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「マチルド。おい……。いないのか?」
返事を待つが、シン……とした空気しか感じられない。ファビアンはチッと舌打ちをした。
朝食の準備どころか、昨夜の食事の片づけすらされていない部屋にイライラしながら適当にパンと水を飲み、ファビアンは出かける用意をする。
昨日、ファビアンはマチルドと派手に喧嘩をしたばかりであった。
バシュレ邸に戻って来てから我が家の至らなさがやたらと目について、マチルドと言い合いになってしまったのだ。
突然の難癖にマチルドも反論、激怒し、互いに険悪なままその夜は別の部屋で就寝して……起きたらこの有様。
もしかしたら、自分は色々と何かを間違えてしまってきたのかもしれない。
そんな思いを抱き、ファビアンは身支度をして出かけることにした。
中庭ではガブリエルが模造の剣を手に、ロジェに稽古をつけてもらっている。
母親のアンジェリクはセッティングされたテーブルの傍らで息子を見守っており、彼女の兄のミシェルが隣に座っていた。
ロジェはアンジェリクに仕える執事長のはずだが……武人のファビアンにははっきり分かる。幼い子が相手ではあるが、彼の動きは素人のものではない。彼も、武術の腕は相当のはず……。
「母様、僕、ちょっと強くなったでしょ?」
稽古が終わったらしい。少し息を弾ませ、ガブリエルは母に駆け寄っていく。
アンジェリクは優しく微笑み、自分の膝元に抱きつく息子に向かって頷いた。母の同意を得てガブリエルはニコニコと笑い、隣に座る伯父にも甘えに行った。
「――バシュレ伯爵。大変失礼致しました。先日と言い、家の者はあなたの応対ひとつまともにできないようで……」
模造の剣を収める執事長は、中庭の片隅――アンジェリクたちから離れたところで見ていたファビアンに目ざとく気付き、声をかけてくる。
アンジェリクとガブリエルは目を丸くしてファビアンがいる方向に振り向いていたが、ミシェルは振り返ることなく……ファビアンの存在に気付いていたような雰囲気があった。
今日のファビアンは、召使いに取り次がせることなく屋敷に入ってきたのだ。
元々、ここは自分の生まれ育った屋敷なのだから、召使いに取り次いでもらう必要がない――そう一人で居丈高に言い訳して呼び鈴も鳴らさず勝手に入り、中庭から聞こえる声に気付いて無遠慮にここへやって来た。
だから、誰の出迎えも案内もなく、ファビアンへのもてなしがないのも当然なのだが……。
「すぐに席を用意させます。他の者を呼んで参りますので、少々お待ちを」
そう言ってロジェは足早に中庭を出ていき、あとにはとても気まずい空気が流れる。
……ファビアンが、勝手にそう感じていたのかもしれないが。
「ガブリエルはずいぶん腕を上げた。毎日稽古を怠らず、しっかり励んでいたんだね。そろそろ、君にも本物の剣を贈る頃合かもしれない」
ファビアンを見もせずゆったりと椅子に腰かけたまま、ミシェルが言った。ガブリエルは目を輝かせたが、アンジェリクは困ったように眉を寄せている。
「まだこの子には早いわ。本音を言えば、武器なんて一生無縁でいてほしいぐらいなのに」
「心配性だな、おまえは。僕やロジェはもっと小さい頃から武器を握っていた。それを考えれば、ガブリエルだって早いというほどではないさ」
「お兄様とロジェは特別だもの」
二人の会話から、あの執事長がこの兄妹にとってただの召使いではないことをファビアンは察した。
貴族にとって召使いというものは人間の分類にカウントするものではなく、ファビアンもまったく眼中になかった存在だったのだが、ここに来て急にあることにピンと来てしまった。
――妻の腹の子の父親は、彼女と親しい執事長の可能性があるのでは。
