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承 -前編-


国のモデルは雰囲気だけ中世~近世ごちゃまぜのフランス。

ヨーロッパ史の作者が好きなところだけ寄せ集めて作られた設定なので

真面目に考察してはいけないやつです。



ここ数日、家に帰ってきたファビアンはイライラした様子だった。

お帰り、とマチルドが笑顔で出迎えても無視に近い勢いで横をすり抜けていき、何か考え込んでいるのか、マチルドのことを見もしないで家の中をウロウロして、そうかと思ったら自室に引っ込んで大声を悪態を吐いている。


仕事が大変なのかな、とマチルドも静観に徹していたのだが、ある日、人が訪ねてきて。

見覚えのない男だが、探偵か何かかな、とマチルドが玄関で対応していたら、自室にいたはずのファビアンがすっ飛んできて男が差し出してきた手紙のようなものをひったくり、ものすごい勢いで読み始めた。

マチルドは目を丸くしてファビアンを凝視したが男のほうは特に動じることもなく、丁寧に頭を下げて帰って行ってしまった。


ファビアンはそのまま手紙を貪り読み、いったいあの男は何者なのか、その手紙は何か、とマチルドが尋ねても無視し続けていた……というか、手紙に夢中で本当に耳に入っていないようだった。


諦めてマチルドも自分の部屋に戻り、就寝の支度をしていたら、ファビアンがノックもなし扉を開けて話し始めた。


「ランソンは俺を裏切っていた!俺が屋敷に帰らないのをいいことにバシュレ家の財産を着服し、バシュレ家の召使いを自分の家来のようにこき使っていた!そのせいでまともな召使いたちは逃げ出し、残ったのはランソンの腰巾着をするしか能のないろくでなしだけだった!」


鏡台の前に座って身支度をしていたマチルドは、鏡越しに自分のベッドにドサリと腰かけるファビアンを見つめていた。

ベッドに座ったファビアンは持っていた手紙をベッドの上に放り出し、頭を抱えてうなだれている。

信じていた家人に裏切られ、本当にショックだったのだろう。


マチルドは立ち上がってベッドに近付き、ファビアンが放り出した手紙を拾って読む。

手紙は、報告書だった。さっき訪ねてきた男は探偵の類だろう。ファビアンの父親が亡くなってファビアンが当主となり、ファビアンの母親も尼僧院に入ってしまって主人一家のいなくなったバシュレ邸宅について調べたらしい。


マチルドでは報告書を完全に読み解くことはできなかったが、ファビアンが説明したことも合わせて手紙の内容を繋ぎ合わせ、ああ、と納得したような声を上げた。


「あんたを訪ねてお屋敷の人たちが何度かここに来てたけど、これを訴えに来てたんだね。あんたは私とあんたの仲を引き裂きに来たんだって決めつけて、全然話を聞かずにすぐ追い返してたけど」


過去を思い出して合点がいったように話すマチルドに、ファビアンが顔を上げる。

マチルドを見るその形相は、怒りに満ちていた。


「知っていたなら、なぜ俺に言わなかった!?」

「いまその話を聞いて、そういうことか、って私もようやく分かったんだよ!知ってたわけないだろ!向こうは私と話そうともしなかったし、あんたは話を聞こうともしなかったんだから!」


怒鳴られて、理不尽さに腹が立ちマチルドも思わず怒鳴り返す。

ファビアンがベッドから勢いよく立ち上がったものだから、殴られる、とマチルドも思わず身構えてしまった。

――それはマチルドの杞憂に終わり、激高したままではあったがファビアンは大股でマチルドの部屋を出ていき、バタン!と乱暴にドアを閉めただけだった。


扉の向こうで足音が遠ざかっていくのが聞こえて、マチルドはホッと胸を撫で下ろした。

……そして自嘲する。


ファビアンはマチルドに暴力を振るったことはない。出会った頃から騎士道精神を備えた若者で……昔だったら、殴られる心配なんかしなかった。

でも時が経ち、ファビアンもちょっとずつ出世して行って、バシュレ伯爵家を継いで、色々と立場が変わって。

マチルド自身の彼に向ける感情も変わってしまったな、と思う。


長いこと自分の本音に蓋をして、必死で気付かないふりをしてきたが……半年前に彼が結婚したことで、いよいよ限界を感じ始めた。


自分は、ファビアンさえいればそれでいいと思えるほど純朴な少女ではなくなってしまった――ファビアンが、マチルドさえいればそれでいいと他のすべてを投げ捨てて生きることができないように。




