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承 -後編-


バシュレ邸で王姉アンジェリクと対面してから数日後。ファビアンは支度をしながら、見慣れた我が家をじっと見まわしていた。


「ファビアン、出かけるの?今日は休みじゃなかったの?」

「休日出勤だ」


マチルドに声をかけられ、そっけなく答える。そう、と相槌を打つマチルドに振り返りもしなかったので、ファビアンは彼女の顔を見ることもなかった。

行ってらっしゃい、と見送った彼女が、どんな表情をしているのかもまったく気付かなかった。


自分を一瞥もせずに出て行ったファビアンを見送った後、一人で残ったマチルドはいつものように掃除や洗濯――家の雑事をしながらため息を吐く。


最近のファビアンは、明らかにおかしい。

先日、自分の屋敷を訪ねて以来……はっきりとは口にしていないが、マチルドやこの家のことを何かと比較しているように見える。それが何なのか、分からないわけがない。

……いい加減、自分も、気付かないふりをするのに疲れた。もう潮時なのかもしれない。




馬車を降りて、門をくぐる前に改めて屋敷を見上げる。

爵位は高くないものの、バシュレ伯爵家は歴史ある家柄で、屋敷は立派なものであった。だが、建物の維持管理に関心のないファビアンが両親なき後放置し続けてきたことで、古ぼけて陰鬱な雰囲気のものに変わり果てたはずだった。


それがいまはすっかり手入れされ、両親が健在だった時よりも見事なものになっているようにすら見える。

ファビアンは門をくぐって玄関の扉を開けた。突然の訪問者に玄関ホールを掃除していた召使いたちは驚いていた。


「アンジェリクはどこだ?」


召使いたちの困惑を無視し、ファビアンが問う。

ファビアンはこの屋敷の正当な主であり、足を踏み入れるのに誰の許可も必要ない。主人の帰還に戸惑う召使いたちのほうが異常なのだ――そう思い込み、ファビアンは胸を張った。


元は自分も暮らしていた屋敷だ。どこにどんな部屋があるかは分かっている。

主人の妻なら、女主人の部屋――ファビアンの母親が使っていた部屋を使っているはず。亡き母の部屋へ向かおうと階段に足をかけたファビアンは、ふと気配に気づいて立ち止まった。


「誰か来ているのか?」

「本日は奥様の肖像画を描くため、画家を招いております。アルマン・ド・オリオールという……奥様とは以前から懇意にしていて」

「絵描き」


芸術には疎いが、王都でも有名な絵描きの名はファビアンも知っていた。

男が来ている――ファビアンはそれ以上の説明を無視し、アンジェリクの部屋を目指した。

かつては母が使っていた部屋には、男がいた。ただしそれはファビアンも見覚えのある男で、恐らくは部屋の片付けをしていたらしい執事長が、ファビアンの登場にわずかに眉をひそめながら言った。


「アンジェリク様に御用ですか?アンジェリク様ならば、ガブリエル様たちと共にサロンにいらっしゃいます」


心なしか、執事長の声にはファビアンを非難するような色がある。無作法にアンジェリクの部屋に押しかけてきたことを不快に思っているらしい。

だがファビアンのほうも執事長のそんな態度など知らんぷりを決め込み、階段を駆け下りてサロンへと向かった。


忘れかけていたが、そもそも自分があの女に会おうと思ったきっかけは、彼女の妊娠疑惑にある。

前回は幼い子供の手前、問い詰めることは控えていたが……妊娠が事実だとしたら、妻はどこかで男と会っていることになる。絵描きなどおあつらえ向きではないか。


廊下にまで話し声が聞こえてくる。サロンへの扉は開けっ放しとなっているのだろう。

わざと足音を立てて大股で歩き、ファビアンはサロンへと乗り込んだ。


途端、二人の女性と幼い子供が一斉にファビアンに振り返った。女性のうち一人は、もちろんファビアンの妻でもあるアンジェリクだ。幼い子供は、彼女の息子ガブリエル。


アンジェリクは髪を下ろし、ずいぶんと寛いだ格好だ。おおよそ、絵描きを迎えてモデルを務める姿ではないような気もしたが……絵描きの姿はなく、部屋にいるのはキャンバスにアンジェリクを描く見知らぬ女性と、その女性のそばで絵を眺めているガブリエル……少し離れたところで、足を組んで座っている王兄ミシェルのみ。


