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居眠り卿と純白の花嫁  作者: 中里勇史
ラフェルス副伯領へ

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帝国司法院

 帝都に戻ったムトグラフは、帝国司法院に向かった。

 旧ラフェルス副伯の転封事件の詳細は、ラフェルスでは調べようがなかった。当時を知る者はトルトエン副伯領に行ってしまい、ワイトら平民は事件について知らされていない。彼らにとっては関係のない、雲の上の出来事でもあった。


 「7年前」、つまり帝国歴216年の記録を当たると、簡単に見つかった。

 216年の冬、正確には215年から216年にかけての冬に、帝国北部を強い寒波が襲った。これによって北部に領地を持つ多数の貴族や領民が被害を受けた。農作物の不作や漁業の操業停止、北海貿易の停滞などの経済的な損失は甚大だった。

 ムトグラフも、この寒波のことは覚えている。帝都も寒波の影響でひどく冷えた。薪代が高騰し、ムトグラフ家は暖房費の工面に苦労した。ムトグラフは苦労しただけで済んだからよかったが、平民街や貧民街では薪も買えず多数の凍死者が出たという。帝都でもこのありさまだったのだから、より寒いという北部の被害は相当なものだっただろう。

 皇帝は、これを受けて帝国爵位を持つ貴族に義援金や義援物資の提供を求めた。実質的には命令である。

 当然多くの、というよりもほとんどの爵位貴族が応じた。だが、ラフェルス副伯だけが応じなかった。ラフェルス副伯は皇帝の不興を買い、寒波の被害が大きかったトルトエン副伯領に転封となった。

 「わずかな支援すら惜しむというのであれば自分で治めよ」ということか……。もともとの経済力はラフェルス副伯領以上でもあることだし、さほど苛烈な処分というわけではなさそうだ。だが、ラフェルス副伯「だけ」が応じなかったのはなぜなのか。

 ついでに当時の義援金についての資料も当たってみたところ、身分や領地に応じて負担額が定められており、過大な要求には見えない。ムトグラフが知っているラフェルス副伯領の経済力であれば、出せない金額ではない。

 義援金提供の命令が4月。多くの貴族が5月から7月に供出しており、ラフェルス副伯の転封処分は9月に下されている。おかしい。帝国司法院にしては処分の決定から執行までが異常に早い。いや、早過ぎる。ここまで処分を急いだ理由とは何か。

 不審な点はまだあった。ラフェルス副伯が義援金を出さなかった理由だ。「義援金の提供を求める文書が届かなかった」ためだという。つまり、知らなかったというのである。

 これが真実だとしたら、情状酌量の余地がある。後から提供させて終わりにしてもよかったのではないか。多くの貴族が提供したのが5月から7月なのだ。遅れて提供するという処置を許さず9月に転封というのは厳し過ぎる。

 逆に、言い訳だとしたら稚拙なこと甚だしい。もう少し気の利いた嘘がなかったのか。「今準備中である」など、好印象を与える理由を付けられなかったのか。

 「ラフェルス家をラフェルス副伯領から排除したかった?」

 そういう解釈も可能な幕引きである。


 5年前の刺殺事件については、記録が見つからなかった。帝国司法院では扱わなかったということだろうか。では、誰が、どこが、処理したのか。犯人は斬首されたという。斬首にすることを決めたのは誰なのか。2日かけて記録を洗い直したが、やはり帝国司法院に記録は残っていなかった。

 ラフェルス、ラフェルス……と記録を探っていくと、もう一つ文書が出てきた。

 ラフェルス副伯の転封の直後、パルセリフィン公ヴァル・ジョリソド・フェイゴレンが、自身が保有するソルブレー副伯とラフェルス副伯領の交換を申請しているのだ。また「領地の交換」である。しかもラフェルスが絡んでいる。

 パルセリフィン公がラフェルスを欲しがる理由も分からない。領地交換の多くは飛び地を解消するためなのだが、ソルブレー副伯領はパルセリフィン公領と接している。ソルブレー副伯領とラフェルス副伯領を交換すると、逆にラフェルス副伯領が飛び地になってしまう。トルトエン副伯が本領のラフェルスを欲しがる理由は分かるが、パルセリフィン公がラフェルスを欲しがる理由が分からない。

 結果として、パルセリフィン公の要求は通らずラフェルスは帝国直轄領になった。この理由についての記録はなかった。


 「どうやら別の角度からも調査する必要がありそうですね」。ムトグラフは帝国司法院を後にした。

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