まだ妊娠そのものが確定した話ではないのだが……卑しくも王姉という立場にあり、兄も頻繁に会いに来ている女性が、そう簡単に男を近づけられるとは思えない。彼女のもとに男が通っていたら、何かしらの噂が立っているはず……ファビアンが嗅ぎつけるよりももっと早く……。
兄妹は和やかな雰囲気で談笑を続けていたが、不意にアンジェリクが黙り込み、悠然とした笑みを浮かべて足を組んでいたミシェルは妹を見た。
「アンジュ。気分が悪いのか?」
立ち上がり、俯く妹の顔をのぞき込もうと近付く。その声は心から妹の身を案じているようで、常に貼り付けたような笑みを浮かべていたミシェルは、初めて人間らしい表情をしていた。
ファビアンは彼の意外な姿に注意を引かれてしまい、妻の様子をうかがうのは遅れてしまった。
「少し……。今日はちょっと日差しが強かったからかしら……。ごめんなさい、大丈夫よ。休めばすぐに良くなると思うわ」
「部屋に戻れ」
命令してくる兄に、アンジェリクは困ったように微笑む。反発しているというより、兄が大げさに心配していることに苦笑しているようだった。
息子のガブリエルは母の周りでおろおろとしており、幼いガブリエル以上にでくのぼうと化したファビアンは、立ち尽くしてアンジェリクとミシェルを交互にキョロキョロ見ることしかできない。
そんな一同のもとに、執事長が戻ってきた。執事長は女主人の異変にすぐに気付き、駆け寄ってくる。
「アンジェリク様――」
「遅い」
アンジェリクに駆け寄る執事長を、ミシェルがぴしゃりと叱る。申し訳ございません、と執事長が謝罪した。
「僕はアンジュとガブリエルを部屋に連れて行く。客人の相手はおまえがしておけ」
「は――いえ……ミシェル様、実は……」
珍しく執事長が顔色を悪くし、視線を泳がせてミシェルの命令を拒むようなそぶりを見せた。
妹のことしか見ていなかったミシェルが、視線だけ執事長に向ける。
「その……もう一人、お客人がいらっしゃいまして……。その方をお連れしていて、遅くなってしまいました……」
言われて見てみれば、執事長は下位の召使いだけではなく、明らかに上級貴族という身なりの中年男性を連れていた。
佇まいからも服装からも、彼が相当の地位にある男なのはファビアンでも分かる。というか……どこかで見たことがあるような……。
「言っただろう。客の相手はおまえがしておけ」
「もう、お兄様ったら……。わざわざ訪ねてきてくださったのに……。ご機嫌よう、ジャルベール様。私なら大丈夫です。ほんの少し、ふらっとしただけですから……」
ミシェルはそれでも客の応対を執事長に押し付けようとしていたが、アンジェリクが反対した。
姿勢を正し、新たな客人に挨拶する。兄妹よりははるかに年上に見える男性は、二人に向かって恭しく頭を下げた。
「お時間を下さり、感謝致します。どうしても、今日中に王兄殿下にお願い申し上げねばならないことがございましたので」
執事長が連れてきた召使いたちは新たに二つの席を用意し、ファビアンとジャルベールと呼ばれた男性はテーブルに着くことになった。
ミシェルも自分の席に座り直したが、先ほどまでの愛想の良さは感じさせない態度だった。
「――ブリジット様の一件。すでに両殿下のお耳には入っていらっしゃることと思われますが……陛下は大変お怒りになられ、ロリオ子爵と共に一族郎党を処刑することが決定致しました」
ジャルベールという男性の話を聞き、誰のことだっけ、とファビアンは必死に記憶を手繰る。
ブリジットというのは、国王の愛妾の一人だ。そこそこ長くいる愛妾だから、ファビアンでも名前は知っている。
そう言えば……彼女にナントカという貴族の男と姦通罪の醜聞があったような。
現在の国王はろくでもない男で、私的な面でも大勢の愛妾を囲ってはしょっちゅう彼女らが問題を起こしているような有様なので、ファビアンも彼への敬意はない。
愛人を囲っている自分が非難できたことではないと言われるかもしれないが、いくらなんでもあの節操なしの国王と同列扱いは心外だ――ファビアンがそう言っても同意してもらえるくらい、王はだらしなかった。
