調査
並行して戦後処理も始まった。トルトエン副伯軍の歩兵を構成していた領民は、帰還を許されてトルトエン副伯領に帰って行った。傭兵も解散させられた。トルトエン副伯を含む貴族たちは武装を解除されて帝都に送られることになり、フォロブロンが護送に当たった。彼らは領地没収、追放などの刑に処されるだろう。
市内は戦場にならなかったとはいえ、ドルトフェイムは甚大な被害を受けた。ムトグラフが帝都に行ったままなので、復興の手配はバンクレールフに全てのし掛かった。「ムトグラフ卿、早く帰ってきてくれ!」と悲鳴を上げながら、城壁の修復や追加の食料の手配などに忙殺されている。
ウィンとアルリフィーアは、ドルトフェイムの城壁の上を歩いていた。公爵と副伯の散歩道としてははなはだふさわしくないが、ウィンが1カ月以上を過ごした城壁の上に行ってみたいとアルリフィーアが言い出したのだ。
「こんなところで寝ておったのか。腰が痛くならんのか」
「子供のころは床で寝ていたからね。割と平気」
アルリフィーアはウィンの幼少期のことを何も知らない。尋ねたことは何度もあるが、そのたびにはぐらかされた。ウィンが子供の頃のことを話すのは極めて珍しい。そういえば、ウィンはヘルル貴族だった。床で寝ていた男が一体、いつ、どうやって貴族になったのか。だが、質問しても答えてはくれないだろう。
それならそれでよい。
「それで、これからどうするんじゃ?」
「そうだなぁ。取りあえず城館の残骸の調査かな」
「何じゃそれは!?」
「5年前の事件について気になることをワイトに聞いたんだ」
ラフェルスに派遣されていた帝国代官が5年前に殺された。ウィンはラフェルスでの事件だと思い込んでいたが、実は違うのである。
代官はトルトエン副伯領に行き、そこで殺された。ややこしいことに、代官の目的はトルトエン副伯ではなく、副伯の家臣だったらしい。そして、代官はその家臣の家臣に刺殺された。ワイトが知っている事件のあらましは以上だ。
トルトエン副伯の家臣は、転封前はラフェルスの最西端を領していた。そこには、トルトエン副伯の家臣の城館の残骸が今も残されている。代官がトルトエン副伯領に向かったのは、その残骸を見たからだという。
「その残骸と事件はどう関係するのじゃ。まるで意味不明じゃ」
「まず城館があった場所が変だった。もっと適した場所があるのに、なぜ不便なところに城館を作ったのか。転封の際になぜわざわざ破却していったのか。代官はなぜトルトエン副伯領まで行ったのか。そこに何かあるような気がする」
破却するのにも、手間もカネもかかるのだ。放置して朽ちるに任せた方が安上がりなのに、わざわざ破却するのは不自然だ。何から何まで不自然だった。
それから5日後、城館跡の調査が開始された。城館跡はドルトフェイムから20キメルも離れた低地にあった。軍事的な利点はないし、生活の場としても不便な場所だ。低地は湿気も多くて快適とは思えない。
破却された城館の残骸は、1カ所にうずたかくまとめられている。なぜこんな手間の込んだことをしたのか。
「いや、これは1カ所に集めたと言うより……」
穴を掘って、その穴に押し込めたと表現すべきだった。いや、「穴があったから、城館の残骸で埋めた」。違う。
「穴を埋めるために、城館を破却した」のだ。
「よし、城館の残骸を運び出してくれ」
もちろん、ウィンはやらない。やらせてもらえない。邪魔にならないところに追いやられた。
作業をしているのは領民だが、賦役ではない。作業に当たる領民には日当を支払っている。
「リフィ、カーリルン公領に帰らなくていいのかい?」
「帰ってほしいのか? 帰れということか? ワシは邪魔か? 邪魔なのか?」
「あー、そうじゃないって。面倒くさいなぁ」
「め、面倒!? かわいい妻に向かってそれはなかろう」
「まだ妻じゃないし、鼻の穴が広がってる」
「しまった」
慌てて鼻を隠すアルリフィーアを見ながら、今後のことを考えた。もちろん、残骸の運び出し作業は2、3日では終わらない。いったんドルトフェイムに戻った方がいいだろう。
「なあウィンよ。実はここの正体に気付いとるんじゃないのか?」
「まぁ、仮説はあるけどね」
「何じゃ、言うてみい」
「仮説は仮説さ。そのうち分かるよ」
「詰まらぬ!」
アルリフィーアは両頬を膨らませてウィンを睨んだ。