「――彼の入室を許可した覚えはないが」


椅子のひじ掛け部分に肘をついた姿勢で、ミシェルがぽつりと呟く。ミシェルはファビアンを一瞥することもなく、その声は冷たい。

なぜかぎくりとなって、ファビアンは背筋を伸ばし、慌てて姿勢を正した。その場で立ち尽くし、応える声も出ないでいるファビアンに代わり、遅れてサロンに入ってきた執事長が頭を下げる。


「申し訳ございません。アンジェリク様たちにお取次ぎする暇もなくバシュレ伯爵がこちらへ向かわれてしまいまして……」

「もしかして、ファビアン様もオリオールのファンなのですか?」


優しい声が、ピリッと張り詰めた冷たい空気を溶かす。アンジェリクはファビアンに向かって微笑み、ファビアンはようやく息をすることができるようになった気がした。


「は、ははっ――オリオールは、ここにいるのですか?」

「彼女がそうですよ。ヴィオレ、彼は私の夫のファビアン」


アンジェリクがファビアンのことを紹介すると、用意された椅子に腰かけてキャンバスに向かっていた女性が立ち上がり、完璧な淑女の礼をした。


「初めまして、バシュレ伯爵。私はヴィオレ・ド・オリオール――絵描きとして仕事をする際には、亡くなった夫の名を使っております」

「亡夫の名前……オリオールは女……」

「驚いたでしょう。ヴィオレの正体を知っている人は少ないから、ファビアン様も内緒にしてあげてくださいね」


ファビアンが戸惑っている理由を、恐らくアンジェリクたちは誤解している。真実を話すわけにもいかないので、ファビアンはさらに立ち尽くしてオロオロとするばかり。

アンジェリクは夫の内心を詮索することなく、視線を自身の兄に向けた。


「お兄様、許してあげて。画家オリオールに会えるのはごく一部の限られた人間だけ。ファビアン様が逸ってしまうのも無理ないわ」

「おまえのお人好しは度が超えている――だが、寛大な僕は、おまえの頼みを聞き入れて引き下がってやろう。こんなにも優しい兄を、妹はもっと褒め称えるべきだと思うのだがね」

「優しいお兄様が私は大好きよ」

「僕も伯父様大好きだよ!伯父様はいつも優しい」


賛辞を強要されたアンジェリクは、苦笑いしながら兄に愛の言葉を伝える。傍目にもはっきり分かるほどの棒読みだったが、ミシェルを満足させるには十分だったらしい。無邪気の甥の言葉も効いたのだろう。

絵描きのオリオールは改めて椅子に腰かけ、絵の続きを描き始めた。


「ロジェ、ファビアン様にも椅子とお茶を」

「かしこまりました」


アンジェリクの指示を受け、執事長は他の召使いたちも呼びつけてファビアンの椅子も用意させる。

この屋敷の本来の主はファビアンだというのに、アンジェリクが命じなければファビアンには座る椅子もない……先に屋敷を放ったらかしにしていたのはファビアンのほうではあるのだが……。


召使いたちはよく教育されているようで、静かに手際よくファビアンの席も用意してくれた。

居心地の悪さを感じながらもファビアンは腰かけ、目の前の光景を、どこか遠くで起きている出来事のように眺めていた。

この場で、ファビアンだけが異質で、まったく馴染んでいない。

……いや、アンジェリク、ガブリエル母子と伯父のミシェルの三人がまとう空気が、完成された一枚の肖像画のように枠の中にきっちり収まって、他のものが入り込む余地がないのだ。


モゾモゾと椅子に座ったまま身動ぎしながらも何もできずにいるファビアンは、部屋の片隅で執事長のもとに召使いが何やら耳打ちに来るのを見つめていた。


「――ミシェル様、アンジェリク様、他のお客様もいらっしゃったようです」

「ようやく来たか」


執事長の報告に対し、ミシェルは意外そうにすることもなく答えた。ミシェルのその言葉を受けて執事長は軽く頭を下げ、客を出迎えに行く。


幼いガブリエルはきょとんとした目で執事長が出て行った扉を見つめていたが、数分と経たずに部屋の外がにぎやかになり、大勢の若い娘を引き連れた派手な女性が執事長に案内されて部屋に入ってきた。


