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居眠り卿と純白の花嫁  作者: 中里勇史
ラフェルス副伯領へ

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出奔

 アルリフィーアは怒っていた。焦っていた。パルセリフィン公にグライス軍を編成する気配がないのである。

 カーリルン公領は、ラフェルス副伯領に毎日偵察を出している。カーリルン公領とラフェルス副伯領の間に独自の早馬を用意することで、ラフェルス副伯領の情報が2日で届く体制を整えたのだ。

 ドルトフェイムの攻防戦はいまだに続いており、グライス軍は現れない。

 並行して、ガリトレイム公を通してパルセリフィン公にグライス軍の編成と派遣を要請しているが、パルセリフィン公は「準備中である」の一点張りで話が進まない。ガリトレイム公はカーリルン公に同情的であるようだが、他グライスへの干渉は不可能なのでパルセリフィン公に問い合わせる以上のことはできなかった。

 帝都にも使いを出したが、返事はまだない。

 アルリフィーアには何もできない。こうしている間にもドルトフェイムが攻め落とされているかもしれない。ウィンは捕まって、その首を……。


 余計なことまで考えて、錯乱しかけた。一度悪い想像が入り込むと、それで頭がいっぱいになる。籠城戦に耐えかねた市民が反乱を起こして惨殺されるウィン。家臣の助命と引き換えに斬首を受け入れるウィン。らしくない奮戦の末に討ち死にするウィン。そして、最後は必ず切断されたウィンの首の映像で終わる。スウェロントの首実検のときのように……。

 胃液が逆流して口からあふれ出した。吐瀉物で汚れた床に崩れ落ちた。ウィンがあのような姿に……。涙があふれた。泣くことしかできない自分が情けない。

 「泣いても何も解決しませんよ」

 かつてウィンに言われた言葉が頭をよぎった。ウィンの言う通りだ。何も解決しない。解決できない。泣くことしかできない。吐瀉物にまみれて泣くことしかできなかった。


 「公爵! いかがなさいましたか!?」

 やってきたエメレネアに見とがめられてしまった。アルリフィーアは慌てて涙を拭くと、「気分が悪くてな。服と床を汚してしもうた。済まぬ」と言ってごまかした。家臣の前では泣かないと決めている。ウィンに指摘されたあのときから。

 だが充血した目はごまかせなかった。エメレネアは全てを察したが、それについては触れなかった。「お口を清めて、お召し物を替えましょう。ニレロティス卿たちが謁見を希望されております」

 「ニレロティス卿たち?」

 「はい。謁見の間でお待ちです」

 謁見の間を使うのはかしこまった儀式のときか、関係性が薄い相手の場合だ。ニレロティスらとは普段、執務室などで話すことが多い。なぜ謁見の間なのか。

 急ぎ身なりを整えると、謁見の間に向かった。

 「ニレロティス卿ら、待たせたの」

 アルリフィーアが公爵の椅子に座ると、ニレロティス、バルエイン、ポロウェスがきざはしの下で跪いた。

 ニレロティスが代表して口を開いた。

 「本日は、我らカーリルン公に暇乞いに参りました」

 「暇乞いとな?」

 「我ら、これよりカーリルン公領を出奔致す。君臣の契りは本日これまでと致しとうございます」

 「しばし待て。私が君主として未熟であることは紛れもないこと。申し訳なく思う。であればこそ、貴公らの支えが必要じゃ。もうしばらくこらえてもらうわけにはいかぬか?」

 「もったいないお言葉なれど、既に決意したこと。今このときをもって我らとカーリルン公は一切関わりないことを宣言致す。その旨、公文書にしかと明記されよ。御免」

 ニレロティスは一切顔を上げずに言い切ると、そのまま立ち上がって背を向けて、退出した。他の者たちも無言でそれに従った。

 アルリフィーアの後ろに控えていたベルロントは、その様子を無言で見守っていた。


 アルリフィーアは、突然のことにぼうぜんとして、肘掛けに掛けた腕で体を支えるのがやっとの状態だった。ニレロティスらにまで見限られ、どうしたらいいのか分からない。そう、自分は仕えるに値しない君主として見限られたのだ。家臣に捨てられたのだ。

 アルリフィーアはふらつきながらおもむろに立ち上がると、私室に急いだ。ここで泣いてはいけない。家臣に涙を見せてはいけない。

 謁見の間の外で待っていたエメレネアに「しばらく誰も通すな」と言うと、彼女を振り切って私室に駆け込んだ。

 ウィンを助けることもできず、優れた家臣たちには見限られ、一体どうしたらいいのか。また涙があふれた。

 「泣いても何も解決しませんよ」というウィンの声を思い出す。

 「うるさい。馬鹿……」


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