「ブリジットは良い人だわ。姦通罪だって、ずっと否認しているのに……」
「あの義弟にしてはまともな女を選んだものだ、ということについては僕も同意する。だからこそ寵愛も失ってしまったのだろうけどな――あれは自分を正そうとする人間など嫌う」
アンジェリクは悲しげに言い、ミシェルは退屈そうに話す。
ジャルベールは静かに頷いて話を続けた。
「私では、陛下の決定を覆すことはできません。なにとぞ、王兄殿下のお力をお借りしたく」
「僕は常々、君は宰相としての仕事を放棄しすぎだと考えている。もう年齢だろう。引退して、ゆっくり余生を過ごしてもいいんじゃないか」
「お兄様」
辛辣な兄の言葉をアンジェリクは諫め、ファビアンはハッと気づいた。
――そうか。この男は宰相のジャルベール公爵だ。
ファビアンにとってはあまりにも雲の上の人であったため、顔も名前も知っていたのに目の前の人物とまったく一致しなかった。妻が王姉と考えれば、そういう人物が個人的に訪ねてきても不思議ではなかったのに……。
「宰相は生涯現役が鉄則。宰相を辞めるということは、王への反逆心ありと見なされてしまう――私がいちいち説明しなくてもお兄様だってとっくにご存知でしょうに。そんな意地悪言わないであげて」
アンジェリクの言葉に、ミシェルは曖昧な笑顔を浮かべるだけ。宰相ジャルベールも真意の読めない表情のまま、兄妹を見ている。
「お兄様、お願いよ。ブリジットを助けてあげて。一族郎党処刑となれば、彼女の妹たちも刑を免れない。一番下の妹は、最近身籠ったばかりとブリジットが話していたわ。罪のないお腹の子まで巻き込むだなんて、そんな」
アンジェリクは兄に訴えかけ、ミシェルはわざとらしいぐらい長いため息を吐いた。
そして、面倒くさそうに宰相に向かって手を差し出す。
「――出せ。どうせ持ってきているんだろう」
何のことかファビアンはさっぱりだったが、宰相にはその言葉で充分だったようで、脇に抱えていた封筒から書類の束を取り出してミシェルに差し出す。
書類を受け取ったミシェルは中身を一瞥することもなく無表情で紙を破り捨てた。
ビリビリという音が静かな中庭に響き、舞い散る紙片を幼いガブリエルは母親にくっついて見つめていた。
「これでいいだろう」
「ええ。ありがとう、お兄様。慈悲深いお兄様が大好きよ。ガブリエルも、正しい行いをしたあなたのことを誇りに思うわ」
微笑むアンジェリクにミシェルは苦笑するような表情を見せ、ガブリエルは母と伯父の顔を交互に見た。
「伯父様は、良いことをしたの?」
「そうよ。とても立派な選択をしたの。ミシェル伯父様のおかげで、たくさんの無実の人が助かったのよ」
「そうなんだ。さすが伯父様だね!」
無邪気に喜ぶ甥の頭をポンと叩き、ミシェルがまた立ち上がる。
「用は終わっただろう、ジャルベール。アンジュ、これでおまえも大人しく部屋に戻る気になったな」
「ええ……。そうね。もう部屋に戻るわ」
「おいで、ガブリエル」
伯父に呼ばれ、ガブリエルも立ち上がって母と共に肩を抱き寄せられていた。妹と甥の肩を抱き、ミシェルは執事長に少しだけ振り返る。
「ロジェ、片付けておけ」
執事長は静かに頭を下げ、私もこれで、と宰相ジャルベールも立ち上がりミシェルたちに挨拶する。アンジェリクは宰相の挨拶に自分もわずかに頭を下げたが、ミシェルはまったく振り返ることなく妹と甥を連れてさっさと中庭を出て行ってしまった。
「ロジェ、任せても構わぬか」
「どうぞお気遣いなく。後片付けは私の仕事ですから」
あたりにはミシェルが破り捨てた書類が散乱しているが、後片付けとはそれのことだろう。宰相もバシュレ邸の執事長に任せ、自分も中庭を出ていくようだ。
完全に置いてけぼりを食らって馬鹿みたいに椅子に座っているファビアンに、宰相がちらりと視線を向けた。