「お待たせして大変申し訳ございませんでした!まあ、オリオール様もすでに到着されてすっかり準備を整えて――さ、おまえたちもさっさと準備を!」


甲高い声が部屋中に響き渡り、派手な女が手を叩くと、彼女の後ろから入ってきた娘たちが大荷物を抱えて部屋中で何やら準備を始める。

娘たちはお針子だったらしい――彼女たちがずらりとドレスを並べていくのを見て、ファビアンも理解した。


絵描きのそばにいたガブリエルは目を輝かせ、部屋中に並べられていくドレスの合間を走り回っている。


「さあ。今日のアンジェリク様に相応しいお衣装を見つけませんと」

「もうドレスなら十分なのに」


はりきる女とは対照的に、アンジェリクは尻込みした様子で苦笑する。絵描きはクスクス笑っていた。


「おまえを着飾らせるのは僕の趣味だ。諦めて着せ替え人形になっていろ」


ミシェルは上機嫌で言い、腰かけていた椅子から立ち上がる。ミシェルのそばにはいつの間にか執事長も立っていた。


「もう一人、客が来た。僕はそっちの対応に行ってくる。デボラ、アンジュ任せにすると一枚も選ばないから、君が選んでおいてくれ」

「お任せを」


デボラと呼ばれた女は大げさなぐらい仰々しい挨拶をし、ミシェルは部屋を出ていく。

残されたデボラはさらにお針子たちに指示を出して持ってきたドレスを広げ……ファビアンと目が合って、ようやく知らない人間がこの場にいることに気付いた。


「あら、失礼――どちら様かしら」

「アンジェリク様の夫の、バシュレ伯爵ですわ」

「ああ……」


デボラの問いに、絵描きのオリオールが答える。

デボラはあまり興味なさげな相槌を打ったが、不躾なほどファビアンをじろじろと見、あ、と何かを思い出したような声を上げた。


「聞き覚えのある名前だと思ったら、マチルドの恋人ね。彼女の幼馴染がうちでも働いていて、身分違いの関係を続ける彼女を案じていたわ」


デボラの言葉に、ファビアンはぎくりとなる。

絵描きは聞こえなかったふりを努めているようだが、アンジェリクはデボラをじっと見つめていた。


「ここにいらっしゃるということは……やっぱり、平民と貴族の恋なんて、こんな結末にしかならないわよね」


デボラはファビアンの冷や汗とアンジェリクの視線に気付いているのか、いないのか。

……気付いていて、遠回しな嫌味を言っているような気もする。ファビアンがここにいることについては誤解しているようだが。


絵描きのオリオールが、コホン、とわざとらしく咳払いをする。デボラはちらりと絵描きを見、小さくため息を吐いた後、ファビアンに向かって完璧な愛想笑いを取り繕った。


「ま。私としたことが。お喋りが過ぎましたわね。ご機嫌よう、バシュレ伯爵。直接お目にかかるのは初めてですわよね。私、モード商をしております、デボラ・バルビエと申します。アンジェリク様のドレス作りを一任されておりますの」

「も、もーど……」

「服の仕立て人のことですわ。ただ作るだけでなく、デザインも致しますの」


ファビアンはファッションになど疎く、ドレスなどさっぱりだ。だが、そんなファビアンでも名前は聞いたことがあるような気がする。

絵描きのオリオールと言い、アンジェリクは顔が広い――王姉という立場を考えれば、著名人との繋がりも当然なのだが。そんなことにも思い至らなかった……。


「アンジェリク様にご贔屓にしていただいておりますが、私自身は平民ですわ。私の店で働く者も平民がほとんど……。そのご縁で、バシュレ伯爵とも意外な繋がりがございましたのね。面白いこと」


デボラの言葉に、ファビアンは咄嗟に返事ができなかった。

ファビアンの愛人は平民――彼女のことは、アンジェリクにはすでに伝えてある。自分が愛しているのは彼女だけだと、結婚初日に宣言した。だから……いまさら彼女の話題が出たところでうろたえる必要もないのだが……自分は、決してアンジェリクに引け目を感じたりなど……。


