提言
アルリフィーアは、執務室の机の上で両腕を組み、その上に顎を載せて壁を睨んでいた。何もやる気が起きない。今日中に決裁すべき書類は片付けたのだから、君主としての役目は果たした。怠けているわけではない。心の中で無意味な言い訳をしながら、壁を睨んでいた。
部屋の片隅に、エメレネアがまだ控えていることに気付いた。
「エメレネア、下がって休んでおれ。ワシもほれこの通り、休んでいるゆえ」
エメレネアは、アルリフィーアを1人にする気になれなかった。
「ではお茶をお持ち致しましょうか」
「ああ、それはよいな。ではエメレネア、一緒に飲もう。ワシの相手を致せ」
「御意」
執務机から離れて、くつろぐための深い椅子に移動する。エメレネアには向かいの席に座るように勧めた。使用人が使うなど許されない椅子なのだが、アルリフィーアはそうしたことに頓着しない。ただ、デシャネルには彼女なりの哲学があるらしく、アルリフィーアがいくら勧めてもその椅子に座ることはなかった。
「会議が気になりますか? 公爵」
「いや、全然」
アルリフィーアはここ数カ月で君主として大きく成長した。相変わらず表情が豊かだが、必要な場面では必要な表情を保つこともできるようになった。だが、今はそれに失敗している。本人は「平静である」という表情を作っているつもりのようなのだが。
エメレネアは、アルリフィーアに気付かれないようにため息をついた。どうも、この高貴な女性を見ていると「お役目」を越えた差し出口を挟みたくなる。そのうち、自分は処断されるかもしれない。それでも……。
「公爵、他家から縁組を申し込まれたら、是非をどうやって決めるものなのですか?」
「縁組は政治じゃ。当家にとって有利か否か、さまざまな観点から重臣が議論する」
「では重臣が決めるのですか?」
「重臣にできるのは、好ましい縁組か否かを提言することじゃな」
「提言するだけ、ということはその通りにしないこともあるということですね」
「重臣の力が強ければ、それに従わざるを得ないということもあるじゃろうが」
「では重臣たちの提言を受けて決定を下すのは?」
「それは……」
アルリフィーアはエメレネアを見た。エメレネアは彼女の視線を受けて、にっこりと笑った。エメレネアが何を言いたいのか分かった。
アルリフィーアはエメレネアにほほ笑み返すと、立ち上がった。




