他のことを学んでいるのか。女に学は必要ないのに。頭でっかちになったら貰ってくれるものも貰ってくれなくなってしまう。無駄なことをしている暇があったらもっと高度な刺繍でも教えてやってくださいな、と。


これが悪意があればよかった。私を貶すだけであればもっと答えは簡単だったのに。

祖父母は化石のような人だった。確かに祖父母の時代は女は王立学園に通わず、女学院に通っていた。だけど父の時代にはもう既に王立学園は共学に変わり、女学院も廃止された。周辺国の男女平等の流れに後押しされたのだった。

祖父母の子供が男しかいなかったので、それも災いしたのだろうか。今の主流を理解していなかった。慌てて説明する家庭教師を胡散臭く感じたのか、私に伝えることもなくその日のうちに解雇してしまったのだ。次の週には時代錯誤も甚だしい「どこに一体あなたは生息していたんですか?」と聞きたくなるような婦人が家庭教師としてやって来た。祖父母に抗議してみれば「あなたのためなのよ」と何を言っても暖簾に腕押しだった。

未成年の私には家庭教師を変更できる権利がない。叔父に家庭教師を変更して貰えるように手紙を送った。



私は分かっていなかった。どんなにいい人でもお金や欲で簡単に人を裏切るってことを。

この時点で家庭教師と共に両親に相談していれば一番傷は浅く済んだのだろう。


叔父からは祖父母が了承しなければ難しいという私を宥める手紙しか来なかった。

国外と電話をするには色々と制約がある。お金もかなり掛かるため、月1回しか出来なかった。

両親と電話が繋がった時、開口一番にこう言われたのだった。


「あなた寂しいのは分かるけど我儘はやめなさい」


意味が分からずどういうことか問えば、家庭教師が気に食わなくて変えてほしいと文句を言っていると叔父から報告を受けたというのだ。ついて行けないからって我儘を言う子に育てたつもりはありません。変えることは暫く許しません、とだけ言われて切られた。

私の言葉は一切聞き入れてくれなかった。最初は誤解があったのだと思った。叔父への手紙の言葉がキツかったのかと反省もした。しかしそれも数度続けばわざとだと悟った。その数度が命取りとなった。狼少年と同じだ。

叔父の手口が巧妙だった。決して悪口を言うわけではない。ただ少し寂しいようでと私へのフォローも欠かさない。少しずつ毒を刷り込んでいったのだ。仕事で連絡を取り合っているから私よりも単純に母数が多いし、情報が早い。私の印象操作なんて簡単だっただろう。

祖父母が私が変な勉強(学園の基礎科目)をしていると伝えたことも追い討ちになったんでしょうね。私の信用が両親と弟よりも下だったってだけだ。10歳の少女がどうすればよかったんだろうね。



書庫で自己学習をしていればメイドから祖父母に話が伝わり、書庫への出入りが禁止された。入り口には鍵が掛けられたためどうしようもなかった。

いっそ諦めて自習するために予算を少し増やしてほしいと屋敷の執事にお願いすれば、無駄遣いするなと両親から怒りの電話が掛かってきた。初めて予定日以外に掛かってきた電話がそれだった。私の言い分を聞くこともなく、一方的に人格を否定され、6ヶ月分の予算が減らされた。

叔父家族を見習えと、叔父の息子の方がよっぽど伯爵家に相応しいと詰られたのが一番しんどかった。

予算が削られたせいでお茶会に何度も同じドレスで向かうことになった。会話のきっかけとなるお土産をケチる訳にはいかない。既製品と昨シーズンのドレスを交互に使い、刺繍を入れたり小物を変えたり工夫はしたけどこそこそと交わされる会話で胸が痛かった。


なぜここまで叔父から攻撃を受けるのか、理由が分かったのは祖父母の漏れる会話を聞いたからだった。


両親は私を跡取り娘として育てていた。母と暮らしていた7歳までは。最初の家庭教師を解雇する前までは後継者教育も受けていた。

一人娘だから敢えて祖父母に説明しなかったのが、仇になった。祖父母は女が領主になるなんて想像もしていなかったのだ。養子を取るものだと勝手に思っていて叔父に相談したらしい。そこで叔父は自分の両親の時代錯誤の考え方を知った。そして知った上で敢えて訂正をしなかった。そのまま誤解をし続けて私を蹴落として行くところまで言ってしまえば自分の息子に爵位が継がせられる、そう思ったからだ。

