使者
「で、ムトグラフ卿。領国の把握は進んでる?」
「まあ、大体は」
ムトグラフによると、ラフェルス副伯領は副伯領としては中程度の規模で、騎兵一〇〇、歩兵五〇〇を軍役として課される。
ラゲルスが集めた騎兵は全員仕官を望んだので、そのまま召し抱えることになった。土着の小領主たちの兵力も合わせると、騎兵八〇と歩兵二〇〇が現在のラフェルス副伯領の最大兵力だった。これにカーリルン公領から連れてきた者を領主として配置して騎士を召し抱えさせれば、騎兵は一〇〇程度になるだろう。
「歩兵が足りねぇんじゃなないですかい?」と、ラゲルスが口を挟む。
ここで初めて、ウィンは腹案を明かした。
「そこは傭兵で埋めようと思う」
ラフェルス副伯の直轄領を多めにして、その税収を傭兵の雇用に充てる。領民は極力駆り出さないつもりだった。
「領民は生産に専念させて、戦いは傭兵主体の専門集団に担ってもらうということですか」
ムトグラフはウィンの意図を理解した。
ムトグラフはラフェルス副伯領内の各村の税収を既にほぼ把握していた。後はウィンの動員計画に基づいて騎士や領主に領地と割り当てていけば、ラフェルス副伯領の統治構造が固まる。
「何とか目鼻が付いてきたじゃないか」
ウィンはわははと笑った。
その日の夕暮れ時、一人の男が訪れてきた。ウィンの不在時にやって来たという、トルトエン副伯の使者である。使者はトルトエン副伯の家宰、ヴァル・サテルフィス・クロンゼラドと名乗った。
「先日申し入れた領地交換について、返答を承りに参りました」
サテルフィスは四〇歳前後に見える。長身かつ痩せ気味で、身のこなしが上品に見える。神経質そうな目が室内をくまなく探っている。
「その件については、申し訳ないが同意できない。その旨トルトエン副伯によしなにお伝えいただきたい」とウィンは返答した。
これでこの件は終わりになるはずだった。だが、サテルフィスは食い下がった。
「ここを曲げて、お受けいただきたい。本領復帰は我が主の悲願。なにとぞ、ご再考を」
サテルフィスは言葉遣いこそ丁重だが、上目遣いでウィンを睨み付けている。
「トルトエン副伯の心情は理解するが、私としても陛下から賜った領地を統治もせずに投げ出すわけにはいかない。こちらの立場もご理解いただきたい」
相手に配慮した返答をしたものの、実のところウィンはトルトエン副伯の心情を全く理解できていない。
貴族が本領にこだわることは知識として知っているが、本領というものを持っていないウィンにはぴんとこない。そこまで本領にこだわるなら、なぜ転封になるような事態を招いたのか。それはトルトエン副伯側の問題であって、ウィンの責任ではない。
背後で市長のワイトが不安そうな顔で成り行きを見守っている。
サテルフィスはなおも食い下がった。
「条件が不足なら、お望みをおっしゃってください。領地の交換だけでは足りぬとおっしゃるのであれば、何か上乗せ致しましょう」
「そういう問題ではないのだ、サテルフィス卿。私の答えは変わらない」
サテルフィスはさらに激しく睨むと、歯ぎしりした。副伯に対する礼を大幅に逸脱している。あまり儀礼にこだわらないウィンもさすがに眉をひそめた。ここまで敵意をむき出しにすることに違和感を禁じ得ない。
何かが、おかしい。
サテルフィスはこれ以上の交渉は無駄であることを悟り、ゆっくりと立ち上がってウィンらに背を向けた。
「後悔することになりますぞ」
サテルフィスは振り返りもせずに言い捨てると、そのまま退室した。
「どう思う? アデン」
「サテルフィス卿の態度は不可解ですね。ラフェルスへの執着が常軌を逸しています」
「なぜラフェルスにこだわるのか……」
「本領に対する貴族の思い入れは並々ならぬものがあると聞きますが」
この時期にやって来た理由は想像できる。本領復帰の運動はこれまでも行っていたのだろう。帝国直轄領のままであれば、ほとぼりが冷めれば恩赦を得る望みもある。しかし、ラフェルスにウィンが封ぜられてしまった。ウィンがこの地に根付いてしまえば本領復帰の望みは絶たれたも同然だ。その前に交渉をまとめたいと焦ったのだろう。
「らしくない、とも思いますがね。いつものウィン様なら『そんなに欲しいんならいいよ』と言いそうなのに」
「トルトエンはカーリルン公領から遠過ぎる」
「それだけとは思えませんが」
またアデンに痛い所を衝かれた。だが、ウィンもその理由をうまく言語化しかねている。
「あの調子じゃ諦めてないよなぁ」
「また来るかもしれませんね」
――その件じゃが、もう少し調べた方がよいのではないか?
アルリフィーアの言葉がよみがえってきた。
七年前の事件と五年前の刺殺事件。これらが関係しているのだろうか?