ファビアン・ド・バシュレがようやく自分の屋敷で起きていた問題を把握していた頃、バシュレ伯爵家の屋敷でも問題のひとつが解決されようとしていた。




バシュレ伯爵家の元・召使いアポーは勝手知ったる様子で裏門から侵入し、勝手口を開けて屋敷内へと入り込む。

勝手口のカギは、アポーがこの屋敷でいま雇われている召使いの女の子を騙して開けさせておいたものだ。


雇われて日が浅かったらしく、アポーの顔と愛想の良さにコロッと騙されて、ペラペラとなんでも喋ってくれた。ちょっと真剣ぶって口説いてみたらすっかりのぼせ上がって、また会いたい、と話すアポ―のために侵入路を確保しておいてくれるようになった。

そうして彼女から、いまの女主人は妊娠しているようだ、という情報を得た。


彼女は女主人と直接顔を合わせるような立場にないのだが、人目を避けるように医者がこの屋敷に通い、不調の女主人のために料理も厳しく、細かく指示を出されている……という状況を繋ぎ合わせて推測した結果、妊娠したかもしれない、とアポーは思ったのだ。

夫は結婚式当日以降、屋敷にずっと戻ってきていないのに。一人で妊娠できるわけがない……ということは。


確信はないが、証拠は別に必要ない。ファビアン・ド・バシュレに訴えるなら、疑いだけで十分。

クビにされた腹いせと、密告の褒美……もしくは、口止め料ぐらいは期待したのだが。

ファビアン・ド・バシュレという男は気が短く視野も狭いようで、教えてやったアポーに礼をするということは頭からすっぽ抜けているようだ。

……ならば相手を変えるか。


バシュレ夫人の妊娠について、もう少し確証を得、今度は夫人のほうに話しに行く。

王族だし、きっとバシュレ伯爵よりもずっと気前よく振舞ってくれるはずだ。


今夜はいつもの若い女の召使いが自分を出迎える様子はないが……かつては働いていた屋敷だ。彼女の案内がなくとも、女主人の寝室の場所ぐらいは見当がつく。

灯りのない長い廊下を足早に、足音を立てることなく進み、アポーは目当ての扉に手を伸ばそうとした。

――伸ばした手は扉に触れることなく、アポーはその場に崩れ落ちる。我が身に何が起きたのか、永久に理解できぬまま。


自分の足元に倒れ込んだ男を、ロジェは顔色ひとつ変えることなく見下ろしていた。




バシュレ夫人ことアンジェリクはバシュレ邸の女主人の部屋ではなく、我が子ガブリエルの部屋にいた。


息子の好みを取り入れつつもアンジェリクが整えた部屋は美しく、部屋の中央にはガブリエルが横になっても余るほど大きな長椅子がある。

いまは母子で並んで座り……すぐそばの椅子に、アンジェリクの兄ミシェルがゆったりと足を組んで座っていた。

寛いだ様子ではあるが、その姿は玉座に腰かける国王の如く不遜な存在感と貫禄がある。生まれながらに、兄は王者の風格を備えた男だった……。


アンジェリクは、自分に寄り添ってたどたどしい口調で本を読む息子の頭を撫でた。

ガブリエルは、母のお腹にいる弟妹のためにお気に入りの本を読んでくれている。我が子の優しさと賢さを慈しんでいたアンジェリクは、部屋に響くノック音に反応しなかった。

ガブリエルは本から顔を上げたが、兄ミシェルも反応せず、妹と甥を眺めて満足げに笑っているだけ。


返事がなかったというのに当然のように部屋に入ってきたロジェはミシェルに近付き、彼にこそっと話しかけた。

何の話をしているのかはアンジェリクには聞こえなかったが――聞きたいともあまり思わなかったが……ガブリエルはぱちぱちと目を瞬かせて伯父と執事長のやり取りを見ている。