うちの伯爵家には余っている爵位はなかったので、次男の叔父が貴族でいるためには跡取り娘に婿入りをするか、騎士爵を得るしかなかった。

頭は悪くもなかったが文官として身を立てるつもりもなかった。彼は武力はからっきしだったし、好いた娘が平民だったためそのまま平民として領地で代官になったのだ。爵位は諦めていたが、棚から牡丹餅とばかりに降ってきた。兄夫婦はろくに娘を信じず、自分の言うことばかり信用する。絵に描いた餅が現実味を帯びてきて欲に従ったのだ。


ちなみに後から分かったことだが、私が散財していると虚偽の報告をあげ、そのお金を叔父夫婦が使っていたらしい。私はそのせいで怒られたと分かった時は、両親への失望を隠せなくなっていた。

(あなたのために言ってるのに何であなたは口答えばかりするの)

その言葉が脳内にリフレインする。どこが私のためだったと言うの?そもそも私の言い分を聞いてくれたことあったかしら。


タウンハウスには叔父側の監視が増え、淑女教育以外をやっていることがバレたら祖父母から叱責を受けたし、こじつけで両親にも叱られた。もう何をやっても怒られるのであれだけ楽しみだった電話が、聞き流すだけの雑音に変わっていった。


早く学園に行きたい。12歳からの2年間はそれだけを願っていた。学園が全寮制で本当によかった。まあ苦労はここからもあったのだけど。


まさかまさかで淑女教育以外の教科書を買ってもらえなかった。さすがに困り果てて入学したての頃に先生に相談した。

そんなまさかと訝しげの表情をされたが、背に腹は変えられなかったのだ。

先生の方から淑女教育以外の科目も基礎科目だから受ける必要があると説明してもらったが無駄だった。訳の分からない教育をするなら退学で学費も返してもらうという返答が来たのだ。卒業しないと貴族として認められない王立学園を、である。担任教師は絶句していた。

おそらく叔父の画策だったのだろう。跡取り娘が相応しくないと示すのに学園退学はもってこいだもの。


実際に退学届の問合せが来て、先生たちも本気だとわかり説得は中止になった。私のせいで臨時教員会議が開かれたらしい。大変申し訳なかった。


その後教科書代などは一旦建て替えてもらい、学園でできるアルバイトを紹介してもらった。本来であれば苦学生の平民が利用するそれである。

こちとら箱入りである。町で自分でアルバイトを探せるとは思えなかった。騙されて売り飛ばされる未来が容易に想像できる。藁をも縋る思いだった。もう恥ずかしいとか言ってられないわよね。


実家での無駄な淑女教育のおかげで刺繍をはじめとする裁縫には自信があったので、家政の教員の元で働かせてもらった。最初は教材の準備が主であったが、私の力量を知るや先生の実家が営んでいるドレス店に連絡を取ってくれた。何度か課題を出された後本採用となり、何とか安定した収入が得られるようになった。

先生方には足を向けて寝られない。


元々貴族令嬢の中では少し浮いていたけれど、アルバイト騒動があって更に浮いた。アルバイトは公にはなってなかったけれど気付く人は気付く。

課題で話してくれる友達はいたけれど、放課後に遊びに行くような気軽な友達は出来なかった。

まあ放課後は元々アルバイトだったから、いたとしても遊びには行けないんだけどね。


ひょんなことから商家出身のデリラと仲良くなった。私がアルバイトをしていることを知ると、デリラの家の商品の広告塔をしないかと話を持ちかけて来たのだった。

手前味噌ながら私の容姿はかなり良い。昔は天真爛漫な美少女だったが、散々の裏切りと綱渡りで影ができたのが功を奏したのか儚げな美女と言われているらしい。幸いでも何でもないけどね。