「貴公はいかがするのだ」
「は――わ、私も……いえ、えっと……仕事へ向かうことに致します」
「城に戻るのか?ならば私の馬車に乗るといい。私もこのまま城へ戻る予定だ」
何気なく話しているが、宰相ジャルベールはファビアンが誰なのかちゃんと認識しているということだ。
彼が中庭に現れてから一度も紹介がなかったので、宰相の視界に入っていたのかどうかも怪しんでいたのに。
「貴公のお父上とは多少面識がある。我がジャルベール領は、貴公の領地と隣接しているからな」
「さようでございましたか」
領地のことなど放ったらかしにしていたからすぐには思い至らなかったが、ジャルベール公爵領はたしかにバシュレ家の領地に隣接している。
と言っても、公爵領は広大で、隣接する領地など多数あり、バシュレ領などその一つでしかない。まさか、宰相がそんなことまで把握していたとは……。
ふと、そう言えば自分の領地はどうなっているのだろう、とファビアンは今更なことに気付いてしまった。前任の執事長に任せきりにしていたが、その執事長はクビになってしまっている。ならば、いまは誰が領地を管理しているのか。
「――バシュレ伯は、王姉殿下とは距離を置いているものだと思っていた」
考え込んでいたファビアンは、宰相の突然の指摘に咄嗟に反応できず、無様に狼狽してしまった。
宰相はそんなファビアンの醜態に反応を示すことなく、落ち着いた佇まいのままだ。
「あの御方には、あまり深入りせぬことを推奨する。アンジェリク様ご自身は善良な御方でいらっしゃるが、同母兄のミシェル殿下はご気性が激しい。アンジェリク様と親しくなれば、兄君との接触は避けられぬ……が、ミシェル殿下が、男の貴公を歓迎するとは思えぬ」
「は、はあ……」
そんなことを言われても、というのが素直な感想だ。ファビアンは曖昧に相槌を打つことしかできず、そんなファビアンに対し、宰相はどこか冷ややかで……憐れむような目を向けた。
「先ほどご覧になった通り、私もしっかり疎まれている。政治について、アンジェリク様に頼らぬわけにはいかぬゆえ、彼女のもとを個人的に訪ねることが多いものだから」
「彼女に、ですか」
「ミシェル王兄殿下は、現在、王城において唯一国王陛下の決定を覆すことができる御方だ。そのミシェル殿下に動いて頂こうと思ったら、アンジェリク殿下に直談判するしかない。彼女の言葉でしかミシェル殿下は動かない」
「はあ、それで宰相閣下はここに――そう言えば、先ほどのあれは……?」
つい質問してしまったが、まずった、とファビアンが自分の軽率さを後悔するよりも先に宰相が事も無げに答える。
「ミシェル殿下が破り捨てたあれか。死刑執行書だ。ブリジットを含め、王がこの一件でお命じになった人間全員分の」
「は――そ、それは……。いくら王兄殿下と言えど、そんな暴挙が許されるので……?」
「さてな。私はミシェル殿下に求められ、書類を渡しただけだ。その後のことは知らぬ」
そんな無責任な。
思わずそう言ってしまいそうになるのをグッと堪えた。
ミシェルにすべて責任を押し付けて、王の愛妾の処刑を止めた――止めなければならない理由があったのかもしれないが、押し付けられたミシェルが宰相の怠慢を非難するのも当然ではないか。アンジェリクはなだめていたが……やはり、宰相というだけあってこの男もなかなかの曲者だ。
さして地位の高くない自分相手にも誠実に接してくれるものだからすっかり警戒心も緊張感も解いてしまっていたが、そんな気さくに接していい相手ではなかった。ファビアンは気を引き締めなおした。
「王兄殿下は……妹君をとても大切に想っていらっしゃるのですね」
何か無難な話題に変えたかったがファビアンは思わずそんなことを言ってしまったが、この話題もまずったか、と内心反省した。
こういう時、気の利いた会話一つ思いつかない。そういうことも必要ない世界でしか生きてこなかったから……。