「大したことじゃない。ガブリエル、母様とお腹の子のために、続きを読んであげなさい」


妹と甥を愛する優しい伯父の顔でミシェルがそう言えば、ガブリエルは頷き、本の続きを読み始めた。

アンジェリクはまた息子の頭を撫でながらも、ジトっと兄と忠実な執事長を睨む。


ロジェはいつもと変わらぬポーカーフェイスで女主人の非難がましい眼差しを受け流し、ミシェルは笑顔を崩すことなく言った。


「そう心配しなくていい。密告者が情報を得るためにはやつに協力する背信者がいるはずだ……と考えていたが、幸いにも、僕たちを裏切っていた愚か者は一人だけだった」

「最近入った若い女でした。明日には密告者と共に彼女の痕跡もこの町から完全に失われることでしょうから、アンジェリク様もどうぞお気になさらず」


ロジェの説明に、そういうことを気にしてたわけじゃないんだけど、とアンジェリクは心の中で呟いてため息を吐く。

反抗しても、もう彼女への対処は終わってしまっているに違いない。


「……不必要に罰しないでね。そういうことは……いまはあまり起きてほしくない」


息子の頭を撫でていた手で自分のお腹に触れて言えば、ロジェは静かに頭を下げた。

アンジェリクが釘を刺しておかないと、疑わしきは全て消し去ると言わんばかりにロジェは対象を増やしてしまう。彼女とちょっと喋ったことがあるから……とか、その程度の理由と関りで。

ロジェがアンジェリクには甘いことを利用させてもらうしかない――巻き込んでしまった自分が言えた義理ではないが。

彼女からすれば、アンジェリクも立派な加害者だろう。それでも、せめて犠牲になる人を減らすことができれば、と口出しせずにいられなかった。


「沈黙は金とはよく言ったものだ。不用意なお喋りは自らの首を絞めてしまう――そのスリルが楽しいのは否定しないが」


兄が笑う。

嘲笑しているわけではなく、心から愉快に感じているのだろう。アンジェリクはまたため息を吐いた。


「お喋り好きな男はわざわざ王城にまで押しかけて吹聴して回ったらしい――ファビアン・ド・バシュレの直属上司はデムラン侯爵だったな。僕に懐疑的な男だが、いちいち庇い立てするほどの義理もないはず」


アンジェリクは兄に話しかけようとして、自分に寄りかかる重みが増したことに気付き、口を閉じる。

振り返って見下ろしてみれば、息子ガブリエルはアンジェリクにもたれかかって、すやすやと寝息を立てていた。持っていた本は眠りに落ちたガブリエルの手から滑り落ち、床へと落ちる。

すぐそばの椅子に座っていたミシェルが立ち上がり、アンジェリクたちに近付いてきた。


「――いい。僕が連れて行く」


ミシェルは控えている執事長に短く命じると、眠る甥をそっと抱きかかえる。体勢が変わる感覚にガブリエルはわずかに目を開けたが、伯父の姿を視界にとらえると、自ら手を回してミシェルにしがみついた。

甥の身体を片手で軽々と支えながら、ミシェルが笑う。


「こうして抱いてみると、ずいぶん大きくなったと実感させられる」

「本当に……。ついこの前まで、私でも片手で抱っこできたのに」


アンジェリクも立ち上がり、ミシェルの肩にもたれかかっている息子の髪を撫でた。眠ったまま、ガブリエルはむにゃむにゃと寝言を呟く。その寝顔を眺めていたアンジェリクは、自分を見つめている兄に気付いた。


「先に部屋に戻っていろ。ガブリエルをベッドに入れたら僕も戻る」


妹が相手でも、ミシェルは当たり前のように命令口調である。アンジェリクは苦笑いした後、眠る息子の額にキスをして子供部屋を出た。




日は少し進み、ファビアン・ド・バシュレがいつもと変わらず出勤したある日。

同僚が荷物をまとめている姿に目を瞬かせた。


「辞めるのか?」

「まさか。異動だよ」


軽口も言い合える貴重な同僚だったので、彼が去ってしまうのは寂しい。だがかえってきた答えは少し意外なもので、ファビアンは目を丸くした。


「異動?こんな時期に?」

「ああ。本当に急だよな――バダンテール地方に……一応、栄転ではある」

「前線じゃないか」


互いに王国騎士の家系に生まれ、国のために戦うことは名誉なことではあるが、平和な王都とは比較にならないほど危険な場所である。国にとって重要な土地なので、将来有望な騎士が赴くことはたしかに珍しいことではないが……。