「お金ない印象が強いと思うけれど本当に私でいいの?」

「問題なしです!上流貴族相手ならダメかもしれないですが、うちの商品はよくて伯爵家、基本は低位貴族と平民の間で流通している物が主なので!」

「そうなの」

「逆に低位貴族や平民の物を取り扱っている商品の広告塔になってもいいんですか?こちらが言うのも何ですが、安く見られたりしませんか?」

「もう、その次元じゃないのよね。そこを気にしていたらアルバイトなんてしないわよ」

「確かに」


納得と頷いた彼女の頭を小突いた。言うのは良いが言われると何か癪に触ったので、そんな私に彼女は軽やかに笑ってくれた。


ああ、友達って感じ。懐かしいやり取りだった。


デリラの目の付け所が良かったのか、私の容姿が良かったのか、私を広告塔とした商品は予想以上によく売れた。そのおかげでアルバイトを辞めるまでには行かなかったが、テスト中や課題で忙しくなる時期は休むことができるようになった。


元々勉強は好きだったので成績は上の下辺りだった。アルバイトが減って余裕ができた分、勉強に時間を費やせば成績はどんどん上がっていった。


「え?過去問ってあるの?」

「へ?もしかして使ってなかったんですか?」

「だって……友達らしい友達いなかったんだもの」

「あー、でも、そっか。それであの成績ってやばくないですか?テスト範囲広いですよね」

「毎回徹夜で勉強してたわ」

「うわあ…」


デリラと友達になって、本当に本っ当によかった。


少し余裕が出て来て周囲を見渡せるようになった時、教室でもちらほら声を掛けてくれる子が増えた。何でも今までは切羽詰まり過ぎてて声を掛けづらかったらしい。何てこったい。全部自業自得であった。



成績が上がった余波は留まらなかった。生徒会に誘われたのだ。元々は先生から話があった時に断るつもりだった。アルバイトは減ったとはいえ無くなったわけではない。両親にも家にも未練がすっかり無くなった今、先立つものが必要だったからだ。


私の事情に詳しい先生は言い募った。もし貴族を辞めると考えているなら絶対に生徒会に入った方がいい、と。王宮官吏や侍女への推薦がわんさか来るらしい。自分で身を立てるつもりがあるなら入らない手はないと言われて考えが変わった。


生徒会では穏やかに歓迎された。仕事量が増え、増員したかったものの、今期の生徒会には王太子殿下が属している。迂闊に人を近寄らせる訳にはいかなかった。私は複数の先生の推薦があり、検討の上採用されたらしい。


「一つ君に尋ねたいことがあったんだ」

「何でしょうか?」


「君は何故在学中にも関わらずアルバイトで生計を立てているんだ?伯爵家はそこまで切迫しているとは聞いたことがない。君の両親は外交官として優秀だろう。職にあった給金が出ているはずだ」


「そうですね。私が彼らにとって不出来な娘だから、でしょうか」

「は?」


「私は不出来な娘なので私に掛かるお金が勿体ないと思われているのです。そのため学費が足りず自分で稼いでおります」


意味が分からないという顔をされたが、それ以上に言えることはないのだ。叔父が横領していることも、その叔父から良いように報告を受けて両親が信じ込んでいることも、祖父母の時代錯誤な考え方も全てが伯爵家の恥でしかない。もう伯爵家がどうなろうとどうでもいいけれど、ほぼ初対面の殿下に明かす話でもないだろう。


初日は諸々の仕事内容を説明された後解散になった。その後生徒会室でどのような会話がなされたかは私は知る由もなかった。






「先程の発言どう思った?」


私の言葉にみな一瞬口ごもる。学園内での評判を調べていた宰相の息子シャルルがまず手を挙げた。


「それでは私から。彼女の学園生活を調べましたが先生からの評価は上々でした。生活態度にも問題ありませんし、マナーも高位令嬢と相違ありません。友人とも仲が良く、身分に関わらず接していて穏やかな人柄のようです」


書記の伯爵令息リチャードが付け加える。


「伯爵家に関しては表向きしか調べておりませんが、両親は大変優秀で外交官として遠方の国に派遣されております。彼女は幼い頃から祖父母とタウンハウスで暮らしているとか。領地は彼女の叔父が運営しており、運営報告を見る限りは良好であるようです」