コホン、とまた絵描きがわざとらしく咳払いした。


「バシュレ伯爵。今日は王兄殿下の強いご要望で、アンジェリク様の肖像画を仕上げることになっております。マダム・バルビエを呼んだのも、絵のモデルを務めるアンジェリク様の衣装選びのため――アンジェリク様はお召し替えになりますので、男性の方にはご退出して頂きたいのですが……」


絵描きが自分を追い出そうとするのを、ファビアンは抵抗しなかった。平時ならば屋敷の主に出て行けとは何事か、と腹を立てたことだろう。今回ばかりは渡りに船とサッと立ち上がり、気まずいこの場を離れることにした。


「それは気付かず、申し訳ないことをした。ゆっくりドレス選びをしてくれ」




胸を張り、気取った態度で部屋を出ていくファビアンを見送ったデボラは、フン、と鼻で笑った。


「つまらない男――まっ、失礼。私ったら」


思わず漏れてしまった本音に、デボラは悪戯っぽく舌を出す。絵描きのオリオールは困ったようにデボラとアンジェリクをチラチラと交互に見、アンジェリクは控えめに微笑んだ。


「デボラ。マチルドという女性の話を聞かせてもらってもいい?ファビアン様は彼女だけを愛しているとおっしゃっていたわ」


アンジェリクが言うと、デボラはにっこり笑って彼女と向き合う。

デボラが連れてきたお針子たちは完璧な営業スマイルで職務に忠実に励みながらも、内心は興味津々で、デボラとアンジェリクの会話に耳を澄ませていた。幼いガブリエルは並べられたドレスの間をちょろちょろ移動していた。

ヴィオレ・ド・オリオールは、改めて絵を描く準備を始めることにした。


「私も、彼女の幼馴染みという娘からの伝聞で知っている程度ですわ――真面目な働き者で、ファビアン・ド・バシュレなどと関わらなければ、今頃はそれなりの結婚をし、それなりの幸せをつかんでいたのに……とあの子も嘆いておりました。その娘はとうに結婚し、子どもも儲けて家庭を築いてるのですが、時々自分の家を訪ねてきた彼女が自分たちを羨むような様子を見せるので、貴族の男となどさっさと別れてしまえ、と何度も説得してきたそうですわ」

「平民と貴族では結婚は不可能だもの。マチルドさんは、それを納得した上での愛人関係なのだと思っていたのだけど……」

「彼女自身もその覚悟はあったことでしょう。でも、現実を突きつけられて耐えきれるかどうかは話が別ですわ。長年連れ添ったはずの男があっさり他の女と結婚して、動揺せずにはいられないものです」


ペラペラと喋るデボラに、絵描きのオリオールはまたまた咳払いをする。話は中断となり、オリオールも口を挟んだ。


「デボラ様。ガブリエル様の前で、そこまであけすけな話をなさるのはちょっと……」

「あらあら、私ったら。とんだ無作法を」

「気にしないで。話を求めたのは私なんだから」


三人がガブリエルに視線を向けると、ガブリエルは注目されたことに気付き、振り返った。


「お母様にはこのドレスが似合うと思う」


幼子の発言に三人揃って目を瞬かせた後、まったく同じタイミングで笑い出す。笑う女性たちを、ガブリエルは不思議そうに見つめて首を傾げた。


「ガブリエル様は伯父上様にも劣らぬ大物になられるわ」


デボラが言い、本当に、とオリオールも賛同する。アンジェリクもクスクス笑い続け、我が子が選んでくれたドレスに着替えることにした。




サロンを出たファビアンは手持無沙汰なままウロウロと歩き、気付けば玄関ホールにまで来ていた。

……話し声が聞こえる。


男の話し声で、声のするほうへと足を動かしてみれば、玄関ホール隣の部屋――開けっ放しとなった扉から、王兄ミシェルと見知らぬ男がいるのが見えた。

何を話しているのかは聞こえなかった。聞こえる距離まで近づいた時には、ミシェルが話を止めてしまったし……。


「ユベルドー。彼は妹の新しい夫だ」

「ああ……。初めまして、バシュレ伯爵。フラーズ商会の会長を務めておりますユベルドーと申します」


ミシェルが紹介すると、見知らぬ男は愛想笑いを取り繕ってファビアンに挨拶する。

上等な身なりに、上品な仕草は貴族にも劣らぬものであったが、フラーズ商会の会長と言えば平民だ。王侯貴族も利用する大商会だが――ファビアンが気軽に利用できるような店ではない。


