報告 その1
ウィンは早春のフロンリオンに再び舞い戻った。
「セレイス卿、戻ってきたのか……」
実のところウィンが戻ってくることはないと思っていたニレロティスは、移動続きでやつれたウィンを見て意外な思いを禁じ得なかった。
「やあニレロティス卿。サルダヴィア卿にお取り次ぎいただけますか? お二人に話があります」
「公爵はよいのか?」
「まずはお二人に」
「それは承知したが、先に少し休んだ方がよいのではないか。ひどい顔だぞ」
「お二人がよろしければ、先にお話を」
やつれて目の下にクマを作りつつ、異様な気力で迫るウィンに、ニレロティスはややひるんだ。知恵者として評価しつつ惰弱だと思っていたウィンとは思えない。
応接室に場所を移すと、ウィンは2人に今回の来訪の目的を告げた。
「皇帝陛下から副伯に叙する旨のご内意を頂戴しました。そこで、副伯ヘルル・セレイス・ウィンとして、カーリルン公との縁組を申し入れたい」
ベルロントとニレロティスは、事態の急展開に仰天した。帝国爵位は、「欲しい」と言えばもらえるというものではない。帝国の人間を砂漠に例えるなら、帝国爵位を持つ者はその中のほんのひとつまみに過ぎない。諸侯とは見なされない副伯でさえ、400人もいないのだ。
「副伯に……って。セレイス卿、一体どのような魔法を使ったのか?」
ベルロントは、ウィンを疑うわけではないが信じられないという矛盾する思いで整理が付かなかった。
「ご不審に思われるのはもっともです。領地が定まり次第、叙任の証書をお持ちします」
叙任時には、皇帝の玉璽が押された証書が発給される。それを見せるまでは判断は保留で構わないとウィンは言う。元々、ウィンが姑息な偽りで騙そうとするような人間でないことは2人も知っていた。
「して、公爵には?」
「8日前に求婚はしていますが、もちろん爵位を得たことはまだお伝えしていません」
「何と、既に求婚していたのか」と、ベルロントは改めて驚いた。ニレロティスも意外そうな顔をしている。
2人の様子を見て、ウィンは改めて疑念を深めた。この2人でさえ知らないことを皇帝は知っていた? 皇帝の情報源は誰だ。ウィンがアルリフィーアに求婚した場にはエメレネアしかいなかったが……。
ニレロティスは複雑な思いにとらわれていた。アルリフィーアのことは幼い頃から知っている。どんどん美しく成長する彼女を、眩しく思っていた。しかし彼女と自分の間には主家と家臣という高い壁があり、その壁は絶対に越えることが許されなかった。アルリフィーアはニレロティスの気持ちなど知る由もなく、ただの一家臣としてしか見ていなかった。ニレロティスはそれが当たり前なのだと自分に言い聞かせて納得していた。
そこに突然現れたウィンは、主従の枠外でアルリフィーアと接し、形容し難い関係性を構築した。そして、今度は爵位を得て身分の壁さえもやすやすと越えて見せた。「お前は一体何なんだ」と怒鳴りつけたい気持ちが湧き上がる一方で、称賛の念もある。自分にはできない、できるなどと思ったこともないことをやってのけたのだ。「コイツには勝てない」。そう思った。
「ワルヴァソン公位の継承権も持つダルンボック伯と、領地すら定まっていない副伯の私。対等な比較対象とは言い難いものの、ぜひ私を候補の1人にお加えください」
ウィンに正式に縁組を申し入れられ、ベルロントとニレロティスは「承知した」と答えるだけで精いっぱいだった。




