籠城戦
「攻城塔だ。ラゲルス、火矢の用意」
「了解!」
攻城塔とは、城壁の高さに迫る木造の塔である。分解して本拠地からはるばる運んでくることもあるが、現地で木を切り倒して作ることが多い。木造でなくてもいいのだが、それ以外に適当な材料がないので木造にならざるを得ない。
背面には階段が設けられており、下部には車輪が付いている。これを城壁に着けて後ろの階段を上れば城壁の上に攻め込むことができる。
ただし攻城塔の幅は狭く、一度に少人数、ほとんどの場合は1人ずつしか上れない。幅が広い攻城塔も作ろうと思えば作れるだろうが、今度は重くて動かせなくなる。木よりも軽くて丈夫な材料が出現しない限り、攻城塔の形や大きさが大幅に変わることはないだろう。
こした制約から、攻城塔の出口に複数人配置すれば上ってきた敵兵を1人ずつ倒すことができる。木製なので、接近中に火矢で燃やせる可能性もある。
当然、攻撃側もそれは百も承知である。複数の攻城塔を作って同時に攻めることで、防御側の兵力を分散させようとする。攻城塔の前面に湿らせた布を張ったり、攻城塔自体に水をかけて燃えにくくしたりもする。
「油だ! 油もってこい!」
ラゲルスの命令が飛ぶ。付近の木を伐採して作った攻城塔は、生木なのでそもそも燃えにくい。火矢では効果が出ないとみるや、ラゲルスは作戦を変更した。攻城塔が城壁に取り付いたら、攻城塔の出口に油をぶちまけて放火することにしたのだ。燃えなくても、油がまかれた階段は非常に上りにくくなる。
2基の攻城塔が燃え上がった。出口付近だけだが、敵兵が上ってくることだけは阻止できた。ついでに油をまき散らして攻城塔全体に火が回るようにした。修復不可能にして、時間を稼がねばならない。
5基の攻城塔は十分に火が上がらず、敵兵の侵入を許してしまったらしい。
「慌てるな! 1人ずつ確実に殺れ!」と怒鳴りながら、ラゲルスは対処が遅れたところに走った。
人口3000を擁するドルトフェイムの城壁の円周は長い。これを500人に満たない兵で守っているのだ。防御側が有利といっても限界がある。市民も総出で煮炊きや火矢の作成、油や投石用の石の準備などをしている。弓矢が使える者は戦闘にも参加している。だが白兵戦まではさせられない。
力攻めは今のところ防げているが、問題は食料だった。井戸があるので水は確保できているが、食料はいかんともし難い。敵は付近の村から略奪してきたり、どこからか補給物資を運んできている。
攻囲側のトルトエン副伯からは何度も降伏勧告を受けているが、市長のワイトがウィンに「このまま守ってくれ」と懇願するので受諾できずにいた。市民とウィンらの安全は保証するというトルトエン副伯をワイトはどうしても信用できなかった。そんなワイトと市民の意思をウィンは無視できなかった。
「バンクレールフ卿、食料はどれくらいもつ?」
バンクレールフには、ワイトと協力して後方支援を担当させている。
「節約しても、あと数日……。家畜用の飼料を転用するにしても、そう長くはもたないでしょう」
籠城の準備をした後の都市や要塞なら年単位の籠城戦もあり得るが、ドルトフェイムは籠城戦の備えをしていなかった。グライス軍による救援も期待できるから長期に及ぶ籠城は想定していなかったのである。
攻城塔の破壊に成功したディランソルが戻ってきた。
「こんな目立つことをして、彼らは何を考えているのだ。領地交換に応じなかったからといって、実力行使に及んでもグライス軍に鎮圧されるだけであろうに」
ディランソルの疑問はもっともだった。だが、グライス軍が動いている気配がない。単に編成に時間がかかっているのか、それとも……。
「捨て置かれている、ということは考えられませんか?」
ティルカールが不安げに、最悪の事態を口にした。ウィンもその可能性は考えていたが、籠城側が避けなければならないのは「助けは来ない」と絶望することだった。
「まだこの騒ぎに気付いてないのかもしれないしねぇ。攻城塔が焼けて派手な狼煙も上がったことだし、そろそろ気付いてくれるかもしれないよ」
それで間に合うかというと……いや、余計なことは言わない方がいい、と口をつぐむ。
「こうなると、ムトグラフを外に出しておいたのは正解だったね。彼が帝国を動かしてくれるかもしれない」
ただし、帝都はあまりにも遠かった。