「今日はアンジュの絵を描くため、ドレスだけでなく宝石も優れたものを選びたくてね。デボラと共に彼も呼んだんだ」

「マダム・バルビエもいらっしゃっているのですが。では、そちらにもぜひご挨拶を」


例の仕立て屋の女の話が出て、ファビアンは焦った。

先ほど彼女たちのいたサロンから逃げ出した理由を考えれば当然である。愛人の話が出て、バツが悪くて逃げ出してきたのに。


「私はこれにて失礼いたします。今日は昼から出勤となっておりましたので……」

「勤めご苦労。アンジュには僕から言っておこう」


慌てて立ち去ろうとするファビアンを、ミシェルは笑顔で見送る。

――あからさまだったのに何も気付かないふりで彼を見送るのは、ミシェルのほうもさっさと彼に出て行ってほしいからだろう。ユベルドーは双方の内心を察し、こっそりと笑った。




「彼の者がアンジェリク様の夫君に選ばれたのは、殿下のご采配ですね」

「素晴らしい男だろう。どこまでも浅はかで単純で、非常に分かりやすい。僕は裏表の分かりやすい人間が大好きだ」


手に持っていた物を改めて見つめ、ユベルドーの問いにミシェルは笑顔のまま答える。話題にはしているものの、ミシェルはあの男にほとんど興味がないらしい。


「それに、彼はマチルドという女一筋なのだそうだ。アンジュも言っていたから間違いない。式を挙げたその直後に、自分が愛するのはマチルド一人であり、おまえを愛することはないとアンジュに宣言してきたと」

「それはそれは……。では、今日は何の用で彼はここを訪ねてきたのです?」


問いかけて、この質問はまずったな、ということをユベルドーは察した。

手にしていた物をしげしげと眺めていたミシェルの動きが止まった。彼はユベルドーにとって間違いなく上客だし、これからも縁を大事にしたい相手ではあるが、深入りしてはならない。

何気ない世間話のままで、この場を切り抜けなくては。


「アンジェリク様とお会いになりたがるというのは、あまり好ましい傾向ではございませんなぁ。あの御方を前にしたら、あの程度の男など、すぐ心移りしそうだ」

「アンジュの美しさは万人が認めるところだが、心移りというものは僕には理解できないな」


そうだろうな、とユベルドーは心の内で相槌を打つ。

心移り、など。きっとミシェルには生涯無縁のものに違いない。ただ一人の女性に執着し続ける彼に、心移りなど起こりえるはずがない。


「――品物は、お気に召しましたかな」


ユベルドーは話題を変えた。箱に入ったワイン瓶を見つめ続けていたミシェルは顔を上げ、上機嫌で頷く。

自ら開けた箱の蓋を閉めるミシェルに、ふむ、とユベルドーは小さく声を上げた。


「相変わらず、殿下は勤勉にあられる。このようなこと、人を遣ってやらせればよろしいのに――私も職業柄様々な人間に会ってきましたが、自らこまめに働く王族というのはなかなか珍しいものですよ」


自分たちが信頼されていないから、ミシェル自らやろうとするのかな、という疑念はある。そこまでつっこむと我が身が危険なので口には出さないが。

ミシェルは気を悪くした様子もなく、笑顔で言った。


「勤勉というつもりはないんだが、僕はせっせと働くのは嫌いじゃないんだよ――目障りな羽虫を叩き潰す爽快感は、何度味わっても良いものだ」



ヴィオラ・ド・オリオール(21)

未亡人の絵描き。仕事の際は亡夫の名前を使っているため

世間的には男と勘違いされている。

アンジェリクとの友情を大切にし、空気を読む良識人。


デボラ・バルビエ(26)

平民ながらに王姉アンジェリク御用達のモード商として

ブイブイ言わせてる仕立て屋。

情報通というよりは噂話好きであえて空気を読まずズカズカ話すことも。


ユベルドー(29)

王兄からの覚えもめでたい大商人。

王兄の裏の顔もだいぶ知ってるので、しっかり商売をしつつも

彼の不興を買わないよう気を付けている。


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