ウリセファ その1
ナルファスト公国と接する帝国直轄領の街の娼館に、ウリセファという娼婦がいた。
彼女は吊り上がり気味の眉のためにキツい印象を与えるが、それでも見るものをはっとさせる美貌を持っていた。肌は白磁のように白く、栗色の直毛は肩の辺りで切りそろえられている。深い緑色の瞳は、暗くよどんでいる。あらゆるものに絶望してしまった目だった。
彼女は周囲に「ウリセファ」としか名乗らなかった。彼女は自分のことや過去を一切語らないので、彼女については誰もほとんど知らない。分かっていることといえば、ナルファスト公国の田舎町の娼館にいたということだけだった。彼女が現在いる娼館の主人がたまたま彼女を見掛けて、その美貌に驚いて買い取ってきた。こうして彼女はここにいる。
彼女の心にあるのは、悲しみと怒り、憎悪と後悔だけだった。
初めて愛した男は、彼女の腕の中で息絶えた。彼を殺した男は、最愛の弟を攫って逃亡した。それを1人で追ったが、すぐに見失ってしまった。
それでも諦めずに馬を走らせた。酷使された馬は草に足を取られて転倒し、彼女は地面に投げ出された。馬は、そこで死んだ。
彼女は自分の足で歩き続け、力尽きた。寝間着のまま飛び出したので、食料どころか金銭も持っていなかった。1人では何もできないということを改めて思い知らされた。「自分は無力だ」などと自省していたが、それは守られている環境への甘えを含んでいた。今は違う。恐怖を伴った本物の無力感だった。そして意識を失った。
目を覚ますと、彼女は寝台に寝かされていた。親切な農民夫婦に運良く発見され、彼らの自宅で介抱されていたのだった。彼らはウリセファに食事と新しい服を与えて手厚くもてなしてくれた。彼らのおかげでウリセファは健康を取り戻した。
だが。
数日後のある夜。眠っていたウリセファは違和感を覚えて覚醒した。彼女の上に、農民の夫がのしかかっていた。声を上げようとしたが手で口を覆われ、次に布のようなものを押し込まれた。男が何をしようとしているのかを理解したが、男の力は圧倒的で、逃れられなかった。彼女には、かつて愛した男の名を心の中で呼ぶことしかできなかった。しかし、彼はもう助けてくれない。
全てが終わり、男が寝台から離れようとしたとき、男の妻が部屋に入ってきた。彼女は逆上するとウリセファの頬を何度も平手打ちして、「泥棒猫、売女、あばずれ。恩知らず!」となじった。そして、彼女を娼館に売り飛ばしたのだった。
こうして、彼女は一晩に何人もの客を取らされる娼婦になった。娼婦にされてしまった。
絶望の中で、彼女は考えることをやめた。この世には、もはや見るべき価値も考える価値も残っていなかった。死んでしまった方がましだった。しかし、空腹になると耐えられず、用意された食事に手を出した。こんな状態でもまだ生きたいのかと、己の浅ましさを嫌悪した。だからそれについても考えるのをやめた。何も考えず、ただ食って、股を開くだけの日々が続いた。
どれくらいそうしていたのか。
ある日、新しい娼婦がやって来た。彼女はいつも陽気で楽しげで、それだけで疎ましかった。さらに、暇さえあれば話しかけてくるようになった。疎ましかった。
ウリセファの隣に座って、勝手にいろいろなことを喋り続けた。どうでもいいことを話し続けた。疎ましかった。
だが、理由は自分でも分からないが、名を聞かれてなぜか答えてしまった。