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3話:古代遺跡と二番目の「声」

 シルヴァの神々しいほどの炎で焼かれたグレートボアの肉は、俺の人生……いや、転生前の人生を含めても、間違いなく最高のご馳走だった。 Sランクパーティ『赤き流星』で食わされていた、パサパサの干し肉や薄い豆スープとは比較にもならない。


「ぷはぁ……食った食った。シルヴァ、ごちそうさま。本当に美味かった」 『うむ。ユウキ、貴様の傷を治した礼だ。遠慮はいらぬ』


 俺は、焚き火の残り火をぼんやりと眺めながら、自分のステータスを(頭の中で)確認する。


【言語マスタリー(等級F)】が、【神獣言語(等級S)】に進化したこと。 そして、シルヴァとの契約による副次効果として、「氷結ブレス(劣化版)」と「神速(短距離)」という、とんでもないスキルが追加されていること。 まだ試してはいないが、名前からして強力なのは間違いない。


 ほんの数時間前まで、俺は役立たずの「荷物持ち」として追放され、この森で野垂れ死ぬ寸前だった。 だが今、俺の隣には伝説の神獣が、腹をさすりながら満足げに座っている。


『さて、ユウキよ』


 シルヴァは、銀色の毛並みについた土を払うように立ち上がった。その体躯は、月明かりの下で神々しく輝いている。


『腹も膨れたことだ。ワガハイの「仕事場」へ案内しよう』 「仕事場? ああ、さっき言ってた古代遺跡の『門番』ってやつか」 『うむ。あそこは、ワガハイの古い友が眠る場所でな。数千年、ワガハイがあの忌々しい人間ども……ああ、貴様のことではないぞ、ユウキ。ワガハイの「創造主」以外の人間どもの侵入を防いできた』


 シルヴァは、バルガスたちの矢が刺さっていた背中の傷口を、気にするように後ろ足で軽く掻いた。


『だが、あの矢だ。忌々しい呪いが付与されていてな。ワガハイの治癒能力を阻害し、少しずつだが力を奪っていた。おかげで、ここ数日は門の制御もままならなかったのだ』 「だから、あんな浅いここまで出てきてたのか……」 『そういうことだ。だが、貴様が呪いの核となっていた矢じりを抜いてくれた。もう問題ない』


 シルヴァは俺に顔を寄せ、ザラリとした、しかし温かい舌で俺の頬を舐めた。 「うわっ、ちょっと、シルヴァ!」 『フン。契約の証だ。立て、ユウキ。行くぞ』


 シルヴァは、「背に乗れ」とでも言うように、俺の前で低く姿勢を保った。 俺は恐る恐る、その広大な銀色の背中に飛び乗る。 鋼のように硬い毛を想像していたが、いざ乗ってみると、高級な絨毯のように柔らかく、そして温かい。


『飛ばすぞ!』 「え? ちょっと待っ……うわあああ!?」


 シルヴァが地面を蹴った瞬間、俺の視界は「線」になった。 これが、スキルの副次効果にもあった「神速」か。 森の木々が、まるで壁のように後ろへ流れていく。 目も開けられないほどの速度だが、不思議と恐怖はない。シルヴァの背中が、俺を風圧から守ってくれているようだった。


 体感で五分ほどだったろうか。 シルヴァの速度が緩やかに落ち、俺たちは森の最奥部、切り立った崖に囲まれた巨大な窪地の前に降り立った。


「ここが……?」


 そこは、森のどこよりも静かな場所だった。 月明かりが、窪地の中心にある「それ」を照らしている。 それは、建物だった。 だが、俺が知っているどんな建物とも違う。 レンガや木材で作られたのではない。まるで一つの巨大な黒い岩をくり抜いて作ったかのような、継ぎ目のない黒曜石の建築物。


「古代遺跡……」 『うむ。ワガハイの「友」が眠る場所だ』


 俺たちは、その遺跡の入り口らしき場所……高さ10メートルはあろうかという、巨大な一枚板の「扉」の前に立った。 取っ手も、鍵穴もない。 まるで、世界を拒絶するかのような、完璧な平面だ。


 シルヴァは、その扉の前に立つと、おもむろに前足で扉をガリガリと引っ掻き始めた。 神獣の威厳、台無しである。


『おい! 聞こえておるか、七番ななばん! ワガハイだ、シルヴァだ! 門を開けろ!』


 シルヴァが、先ほどとは違う、明らかにイライラした声で扉に吠える。 しかし、扉は微動だにしない。


「……シルヴァ? 誰もいないんじゃ……」 『いや、いる! あいつは、ワガハイと同じで、数千年サボることしか知らん、ただの石頭だ!』


 その時だった。 俺の【神獣言語(等級S)】スキルが、わずかなノイズを拾った。


 ジ……ジジ……。


 それは音ではない。 俺の頭の中に直接響く、機械的で、冷たい「声」。


『……システム……再起動……』 『……外部刺激ヲ、検知……。音声照合……パターン、シルヴァ……。「門番」ノ権限ヲ、確認……』


「(声が……聞こえる?)」


 俺はゴクリと唾を飲んだ。 シルヴァの声だけじゃない。 この【神獣言語(等級S)】は、「神獣、精霊、古代兵器」と会話できると書いてあった。 だとしたら、この声は……。


『……シルヴァ単体デノ、第一級封印ノ解除ハ、不可……。許可サレナイ入室要求……。警告スル、直チニ……』


 声のトーンが、警告の色を帯びた。 まずい。


『……警告……。不法侵入者ヲ、検知……。シルヴァノ背後ニ、未登録ノ生命体ヲ、確認……』


 声は、俺のことを言っている。


『……コレヨリ、防衛機構ヲ、起動……。対象ノ生命体ヲ、排除スル……!』


「シルヴァ、危ない!」


 俺が叫んだ瞬間、俺たちが立っていた地面、その黒曜石の床の一部がスライドし、中から銀色の槍のようなものが数十本、一斉に飛び出してきた!


