ウリセファ その2
「ウリセファ……」
そう、私はウリセファ。ヴァル・ナジステオ・ウリセファ。ナルファスト公女。ソーンドームという男を愛した女。
自分というものを自覚した瞬間、怒り、悲しみ、憎悪の感情がよみがえってきて絶叫した。錯乱して、何が何だか分からなくなった。ただただ、あらゆる物を破壊したかった。自分も含めて壊してしまいたかった。
アディージャという娼婦は、そんなウリセファを抱きしめて、彼女が落ち着くまで頭をなで続けた。
アディージャはウリセファに語りかけた。
「あんたに何があったのかは知らない。言わなくてもいい。嫌いなやつがいるなら、心の中で殺しちまいな。殴りまくって、首を絞めて、短剣でめった刺しにしちまいな。そして、そいつを見返す女になるんだ。それが生きる目標ってもんさ」
嫌いなやつ……。目標……。
アディージャは本質的に陽気だった。嫌なことも嫌いなやつも、乗り越えるべき障害に過ぎなかった。乗り越えてしまえば、もうどうでもいい存在になった。やりたいことをやって生きる、それが全てだった。だから、自分の言葉がウリセファにどう影響するのか、想像できなかった。
ソーンドームを殺し、リルフェットを攫った男に復讐する。レーネットとスハロートを仲直りさせると言っておきながら、ナルファストをめちゃくちゃにした監察使に復讐する。復讐する。復讐する。復讐する。復讐する。復讐する。復讐する。復讐する。復讐する。
目標を再認識した。自分にはやるべきことがあった。
暗くよどんだ深い緑色の瞳に光が戻った。
ありとあらゆる汚物をこねて固めた目的に、深い緑色の瞳が妖しく光った。活力を取り戻したウリセファは、女のアディージャですらぞっとするような美しさだった。
「ウ……ウリセファ?」
まだ14、5歳程度の小娘が、ぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべている。ウリセファの激変に、アディージャは驚きを通り越して恐怖を覚えた。
アディージャの呼び掛けに反応したウリセファは、アディージャの顔をまじまじと見つめた。初めて名前を答えたときとは違う。目に力があった。だが、アディージャのことを初めて認識した、という感じだ。
「あなたは……誰?」
「え、ア……アディージャ」
「アディージャ……。そう」
妖艶な笑みは消えていた。今は、やや大人びてはいるが年相応に見える。小首をかしげて、何かを考えている。
「ここは、どこですか?」
「ここ?」
「娼館だということは分かります。一体、どこの街の娼館でしょうか」
「デウデリアという街よ」
「デウデリア? それはナルファスト公国ですか?」
「ナルファストの北の帝国直轄領よ。ストルン街道の宿場町」
「ああ……ストルン街道の」
ウリセファは、一つ一つ考えながら質問し、アディージャの返答を咀嚼するように時間をかけて理解した。
ウリセファは、自分どこに居るのかさえ理解していなかった。どこで行き倒れ、どこの農家に保護され、どこに売られ、今どこに居るのか。特に農家以降については、完全に心を閉ざしていて自分について知ろうとしていなかった。
「デウデリア……か」