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第2話:神獣の「おつかい」と最初の仲間

「…………へ?」


 俺は、目の前でよだれ(冷気)を垂らしている神獣――フェンリルと、頭の中に響いた「腰の痛いオカン」みたいなぼやきを、交互に見比べることしかできなかった。


『あぁ、もう! 腹は減ったし、背中に変なトゲが刺さってイライラする! 誰かこのトゲを抜いてくれんか! 報酬にこの近くの獲物をくれてやってもよいぞ!』


 ……幻聴か? いや、違う。 これは、俺のハズレスキル【言語マスタリー(等級F)】が、この神獣の「言葉」を翻訳しているんだ。


 ゴブリンやオークの「(殺す!)」とか「(痛い!)」という単純な感情しか拾えなかったこのスキルが、目の前の厄災級モンスターの言葉を、完璧な日本語(俺の母国語)として俺に伝えてきている。


 俺は恐る恐る、目の前の巨大な銀狼を見上げた。 フェンリルは、俺がまだ逃げずに(腰が抜けて動けないだけだが)ここにいることに、少し驚いているようだ。


『グルル……?』


 頭の中に響く声。 『(ん? なぜこの人間は逃げぬ。まさか、ワガハイの威厳に魅せられたか? ……いや、それより背中が痛い! チクチクする!)』


 ……めちゃくちゃ喋る。 しかも、威厳ゼロだ。


 俺は、震える足で一歩踏み出した。 死ぬかもしれない。だが、それ以上に、この状況に賭けるしかなかった。


「あ、あの……」 『ん?』


 フェンリルが首をかしげる。その動作だけで、突風が吹いた。


「も、もしかして……背中が、痛いんですか?」


『…………!?』


 フェンリルが、その巨大な氷のような青い目を、カッと見開いた。 先ほどまでの威嚇とは質の違う、純粋な「驚愕」が伝わってくる。


『なっ、貴様! なぜワガハイの言葉がわかる!? 人間ごときが、神代の言語を解するなど……ありえん!』


「か、神代の言語……」


 そうか。 俺のスキル【言語マスタリー(等級F)】は、ゴブリンやスライムのような、そもそも「言語」を持たない低級モンスターには効果が薄い。 だが、フェンリルのような太古から存在する「神獣」は、人間とは異なる高度な言語体系――「神代の言語」とやらで思考している。


 俺のスキルは、その「神代の言語」とやらを完璧に翻訳できる、唯一無二のスキルだったんだ!


 等級がFだったのは、この世界で「神代の言語」を話す存在があまりにも少なく、スキルの有用性が「測定不能=Fランク」と判定されていたからに違いない。


 俺は、自分がとんでもないチートスキルを「ハズレ」と勘違いしていたことに気づき、武者震いした。


『ええい、どうでもよい! 人間よ! ワガハイの言葉がわかるなら好都合だ! 見てくれ、この背中を!』


 フェンリルは、俺に背中を向けるようにゴロンと(地響きを立てて)横になった。 その銀色の毛並みの、肩甲骨あたり。 そこに、黒く変色した何かが突き刺さっているのが見えた。


「これは……」


 近づいてよく見ると、それは「トゲ」というより、何か金属的な「矢」の先端部分のようだった。 矢じりの周りは赤黒く変色し、膿んでいる。


『うう……数日前、鬱陶しい人間どもが数人がかりでこんなモノを撃ち込んできてな。ワガハイの毛皮を貫くとは大したもんだが、おかげで痛みと痒みで寝られんのだ!』


「鬱陶しい人間ども……。それって、Sランクパーティ『赤き流星』じゃ……」


 俺は、バルガスたちがこのダンジョンで大物を狙っていると言っていたのを思い出した。 まさか、彼らが仕留めそこなったのが、このフェンリルだったのか。 そして、この矢は、レオンの魔術か、バルガスのスキルが付与された特殊な矢じりか……。