『チッ! この石頭め!』


 シルヴァが俺を背中から振り落とすようにして、その場を飛び退く。 槍は、先ほどまで俺たちがいた場所を突き刺し、高圧の電流をほとばしらせた。


「(あ、危なかった……!)」


『問答無用カ、七番! コノ人間ハ、ワガハイノ客人ダゾ!』 シルヴァが威嚇の唸り声を上げるが、冷たい機械音声は止まらない。


『……警告ヲ、無視……。排除シーケンスヲ、続行スル……』


「待ってくれ!」


 俺は、死ぬかもしれないという恐怖の中で、必死に叫んでいた。 日本語だった。 だが、俺のスキルが、その「意思」を拾った。


 俺の「待ってくれ!」という叫びは、俺のスキルによって、あの機械音声と同じ「神代の言語」へと変換されて放たれたのだ。


『――停止セヨ!――』


 俺がそう叫んだ(と、スキルが翻訳した)瞬間。 遺跡全体が、シン、と静まり返った。


 あれだけ殺意を放っていた機械音声が、完全に沈黙する。 飛び出していた槍も、ゆっくりと床下へ収納されていく。


『………………』 『………………?』


 冷たい声が、今度は明らかに「混乱」した調子で、俺の頭に響いた。


『……今ノ、声ハ……?』 『……神代ノ言語……。「マスターコード」ヲ、検知……。シルヴァ以外ノ、発声ヲ、確認……』


 俺は、シルヴァの背中から恐る恐る顔を出し、声が聞こえてくる(気がする)真っ暗な扉に向かって言った。


「俺は、ユウキ。シルヴァの……友達、だ。敵じゃない」


 俺の言葉は、再び【神獣言語】によって変換される。


『……ユウキ……。シルヴァノ、トモダチ……。敵デハ、ナイ……』 『……情報ヲ、照会中……。「トモダチ」……該当スル、プロトコルガ……存在シマセン……』


「ああ、もう! まどろっこしい!」


 シルヴァが、俺と扉の間に割って入った。


『七番! こいつはユウキ! ワガハイの「テイマー」だ! ワガハイの背中に刺さっていた、忌々しい呪いの矢を抜いてくれた恩人だ! 門を開けろ、このポンコツが!』


『…………。テイマー……? 神獣シルヴァガ、人間ヲ、テイマーニ……? ……計測不能ナ、事態……』


 機械音声は、数秒間完全に沈黙した後、これまでで最も明瞭な「声」で、俺にだけ問いかけてきた。


『……未登録ノ生命体……イエ、ユウキ。アナタハ、本当ニ、「マスターコード」ヲ、理解シ、話セルノデスカ?』 「マスターコード? 多分、このスキルのおかげだと思うけど……ああ、話せる。あなたの言っていることも、全部わかる」 『……信ジラレマセン……。人間ノ言語野デ、神代ノ言語ヲ、処理デキルハズガ……』


 声は、ひどく困惑しているようだった。 俺は、バルガスたちに追放されたこと、このスキルがFランクと判定されていたこと、そしてシルヴァと出会って、このスキルが「神代の言語」専用の翻訳スキルだったと知ったことを、簡潔に説明した。


『………………。』 『……ナルホド……。人間ノ基準デハ、「測定不能=Fランク」……。合理的ナ、判断デス……』


 声は、なんだか妙なところで納得してくれた。


『……理解シマシタ。ユウキ。アナタヲ、「仮認証ユーザー」トシテ、登録シマス』


 次の瞬間、あの継ぎ目のない黒曜石の扉が、音もなくスライドして開いていく。 中から、まばゆい光が漏れ出した。


『ヨウコソ、ユウキ。ワガハイノ友、そしてワガハイの「本体」へ』 「え? 本体?」


 光が収まり、俺は扉の奥に立つ「それ」を見た。 それは、人間よりも二回りほど大きな、しかし華奢な、銀色の人型だった。 機械的な関節、流線型の装甲。 それは、俺が前世の知識で知る「ゴーレム」や「ロボット」と呼ばれるものだった。


『ワタシハ、古代遺跡ノ防衛兼管理ユニット。機体番号、七番。……正式名称ヲ、アーカイオス・セブン、ト申シマス』


 銀色のゴーレム――アーカイオス・セブンは、俺に向かって、騎士のように優雅に片膝をついた。


『「マスターコード」ヲ操ル者。……イエ、ユウキ様。コノ数千年間、シルヴァダケデハ、起動デキナカッタ「転送装置」ガ、今、アナタノ声ニヨッテ、起動シマシタ』 『ワタシヲ、コノ遺跡ヲ、再ビ動カシテクレタ、新シイ「主」トシテ、オ迎エシマス』


 こうして、俺はSランクパーティ追放からわずか半日にして、伝説の神獣「シルヴァ」と、古代兵器「アーカイオス・セブン」という、二人の(?)最強の仲間を手に入れた。 バルガスたちが血眼になって探しても見つけられないであろう、古代文明の遺産と共に。

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