拝謁
拝謁の間に通されたウィンは静かに歩みを進め、きざはしの下で片膝を床に付いてひざまずいた。
受爵者として上級貴族の正装で参内すべきなのだが、持っていないので下級貴族の正装で間に合わせた。本来ならば、上級貴族の正装を仕立ててから拝謁を申し入れるものなのである。つまり横着したのだ。
壁際に居並ぶ宮内伯たちの嘲笑が聞こえる。ウィンに聞こえるように笑っているのだから聞こえるのが道理だ。
「あの服はなんだ。まだ下級貴族のつもりなのか」
などと嘲る声が聞こえる。実際に下級貴族気分が抜けていないので反論できない。
「皇帝陛下、ご来臨!」
先触れが皇帝の登場を宣言し、皇帝がおもむろに現れた。きざはしの上にしつらえられた玉座に、ゆったりと腰を下ろしてウィンを睥睨する。
臣下は許しを得るまで顔を上げることも言葉を発することもできない。ウィンは黙って床を眺め続けた。
「ラフェルス副伯、面を上げよ」
ウィンは静かに顔を上げた。
「こたびはいかなる用向きか」
「先立って、陛下にラフェルス副伯を賜りました。お礼申し上げます」
「監察使としての働き、見事であった。今後は帝国爵位を有する上級貴族として一層の忠勤を期待する」
「帝室の藩屏として、犬馬の労も厭いませぬ」
慣例にのっとった、予定調和に満ちた拝謁である。ここに機知は必要ない。型通りに進めるだけのことだ。後は、皇帝が退室するのを見送って終了だ。
「そうだ。ラフェルス副伯に馬を下賜する。厩舎から気に入った馬を連れていくがいい」
慣例にない展開に、列席した宮内伯たちが顔を見合わせる。一瞬ざわついたが、侍従長のマーティダが咳払いをして黙らせる。ウィンも動揺したが、なんとか立て直した。
「ご厚情、かたじけなく存じます」と言って、頭を下げた。
皇帝は黙ってうなずくと、退出した。皇帝の真意は分からない。ともかく、終わったという安堵感から、宮内伯たちの冷たい視線は全く気にならなかった。
解放感に浸って街を歩くウィンの背後で、ストルン街道を行き来する乗合馬車が終点に到着した。馬車から降りたアディージャは、歩き去る赤毛を視界に捉えた。ウィンかと思ったが、その男が貴族の正装をしているのに気付いて人違いだと思い直した。大都市の帝都で知り合いに出会うことはほとんどない。赤毛も珍しいわけではない。
「ウィンは今頃どうしてるんだろうねぇ」などと思いながら、彼女は娼館街に足を向けた。