「祖父母との関係は?」


「あまり社交をされることがないのでこれも又聞きにはなりますが、人格者とは聞き及んでおります」


「ここまでではそう問題になることはなさそうだが」


そう。だからこそ彼女は選ばれたのだ。


「あの、少しよろしいですか?」


恐る恐る手を挙げたのは会計の侯爵令嬢マリアだった。気になることがありまして、と始める彼女は自信なさげに続けた。


「これはあくまで噂で裏付けはありません。彼女は元々跡取りとして育てられていたのもあって優秀な方でした。ただ、学園に入るまでの数年間はお茶会への出席は最低限に変わり、ドレスも小物などには気を遣ってましたが、明らかにいくつかの物を着回しているようになりました」

「伯爵令嬢が、か?」

「私も実際に見たことがあります」


マリアの話に、公爵令嬢クリスティーヌも同意する。


「両親が側にいないから手配出来る方がいないのかとも思ってましたが。お土産とそれにまつわる会話はさすがと言わんばかりのものだったので、そこまで悪目立ちすることもなかったのですけど。もしかしたら冷遇されているのかと、そんな噂が回っていたこともありました」


「そういえば」


ふと思い出したようにシャルルが呟く。促せば迷いながらも口を開いた。


「いえ、父から質問されたことがあったのを思い出したのです」

「質問か?」

「父は彼女の両親が一時帰国した際に、会っているんですが。自分の娘のことを未熟者で困っているとよく話していたようで、そこまで言われるほどなのかと問われたことがあるんです」

「宰相が尋ねるほどなのか」

「ええ。謙遜とは思えないようだったので気になったと言ってました。その頃はあまり面識はなかったですけど、成績も上位でしたし、マナーや実習などどこを取っても悪目立ちする要素はなかったので、そんなはずはないと答えました」


後味の悪さが広がる。今の時点で分かることはもう無さそうだったので切り上げることにした。


「生徒会に所属する生徒という観点では問題ないが、少し気になる。後で調査だけ依頼しておく。とりあえずはここまでで。何か新たな情報があったら教えてくれ」


みんな一様に頷く。仕事を再開し、この話は一旦ここで終わった。





生徒会は最初は研修期間として働いていたが、問題ないと見なされて庶務の役割を与えられた。

この少人数で回せていたことが奇跡と思えるくらい忙しく、私が入って少し余裕が出来たようだった。入ってくれてよかった、と口々に言われればやり甲斐もある。


主に仕事を教えてくれたのはシャルルだったが、とても説明が分かりやすかった。学年1位を取り続けている人はやっぱりすごい。

私の反応の良さに気分が良くなったのか時間があれば勉強も教えてくれるようになった。放課後に勉強会をするようになれば、美味しいお菓子なども差し入れしてくれるから本当にいい人だった。


勉強に、生徒会、時々内職で日々はあっという間に過ぎて行った。クラスメイトともより仲良くなったし、生徒会の女子たちとも交流を深められた。


ただ嵐というものはいきなりやって来るのだ。



3年次も終わろうという頃、祖父母だけでなく叔父からも珍しく手紙が届いた。

祖父母と両親に対しては当たり障りのない内容の手紙を2ヶ月に1回程度送っていた。全く送らないと学校経由でお叱りの電話が来るから面倒になったのだ。


(全く連絡をしてこないなんてどういうことなの!そろそろ拗ねるのもやめて大人になりなさい!弟にお金の無心なんて恥ずかしい。あなたのために言っているのよ!!!)


もう呆れ果てて言葉すら出てこない。学園の授業料こそ払ってもらっているけど、それ以外の費用は一円たりとももらったことなんてないのに。


どうせ私から話を聞くつもりもないのだからとほぼ毎回同様の薄っぺらい定形文で済ませていた。手紙が来るという形さえあれば満足なのだからどうしようもない。今更傷付くこともなかった。どんどん未練がなくなっていくだけだ。


手紙には、長期休みに帰って来るようにと書かれていた。一度も書かれていたことのないそれに嫌な予感しかしなかった。


学園に入学してから実家には一度も帰っていなかったが、内職のドレス店でたまに実家の情報を集めていた。

最初は「あなたの家から注文が来たけどサイズ合わなくないかしら?」と聞いてくれたのが始まりだった。よくよく調べてみるとそれは叔父の奥さんと一度も会ったことのない娘さんのものだった。ナイトドレスなんて平民が買っても使い道なんてないはずなのに。

