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第1話:役立たずの「言語使い」とSランクパーティ

「チッ……またお前のせいで獲物を逃したぞ、ユウキ!」


 重苦しい空気が支配するダンジョンの中層。 Sランクパーティ『赤き流星』のリーダー、剣士バルガスの怒声が、俺の鼓膜を不快に揺らした。 彼の視線は、パーティの最後尾で重い荷物を背負う俺――ユウキ・ミシマを射抜いている。


「す、すみません……。今のオークの言葉、翻訳しようとしたんですが、『(ブモォ!腹減った!)』としか……」 「それが役に立たないと言ってるんだ! そんなこと見ればわかる!」


 俺は、数年前に日本の薄暗いアパートで呆気なく死に、この剣と魔法の世界に転生したいわゆる「転生者」だ。 転生時に女神様から授かった職業は【言語使い(テイマー)】。そして、スキルは【言語マスタリー(等級F)】。


 職業名だけ聞けば、魔物を手なずけ、強力な戦力とする「テイマー」を連想するだろう。 俺も最初はそうだった。最強のもふもふ軍団を作って、悠々自適のスローライフ……そんな夢を描いた。


 だが、現実は非情だった。 俺の【言語マスタリー(等級F)】は、致命的なまでの「ハズレスキル」だったのである。


【言語マスタリー(等級F)】 効果:生物の言語を理解する。ただし、対象の知性と言語体系に依存する。


 聞こえはいい。 だが、蓋を開けてみれば、このスキルは「相手の思考が、カタコトの感情として頭に響く」だけ。 しかも、ゴブリンやオークといった知性の低い魔物は、そもそも「言語」と呼べるものを持っていない。


 ゴブリンA:「(ギギ!痛い!)」 コボルトB:「(殺す!人間!)」 スライムC:「(プルプル!)」


 ……こんな情報、クソの役にも立たない。 動物も同様だ。街の犬に話しかければ「(嬉しい!ワン!)」、猫は「(眠い…ニャー…)」。そんなもの、表情を見ればわかる。


 結果、俺は「魔物と会話できる(会話できるとは言っていない)役立たず」という、最悪の烙印を押された。 Sランクパーティ『赤き流星』に拾われたのは、完全に偶然だった。


「だいたい、お前をパーティに入れたのは『言語使い』という希少職だからだ!」


 バルガスが、血糊を拭った大剣をガチャリと背中に収めながら、俺を睨みつける。 彼は、恵まれた体格とそれなりの剣技でSランクに成り上がった男だ。短気で、自分より弱い者にはとことん強い。


「希少職なら、古代の魔導書グリモワールの一つや二つ、読めると思ったんだ。だがなんだ? お前、古代語どころか、隣国の文字すら読めないじゃないか!」 「そ、それは……等級がFだから、複雑な言語体系は……」 「言い訳はいい!」


 バルガスが、分厚い手で俺の胸ぐらを掴む。荷物が重すぎて、俺は簡単によろめいた。


「お、おいバルガス、よせよ。そんなゴミに触ったら手が汚れるだろ」


 冷たく言い放ったのは、パーティの魔法使い、レオン。 貴族出身のエリート魔道士。整った顔をしているが、自分以外の人間を常に見下している。彼は今、杖の先端についたオークの脂を、魔術で嫌そうに焼き切っている。


「レオンの言う通りよ、バルガス。そんな雑魚、放置しておけばいいわ。それより、私のローブが少し汚れたのだけど。ユウキ、後で綺麗に洗濯しておきなさい。泥一つ残したら許さないから」


 ヒーラーのミサが、絹のようなブロンドをかき上げながら、冷然と言った。 彼女は聖女候補とまで言われた高い治癒能力を持つが、その心は凍てついている。俺が傷を負っても、回復ヒールをかけてくれたことなど一度もない。「回復魔法の無駄遣い」だからだそうだ。


 そう。 俺は、テイマーでもなんでもない。 ただの「荷物持ち」兼「雑用係」……いや、それ以下の「奴隷」だった。


 彼らは俺が【言語使い】という希少職であることを利用し、ギルドへの申請上は「パーティ専属のテイマー」として登録している。テイマーがいると、ギルドからの格付けや報酬査定にボーナスが付くからだ。 俺は、彼らの評価を上げるためだけに存在する「生きたアクセサリー」に過ぎなかった。


「……もう限界だ」


 バルガスが、掴んでいた俺の胸を突き飛ばす。 俺は重い荷物(パーティ全員の3日分の食料、テント、予備の武具、そして彼らが使う高級ワイン)ごと、ダンジョンの石畳に叩きつけられた。


「え……?」 「もう我慢の限界だと言ったんだ、この役立たず!」


 バルガスは懐からギルドカードを数枚取り出すと、俺の顔面に叩きつけた。


「ユウキ・ミシマ! Sランクパーティ『赤き流星』は、本日をもって貴様を追放する!」


 その言葉は、まるで冷たい鉄槌のように俺の頭を殴りつけた。


「追放……? ま、待ってください! 荷物持ちなら……荷物持ちなら、ちゃんとやります! 今まで以上に働きますから!」 「荷物持ち? ハッ、お前みたいな貧弱な奴より、よっぽど優秀な【収納】スキル持ちを雇うさ。お前はもう用済みだ」


 レオンが鼻で笑う。 「そもそも、Fランクのスキルなんて持ってる時点で、神々に見放された失敗作なんだよ。俺たちSランクと同じ空気を吸えると思うな」 「そうよ。あなたのせいで、私まで『ハズレスキル持ちを連れてる』って、他のパーティから笑われてたのよ。迷惑なの」