「大切に……。まあ、そうとも言えるか。彼女にとって最大の庇護者であるという部分は真実なのだから」
宰相の含みのある言い方に、ファビアンは目を瞬かせる。宰相はそんなファビアンの反応に気付き、そうか、とさらに納得したように呟いた。
「若い貴公は知らぬのか。王兄殿下たちの生い立ちを。当時はなかなかの騒ぎにはなったが……。王家の醜聞だからな――世代でなければ、積極的に話す人間もいないのだから知る機会もないか」
そう言いながらも、宰相は隠すつもりはないらしい。あっさりと、ミシェル、アンジェリク兄妹の生い立ちを語った。
「ミシェル殿下、アンジェリク殿下は、お母君に姦通罪の疑いがかかったことにより、幼くして王城を追放され、北方の辺境地で兄妹だけで過ごすこととなった。お二人の身の回りの世話をするために当時の乳母と、幼かった乳母の実子だけは同行を許され、処刑を免れた――殿下たちの母方の一族はお母君含めて全員が処刑されている」
その乳母の子というのが、あの執事長のロジェ。
宰相はそこまで説明してくれた。
そういう生い立ちでは兄妹の絆が普通よりも強いのも当然だし、執事長への格別の信頼も理解できる。
しかし、宰相はこれを麗しき兄妹愛の物語として話したつもりはないらしい。
「――このような生い立ちから、ミシェル殿下にとって世界とは、アンジェリク殿下かそれ以外かという認識だ。幼馴染みの乳兄弟だけは、もう少し別の認識をしているようだが」
だから、ミシェルとは関わらないほうがいい。
宰相はそこまでは口にしなかったが、言外にそう言われた、とさすがのファビアンも感じ取った。
宰相の厚意で城まで馬車で送ってもらったものの、夜になるとファビアンはまたバシュレ邸に来ていた。
昼間と同じように召使いの取次なく屋敷に入る。
召使いたちはみな、アンジェリクとの結婚後に彼女のが雇った新参者ばかりだ。この屋敷で生まれ育ったファビアンほど、この屋敷の造りには詳しくない――先祖代々受け継いできたファビアンしか知らない出入り口も存在していたのだ。
夜のとばりが降りた屋敷内は静かで、廊下はシン……としており、扉の向こうからは人々が眠っているような気配すら感じられる。
騎士としての訓練を積んだファビアンは足音を立てることなく素早く移動して、女主人の部屋――かつては母が使っていた部屋を目指した。
いまはきっと、アンジェリクの部屋となっているはずだ。
部屋の前に着くと、大きく深呼吸してから扉越しに中の様子をうかがう。扉にぴったり耳をくっつけていたが、部屋の中からは物音一つしない。
誰かがいるような気配は……するかもしれない。音を立てないように扉を開け、必要最低限の隙間で身体を滑り込ませる。
部屋の内装はファビアンの記憶にあるよりは様変わりしていたが、見覚えのある家具もちらほらあった。
どうやら、母が使っていたものの一部をアンジェリクも使っているらしい。
女主人の部屋は内扉で仕切られており、奥が寝室となっている。手前の部屋には中央に美しくも上等な長椅子が置かれていて。
――アンジェリクは、その長椅子に横になって眠っていた。
髪は降ろして、薄手の寝衣一枚。女物のガウンが近くの別の椅子に放置してある。
そばの机に開きっぱなしになった本が置かれているところを見ると、ここで寛いでいる間にうたた寝をしてしまった、というところだろうか。
長椅子のクッションを枕代わりにして……無造作にクッションに投げ出された左手の薬指には、指輪があった。
ジャルベール公爵(45)
王国宰相。先代国王の時代から宰相職を務め、
ミシェル、アンジェリク兄妹の生い立ちを知っている人物。
たぶん、他のことも色々知っている。
だいぶ真っ当な人ではあるが、善良な人というわけではない。
国王(20)
ミシェル、アンジェリクの異母弟。
すでに色々語られているように、なかなかの暗君でろくでなし。