『とにかく! これを抜いてくれ! ワガハイの手(前足)では届かん!』


 フェンリルが、短い前足で背中をかこうとして、もどかしそうに「あー!」と唸っている。 神獣の威厳、完全に行方不明。


 俺は覚悟を決めた。 「わ、わかりました。抜きます。でも、痛いかもしれませんよ」 『構わん! さっさとやれ!』


 俺はバックパックを降ろし、なけなしの装備の中から、小刀ナイフと、バルガスたちに捨てられたゴミの中から拾っておいた清潔な布(元はミサの高級ハンカチ)を取り出した。 フェンリルの背中に登る。もふもふだが、毛一本一本が鋼のように硬い。


 矢じりの周りの毛を慎重に避け、膿んだ部分に小刀を当てる。 「ちょっと、切りますよ」 『うぐっ……! ちょ、貴様、優しくせんか!』 「我慢してください!」


 俺は医療知識なんてないが、やるしかない。 矢じりの周りの肉を少し切り開き、布を何重にも巻いた手で、力任に矢じりを掴んだ!


「ふんっ……ぬううう!!!」 『ぎゃああああ!!! 痛い! 痛いぞ人間! 優しくと言ったであろうが!!!』


 ズブリ、と鈍い感触が手に伝わる。 黒く変色した、人間の親指ほどの大きさの矢じりが、ついに抜けた。


『……はふぅ』


 フェンリルから、安堵のため息(吹雪)が漏れた。 俺は傷口に、持っていた一番安いポーション(気休め程度だが)をぶっかけ、ハンカチを強く押し当てて止血した。


「……とりあえず、抜けましたよ」 『おお……おお! なんということだ! 痛みが……消えた! あの忌々しいチクチクが消えたぞ!』


 フェンリルは、巨大な体を起こすと、その場でぐるぐると尻尾を追いかけるように回り始めた。 喜びの表現らしい。


『人間よ! 名を! 名を申せ!』 「ユウキです。ユウキ・ミシマ」 『ユウキか! よくぞやった! 貴様はワガハイの恩人だ!』


 フェンリルは、俺の目の前に巨大な顔をずいと近づけてきた。 あまりの迫力に後ずさる俺を、その大きな鼻先でクンクンと嗅ぐ。


『ふむ……。ユウキよ。貴様、ワガハイの言葉がわかるだけでなく、なにやら面白い宿命を背負っておるな』 「宿命、ですか?」 『うむ。そして、ひどく腹が減っておる』


 ぐうぅぅぅぅぅ……。 最悪のタイミングで、俺の腹の虫が盛大に鳴いた。


『クックック……! 恩人殿を飢えさせては、神獣の名折れ。よし、約束通り報酬をやろう』


 フェンリルはそう言うと、森の奥に向かって、天を裂くような遠吠えを上げた。 「アオオオオオオオン!!!」


 その直後。 森のあちこちから、悲鳴のような魔物の叫び声が聞こえ始めた。


 数分後。


「……えっと、これは?」 『うむ。報酬だ。遠慮なく食え』


 俺の目の前には、森のヌシクラスであろう、巨大なイノシシ型モンスター「グレートボア」が、完璧に首の骨を折られて転がっていた。 フェンリルが、さっきの遠吠えで近くにいた一番デカい獲物を呼び寄せ、一撃で仕留めてきたのだ。


「いや、こんなデカいの、俺一人じゃ……」 『何を言っておる。ワガハイも腹が減ったのだ。焼くぞ、人間』 「ええ!? 焼くって言っても、火が……」


 俺が言い終わる前に、フェンリルは『フン!』と鼻息を一つ。 その鼻息……いや、口から漏れたのは、先ほどの冷気ではなく、灼熱の炎だった。 氷と炎。両方の属性を持っているのか、この神獣は。


 グレートボアは、フェンリルの器用なブレスコントロールによって、数分で完璧な「丸焼き」になった。


「(めちゃくちゃ美味そうだ……)」


 俺たちは、無我夢中で肉にかぶりついた。 フェンリルは、バリバリと骨ごと。俺は、小刀で切り取ったモモ肉を。 Sランクパーティで食わされていた、パサパサの干し肉とは比べ物にならない。肉汁が、塩も振っていないのに甘い。