それから注文が入ったり、噂が耳に入るたびに教えて貰えることになった。ドレス店のオーナーは私が跡取りなことを知っていたので、注文書は証拠として残してくれた。


私の年間予算が減らされても、翌年から戻る気配がなかったがどうやらそれも着服していたらしい。年々手口が大胆になってきているが、それでも両親は気付かないのだから、仕事が出来るのと良い家族は両立し得ないのだなと知った。


内職の品はいつも学園から郵送していたが、今回は気になったので直接ドレス店に向かった。たまたま裏にいたオーナーは良いところに来たと奥に引き摺り込まれた。注文書が机の上に置いてある。


「あなたのドレスを注文するように依頼が来たの」

「はい?」

「それもオーダーメイドではなく市販品を、あなたのサイズに手直しするようにって」


(舐めてんのか?)


市販品の手直しは、本来少し裕福な商人や平民が利用するサービスだった。貴族であればオーダーメイドか、セミオーダーが基本だ。お金がなければ身内のみで着る服であれば手直しもあり得るが、この注文書を見る限りその意図ではない。そもそも叔母や従姉妹はオーダーメイドを作っているのになぜ私のドレスをこれで作る必要があるの?


「何か他に聞きましたか?」

「あなたはこのドレスを着てお見合いをするらしいわ」

「は?」


貴族令嬢に平民のドレスを着せてお見合いだって?

思わず令嬢に相応しくない低い声が出た。


「相手はぼかしていたけど商家ね」


当たり前だ。こんなドレス着て貴族同士のまともなお見合いなんて出来るはずない。まあ彼らにまともな伝手があるとも思えないけれど。

ドレスの本体を見て彼らの目的を悟った。そのドレスは少し前に一部で流行った脱がせやすいドレスだった。侍女やメイドに脱がしてもらわなくても、自分で脱げて自分で着られる。どういう意図で流行ったかは分かる人には分かるだろう。


(とうとう本気で排除しに掛かってきたのね)


「これ、注文書だけ保管して作業はなしでお願いします」

「最初からそのつもりよ」





寮に帰ってもまだ怒りは収まらなかった。私は後3ヶ月で成人を迎える。そうなればあの家からすぐに籍を抜くのに。どこまで人をコケにすれば気が済むのか。大抵のことは流してきたけれど、怒りで寝れなくなったのは初めての経験だった。