 ミサが吐き捨てる。 俺は、知らなかった。俺がいることで、彼らがそんな風に思われていたなんて。 いや……違う。彼らは、俺を馬鹿にすることで、自分たちの優位性を確認し、結束を固めていたんだ。


「そ、そんな……。俺がいなくなったら、報酬ボーナスが……」 「ああ、それか」


 バルガスが、下卑た笑みを浮かべた。


「それなら心配するな。ギルドには『ユウキは、ダンジョン深層でオークの群れに果敢に立ち向かい、俺たちを庇って死んだ』と報告しておく。殉職扱いだ。そうなれば、一時金も入るし、俺たちの名声も上がる」 「……!」


 こいつら、俺を最初から殺すつもりだったのか。 いや、ダンジョンのど真ん中で追放するということは、実質的に「死ね」と言っているのと同じだ。 ここから街まで、魔物がうろつく中を、戦闘能力ゼロの俺が一人で帰れるわけがない。


「安心しろ。これが手切れ金だ」


 バルガスが投げつけたギルドカード。 それは、俺が今までこのパーティで働いてきた報酬……雑用係として、正規メンバーの100分の1以下に抑えられていた、雀の涙ほどの金だ。


「俺たちの慈悲だ。それを持って、さっさと失せろ。二度と俺たちの前に現れるな、ゴミが」


 バルガス、レオン、ミサ。 三人は、俺から予備のポーションや食料をすべて取り上げると、まるで汚物でも見るかのような目を俺に向けた後、ダンジョンの奥へと消えていった。


「……は、はは……」


 静寂が戻ったダンジョンに、俺の乾いた笑い声だけが響く。 マジかよ。 追放? 転生して、チート能力で無双するどころか、テンプレ通りの「追放」イベント発生かよ。 しかも、生き残れる気がしない。


 俺は、這うようにして立ち上がった。 幸い、荷物持ち用の巨大なバックパックは、中身をほとんど抜き取られたせいで軽くなっていた。 バルガスが投げつけたギルドカードを拾い集める。……本当に、わずかな金額しか入っていない。


(死んでたまるか……)


 あのクズどもに「死んだ」と思われるのは癪だ。 絶対に生きて帰ってやる。 そして、いつか、あいつらを見返して……


(……見返す? どうやって? Fランクスキルの俺が?)


 絶望が、冷たい水のように足元から這い上がってくる。


 だが、今は感傷に浸っている場合じゃない。 俺は、ゴブリンやコボルトの気配に怯えながら、壁伝いにダンジョンの入り口を目指した。 幸運だったのは、Sランクの彼らが通った直後だったためか、魔物の大半が狩り尽くされていたことだ。 俺は、文字通り「死に物狂い」でダンジョンを脱出した。


 街に戻る。 ギルドに寄って、バルガスたちの悪行を訴えるか? ……無駄だ。 Sランクパーティのリーダーと、Fランクスキル持ちの雑用係。ギルドがどちらの言葉を信じるかなんて、火を見るより明らかだ。証拠もない。


 俺は、パーティで寝泊まりしていた安宿に向かった。 当然、部屋はもうない。俺のわずかな私物は、宿の裏手にゴミと一緒に捨てられていた。


「……マジで、一文無しだな」


 ギルドカードの金を使えば、数日は食いつなげる。 だが、その先は? 冒険者としては、もうやっていけないだろう。


 俺は、とぼとぼと街の門をくぐり、そのまま外れにある「迷いの森」へと足を向けた。 せめて、この森で毒の無いキノコか薬草でも採って、今日の宿代を稼ぐしかない。


「(それにしても、腹が減ったな……)」


 もう夕暮れだ。森はすぐに暗くなる。 焦りながら、食えそうな植物を探して森の奥へと進む。 普段は低ランクの冒険者しか立ち入らない安全な森のはずだった。


 ガサッ、ガサガサッ!


 その音に、俺はビクッと体を震わせた。 ゴブリンか? いや、それにしては音がデカすぎる。


 茂みの奥から現れたのは、ゴブリンやオークなどでは、断じてなかった。


「……あ、あ……」


 体長は、5メートルはあろうか。 トラック並みの巨体を覆うのは、月光を反射して鈍く輝く、美しい銀色の毛並み。 額には三日月のような模様が浮かび上がり、その鋭く裂けた口からは、まるで炎のような冷気が漏れている。


 間違いない。 文献でしか見たことのない、伝説の神獣。 Sランクパーティが束になっても全滅必至と言われる、厄災級モンスター――【フェンリル】だ。


(なんで、こんな浅い森に……!) (終わった……。バルガスたちに復讐するどころか、こんなところで……)


 死を覚悟した。 フェンリルは、明らかに不機嫌そうに、俺を睨みつけている。 威嚇するように、喉の奥を鳴らした。


『グルルルルルル……!!!』


 絶望的な咆哮。 もうダメだ。食われる。


 そう思った瞬間。 俺の頭の中に、スキルの発動を示す無機質な音声と共に、流暢すぎる「言葉」が流れ込んできた。


『あぁ、もう! 腹は減ったし、背中に変なトゲが刺さってイライラする! 誰かこのトゲを抜いてくれんか! 報酬にこの近くの獲物をくれてやってもよいぞ!』


「…………へ?」


 俺は、目の前でよだれ(冷気)を垂らしている神獣と、頭の中に響いた「腰の痛いオカン」みたいなぼやきを、交互に見比べることしかできなかった。

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