「うまっ……」 『そうであろう、そうであろう。森の恵みに感謝せねばな』


 フェンリルは満足そうに言うと、俺の隣にドサリと座り込んだ。 すっかり懐かれたようだ。


『それにしてもユウキよ。貴様、これからどうするのだ? ワガハイの言葉がわかると知れたら、面倒なことになるぞ。それに、貴様を追放した人間ども……』 「え!? なんで俺が追放されたって……」 『貴様の匂いについていたのだ。あの鬱陶しい人間どもの匂いが。そして、貴様からは絶望と、わずかな怒りの匂いがした。……ワガハイの背中のトゲと同じ、忌々しい匂いだ』


 神獣の嗅覚、恐るべし。 俺は、バルガスたちに追放された経緯を、フェンリルに(少し恥ずかしいが)話して聞かせた。


『【言語マスタリー(等級F)】だと? フン、愚かな。人間は、己の尺度でしかモノを測れぬ生き物よ』 フェンリルは、俺を鼻先で撫でた。


『ユウキ。貴様、行く当てがないなら、ワガハイと契約せぬか?』 「……契約?」 「うむ。ワガハイは、この森の奥にある古代遺跡の「門番」として、数千年ここに縛られておる。だが、この背中の傷のせいで、近頃は力も弱まり、門番の役目も果たしづらくなっていた』


 フェンリルは、先ほどの矢じりが刺さっていた場所を前足でさすった。


『ユウキ。貴様はワガハイの言葉がわかる。ワガハイは貴様の力を必要としておる。貴様がワガハイの「テイマー」となり、力を貸してくれるなら、ワガハイも貴様に力を貸そう』 「俺が……あなたのテイマーに?」


 テイマー。 俺が転生した時の、最初の職業。 役立たずと罵られた、その職業。


「……でも、俺のテイムスキルなんて、等級Fですよ? あなたみたいな神獣をテイムできるわけが……」


『等級など知らぬ!』とフェンリルは一喝した。 『必要なのは、意思の疎通だ。ワガハイと貴様は、それができる。それだけで十分だ!』


 俺は、フェンリルの真っ直ぐな青い目を見つめ返した。 俺を「ゴミ」と呼んだバルガスたち。 俺を「役立たず」と見下したレオンとミサ。


 彼らと比べて、目の前の神獣は、なんと誇り高く、そして優しい目をしていることか。


「……やります。俺でよければ。よろしくお願いします、フェンリル……さん?」 『「さん」はいらぬ。ワガハイの名は「シルヴァ」。古き言葉で「銀の風」という意味だ。これからは、シルヴァと呼べ』


 シルヴァは、俺の前にその巨大な前足を差し出した。 俺が、その肉球(山のようにデカい)にそっと手を触れた瞬間。


 俺の脳内に、ギルドのステータスボードとは比較にならないほどの膨大な情報が流れ込んできた。


『契約完了。テイマー:ユウキ・ミシマと神獣シルヴァの契約が成立しました』 『スキル【言語マスタリー(等級F)】が、契約対象:シルヴァの神格により、強制的に進化します』


【言語マスタリー(等級F)】 → 【神獣言語(等級S)】


『なっ……!?』


【神獣言語(等級S)】 効果:神獣、精霊、古代兵器ゴーレムなど、「神代の言語」を使用する高位存在と、完璧な意思疎通が可能になる。 副次効果:契約対象シルヴァの能力の一部を共有する。「氷結ブレス(劣化版)」「神速(短距離)」


「……マジかよ」


 俺のステータスが、一瞬でとんでもないことになっている。


『ふむ。ワガハイの力、少しは使いこなせるようにならねばな、ユウキ』 シルヴァがニヤリと笑った。


 こうして、Sランクパーティを追放された役立たずの俺は、最強のもふもふ(物理的に強すぎる)神獣と契約し、図らずも最強のテイマーとしての一歩を踏み出すことになった。


 バルガス、レオン、ミサ。 あんたらが捨てたこの「ハズレスキル」が、あんたらの手が逆立ちしても届かない「神」と繋がるスキルだったとも知らずに。


 俺の復讐……いや、新たな人生は、まだ始まったばかりだ。

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