「無事に帰って来いよ。戻ってきたら上官か――しっかり奢らせてやるからな」


おいおい、と笑って握手を交わしながらも、同僚の表情にはどこか陰りがあった。

それも当然のこと――とファビアンは思い込み、実は違う事情があることにまったく気付かなかった。


その男は一時間ほど前に上司でもあるデムラン侯爵に呼ばれ、異動命令を受けて……その時に、ちくりと忠告された。


「――貴公は、ファビアン・ド・バシュレと共にアンジェリク殿下の悪口を触れ回っていたそうだな」

「は」


思いもかけぬ指摘に、男はぽかんと口を開けたまぬけな表情のまま固まってしまった。デムラン侯爵の鋭い視線を受けてハッと我に返り、改めて姿勢を正す。


「い、いえ、悪口などと――触れ回るなど、めっそうもございません!」


悪口を言っていた、と指摘されると否定しきれない。気心の知れたファビアンと二人だけの時は、たしかに悪口としか言えないような軽口も叩いていた。だが、決して触れ回ったりはしていない。それぐらいの分別はある。


部下の返答に、デムラン侯爵が大きなため息を吐く。


「アンジェリク殿下と言えば、あのミシェル王兄殿下が溺愛なさる同母妹だ。ミシェル殿下は陛下の名代として戦場に出ることも多く、軍部では彼を敬愛する者も多い。私個人としては武人としての実力と私人としての評価は別物と考えているが――」


デムラン侯爵は、ミシェル王兄殿下に否定的な立場なのかもしれない。

そう感じ取れるような話しぶりだが、男は上司の話に口を挟んだりせず、彼の真意を問うことはなかった。

……問いかけるのは、どちらにとっても非常に危険な気がした。


「――優れた武人はあらゆる面で貶めるべきではないと考える人間も存在することも事実。口は災いのもとだぞ」


迂闊なことを言うな、と遠回しに言われた。

今度は、はっきりとそう感じた。上司なりの真剣な忠告を理解できないようなら、おまえは破滅するぞ、という空気がヒシヒシ伝わってくる。それを感じ取れぬほど、男も愚かではなかった。


「バダンテール地方は、ミシェル殿下が十代の頃、総司令官として滞在していた。現在の総司令官は当時の殿下の副官だ。殿下への忠誠心も人一倍……王城でのような鷹揚な振る舞いは許されんぞ」

「は……ははっ!」


急いで頭を下げ、上司に感謝と従順の意を示す。


王姉アンジェリク。王兄ミシェル。

どちらも、自分のような人間が軽々しく話題にしていい人間ではなかった。そのことを思い知り、二度と軽率に口にはしない。


そして詰所の自分の部屋に戻って荷物をまとめ、ファビアンと出くわしたのだが……。


「……ファビアン、おまえも達者でな」


彼にも警告してやるべきなのだろうか。

だが、これ以上アンジェリクたちのことは話題にしないほうがいいと忠告されたばかりだ。友に警告するためだったとしても、その忠告をいきなり破って大丈夫なのか。

……そもそもとして。それほどまでの人物と一介の騎士が結婚なんて、不自然すぎないか。


そこまで考えて、彼は思考を打ち切ることにした。

きっともう、自分はこのことについて考えないほうがいい。深入りせず、何も気付かないふり、知らないふりでやり過ごすしかない。恐らくは、自分も首の皮一枚で生き残っている状態だ……。


ファビアンと握手を交わし終えた後、ポンと背中を叩いて自分の仕事に向かう彼を、男は黙って見送る。

自分たちは、二度と会うことはないだろう――ファビアン・ド・バシュレに与えられた役割を察した男は、一瞬だけファビアンに同情した。

だが彼を憐れんだのは一瞬だけ。男も、自分が生き残ることで必死だった。



ロジェ(23)

王姉アンジェリクに仕え、現在はバシュレ伯爵邸の執事長を務めている。


アポー(20)

バシュレ伯爵邸の前執事長ランソンに気に入られて屋敷で働いていた元・召使い。

不真面目な男なのでロジェに解雇された。

顔はそこそこ良かったので、クビにされた後もこっそり屋敷に来て

雇われたばかりの若い女の子を誑かして新しい女当主の秘密を探っていた模様。


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