いくつか対応策を考えつつも決めかねていれば、仕事を始める前に殿下から声を掛けられた。

その日は珍しく殿下とマリア様しかいなかった。


「これはまだ公表前だが、私の婚約者候補を集めて王太子妃教育を課す計画がある」


突然の話に相槌を打つことしか出来ない。


「君も参加してみないか?」


確かに殿下は婚約者がまだ決まっていなかった。しかし彼の気持ちがどこにあるかは、知る人ぞ知る暗黙の了解であったはずだ。私は生徒会に入って察したのだけれど。

どう答えれば不敬にならないのか、迷っていればくすくすと笑い声がした。


「殿下、それでは伝わりませんよ」


殿下の想い人、マリア様だった。そうだな、と頷く。


「了承を得ていなくて申し訳ないが、君の事情は調べてある」


話が少し見えてきた。おそらく叔父の企みすら知っているのだろう。


「謝罪は必要ございません。殿下の近くに置かれるのであれば当然のことかと思いますので」

「よかった。それでも本来であれば介入するつもりはなかった」


普段王族として感情を表にすることがない殿下が目に憤りすら滲ませている。


「先日君の両親が一時帰国していたのは知っているか?」


知らなかったので素直にいいえ、と首を振った。


「君の叔父の所業は既に領地で処罰できる範疇を逸脱している。陛下もそう判断された」


なるほど。かなり危険な綱渡りをしていたけれどついに一線を越えようとしている。


「君の両親には領地について今一度調べるように仕向けてみたが、帰りの報告では何も問題なしと口頭で述べただけだった」

「あれだけやらかしておいてですか?」


目が節穴なのか、その目が曇っているのか。見たいものしかもう見えていないのかもしれないな。


「君のことも聞いてみたが」


そこまで言って口を濁した。


「大体予想できますので省いていただいて構いませんよ」


よっぽどだったのだろう。苦い顔をしていた。ロイヤルファミリーは仲が良いことで有名だ。殿下は許容出来なかったのだろうな。


「君も承知だと思うが、私は生涯のパートナーとして、マリアを選ぶつもりだ。ただ色々な妨害が酷くて、無理を通すと余計な軋轢を生むことになる」

「そこで婚約者候補の招集に繋がるわけですね」

「ああ。彼女には既に教育を受けてもらっている」

「私が後は結果を出すだけなのですが、相手が結構面倒であなたの力も借りたいのです」


対抗馬の令嬢たちを思い浮かべて納得した。


「君なら試験でもかなり終盤まで残れるだろうし、君の成人までは持つはずだ」


殿下の目は優しかった。マリア様も私の手を握ってくれる。私はこの生徒会に入れて本当によかった。


「ありがとうございます」


思わず涙が落ちた。差し出されたハンカチは暖かかった。この時私は一つお願いをした。彼らは頷いてくれた。少し複雑そうな顔はしていたが、私のことを考えて何も言わなかった。







王太子妃教育選抜の結果、無事にマリア様が王太子妃に確定した。対抗馬の令嬢たちはどんどん脱落していき、最終選抜に残ったのはマリア様と私だった。悔しそうな顔が印象的だったが、差は圧倒的だったので諦めざるを得ないだろう。


私はこの選抜に出ることが決まった時点で、叔父のお見合いを断ることが出来た。選抜が終わった時点でもう成人を迎えていたので、終わったその日に伯爵家からの除籍届を提出したのだった。


書類の出し方はシャルルが全て手伝ってくれた。私の事情は把握はしていたと思っていたが、全部話したことはなかったので除籍届を渡された時は本当に驚いた。ドレスの注文書や今までの手紙、私の帳簿や日記、証拠品の纏め方も教えてくれた。馬車を出して王宮の窓口まで着いてきてくれるのだから何というか過保護だと思う。まあそんな事までしてくれる人なんていなかったからなんだがくすぐったかった。


「ねえ、本当に私の侍女になるのでよかったの?」

「はい」

「王太子妃の最終選抜まで残れば引くて数多だったでしょう?」

「ありがたいことにそうでしたけど、私はもうあの伯爵家と関わり合いたくなかったので、伯爵家から嫁ぐのですら嫌だったのです」

「あら、私の元で働くのは消去法なのかしら?」

「そんなことありません。殿下とマリア様のおかげで私は変な見合い話をふいに出来たのですから」


ふふふ、とマリア様は笑った後内緒話をするように体を寄せてきた。


「あなたの見合い話を察知して殿下と私に直談判してきたのは本当はシャルル様なのよ」


目を見張った私に彼女は更に笑う。


「あなたが自分でケリを付けるまで何も言うつもりはなかったみたいだけどね。でもあなたも本当は気付いているでしょう?」

「私には勿体ない方です」


「殿下もだけどシャルル様も執念深いから、覚悟しておいた方がいいわよ」


ウィンクをされて思わず笑ってしまった。気付いていた。シャルルは優しい人だった。誰にも優しい訳ではなく身内とそれ以外できっちり分ける人だったから早々に特別扱いされていると気付いた。それでも寄りかかりすぎてしまえば駄目になりそうで気付いていないフリをした。彼はそれすらも許容してくれた。得難い人だった。


「マリア様に良い報告が出来るように頑張りますね」





私が学園を卒業してマリア様の侍女として王宮で働き始めた。その頃になってやっと私が平民になっていることに気付いたのだろう。叔父や祖父母から手紙が届くようになった。相手の出方は知っておきたいので念のため読みつつ、読み終われば暖炉の火に焚べている。


両親は任期が終わり帰国することが決まったようだ。引き継ぎもあるので、数ヶ月後に帰国らしい。国交も大分改善したようなので、やはり仕事人としてはかなり優秀なのだろう。すごいとは思うが、もう関わるのはごめんだ。





殿下に呼び出された。今日だったのか。毎日が充実し過ぎていたのですっかり忘れていた。マリア様とシャルルも殿下の談話室に揃っていた。


「まず、どこから話したもんかな」


殿下は迷いつつ、口を開いた。


両親は帰国して陛下に成果を報告して労われた。そこまではよかった。陛下は尋ねたらしい。貴殿らの伯爵家は誰が継ぐのか、と。彼らは一瞬何を問われたのか分からなかったようだが、娘が継ぎます、と答えた。


