皇帝と公爵
皇帝宮殿の奥深くにある皇帝の私室。ここは皇帝の他はごく限られた者しか入ることを許されない。あくまでも皇帝が1人でくつろぐための部屋である。
「陛下、ワルヴァソン公が面会を求めて参りました」
扉の向こうから、侍従長のマーティダが呼び掛けた。
「ここに通せ」
「はっ」
しばらくして、ワルヴァソン公インゼルロフト4世が入ってきた。
「ピンテルはどうした」
「自宅で静養している。あれももう年だからな」
「カールリン公は監察使の小僧に取られたか。副伯にするのは反則ではないか?」
「お前のところは伯爵だろう。つり合いが取れねば勝負にならぬ」
「まあいい。賭けはアートルザースの勝ちだ」
ワルヴァソン公は、1本のぶどう酒を皇帝の執務机に置いた。「20年ものだ。金貨3枚の高級品だぞ」
「ワルヴァソン公ともあろうものが金貨3枚ごときで騒ぐな」
「金貨3枚を馬鹿にするものではない。我が領地に投資すれば、金貨30枚になって返ってくるわ」
「カーリルン公の婿選びで賭けをしようと言い出したのはお前ではないか」
「ふん」
皇帝自ら、棚からガラスの杯を取り出して卓に並べながら言った。「毒味役を呼ぶべきかな?」
「嫌なら飲むな。俺が1人で飲む」と言って、ワルヴァソン公は2つの杯をぶどう酒で満たすと、自分の分を飲み干した。
2人ともカーリルン公領に間者を放っており、動向は同程度につかんでいる。動向をつかむだけではなく、場合によっては公爵の意思決定にも干渉しようとした。
「こんなこともあろうかと、カーリルン公に近づけておいたのだが、近づき過ぎたか。カーリルン公に同調してしまったようだ。『女には女』と思ったのだがな」
「こっちは『女に邪魔をされた』らしい」
2人は同時に笑った。
「なかなか楽しめたな。今日のところはあの2人のために乾杯するとしよう」。ワルヴァソン公はぶどう酒を満たした杯を軽く掲げると、飲み干した。皇帝もまた、飲み干した。
「しかし、このぶどう酒……。いい出来なのは認めるが、もっと安いものの方がうまいな」
「何と! アートルザースよ、お前は昔からものの良さというものが分かっておらん。もう飲むな、もったいない。残りは俺が飲む」
「賭けの勝者は俺だ、インゼルロフト。お前の金貨3枚分、俺が飲み干してやる」
2人は同時に笑った。




