穴 その1
7月下旬、ウィンは帝都にいた。ムトグラフやマーティダが調査した情報を加味することで、穴だらけだが一つの仮説が浮かび上がった。
ウィンの前には、ヴァル・ジョリソド・オインロフォムという貴族が座っている。彼はトルトエン副伯の家臣で、ラフェルスの城館跡の主であり、パルセリフィン公の同族である。
オインロフォムは、ウィンがラフェルス副伯であると名乗るとおびえた表情を浮かべ、それから目をそらして神経質そうに体を揺らし続けていた。
「ラフェルスの残骸の撤去には苦労したよ」
オインロフォムが驚愕してウィンを見つめた。
「アレを見つけたのか」
「見つけたよ」
半月前……。
城館の残骸が撤去された現場にウィンとアルリフィーアは居た。
「な、何じゃこの穴は!」
そこには予想をはるかに上回る規模の穴があった。
「何かの採掘でもしてたんじゃないかな」
「採掘? 何の?」
「こんな大穴を苦労して掘るに値するものさ」
ここはオールデン川から近く、この辺りにはかつて――何百年、何千年、何万年か前は、オールデン川の支流が流れていたのだろう。すると、この低地はオールデン川の支流が氾濫した際に水浸しになったはずだ。
オールデン川の上流には、帝国唯一の金山がある。そのためか、オールデン川でもわずかだが砂金が採れる。不思議なことに、砂金が採れるのはラフェルスよりも少し上流からで、さらに上流のカーリルン公領では採れない。なぜそんなことが起こるのかは、ウィンには分からない。
とにかく、ラフェルスの上流では砂金が出るのだ。そして、支流が氾濫してこの低地に水が流れ込むと、ここに砂金が堆積しただろう。その上に土砂がたまり、また砂金が流れ込む。こうして、量はともかく金が採れる土地が形成された。
そして、調査のために穴の壁面から削り取った土砂から、わずかだが砂金が出た。
アルリフィーアにも分かった。「つまり、破却した城館の残骸をこの穴に放り込んだのは……」
「金を隠したかったんだろうね。普通なら、こんな価値のない土地にある城館の残骸なんて手間暇かけて片付けようとは思わない」
ここで金が採れたと仮定すると、いろいろ見えてくる。
金が出た土地はパルセリフィン公の同族の領地だ。金を発見した際、ラフェルス副伯ではなくパルセリフィン公に相談したのではないか。そして帝国には伏せて金を採掘することにした。それには前ラフェルス副伯が邪魔だった。そこで策を弄して前ラフェルス副伯を排除した。ラフェルス副伯領の獲得に失敗して、さらにウィンがラフェルス副伯になると、トルトエン副伯を使ってウィンを滅ぼそうとした。
だが、トルトエン副伯は私闘を禁じる帝国平和令に背くことになる。ここで、何らかの理屈を付けて兵乱をうやむやにする、あるいは握りつぶすという密約が必要になる。しかし、副伯領への軍事侵攻を握りつぶせるとは思えない。実際、握りつぶせなかった。