陛下は呆れ果てながら、伯爵家の報告書を渡すように命じたのだった。訝しげに書類を見始めた彼らだったが、めくるにつれて顔色が青ざめていく。一度殿下から紹介された役人に小さい頃からされた扱いを全て話したからそれも纏められていた。


叔父夫婦の不正。祖父母の時代錯誤の考え方。私の幼少期からの孤軍奮闘(家庭教師が解雇されて淑女教育以外学ぶことが許されず反抗すれば謹慎を言い渡されたり、ドレスがなくて市販品を買って小物類で誤魔化したり、教科書すら買えなくて平民のアルバイトをしたり。我ながら本当に涙ぐましい生活だった)。叔父が私を排除して従兄弟を後継者にするための画策。トドメは未遂で終わっているが、私を貶しめるために見合いを計画して既成事実を作らせようとしたこと。きちんと相手の証言も取ってあったし、お金の流れもばっちり調査済みだ。最後のページには私が既に伯爵家から除籍されて平民になっていることが記されている。


全て読み終えた彼らは、茫然自失となっていたそうだ。


「領地について詳しく調査するように何度も促したが、貴殿らは何を見ていたのか」


あり得ないと叫びたかっただろうが、国王陛下自らが渡した書類だ。疑うのは不敬だった。彼らの帰国に合わせて叔父と叔母は拘束された。


「正統な後継者を排除し、代官を任された平民が家を乗っ取ろうと画策したのを甘く見るわけにはいかない。お家乗っ取りは重罪だ。ただ乗っ取りを企てたのが血縁であり、後継者も主家の血が流れてはいるから匙加減が難しい」


「貴殿らが弟の息子を後継者と認めるのであれば、領地を没収し降爵した上でその者に継がせることは許容しよう。弟夫婦は横領した分のお金を稼ぐまでは鉱山で労働刑になることだろう」


「認めなければどうなるのでしょうか?」


「もし後継者と認めないのであれば、貴殿らの外交官としての実績は考慮し、領地は没収した上で伯爵家は当代限りとし、貴殿らが亡くなった際には自動的に爵位は返上となる。弟一家は終身労働刑とする」


「娘が継ぐことは出来ないのでしょうか?」


陛下は深く息を吐き出した。重いため息だった。


「貴殿らの娘は伯爵家に関わり合うつもりはないと自ら除籍届を提出し平民となった。王太子妃選抜の最後まで残ったのだから貴族であれば将来は選び放題だったというのに、惜しいことをしたものよ」

「王太子妃選抜…ですか?」

「ああ、それも知らぬのか」


「貴殿らはよく娘を貶していたが、同世代でもかなり優秀だったぞ。息子の意志で妃は別の娘に決まったが、彼女がなってもおかしくはなかったからな」


両親は意気消沈して座り込んだ。陛下は回答を求めたがうんともするとも言わなくなってしまったので、近衛によって退出させられたらしい。1週間後に再度問いの書状を出したが期限までに回答がなかった為処分は後者になったようだ。

仕事は休職し今はタウンハウスに閉じこもっているらしい。




殿下が詳しい説明をしてくれたが、そうなったかと言う気持ちしかない。もう心が動くこともない現実に、少し寂しさを感じた。

隣に掛けていたシャルルが手を握ってきた。温かい手に息がしやすくなる。


少し雑談してから、殿下の談話室を後にした。





手を繋いだまま歩いていれば王宮の裏で彼は止まった。考え込んでいて気付かなかったが、温室があった。


「温室、ですか?」

「ああ。王妃殿下の温室なんだが特別に許可が取れたんだ」


入り口のドアを開けて中に入る。美しい楽園だった。思わず見入ってしまう。余裕がなくて行ったことがなかったけれど、植物園に行きたいといつか伝えたことがあった。覚えていてくれたのか。


