報告 その2
ベルロントとニレロティスを残して応接室から辞去したウィンは、中庭に向かった。昼寝でもしないと体がもたない。
途中で執事のボルティレンと行き会った。
「セレイス卿、お戻りでしたか。帝都での首尾はいかがでしたか?」
帝都に何をしに行ったのか、知っているのだろうか。常に笑顔なので表情からは何も窺えない。
「まあ、上々、かな」
「それはようございました。公爵もお喜びになるでしょう」
「ボルティレン卿は……何者なんだい?」
「もちろん、フロンリオン宮殿の執事でございます」
ボルティレンは笑顔で答える。ウィンが見つめても表情が崩れることはなかった。ウィンでは尻尾をつかむのは無理だろう。
「なるほど」と答えて、ウィンはボルティレンに背を向けた。ボルティレンはウィンの背中を笑顔で見送った。
今日は3月にしては暖かい。中庭のいつもの場所に寝転ぶと、一瞬で寝入ってしまった。
いきなりたたき起こされた。文字通り、頬を張り飛ばされた。
「痛っ!」
こんなことをするのは1人しかいない。アルリフィーアだ。エメレネアがその後ろに控えている。こんな蛮行を目撃したにもかかわらず、無表情を保っている。彼女も感情が読めない。
アルリフィーアは、怒っているようにも困惑しているようにも、ほほ笑んでいるようにも見える妙な顔でウィンを見つめている。器用な人だ。
「あなたは優しく起こせないんですか」
「こんなところで何しとる。いつ戻ってきたんじゃ」
アルリフィーアは少し息が上がっている。走ってきたらしい。ボルティレンにでも知らされたのだろう。
空を見上げる。太陽の位置は……夕方の少し前といったところか。
「南中時の少し後に戻ってきました。サルダヴィア卿らとちょっと話した後、ここで昼寝を」
「で? 帝都に行ってどうしたんじゃ」
「副伯にしてもらいました」
ウィンは事もなげに答えたが、その内容はあまりにも非常識だった。
「何じゃと!?」
「ええ!?」
エメレネアが初めて表情を崩した。よほど驚いたらしい。片手で口を押さえて目を見開いている。ウィンは、「勝った」と思った。
「爵位というものは帝都に行けばポイポイもらえるもんなのか? それともいつもの悪知恵で騙し取ってきたのか?」
ひどい言われようである。「まあ、昔からの宿縁というか因縁というか、いろいろです」
「何だか全然分からんが、副伯? ええ? 副伯?」
アルリフィーアは目と口で3つの丸を作って絶句した。相変わらずこの顔は面白い。
「口、口」
「おお、そうじゃった」とアルリフィーアは口を閉じた。
「デシャネルに叱られる」
アルリフィーアは初めて会ったときから全く変わっていない。そんなアルリフィーアが眩しかった。
「ウィンは本当に不思議な男じゃ。誰も想像できなかったことを平気な顔でやってのける。そなたといると退屈せんの」
「でも、できることは本当にここまでです」
貴族の縁組はあくまでも政治の世界の問題である。カーリルン公領にとって、誰と、どの家と組むべきなのか。領内の領主や領民にとって最も利益がある縁組とは何か。冷静に現実を見極めて決めなくてはならない。