「喜んでくれたなら良かった」

「ええ、とても。でも良かったの?王妃殿下の温室って限られた人しか入れないし、結構厳しいって聞いたけれど」


「殿下にいくつか貸しがあったからお願いしたんだ。まあ少し高くついたけど。王妃殿下も君ならって許してくれたそうだ。君のその顔が見れたんだからいい気分だ」


満足げな彼に笑みが溢れる。中央まで案内されると一気に開けたスペースがあった。色とりどりの花が咲き乱れる。素敵。

ねえ、と振り返って息を呑んだ。彼は本当に優しい表情をしていた。溢れんばかりの愛しさが伝わってくるほどだった。いつのまにか手には花束が握られている。


私の手を一旦離し、膝をつく。そっと手を握り直された。多分気付いてると思うんだけど、と呟く。


「私、シャルル・ラトゥールはセシリアを愛しています。私と楽しい時も辛い時もどんな時でも一緒に気持ちを分かち合ってほしいと思う。私と結婚してください」


花束を渡される。受け取って何か言葉にしようとして声に詰まった。視界がぼやける。指で拭おうとすれば、先にハンカチを当てられた。何度も頷いて花束を抱き締めれば、嬉しそうな声で笑われた。ハンカチの隙間から目が合えば蕩けそうな視線とかち合った。彼はそのまま抱き寄せてくる。そのまま受け入れれば温かさに包まれた。


落ち着いて体を離せば今になって少し恥ずかしくなってきた。誤魔化すように顔の前に花束を持ってくる。真っ赤なバラだった。あまり見たことない八重だった。ふわりと貴賓のある香りがしてまさかと思う。


「あなたロイヤルローズを摘ませてもらったの!??」


ロイヤルローズは先先代の王弟が品種改良をして、妻にプロポーズで渡したと言うロマンチックな逸話があった。

我が国の女性が一度は憧れるものと言っても過言ではない。何とか手に入れようと成果を出して褒賞として賜ることもあった。それをきっちり12本だ。


「わたしのために…?」

「君のためっていうよりも僕のためかな」

「…どういうこと?」


「君のためっていうと少し押し付けがましいだろう?僕がやってあげたかったことで自己満足だけどそれで喜んでくれたら最高に嬉しいよ」


照れくさそうに笑む彼に胸がギュッとする。衝動のまま抱き着いて胸に顔を寄せた。


「……ありがとう。大好きよ」






「それで結局セリシア嬢は君の寄子の伯爵家に養子で入って結婚するんだ?」

「はい。殿下にもご協力いただきありがとうございました」

「いいんだ。君たちにはお世話になったし、マリアに付いてもらうには爵位持ちの方が色々と便利だからな」


殿下はにやにや笑いながら俺を見た。この顔は気付いている顔だな。


「それで、いつからこの状況を思い描いていたんだ?」

「何の話でしょうか?」

「……まあ、いいか」


しらばっくれてみればそれで分かったのだろう。長い付き合いだからな。今日はお礼だけ伝えにきたので、少し雑談を交わして辞する。部屋を出ようとドアノブに手を掛けたところで、声を掛けられた。


「初恋が実ってよかったな」


振り向いてほくそ笑みながら部屋を出た。






両親からは何度も手紙が来た。


私の言い分を聞いてくれたことはなかったので、もうそれで構わない。顔を合わせることなくなってから大分久しいが何も困ったことはないのでお互いこのまま生きて行きましょう。これがきっとあなた方のためだから。お二人の末永い幸せを願っております。


そう送ればもう返ってくることはなかった。もしかしたらシャルルのところで止められているだけかもしれないけれど。それでも袂は分たれた。私はシャルルと生きていく。

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― 新着の感想 ―
弟に裏切られ娘にも見捨てられた両親は結局どっちの選択を選んだんだろ。 甥っ子を後継者に選んでも逆恨みしそうだし、一代限りかな。
とても両親が有能だとは思えない。 人生の根っこには家があり、そこに何かあれば仕事にも悪影響が出るのに、足元を疎かにする愚物では。 主人公が有能かつ逞し過ぎて、幸せになってほしい。 親にも祖父母にも似た…
それだけ時代錯誤なら外交官の嫁に対して何かしら言うことはなかったんですかね?小賢しい嫁と思いながら黙っていたのか、子供だから本音が出ていたのか。何か言っていたのにこうなると気付かなかったならまぁ無能と…
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